第26話 魔王が俺の嫁になった
「おい、ゴーウェンとやら!」
高い声が響いた。
当然ながら、魔王マルファだ。
顔を赤く染めて、半泣きになっている。
体に変化があったし、今も魔王と呼んでいいかは微妙だけど。
「あれは戦闘だったからな。俺がどんな攻撃をしたとしても責任とらないぞ」
「違うのじゃ……。そのことではないのじゃ……」
「じゃあ、お菓子か? そっちに交戦の意思がないなら、いくらでも――」
いきなり、マルファが突っこんできた。
おい、ここで戦闘か!?
くそ! こっちは準備が完全に遅れた!
だが殴られも斬られも噛みつかれもしなかった。
抱きつかれた。
「お前のことが忘れられないのじゃ……これもネンブツとやらのせいか……?」
「え、いや、そんなものはないと思うけど……」
「じゃ、じゃあ、お前が悪いのじゃ……。いきなり押し倒しておいて……しかも耳元で囁くなど……お、乙女心をもてあそびおって!」
あ、ああ……。
たしかに相手が年頃の、というか小学生ほどの幼女と仮定したら、限りなくアウトに近いアウトだった気がする。
大人の男に押し倒されて、耳にぼそぼそ言われたらトラウマにもなるぞ。
ぶっちぎりで事案確定だ。
「悪かった。もし、お前の心に不快な記憶を残してしまったのなら謝る――」
「違うと言っておろう! 本当に察しの悪い奴じゃな!」
抱き締められる力が強くなる。
「わらわはお前のことを考えると心がぽわぽわするのじゃ……。そして、こうやってお前にひっついていると、妙に幸せな気持ちになるのじゃ……。お前と離れたくないのじゃ……」
お、おい、それって……まさか恋……?
――と見せかけての殺意とかだよな、どうせ。
はいはい、コメディでよくあるやつでしょ。
「わらわはわかっておる。これは恋じゃ」
そのままだった。
「なあ、ゴーウェンとやら……わらわはどうしたらよい?」
「俺に聞くのかよ……」
正直、答えなんて何一つ出てこないぞ。
周囲に視線を送って、助けを求めるが、ナリアルも堅物だけあって、「こんなの知らぬ……」という顔をしている。
シュリも、あきれてるばかりで、とくに助け舟を出してくれたりなどしないらしい。
となると、こういうのに詳しいのは――
「これは大変なことになりましたわね」
すごくいい笑顔のヴィナーヤカだけだ。
「ヴィナーヤカ、どうにかしてほしい……」
もっと話をややこしくされそうな危険もあるが、やむをえない。
神を信じよう。
「ゴーウェンさんは今の森での生活を捨てたくはありませんわよね?」
「そりゃ、町に出たら、絶対に目につくしな……」
「じゃあ、魔王のマルファさんがゴーウェンさんのところに嫁ぐしかないのではありませんこと?」
嫁ぐって、それは、その……。
「わらわに嫁に来いと申すか!?」
この声の様子だと、マルファとしては不本意らしい。
「わらわは魔王であるぞ。それが城を明け渡して、嫁に出るなんてことが……」
「なら、このお話はご破談でよろしいんじゃありませんこと?」
そっけなくヴィナーヤカが言った。
「プライドのほうに負ける恋だなんてどうせつまらないものですし、どうでもいいですわね」
案の定、これ、楽しんでやってるな。
「家庭や家柄、仕事などの都合で実らない恋など無限にありますわ。別にいいですのよ。何を重視するかなんて人それぞれですもの。よ~く損得勘定を発揮して打算的にやればいいですわ。まあ、損得勘定に負ける恋を恋と名づけるのもおこがましくはありますがね」
ヴィナーヤカに所願成就をする人はすべてを投げ出す覚悟がいるからな。
損得勘定が前提の人間なんてヴィナーヤカ的には軽蔑の対象なんだろう。
「わ、わ……」
「何が『わ』なんですの?」
「わかったのじゃ! この男を夫とし、わらわが妻となるのじゃ!」
羞恥心を吹き飛ばすような必死の声で、マルファは言った。
「では、これで決定ですわね」
あれ、決定?
