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第7話 シュリ登場

 俺は宿屋に戻ると、自室で文殊菩薩マンジュシュリーのマントラを唱える。


 わざわざ魔導書の店から戻ったのは、優秀な召喚士ということがばれるとあとが厄介だからだ。


 小さなフーリアの町にそんなに召喚士なんてものはいないだろう。目立ちすぎる。


「オン・アラハシャノウ」


 マンジュシュリーの真言は短い。本当に一秒で終わる。


 さあ、これでまたマンジュシュリーが出てきて、楽をさせてくれるだろう。


 目の前に出現したのは――


 猫っぽい耳をつけたケモミミ少女だった。


 服装はどこかの民族衣装っぽい、ひらひらのものだが、そんなことはどうでもいい。


 あれ…………?


 神格っぽくないぞ?


 そりゃ、現代人の中には好きなケモミミキャラを信仰してるケモナーもいるかもしれないが、古代からそんなものがいたなんて話は聞いたことがない。


 猫耳の少女はむすりとした顔で、こちらの顔を見つめてきた。

 後ろに生えている尻尾が吊り上がっている。


 もしかして、全然関係ない神格を呼んでしまっただろうか……。


「あなた、信仰心が足りない」


 いきなり、少女は言ってきた。


「え? 君、しゃべれるの?」


 これまで召喚できたアチャラ・ナータもマハーカーラもしゃべらなかったのに。


「そんなの、神格に寄るわよ。あと、私の場合、厳密にはマンジュシュリーじゃなくて、その眷属ね」


 あ、そうか。マンジュシュリーは獅子に乗って移動する。仏像で表現される時も獅子に乗っている。


 獅子ということはライオンだから、猫耳少女が出てきたのか。


「今回のあなたは楽をしたいという気持ちが前面に出すぎてたわ。マントラは唱えれば誰でもいいってわけじゃなくて、あくまで信仰心に起因するの。だから失敗したってわけ。もちろん、神格ごとに個体差はあるけど」


