第5話 最高位の回復魔法
ところで、このアチャラ・ナータのステータスってどんなもんなんだろう。
サーチ・アビリティを覚えているみたいだし、やってみようと思ったが……肝心の詠唱を知らないままだ。
そっか、この世界の魔法の詠唱自体は覚えるしかないな。あとで、どこかの町に着いたら調べてみよう。
まずは不動明王の顕現であるこの剣士を最大限に活用するべきだ。
俺は最強剣士のアチャラ・ナータに命じてみた。
「あのさ、この付近にいるビヒモスみたいな悪いモンスターを倒してくれないか。ほら、仏教的にも悪いことじゃないと思うんだ。森に入った一般人が襲われても困るだろ」
甲冑の剣士はこくりとうなずくと、森の中に消えていった。
しばらくして、Lvが上がる反応が次々と俺の身に起こる。
最終的にここまで成長した。
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ゴーウェン
Lv46
職 業:召喚士
体 力: 986
魔 力:1109
攻撃力: 735
防御力: 707
素早さ: 839
知 力: 975
技 能:サーチ・アビリティ サーチ・アンデッド センス・エヴィル ヘルフレイム ライトニング・ボルト メテオ・レイン サーチ・イーヴル レヴィテーション テレポーテーション
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おいおい、大魔導士アライルのLvに追いついちゃったぞ。
ちょっと、あのアライルに悪い気がしてきた。あいつ、絶対努力して、王国を代表する魔導士になっただろうからな……。
実際は俺のほうがこの世界で発見されてない魔法を使える分、能力だけなら有利だろう。
俺に戦闘経験がなさすぎるし、この世界の魔法も詠唱できないままだから、今はまだ危なそうだけど。
やがて、アチャラ・ナータが無言で戻ってきた。
「ありがとう。お前のおかげできっとこのあたりの森も平和になったわ。まあ、広い森だから、まだまだビヒモスみたいのがいるんだろうけど」
兜で顔を隠している剣士はうなずくと、ゆっくりと消えていった。
無限に出続けるというわけではないらしい。
まあ、召喚魔法ってそういうものか。
さて、これからどうしようかな。
このLvならザコ敵とは戦えそうな気がするけど、魔法をメインにする職業だけあって防御力と攻撃力がちょっと劣っている。肉弾戦には不利だ。
そもそも、魔力の消費量もどんなものかまったくわかってないしな。
ほかのマントラも使えるなら、かなり楽そうなんだけど。
――そうか。
俺はかなりいいことをひらめいた。
この十年でも最高のひらめきかもしれない。
しかも、率直に言って「いいこと」だ。
決して「悪巧み」じゃない。
俺はすぐに凄惨な現場に向かった。
そこではマクレクスとハンナの死体が置き去りにされていた。
もちろん、踏まれたり、四肢を引きちぎられたりして、まともな死体の形では残っていない。
そうなっているという覚悟ができていたから耐えられたが、知らずに見たら、おそらく吐いただろう。
普通の僧侶なら、彼らの死を悼むためにお経をあげるのが関の山だ。
だけど、俺は違う。
気持ちを集中させるために数珠をとって、左手でつかんだ。
その手を突き出しながら、つぶやく。
「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ……」
コロコロという部分がシュールだし、かなり短いが――
これは薬師如来のマントラだ。
薬師如来――サンスクリット語ではバイシャジヤ。
名前のとおり、医療や治癒に霊験あらたかな仏様だ。日本人なら仏教に興味がなくても一度は聞いたことがあるだろう。
もしかしたら奇跡が起こせるかもしれない。
そのマントラを念じ、右手のほうも彼らに掲げるようにする。
しばらく、目を閉じて、マントラを繰り返す。
頼む。効いてくれ。
ゆっくりと目を開くと――
そこには肉体の回復した二人の姿があった。
まだ、息があるかはわからないが、やはりこのマントラは偉大な回復魔法の詠唱だったらしい。
