第36話 魔導士の天敵
魔導士ディルケアは弟子の魔導士三十人とともに森のほうにやってきていた。
「ほっほっほ、ワシの魔法で誰であろうと手玉にとってやろう」
ディルケアは魔族に伝わる秘術も、人間が遺してきた秘術も、この世界における魔法を極め尽くした一流の魔導士である。
その秘術の中にはあまりにも多くの生贄を必要とすることから廃れてしまったようなものもあった。
ディルケアは何人も人間をさらって、それを復興させた。
時には弟子を生贄にして、魔法を使った。
大昔の話だが、自分の親すら生贄に捧げたことすらある。
まさに血も涙もないがゆえに、魔法を極めた者なのだ。
それでも多くの弟子がついているのは、それだけディルケアが使う魔法が群を抜いているからだった。
弟子の多くは魔族だが、中には闇に堕ちた人間もちらほらといた。
「先代の魔王の仲間には若い娘も多いと聞く。とくに若い娘は生贄の価値もあるからのう。ここでストックを増やしておければ、あとあと便利じゃ」
だが、森の入口付近に若い女が一人立っている。
赤い髪をした女で、何か弦楽器を持っている。
「おや、そこの娘さん、マルファという娘をご存じか?」
「ええ、知ってるけど、それが何か?」
もう、ディルケアはどの魔法を試すか考えだしていた。
一切の体の自由を奪うソウル・チェーンを使うか。
「ああ、元魔王を殺すつもりだったら諦めたほうがいいよ。容赦はしなくていいって言われてるし。あんたら、四天王が絶対に勝てないような布陣をしてるから」
女の声は酒場でよく見かける女みたいに少しばかりハスキーだった。
「こちら用の布陣? ディルケア様、あの女、対魔法防御の服でも着ているのでは?」
弟子の一人が注意を促す。
「ああ、それなら心配いらん。邪まなるもの、作為あるもの、その力は光の中、無へ帰せ!」
呪文の詠唱を行い、魔法を発動させる。
魔法工作物を無効化するディスエンチャントの魔法だ。
王国の魔導士がよく使う魔法だが、ディルケアは当然のようにそれも使用できる。
「対魔法防御だって、魔法によって造られたもの。ならばいくらでも解除の方法はある。ワシは魔法の効かぬ相手に手も足も出ぬほど脆くはないぞ」
「さすがです、師匠!」「素晴らしい!」
弟子たちが賞讃の言葉をかける。
「さあ、もうお前さんに勝ち目はない。素直に降伏するがよい、生贄として使うまでの間は生かしておいてやろう」
若い女はとくに腹を立ててる様子も困惑している様子もなく、じっと魔導士ディルケアの顔を見ていた。
「最後の忠告ね。このまま戦うか、逃げるか決めて」
「ふん、お前さんごときに負けるわけがなかろう!」
その一言で勝負は正式にはじまったことになった。
ディルケアもその後ろにいた弟子たちも皆、詠唱を行おうとした。
だが、すぐに異常に気づいた。
声が出ない。
詠唱というのは、当然発声が必要である。
中には無詠唱で使用できる魔法もある。
ただし威力が大幅に落ちたりするので、現実的ではない。
少なくとも通常は戦闘には役に立たない。
ただ、弟子の数も多い。
彼らの一部は無詠唱形式のディスエンチャントを使おうとした。
効果の範囲は著しく制限されるが、どうせ何か策を弄したのはあの女しかいない。
それを破壊できれば――
だが、状況はまったく好転しない。
端的に言って、女は何の魔法も使っていない。
――と、ディルケアたちの頭に声が響いた。
(不思議に思ってるでしょ)
だんだんとディルケアたちも焦りだすが、声を上げることもできないので、どこかその様子は滑稽だった。
(私の名前はサラスヴァティー。音楽の神格なの。つまり、音を支配できるわけ。だから、この周辺を無音空間に変えてあげたってこと)
ディルケアたちは血の気が引いた。
音がない空間では魔導士など、ほとんど役に立たない。
サラスヴァティーは弦楽器を持ったまま、余った手で一本の剣を抜いた。
(あなたたち、悪どいことしすぎよ。ちょっと、容赦も難しいわ)
15秒後、魔導士たち全員はサラスヴァティーに斬り殺された。
もちろん無音なので悲鳴も一切上がらなかった。
◇ ◇ ◇
★その少し前。
「魔導士は詠唱を防げれば勝てると思うんだ、だから、この神格だ」
俺はマントラを詠唱する。
俺たちの前に弁才天サラスヴァティーが現れる。
時に弁財天とも書き、財産神としても著名だが、もともと川の神であり、音楽の神様でもあった。
「ちわー。アタシを呼び出して何か用?」
ギターを持った女性バンドマンっぽい雰囲気の奴が出てきたな。
あんまり神格っぽさはない。
俺は戦術をサラスヴァティーに説明した。
「あい。わかった」
ちょっと信用がおけない返事だったけど、まあ、大丈夫だろう。
これで四天王の二人はどうにかできるな。
残りは半分か。
水を操るウンディーネも敵にいたけど、あの神格を使うか。