 たしかにアチャラ・ナータの剣士を呼んだ時も、バイシャジヤで二人を生き返らせた時も必死さはあった。


 一方、マハーカーラはもっと庶民的な信仰の神格だから、料理を作ってもらおうっていう動機だけでもいけたのかもしれない。


「それで、マンジュシュリー本体が出てくるほどじゃないから、私が出てきたの」


「なんだ、失敗か……」


 まあ、猫耳少女に会えただけでもけっこううれしいけど。


「舐めないでよ。私もマントラで出てきた神格には違いないわ。ちゃんとやることはやるわよ」


 猫耳少女の尻尾がぴんと立った。


 名前がないと言いづらいからマンジュシュリーから取って、シュリと呼ぼう。


「あっ、何か力を授けてくれるのか?」


 それならマンジュシュリー本体じゃなくても問題ない。


 偏差値90ぐらいにしてもらえれば、詠唱もすぐ覚えられるだろう。


 シュリは自信満々に胸を張って、右手で胸を叩いた。


「私が家庭教師をしてあげるわ」


 ……。

 …………。


 そこから三日間、シュリにスパルタでこの世界の言語を教えこまれた……。


「じゃあ、このページの単語、30秒で覚えて」

「できるわけないだろ」

「じゃあ、35秒に負けてあげる」


 ちなみにシュリは教え方がスパルタなだけで、とくに教えるのは上手くないので、気合で単語を覚えた……。


 おかげで現代のドルディアナ王国の言葉は理解できるようになった。


「よし、これで王国での日常生活は送れるんじゃない? この世界の民衆ってそんな識字率高くないけど」


「知ってて損はないか……。でも、魔導書って古代ドルディアナ語や、神聖ドルディアナ語で書かれてたような……」


「今から一か月もかければ、だいたいマスターできるようになるわ」


「時間かかりすぎる!」


 そんなに潜伏してたら、こちらの存在がばれるおそれもある。危なすぎる。


「あのねえ。古代語の習得なんて無理矢理覚えるストロングスタイルしかないのよ。千里の道も一歩から。はい、やったやった!」


「嫌だ! もうちょっとチートさせてくれ!」


 こちとら、なかばお尋ね者だし、もうちょっとフレキシブルに動いておきたい。


「…………はぁ。ったく、最近の若い者は楽することばかり考えて……」


 シュリにため息をつかれた。


 いや、お前のほうが見た目は若いだろ。高校生ぐらいだぞ。


「空海もそういうこと言ってたのよね。楽して経典たくさん暗記したいって……」


「それ、千年以上前の人!」


 神格の時間感覚、おかしいだろ。


「わかったわ。じゃあ、楽ができる方法を教えてあげる。ただし、効果が出るまではダルいわよ」


「なんだ、いったい?」


虚空蔵こくぞう求聞持法ぐもんじほうを延々と詠唱しなさい」


 その言葉で思い当たることがあった。


「それって、空海が四国の山中でひたすら唱えて、とてつもない記憶力を手にしたってアレか」


 唐に渡って真言宗を学ぶ前の時代、空海がそうやって智恵を授かったという話はそこそこ知られている。


「そうそう。虚空蔵菩薩ぼさつは記憶に関する神格だからね。その力を得れば、いわば、あらゆる魔導書を頭にコピペしてすぐに引き出せるわ」


「それでいこう」


 ちんたら覚えるよりはいい。


「ゴーウェン、あなた、空海があの呪文を何回唱えたか知ってる?」


 思い出して気が遠くなった。


「ひゃ、百万回……」


 もはや回数がおかしいので、どれぐらい時間がかかるか想像がつかない。


「この世界は、仏教の呪文が相当な効力を持ってるから、地球と比べれば回数は大幅に減るだろうけど、それでも面倒かもね」


 そうか、なにせマントラだけでいろいろ召喚できてるぐらいだもんな。


「わかった。なんとかやってやる」


 そのあと、三時間に渡って、俺はひたすら呪文を唱えた。


「ノウボウ・アキャシャ・ギャラバヤ・オン・アリキャ・マリ・ボリ・ソワカ……」


 開始五分ぐらいで嫌になってきたが止め時もわからず、ずっと続けていたら、十五分ぐらいでプチ・トランス状態になり、もう時間感覚もわからなくなってきた。


 その間、シュリはどこから持ってきたのか漫画読んでたり、ドーナツ食ってたり、思い出したように「がんばれ、がんばれ」とか言ってきたりして、けっこうウザかった。


 とくに言葉をかけてくるのやめろ! こっち、しゃべってるから混乱するんだよ!


 そして何回目かまったくわからない呪文を唱え終わった途端――


 目の前に発光する玉のようなものが見えた気がした。


 それが一気に口の中に入ってきたような感覚があり、そのままベッドにひっくり返りそうになった。


「なんだ、今の……」


 何が起きたかわからず、詠唱も中断した。

 ただ、不思議と不快な気持ちはしない。むしろ、すがすがしい。


「あ、成功したみたいね。やるじゃん」


 シュリがごくナチュラルに言った。


「これであなたはチートクラスの記憶力を手に入れたわ」


「シュリの言葉を信じる」


「そのシュリって何?」


「名前ないと呼びづらいからつけた。もしかして、気に入らなかった?」


 安直なことは否定しようがないしな。サイクロプスだからロプスとか言ってるようなもんだし。


 表情は仏頂面(仏の眷属だけに)だったが、シュリはちょっと顔を赤らめた。


「ま、まあ、思ったよりかわいい響きだし、それで許してあげるわ!」

今回も神格の解説です。


★シュリ

智恵をつかさどる文殊菩薩マンジュシュリーの眷属の獅子。召喚者とコミュニケーションをとるため人間の姿をして出てきたことで、猫耳のキャラになっている。眷属ではあるが、彼女自身の能力も一般の人間やモンスターと比べると破格に高い(はず)。

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