第49話 しあわせ夫婦生活
マルファが魔王になったので、俺もしばらくの間、城でとどまっていた。
前回のような一触即発の空気はないから、そこまで怖くはない。
ただ、いいかげんあの森での生活がなつかしくなってきた。
「――というわけで、森に帰りたいんだけど」
「むぅ……そうじゃのう……」
マルファにすごく悩ましい顔をされた。
たしかにマルファにとっては、ここは実家だ。
追い出されたように出ていった以前なら別にして、今はあまりここを去りたくはないだろう。
「わらわはここにいたいのじゃ……。もう少しとどまっていてくれんか?」
こう言われたら、もう留まるしかないな。
「わかった。お前の言葉に従う」
「さすが、我が夫じゃ!」
いつも以上にマルファに強く抱きつかれた。
うん、嫁が喜んでくれる顔を見るのが一番だ。
家庭内不和になるようなことを考えるべきじゃない。
それでこちらは納得してたつもりなんだが――
「どうにも申し訳ないのう……」
マルファのほうはそうではないらしい。
「魔族の側もかなり落ち着いてきたし、そろそろあれを試すべき時かもしれぬの。そしたら、ゴーウェンも多少は幸せになれるかもしれん」
そのあと、マルファは何かナリアルと相談していた。
とくに悪巧みするようなことはないと思うが、かなりマジな雰囲気の話だった。
詳しいことは途中でナリアルに、
「あまり殿方に聞かせる話ではないので」
と追い出されたのでよくわからない。
翌日、マルファは政務に出てこなかった。
ナリアルいわく、「ご病気」とのことで、夫が見舞いに行くこともダメであるらしい。
気持ちだけ受け取っておくと言われた。
「ただ、3日ほど、魔王様の力が弱まっているので、もし反乱などがあれば対処していただきたい。あと、それ以上に魔王様の部屋には入らないように」
「あいつが病気なんてしなさそうだけど、そんなに重いのか?」
「と、とにかく、3日ほど待ってくれ! 私はウソをつくのが下手なんだ!」
ナリアル、それはウソって言ってるのと変わらないぞ……。
とにかく俺はその3日を待つことにした。
そして、3日後。
ナリアルが俺の部屋にやってきた。
「魔王様のご病気が治った。ぜひ、顔を見せに行ってほしい」
「ああ、病気だって設定だったよな」
「い、いや、ちゃんと病気だからな……?」
こいつ、一応隠せてたつもりだったのか?
マルファの部屋に入る。
女子の部屋ではあるが、あいつは子供なのでとくに緊張などはなく、これまでも行っていた。
マナーとしてノックはする。
「ゴーウェンじゃな。よくぞ、参った。入ってくれ」
心なしか、マルファがいつも以上に俺を意識している気がした。
数日会ってないからだろうか。
そんなことを思いながら、扉を開ける。
一人の美少女がそこに立っていた。
年のころは16、7ぐらいだろうか。
思わず息を飲むほどだ。あまり近づくのも変な気がして足が止まってしまった。
だが、いったい誰だ? マルファの親戚か?
「あ、あの、すいません、マルファ……魔王はどこに……?」
美少女が自分の顔を指した。
「わらわじゃよ。ほら、角に名残があるであろう?」
たしかに角が羊みたいに下側を向いている。
「あれ、でも、どうして……?」
「わらわが大人になれなかったのは、王位継承戦争で力を使いすぎたところによるものが大きい。しかし、国が平和になって、人間との戦争もなければ、力をわらわのほうに一時的に向けることができる。それで成長を戻したのじゃ」
意味はわかった。
子供であったことのほうがおかしかったわけだから、正常になったのだろう。
しかし、気持ちのほうはまだ落ち着いていない。
俺の妻はもっと手のかかる妹って感じの奴だったはずで……。
マルファが抱きついてくる。
自分でも信じられないぐらいに心臓が早鐘を打っている。
「わらわのためにここに残る選択をしてくれたことに、ご褒美をやろうと思ってな」
「ご、ご褒美って……」
「夫婦なのじゃから、愛し合うのが当然なのじゃ。頭を撫でるだけでは足りぬぞ」
その夜、俺とマルファはある意味、はじめて夫婦らしいことをした。
正直、ずっとマルファにリードされていた。
たしかにマルファは攻撃的な性格だったな……。
けど、マルファの場合はそういう次元ではなかった。
「さてと、家臣にも褒美をやるとするか」
マルファはベルを鳴らして、
「ナリアル、ナリアル、来るのじゃ」
ナリアルを呼んだ。いや、こんな状態で呼ぶなよ!
俺はあわてて服を着る。二人とも何も身につけてない。
「ああ、ゴーウェン、そのままでよい」
そして入ってきたナリアルに、
「夫の夜伽役であったからの。ずっとわらわのせいで遠慮しておったのじゃろうが、その必要はないぞ」
と言った。
「魔王様、それは、しかし……」
ナリアルは顔を真っ赤にして拒んでいたが、「命令じゃ」の一言で押し切られた。
いや、俺の意見のほうは……?
結局、その夜はナリアルとも俺は交わった。




