第3話 年金生活の罠
今回もまだ強くなれません。もうちょっとお待ちください。次回ぐらいでチートっぽくなる予定です。
全員のステータス確認が終わったあと、俺は魔導士アライルに別室に連れていかれた。
やっぱり異常に弱い一般人クラスは俺だけだったらしい。
「あの、皆さんは練習用ダンジョンについての説明を受けてるはずじゃ……」
「今のあなたがダンジョンに行っても九割以上の確率で死にますし、ほかの方の迷惑にもなりますので……」
うわ、なんだ、この不良品的な扱い……。
異世界でも役に立たない存在なのかよ……。
「ご心配なく。あなたを連れてきてしまったのは、こちらの責任です。私のサモン・クリーチャーの魔法になんらかのミスがあったせいです。国から年金は出ます。あなたが死ぬまで暮らせる額です」
「あっ、つまり、この世界でのんびり生きていいってわけですか?」
「そういうことです」
魔導士アライルは神妙な顔でうなずいた。
ただ、俺は素直に信じてはいなかった。
勇者として戦えるならともかく、一般人のザコを優遇するだろうか。
しかも、こんなふうに勇者候補を集めてるとしたら、戦闘に出るのを拒否した者の総数もかなりの数になるだろう。
それにことごとく保証金を払うだなんて律儀なことをするかな。
そのうえ、この世界で知人すらいない天涯孤独の身だぞ。
俺が王国側だったら口封じで殺すかな。労働力不足ならどっかの農村にでも飛ばすかもしれんが、多額の年金を出すと言ってるから、そうではなさそうだ。
もっとも怪しんだところで、Lv1では何もできないが。
黙って説明を聞いていた。
「ちなみに、アライルさんのLvはいくつなんですか?」
「私はLv46の魔導士です」
逆らっても、絶対にこちらが殺されるな……。
そのあと、同じ部屋に男女一人ずつが入ってきた。
二人とも、勇者として戦うつもりがないと主張して、年金で暮らすことを選んだらしい。
男のほうは腕っ節の強そうな鍛治職人で、勇者なんかよりも鍛冶職人として、この世界でも暮らしたいという。Lv14。だいたい召喚される者の平均だ。
女のほうは、まだ異世界に飛ばされたことが納得できないようで、自力で元に戻る魔法を探したいという。
年齢は二十代なかばでLv11。このLvだと勇者として頑張るモチベーションもあまり上がらないかもしれない。
「だいたい、勝手に連れてこられるなんて無茶苦茶だぜ」
「そうよ、何が悲しくて勇者なんてしなきゃなんないのよ」
「そうですよね」
俺は二人に調子を合わせた。実際、同意見だ。
愚痴を三十分ほど言い合っていると、兵士たち数人が入ってきた。
そのリーダーである男があいさつをする。
「私は近衛兵の第三団長のレトールというものです。これから皆様を保養地のサムリエントという町までお届けいたします」
そう言ってレトールは地図をテーブルに広げてくれた。
この王都から馬車で三日ほど西に行った海沿いの町で、一種の観光地のようになっているそうだ。
「断絶した貴族の別荘がこちらにありまして、そこを使っていただくことになります」
「あら、待遇は思ったよりもいいのね。少しこの国の印象がよくなったわ」
女の子のほうが楽しそうに言った。たしかにこれが事実なら、なかなかよくできた国だと思う。
しかし、ファンタジー世界に人権意識なんてあるかなあ……。
まあ、ここに武装した兵士が乗り込んできて、斬殺されて終わりだなんてことにならなかっただけマシだけど。
◇ ◇ ◇
俺たちは大きな馬車に乗って出発した。
揺れは気持ち悪かったがすぐに慣れた。
二十分も馬車用の道を走ると、完全に郊外になり、せいぜい畑ぐらいしかないところに出た。どうやら、まだまだ日は高いらしい。
