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貴族の労働環境はブラックなようです

 夕食は計都の想像を遥かに超えて、非常に和やかに進んだ。

(助かった……)

 うっかり元気よく返事してしまったのだが、よくよく考えれば、計都が出せる話題というのは非常に少ない。十日前に目覚めたばかりで、どのあたりが『セイリオス』にとっても新しい経験なのか、どのあたりまでは『計都』にとってだけ新しく知る事柄なのか、判断がつけにくいからだ。

 「最近はどうでしたか?」とシュケディに問われた時にはどうしようかと思ったが、咄嗟に「たくさん勉強してました」と答えて乗り切った。事実、嘘ではない。

 アルファルドたちのことを尋ねてみたかったのだが、さすがに食事中に出す話題としては重すぎる。そんなわけで、これ以上ボロを出さないよう、「それより、父上と母上のお話をたくさん聞きたいです」と子供らしく言ってみたのだが、これが功を奏したのか、マルフィクとシュケディは様々な話題を出してくれた。

 たとえば、現在両親二人そろって領主としての仕事に追われているのが、ようやくひと段落つく目途が立ったのだとか。

「……あの、今は大丈夫なんですか?」

「ふふ、大丈夫ですよ。いえ、大丈夫ではないですけど……あと少しを乗り切るための、元気をもらいに来ましたの」

「そうそう。このところずっと、書類片手にサンドウィッチを詰め込むだけの日々だったからね。いい加減、可愛い妻と子供の顔を見ながらゆっくり食事をしないと、仕事が終わる前に心が折れてしまうよ」

 シュケディの言葉に、マルフィクが大真面目な表情で頷く。

「母上も父上も、とても大変なお仕事をされているんですね……」

「普段の月次報告だけなら、クルサが十分やってくれるのだが……さすがに、この時期ばかりはね」

 顔を見合わせたマルフィクとシュケディが苦笑する。聞いたことがあるようなないような人名が飛び出てきて、内心首をひねりながらも計都は「そうなんですか……」と頷いた。後でこっそりとカペラに、それとなく聞いてみようと脳裏に刻み込む。

「領民の事を思うと、多少の無理はしてでも、なるべく現状に即した形にしなければね」

 計都はほぼずっと屋敷の中にいたので季節感など無かったのだが、この地方では今は春の終わりごろらしい。夏になると麦の収穫が始まるため、事前に収穫量の見込みを計算したり、それをもとにあらかじめ納税額を決めたりしておかねばならない。そのため、現在事務仕事が絶賛デスマーチに突入しているのだそうだ。最終的には税収に係わる話のため、当然、領主の判断を仰がなければならない案件も多く……雪崩式に、領主としての仕事も増える。

 マルフィクの話はまるきり決算期を前にした自営業者のようで、ワークライフバランスに悩む現代人の悩み話を聞いているようだった。貴族というと不労所得で左うちわという先入観があったが、現実はなかなか世知辛いようだ。領地を経営するという意味では、経営者には違いはないということか。

(てか、きっと真面目なんだろうな)

 組織のトップなんだから、手を抜こうと思えばいくらでもできるはずだ。信頼できる部下に全部ぶん投げて、サインするだけマシンになる手もある。

 それはそれで、ひとつのやり方だ。組織のトップの仕事は極論、人を動かすことであって、自分ですべてやるということではない。営業ができるものを営業に配置し、経理ができるものを経理に配置する。能力があるものを適宜配置し、目的を周知させ、目標を示し、事あるときには首を差し出す覚悟があれば、極端な話、経営者自身が九九さえできなくても問題はない……気がする。

(組織経営論ではなんて言ってたっけ……思い出せないけど)

 とはいえ、マルフィクのやり方も、これはこれで『正しい』、と計都は思う。むしろこちらのほうが正当な王道だろう。

 なるべく正しい判断を下すには、なるべく正確な情報が必要だ。判断の指針自体が間違っていれば、それこそ結論も歪みかねない。きちんと情報を吸い上げようとするマルフィクの姿勢は、課せられた責務に対して誠実な姿勢に見えた。

 それに、会社全体が忙しいときに重役出勤されれば、それが悪くないとわかっていてもかつての計都のような下っ端としては、感情的にはいらっとする。つまりは、モチベーションに影響が出る。

 何より、計都セイリオスとしては父親が不真面目でいい加減な人間よりも、まじめで責任感があるほうが、ずっと尊敬できるし好感が持てる。

「お仕事がひと段落ついたら、久々にお菓子を作りましょうか。もうじきベリーの季節ですものね」

「タルトかな、パイかな? どちらにしても楽しみだね、セイリオス。どんなお菓子を作ってほしいか、おねだりしてみてはどうかな」

「母上が作ってくださるなら何でも」

「あら、『なんでも』とはまた、難しい注文ですわね」

 計都の無難な返答に、シュケディは思案するように視線を滑らせた。ややあって、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

「そうね、セイリオスが勉強を怠けず頑張っていたら、ベリーとクリームたっぷりのタルトを作りましょう」

「もし怠けてたら、タルトは無しですか?」

「いいえ、その時は酸っぱい赤カシスを敷き詰めたタルトにしましょう。……もちろん、残さず食べるのですよ?」

「……勉強がんばります」

 話を聞くだけで、口の中が酸っぱくなりそうな気がする。きゅ、と眉根を寄せたセイリオスに、シュケディが軽やかな笑い声を立てた。


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