「俺、まだ何も言ってないんですけど……?」
「あら、ゴーウェンさん、女の子が思い切って告白したのに、今更反故にするだなんて、あまりにひどいことですわよ。それなら最初から断っておかないといけませんわ」
「うっ……。たしかに一理ある……」
すぐに拒否しなかったのは俺の判断だったしな……。
「ヴィナーヤカ的には、いいのか……? ほら、抱き枕になる時間は減るわけだし……」
「わたくしはゴーウェンさんの妻ではありませんもの。それに他人に断る理由を作らせようとするの、はっきり言ってゲスですわよ」
うっ……鋭い指摘……。
「もっとも、不本意な方はいらっしゃるかもしれませんが」
にやにやしながらヴィナーヤカはシュリのほうに目をやった。
えっ、なんでシュリがそこに出てくるんだ?
まあ、魔王が調子いいこと言ってるのが納得できないのかもしれないが。
「ヴィナーヤカ様、どうしてこちらを見てくるんですか!」
気が立っているのか、シュリが尻尾を立てた。
「私はかまいませんから! わ、私が決めることじゃないし!」
ひとまずシュリからはOKが出たようだ。
「あと、マルファさんもさっきのナムアミダブツのせいで、魔王業務は行えそうにないですもの」
それも事実なんだよな。
俺の腕の中にいるマルファは、
「うぅ……こんなくだらない世界。焼き払……邪悪な心こそ焼き払ってしまえ、なのじゃ……」
魔王っぽい発言ができずに苦しんでいた。
「どういうことじゃ! これでは魔族を率いていくこともできんのじゃ!」
マルファは一度、俺の腕から離れるとナリアルのほうへ駆け寄って抱きついた。
なんか姉と妹の関係みたいだ。
妹側のほうが確実に偉いけど。
「ゴ、ゴーウェン、今の魔王様を城に戻しても発言から混乱を招く……。こちらで保護を頼みたいのだが……」
お付きのナリアルが提案してきた。
むげに断るのも悪いし、現状、そうするよりほかないか。
「わかった。こちらで預かっておくな……」
「あと、我々も魔王様に仕える身として、このあたりで暮らすことにする」
「あ、ああ……好きにしてくれ……」
どこに住むかは向こうの自由だろう。
「魔王様のために、よく、顔を出すことになるかと思うが……その時は、よろしく頼むぞ……」
なんで、こいつまで顔を赤くしてるのか謎だが。魔王が人間に嫁ぐことがよっぽど恥辱なんだろうか。
「ああ、いつでも好きな時に来てくれ。お前は常識人ぽいし、むしろ助かる」
「そ、そうか、ありがとう……」
とくに褒めたわけでもないんだけどな。
むしろ、非常識人が多すぎるというか、人自体が俺しかいない。
「おい、我が夫よ」
マルファがまた俺のほうにやってきて、こっちの顔をのぞきこんでくる。
「貴様もわらわの夫となることを誓うのじゃ。でなければ不誠実であるぞ」
もう断る権利もないみたいだしな。まあ、マルファはまだ子供だし、ままごとの延長線上みたいなものだろう。
真剣にままごとするつもりではあるけどな。
そもそも、マルファのほうが強いので、不実を働くと殺されるリスクもある。
だから、俺も誠実に向き合うことにしよう。
自分のためにも。こいつのためにも。
「わかった。俺はお前を妻にする」
「うむ。それでよい!」
にっこりと笑って、またマルファは抱きついてきた。
「さあ、宴じゃ! さっきのお菓子の準備をせい!」
第一部はこれでおしまいです!
第二部もすぐに続きを書く予定です! 次回からもご期待ください!
明日も18時前後の更新予定です!




