第31話 新婚旅行
韋駄天スカンダのマントラを使うとか、空を飛ぶとか、いろんな方法で早く移動する方法はあったが、せっかくなので馬で行くことになった。
新婚旅行だしな。高速で行くというのもちょっとおかしな話だ。
途中、何度かモンスターに囲まれることもあったが、マルファが何か紋章みたいなものを見せると、すぐにすぐに頭を下げていった。
そりゃ、魔王だもんな。
魔族の世界とつながっている大きな穴はなかなか壮観で、撮影するものがあったら是非撮影したかったが、当然ながらそんな便利アイテムはない。
結局、一度も危機的な状況になることもなく、魔王の城にまでたどりついてしまった。
俺たちはまず到着初日は客人の部屋に通された。
ずっと城を管理していた魔族(シュリの親戚みたいな虎の獣人だったり、ドラゴンだったりした)は、「え? なんで人間がいるの?」みたいな反応をしてたが、
「魔王様は狩りで手に入れたものすら丁重にもてなすのですな」
などと適当な褒め言葉を言っていたので、戦利品か何かだと認識したらしい。
「魔族といっても、基本的には人間と変わりありませんわね」
ヴィナーヤカは城の造作を見ながら言った。
たしかに文化的にとくに劣ってたりはしていないようだ。
「そうね、これなら人間と友好関係を築ける可能性もないとは言えないかも」
シュリの言葉はどこまで本心かわからんな。
どうせ無理だろうぐらいのノリが感じられる。
人間側も魔族側も相手を基本的に劣った奴と思っているから、まあ、難しいだろう。
ちなみに魔族は虫を食べるので、これは勘弁してほしかった……。
お菓子に虫は入ってなかったので、こういうのだけ食べた。
マルファが虫をとくに所望しなくてよかったと思う。
そんなわけで初日は平和に過ぎたのだが、わかってはいたことだが、翌日に大混乱が起きた。
「わらわは人間の世界に行って、おった。そこで婚儀を挙げた。我が夫を紹介しよう」
玉座のマルファにそう言われて、俺は玉座の横に出ていった。
非難の前に純粋な困惑の声が聞こえてきた。
そりゃ、そうだ。
王国の姫様の結婚だって、庶民の男が相手だったらこういう空気になる。
まあ、それでもいきなり攻撃されたりしないだけマシなんだろうな。
そこは魔王様が夫って紹介してるからな。
とはいえ、何事もなく話が収まるなんてことも当然ありえないわけで――
「お姉様、おたわむれはこれまでにしていただきたい」
張りのある声が部屋に響いた。
声の主は青年貴公子といった雰囲気の男だ。
ただ、角が生えているので魔族とわかる。
お姉様といったということは、この男も王族か。
「なんじゃ、ベルエール。姉に向かってずいぶんな態度であるのう」
マルファのほうはなんでもないという顔をしている。
マルファのおかげで弟の名前がわかった。
「長らく城を留守にしていたかと思えば、人間と婚約したなど、ふざけているにもほどがあります。いくら魔族の頂点に立つ者とはいえ、我々を愚弄した行動と言わざるをえません!」
ぶっちゃけ、内心で「そうだよな」とあいづちを打った。
こんなの理解されるわけないよなあ。
ていうか、こんな話が通るんだったら、そもそも人間の王国と長年の戦争になんてならんだろう。
「とにかく、我々にはっきりと説明をしていただきたいですね。そうでなければ納得することなどできません。お姉様の理屈が聞きとうございます」
「理屈じゃと?」
マルファが浮かない顔になる。まあ、そりゃ、理屈なんてあるわけないもんな。
しかし、どうも悩んでいるというよりは、恥ずかしげな顔なのだ。
そして、マルファは玉座から立ち上がると――
俺のところまで来て、ぴょんとジャンプするように抱きついてきた。
おい、なぜ火に油を注ごうとする……。炎上体質か……。
「り、理屈などない……。わらわはこのゴーウェンという男が恋しくてたまらぬようになってしまったのじゃ……。戦闘中、この男に迫られた時があってな……それ以来、ゴーウェンのそばにいるとうれしくてたまらんのじゃ。そうなのじゃから、しょうがないではないか!」
そばにいたヴィナーヤカが小声で、
「壮大なノロケですわね」
と笑いながら言った。
いや、本当にすごいカミングアウトだ。
俺のほうまで顔が赤くなってくる……。
まあ、周囲の魔族たちからは睨まれたりしてるけどな。
ある意味、アイドルが突然結婚しますと言って、夫と登場したようなもんだ。
だけど、その……あえてマルファの言葉を使うなら、俺もうれしい。
こんなに愛してるって女の子に言われて、うれしくない男なんていない。
「わかりました。かつて魔族と人間が恋に落ちたなどという昔話もいくつか伝わっていますし、そういうことになったということだけは認めましょう」
ベルエールが譲歩した。その昔話というのが気になるが、まあ、美女と野獣みたいな話なら、どこの世界にでもあるんだろう。
「ですが、もはやお姉様は魔王としては不適格と言わざるを得ません。このままでは反乱を起こす者が出ることも懸念されますし、ここは退位なさいませ」
なるほど、そう来たか。
俺はベルエールの顔がほくそ笑んでいたのを見逃さなかった。
こいつはマルファの弟だ。
そのまま、魔王の地位をいただこうって腹だろう。
なにせ、マルファにとって最大級のスキャンダルだからな。
「どうするんだ、マルファ?」
いまだに抱きついているマルファに声をかけた。
ただ、マルファはまったく戸惑っている様子もなかった。
一言で言うと、けろりとしている。
「わかった。ベルエール、魔王はお前がやれ」
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