第15話 主人公熱
今回は女の子の神格に介抱してもらうだけの回です。
王国や魔王陣営で事態が動いている頃――
「う~、苦しぃ……。むしろ、異様にダルい……」
俺は熱を出して寝込んでいた。
ちょうどナリアルを倒した直後から発熱したのだ。
シュリいわく、
「これはあれね。主人公熱ね」
とのこと。
「たいして格好良くない奴が、変にかっこつけたことをしたせいで、慣れないことして熱が出たのよ。魔王軍の将軍と戦ってた時、割とさまになってたもの」
そんなわけあるかと言いたいところだが、ガチの戦闘なんてほぼ経験がなかったわけだし、体がついていかなかったというのはあるかもしれない。
「つらいですわね、大変ですわね」
ぱたぱたとヴィナーヤカはうちわみたいなもので俺の顔をあおいでいる。その表情は思いのほか楽しそうだ。
「あの、ヴィナーヤカさん、薬師如来のマントラ使わせてください……」
そう、俺は薬師如来バイシャジヤのマントラを使って、死者を生き返らせたことすらあるのだ。それを思えば発熱ぐらいあっという間に回復できるだろう。
では、なぜやらないかと言えば――
「ダメですわ。熱で動けない無力な殿方を見るのが面白いんですもの」
ヴィナーヤカが世話好きでべったりひっついているせいだ。
さすがに熱の間は抱きついてきたりはしないが、すぐそばで風を送っている。
シュリも基本的には同じ立場で、
「まあ、なんでもかんでもマントラに頼るのはよくないわよね。そんなんじゃいつか信仰心もなくなるだろうし」
そう簡単にマントラの許可は下りなかった。
無視してマントラを口にすることぐらい簡単だが、ダメと言ってるのは神格だ。
もし怒らせたらぶっちゃけこの世界の魔王の三百倍ぐらいは怖い。
その結果、俺は熱でしばらくダウンする破目になったのである。
「何か変わったことは起きてないか……?」
やれることもないので、せめて現状だけでもシュリに聞くことにした。
「王国とやりあってる魔王軍が撤退したんだって」
「それはいいことだ」
戦争がなくなるなら、基本的にいいことで間違いない。
「でも、魔王軍が私たちのせいで撤退したとしたら、このまま私たちに何もしないことはありえないけどね」
シュリはそんなに楽天的ではない。
「まあ、平和なうちに熱を出しておくさ」
ヴィナーヤカからの風を受けながら、俺は言った。
しかし、神格に看病してもらえるのって、それはそれでとてつもなく幸福なことなのだろうか。
仏教修行者によっては歓喜でさらに熱が高くなるかもしれない。まさに看病してくれてるの歓喜天だしな。
でも、これはこれで問題もある。
「はい、ゴーウェンさん、風邪の時には大根ですわ」
ヴィナーヤカはこの世界のラディッシュを炊いたものを持ってきた。
歓喜天は大根を好む神格で、日本でも本当に大根がお供えされていたりする。
「あれ、マハーカーラは召喚した覚えないんだけど」
「わたくしが作ってきましたわ。ラディッシュは町に出ていって買ってきましたの。肉体のある生活もなかなか楽しいですわね」
ヴィナーヤカにとっては人間の暮らしも娯楽の一つらしい。
「はい、あ~んですわ」
「う、うん……あ~ん」
フォークで食べさせてもらう。
うれしいことではあるが、熱烈な看病はかえって落ち着かなかったりもする。
あと、実のところ、熱で疲れていて、ちょっと眠りたかった。
だが、終始ヴィナーヤカが話しかけてきたり何かしてくるので、なかなか眠れないのだ。
「う~ん、まだ熱は高いですの?」
ヴィナーヤカがベッドにあがって、おでこをひっつけてくる。顔が近くなりすぎるが、恥ずかしいと言うほどの体力もない。
「まだ熱はありますわね。なかなかしぶとい熱ですわね」
「あの……少し寝たいので、その……」
もう、静かにしてくれと言うしかないか。
「ああ、そういうことですのね」
ヴィナーヤカが納得したという顔になる。
「よかった。わかってくれ――」
「わたくしと寝たいんですのね。なら、もっと早くそうおっしゃってくれればよろしいですのに」
明らかに意図が伝わってなかった。
「そうですわね。ちゃんと抱きついて熱をとってあげないといけませんわね」
「いや、そんなことでとれるわけないって! ちょっと!」
しかも、なぜかヴィナーヤカはその場で衣服を脱ぎだした。
けしからんにもほどがある胸があらわになる。
はっきり言って、そんな姿を見たら、熱が上がるに決まっている。
どんな仏教修行者も誘惑に転ばせてしまうような、そんな裸体だ。
「ほら、肌を直接合わせたほうが熱がとれるでしょう?」
あっ、これ、確信犯だ。
わかっていて、すべてやってる。
「シュリ、至急来てくれ!」
「彼女なら、さっき解熱用の植物をとってきてくれと言って、出ていってもらいましたわ」
「本当に狙われてる!」
「あの子、『さすがにヴィナーヤカ様でも動けないゴーウェンを襲うことはないでしょうし、大丈夫ですよね』などと言ってましたわ」
全然、大丈夫じゃない! むしろ、それ、押すなよ絶対押すなよって言ってるようなもんだ!
一糸まとわぬ、あられもない姿になったからこそわかるが、いよいよ申し分のないプロポーションだ。ガネーシャというよりはヴィーナスに近いスタイル。
そのまま、ヴィナーヤカがベッドに入ってくる。
「ご心配なく。抱きつくだけですわよ」
この言葉は事実だと信じたい。
たしかにヴィナーヤカは熱で臥せっているこっちの服を脱がすようなひどいことはしなかった。
とはいえ、二つの胸がもろにぶつかっているのだが……。
「ふふ、当てているんですわよ」
「言われなくてもわかる……」
「ちょっと、ゴーウェンさんがシュリのことばかり見ているから焼きもちを焼いちゃいましたの」
そこで、ちらっとヴィナーヤカが本音を口にした。
しかし、それはあまり身に覚えのないことだ。
「えっ? 俺、別にシュリが好きだなんて一言も言ってないし、思っても……」
「ゴーウェンさんはそうなんですわね。でも、あの子、案外まんざらでもないみたいですわよ」
「まさか……。神格の眷属が人間なんかを好きになるわけない」
「そういうことにしておきますわ」
ヴィナーヤカはぎゅうっと抱き締めてから、無事に解放してくれた。
服もちゃんと着てくれたので、ひとまずは安心だ。
それから十五分後、シュリが、
「解熱作用のある薬草をとってきたわよ! 感謝しなさいよ!」
笑顔で戻ってきた。
なんだかんだで俺が倒れた時には献身的だ。
見返りを求めない仏教的な「布施」の精神なのだろうか。
「ヴィナーヤカ様も変なことせずにちゃんと看病に徹してくれてたみたいですね。ありがとうございます!」
「ふふ、もちろんですわよ。わたくしも空気は読みますわ」
別に自分に言われたわけでもないのに、ものすごい罪悪感を覚えた。
次回はナリアル救出編です。昼12時半の更新予定です。




