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第6話 シェフの神格召喚

 俺たち三人はその日の夜をバルドーの森でじっとして過ごし、夜明けとともに一気に森を抜けた。馬車の轍にそって進めば、モンスターに遭遇することもなかった。


 やがて、昼過ぎにはフーリアという小さな町に出た。


 町は小さいものの、ほかの町へ向かう乗り合い馬車などがいくつかあることがわかった。


 その町の雑貨商にビヒモスの魔石を売ると、三人で宿に三十泊はできる額になった。

 魔石の売値は五万ルピスと言われたが、日本円で言うとざっくり見積もって五十万円ぐらいだろうか。


 高いようだけど、冒険者に匹敵する二人が瞬殺されたモンスターであることを考えると、あまり高い気はしないな。命を懸けて五十万円では割に合わない。ブラック企業以下だ。


 酒場で話をして、もし漏れ聞こえても困るので、俺の部屋で密談をすることになった。


 俺たちは犯罪者じゃないが(むしろ犯罪は王国側)、王国からしてみると存在されると不都合な人間だ。


 マクレクスいわく、

「このまま、異世界出身の三人が一緒にいるのはあまりにも不自然だ。ここで三人は別れるべきだと思うぜ」

 とのこと。


「私も同意するわ」


 あっさりとハンナが納得したので、もう多数決的には勝負があったことになる。


「それに私二人とゴーウェンじゃ、力が違いすぎるわ。私たち二人が足手まといになっちゃうのは、こちらも楽しくないわ」


 寂しそうにハンナは笑った。


 たしかに二人と俺とは偶然、力の差ができてしまった。実力差のあるパーティーというのは上手くいかないかもしれない。


 俺も無理に二人を引き止めるのもおかしかったし、二人に従った。


「よし、じゃあ、話もついたし、酒場に出て、メシでも食おうぜ!」


 元気よく、マクレクスが立ち上がる。


「マクレクスさん、待ってください。俺にちょっといい案があるんです」


「なんだ、お前、調理もできるのか?」


「もう少し試してみたいマントラがあるんですよ」


 俺は町の市場で野菜やら肉やらの食材を買い集めた。


 それから町のはずれの人気がないところまで出る。


「オン・マカキャラヤ・ソワカ」


 俺は大黒天のマントラを唱えた。


 サンスクリット語ではマハーカーラ。


 大黒天というと、こづちを持っている図でよく描かれる神格だ。あと、米俵に乗っていることもある。


 こづちを持っているのは日本の大国主という神様と混ざったせいかもしれない。


 なにせ大国主も音読みにするとダイコクになるからな。


 さて、このマハーカーラ、インドでは凶悪な破壊神と考えられてもいたのに、なぜか食堂などの守護者として祀られていた。


 その影響か、日本でも平安時代などから台所に祀られていた。


 つまり、キッチンの神様と言ってもいい存在なのだ。


 なので、意味があるかもなと思った。


 マントラの効果で目の前にまた誰かが現れる。これも召喚系の魔法だったんだな。


 いかにも凄腕の料理人という腕に太い男が、白い調理師じみた服に身を包んで立っていた。


 こいつがたんなる人間でないのは、同時に調理道具や台、かまど、テーブルまでが出てきたことからもすぐにわかる。


「調理のほう、お願いする。人数は三人前で」


 マハーカーラはうなずくと、すぐさま下ごしらえを開始した。


 そう待つことなく出てきたメニューは、


 まず肉と豆、野菜などを煮込んだスープ。


 続いて、買ってきた豚肉を薄くスライスして、沸騰した湯につけて、タレにつける、いわゆるしゃぶしゃぶ。


 硬そうなパンは少し蒸して、やわらかくしたところに野菜や肉を入れてホットドッグ風に。


 果物類は、芸術的なほど美しくカットされて、皿に盛り付けられている。


 限られた食材の中でできる最大限の努力をマハーカーラはやってのけた。


 完成したあと、マクレクスは俺とマハーカーラにぱちぱちと拍手までしてくれた。


「食べる前から酒場の料理より美味いのがわかるぜ! そして、ゴーウェン、お前は天才魔法使いだ!」


 チートとはいえ、人に褒められるのはうれしいもんだな。


 料理ももちろん絶品だった。

 なにせ神格が料理を作っているのだ。これでまずいだなんて言ったら罰が当たる。


 しゃぶしゃぶという、この世界になさそうな豚肉の食べ方も好評だった。


 ポン酢なんて売ってないのに、マハーカーラは酢や果物などを使って、タレを作ったらしい。すぐれた料理人は充分な食材がなくてもできる限りのパフォーマンスを見せてくれるといういい例だ。