だが、体を回復できるなら、命だって――
「あ、あれ……俺はなんで生きてるんだ……?」
マクレクスが目を開いた。
「よし! 成功したっ!」
俺は思わず両手を握り締めて、ガッツポーズした。
ある意味、僧侶の世界に入って、初めて人を救えたのだ。俺は優等生的なお坊さんじゃなかったかもしれないが、それでもうれしいに決まっている。
そして、マクレクスが生きているということは――
「えっ! 私、殺されたはずじゃ……」
ハンナも目を開いた。二人の命を救うことができた。
マクレクスが殺されたことを知っているハンナは、自動的に候補を俺にしぼる。
「ゴーウェンがやった……んだよね?」
俺はゆっくりとうなずいた。
特殊な魔法が使えることを話すのは若干のリスクはあるが、この二人なら大丈夫だろう。
なにせ、命懸けで俺を守ろうとしてくれた人なんだから。
◇ ◇ ◇
俺は自分がこの世界の魔法とは異なる魔法を偶然使えたことを告げた。
二人を蘇生させられたのもその魔法の一つであることを。
あと、今後、二人が俺を守ろうとしてまた死んでも困るので、Lvが大幅に上がったことも伝えておいた。
「なるほどな。お前は元の世界で僧侶をやってたから、そこで呪文をいくつも習ってたわけだ」
マクレクスはとりあえず納得したらしい。
「本当に呪文の言葉だけで、魔法が発動したことはなかったんですけどね。とにかく、二人が助かって本当によかったです」
もし、これでバイシャジヤのマントラが効かなかったら、なんでもっと早くビヒモスにアチャラ・ナータをけしかけなかったのかと一生後悔していたと思う。
さて、今後のことを考えよう。
まだまだ安堵できるような状況じゃない。モンスターだらけの森の中だ。アチャラ・ナータがかなりの数を排除したと思うが、それでも少し歩けば、またほかのモンスターたちのテリトリーに入るだろう。
「ひとまず、この森を抜けて人里に出ましょう。まさか俺たちが生きてるとは王国も考えてないでしょうし、追手も何もいないでしょう」
「そうね。正直、魔王軍より先に王国の奴らを滅ぼしたいわ」
ハンナは笑いながら言っているので、半分は冗談だろうが、逆に言えば残り半分ぐらいは本心だろうな。
「気持ちはわかるけど、うかつに目立って、命を狙われるぐらいなら、細々と生きたほうがいいかもしれないです」
ハンナやマクレクスは常人よりははるかに強いが、王国の兵士たちに囲まれたら、助からないだろう。
「そうだな。ゴーウェンの言うとおりだ。せっかく助けてもらった命をまた捨てるのもバカらしい。早くここを立とう。でも、夜にうかつに動くと、モンスターに狙われるようなもんだぜ」
マクレクスの言葉に思わずうなずく。
たしかに夜に視野も狭くなるし、無理に移動するべきじゃない。
「あと、先立つものも集めたいしな」
そう言うと、マクレクスはたたたっと小走りになる。
その先にはビヒモスの死体があるだけだ。
「ゴーウェン、お前、モンスターについての説明、王城で一切受けてなかっただろ。Lv1だったもんな」
マクレクスがビヒモスの死体から取り出したのは、手のひら大ほどもある宝石だった。
「魔石って言うらしいぜ。モンスターは死ぬとこれを落とす。というか、これがモンスターの心臓みたいなもんだ。これがを売って冒険者は金を稼いでるらしい」
そういや、この世界の基本的なルールも確認してないままだ……。
町に出たら、しばらく勉強に時間使ったほうがいいかもしれんな……。
今回使用したマントラの解説です。
★薬師如来バイシャジヤのマントラ
バイシャジヤは人間の病根をすべて取り除く神格であり、力を持った者の呪文によれば、死すら取り除くことができる。
ただし、死後時間が経過したものは効果がない。今回は、ゴーウェンが仲間の死後、数分しか経過してない段階で使用できたので、効果があった。
薬師如来信仰自体は日本でも相当古くから熱心に行われており、飛鳥時代から仏像が制作されているほど。
次回は夜11時の更新予定です。今度はすごいというより便利な神格が出てきます。