さらに行くと、馬車は森の中に入る。まあ、これぐらいの文明レベルなら、都市の外側はほとんど全部森なのだろう。
途中、何度か別の町に入ってはまたすぐに森に入ることが繰り返された。日本でもローカル線の特急とかだと、停車駅の近く以外は農村と山ばかりって光景が続くよな。
旅は道づれというやつで、俺たち三人はけっこう仲良くなった。
男のほうはマクレクスといって、なかなか腕の立つ鍛治屋だったらしい。女の子のほうはハンナといって、優秀な女狩人だったらしい。
夕暮れも近くなってきたが、馬車はどんどん森を走る。
「今のところ、王国が約束守ってくれてるみたいでほっとしました」
俺は危惧していた内容を打ち明ける。
森に入った途端に兵士たちに殺されるんじゃないかと恐れていた。
逆に言えば、半日は馬車が走ってるのだから、俺の気もゆるんでいた。
「言いたいことはわかるけど、向こうにも危険なことだし、やらないんじゃない?」
ハンナが言う。
「あなたは例外かもしれないけど、私もマクレクスさんもある程度の冒険者ぐらいの実力はあるのよ。兵士側も負傷するかもしれないでしょ」
言われてみればそうか。
鍛冶屋のマクレクスは自分も肩に大剣をぶらさげているし、ハンナもナイフを腰のホルダーにつけていた。そういうアイテムも一緒にこの世界に持ってこれたらしい。
これなら一戦交えることも可能だ。
一方、俺は修行中だったので、修行者用のボロボロの服だけで携帯電話すらない。あっても、百パーセント圏外だから何の意味もないけど。
あとは数珠があるぐらいか。
もしかしたら、高く売れるかもしれない。罰当たりかもしれないが、多分この世界に仏はいないから、仏の加護もないだろう。地獄に仏という言葉があるが、異世界にはいないと思う。
「あの、仏って言葉、知ってます? あるいはブッダとか観音とか?」
「なんだよ、それ。ていうか、何語なんだ?」
ああ、やっぱり全世界共通じゃないよな。
「このバルドーの森ってのを過ぎると、宿の町に入るらしいな」
マクレクスが地図を広げる。
行程としては順調らしい。
「そういえば、モンスターに一切遭遇してませんね」
町の外側の森といえば、いかにも何かいそうなものだが。
「そこはあっちも商売だ。できるだけ安全な道を行ってるのさ。そんなところに近づいたら随行してる兵士も危険だろ。自分の命のほうが惜しいはずだぜ」
それもそうだ。
どうも、俺は疑いすぎているのかもしれない。
そうだとも。世の中にはもっと心やさしい人だって、たくさんいるはずだ!
異世界に仏はいなくても、仏のような人は――
――キキーキキーッ!
と、そこで馬車が止まった。
急に止まったというよりは、ゆっくりと予定通りの止め方をしたという印象だ。
「すいません、馬が長旅で疲れているようです。少し休憩をいたしますので、お待ちください」
近衛兵で今回のアテンダント役のレトールがやってきて、説明した。そりゃ、馬だって生き物だもんな。
「ここから三分も歩いたところに大きな泉があるんです。そこで休息されることをおすすめしますよ」
たしかに自動販売機があるわけでもないのでノドが渇いていた。
気分転換も兼ねて、俺たちは泉のほうに歩いた。
だが、どうもおかしい。
「もう十分は歩いてると思うけど、泉なんてねえぞ」
マクレクスが言った。
だよな。道を間違えたとしか思えない。ていうか、道らしい道なんて、馬車が通ってた道ぐらいしかないんだよな。
馬車があったところまで引き返してきたが――
そんなもの、もぬけの殻で、そこには何もなかった。
あるのは、車輪の通った跡だけ。そこで明らかに引き返してる。
置いてけぼりを喰らった。
日曜も昼1時、夕方6時、夜11時の3回に更新予定です。