 すべての料理を食べ終えると、マハーカーラは消えていった。


 台所とマハーカーラの関係を思い出した俺をもっと評価してほしい。


◇ ◇ ◇


 翌日、マクレクスとハンナはそれぞれ違う方面の乗り合い馬車に乗って、旅立っていった。


「お互い生き残りましょうね!」


 そう俺は二人に言った。

 本当に切実な気持ちだ。


 王国にとって邪魔だからって、一方的に殺されてたまるか。

 魔王軍だって、きっと王国にえげつないことをやってるんだろうけど、これじゃ、どっちが悪だかよくわからんな。


 今のところ、魔王側につくつもりまではないが、あまりにもドルディアナ王国が人間としてひどいことをしているようなら、懲らしめてやってもいいかもしれない。


 とはいえ、この世界の魔法を何も詠唱できないとか、基礎的な問題が山積みだ。


 最低でもこのあたりは勉強しておいたほうがいいだろう。


 まさか、追手がすぐにこの町に来るとも思えないし、今の宿にしばらく滞在してこの世界のもろもろを調べていこう。


 俺は魔導書を売っているという店がないか宿で聞いて、そこに向かった。

 品揃えは王都などと比べると貧弱だろうが、どの町にも魔導士はいるらしく、多少の需要はあるらしい。


 ただ、魔導書の店に入って、問題に出くわした。


 文字が全然読めんぞ……。


 言葉自体はこの世界に入った途端、同時通訳のようになっていたので問題はなかったのだが、文字までは認識できないらしい。


 おそらく、呪文詠唱などは内容だけでなく、発音自体が重要だからだろう。


 意味が一緒だからといって、違う発音になれば、呪文なんてものは何の効力も生まないはずだ。マントラだってインドの言葉を日本でもそのまま唱えていた。日本語訳にして詠唱したりはしない。


 六畳ほどの狭いスペースに本が敷き詰められている。

 なのに、どの本をとっても、まったく文字がわからない。


「ああ、お客さん、違う世界から来た人だねえ」


 いかにも魔女という風貌の店主の老婆が声をかけてきた。


「魔導書の文字は、現代王国文字ではないからねえ。古代ドルディアナ語や、神聖ドルディアナ語が入っているからねえ」


「そんなの、短期間で勉強するのは無理だな……」


「違う世界から来た勇者候補の人は、この世界の魔導士がついて、最低限の魔法については、イチから教えるはずなんだけどねえ。あんたは受けてないのかねえ」


「ああ、いろいろちょっとあってね……」


 これはどうにかしないといけないな……。

 かといって、王都に戻って教えてくださいというわけにもいかない。


 幸い、いいマントラの心当たりがあった。


 三人寄れば文殊の智恵という諺がある。


 そう、英知の神格、文殊菩薩マンジュシュリーを召喚するのだ。

今回出てきた神格の説明です。


★大黒天マハーカーラ

日本で大黒様というと、にこにこしているイメージがあるが、もともと憤怒の表情をした恐ろしい破壊神。そのため、古代の像などは背中に血だらけのゾウの生皮がついてるような相当不気味なもの。まさに名前の通り、ビッグでブラックな化け物のような神格だった。

なぜか、古代インドから食堂で祀られており、日本に入ってきた時もその概念が残っていた。シェフのような姿で顕現したのもそのため。

人間を超えた技術で調理ができるので、ミシュランで採点されれば★が20個ぐらいはつくと思う。


明日も昼13時、夕6時、夜11時ぐらいの更新予定です。今度はケモミミの神格が出てきます。

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