第10話 神様の抱き枕にされた
日間62位! じわじわ上がってきました。ありがとうございます!
ヴィナーヤカはこう、つぶやいた。
「あなたが召喚者で間違いありませんわね?」
「は、はい……」
もはや、何も逆らえない状態だ。
「じゃあ、一つになりましょう」
いきなり、くちびるを奪われた。
つまりキスだ。これ、多分ファーストキスだぞ……。
な、何がどうなってる!?
それから、間髪いれず、地面に押し倒された。
混乱している間にまたキスをされた!
さらに相手の手の動きがおかしい。
どうも、こちらの服を脱がそうとしているような……。
ズボンがずり降ろされる……。
待て待て待て!
たしかに俺は……その……女性経験というものは……ないままだったが……。
こんな唐突なもので散らされるものなのか……。
「ああ、ヴィナーヤカ様、ちょっとタイム! タイム! 落ち着いてください」
シュリがヴィナーヤカを後ろから引っ張る。
それでヴィナーヤカは動きを止めた。
「なんですの? せっかくいいところだったのに。眷属ふぜいが邪魔をしないでほしいですわね」
「ゴーウェンはそういう目的のために召喚したんじゃありません!」
「え? じゃあ、この方、わたくしを何のために呼び出したんですの?」
それで、どうにかわかってもらえたらしい。
かなり予想外だったらしくて、きょとんとされていたが。
二割ぐらい残念な気持ちもあるのだが、一方でもしエロいことをして仏法の破戒者ということになって、マントラが使えなくなった場合、命にかかわるかもしれないので、ここは一時の快楽に流されるべきではない。
そのあと、住みはじめたばかりの家で話をした。
中にはテーブルが一つあったので、椅子を並べてそこで会話する。
「わたくしヴィナーヤカは男女の抱擁像として作られますでしょう。だから、異性を見ると抱きつきたくなるんですわ」
「なるほど……。たしかにそういう作例も多いですね……」
歓喜天の仏像は秘仏になっていることが多いのだが、おそらくあまりにも生々しくて、信者に見せづらいという点も一因としてあるんだろう。
「そもそも、わたくしは愛欲の呪法で呼び出されることも多いですからね。てっきり今回もそうなのかと思いましたわ」
まあ、歓喜天はほとんど現世的に考えられる欲望すべてに対応してくれる神格だからな。
「それで、わたくしを何の用事で呼び出したんですの?」
これ、軽い理由で呼んだら怒られるんじゃないかなと思ったが、ウソをついたのがばれたらもっと怖いので、素直に魔石だとかのアイテムを売ったりしてほしいと答えた。
「ああ、そんなことですの。いいですわよ。いくらでもやりますわよ」
よかった。怒られはしなかった。
「そのかわり――」
不意にヴィナーヤカが立って、俺のすぐそばにやってくる。
このあたりの動き、異様に素早い。
きっとステータスを見ても本当にとてつもなく素早いんだろう。
また、俺の頬に手が伸びてくる。
「こっちも、あなたをいただいてもよろしくて?」
「え、ええと……」
こういう時に「はい、どうぞ。喜んで!」とか居酒屋の店員みたいに言える人間なんているんだろうか。
怖気づくしかないぞ。
「ヴィナーヤカ様、仏教の神格なんだからもうちょっと行儀よくなさってください!」
今度もシュリが咎めた。
助かるという気持ちと、余計なことしないでほしいという気持ちと正直言って半々ぐらいだ。えっちなことが嫌いな男なんていない。
お前、僧侶だったんじゃないかと言われそうだが、そういう欲望があるから禁欲が意味をなすのだと言える。最初から性欲がなかったら、不犯という概念自体無意味になる。
あと、そもそも現代の僧侶は普通に妻帯するんだけど、話がそれるのでやめにしよう。
「はいはい、わかりましたわ。じゃあ、眠る時には抱きつくということで手を打ちますわ。わたくし、一体でじっとしていると落ち着きませんの」
えっ? ずっと抱きつかれたまま眠るの?
リアル抱き枕になれってこと? けっこうハードル高いぞ!
「ま……まあ、それぐらいなら許可いたしましょう」
「シュリ、お前も許可するんだ!」
神格の基準ってよくわからん!
「しょうがないでしょ……。あなたがヴィナーヤカ様を呼び出しちゃったのが悪いんだし……ほら、黒魔術の悪魔とかも対価を要求するでしょ……」
仏教の神格は悪魔じゃないだろと言っても、無意味だよな、もう……。
そのあと、ヴィナーヤカは昼寝するなどと言って、三十分ほど俺に抱きついたまま眠った。
当たり前だが、その間、俺は一睡もできなかった。
なんだろう、エキゾチックというか、独特のお香の匂いみたいなのがしてきて、気を抜くと淫らな気持ちになってくるような……。
なぜか、シュリが俺のほうを見て冷たい顔をしていた。
「ずいぶんと楽しそうね」
「いや、情報量が多すぎて、楽しいと思う余裕なんてないぞ……」
「私にそんな反応示したことなんて一度もなかったのに。ケモミミには興味ないってことなのね。はいはい、どうせ、ケモミミは世界によっては奴隷階級みたいなものですよ」
なんで、すねてるんだよ、こいつ……。
「おいおい……神の眷属や神に普通、色目なんて使えないだろ……」
文字通りの意味で消されかねんぞ……。
「むしろ、お前、こういうことされたかったのか?」
自意識過剰なのではない。単純に文脈上からの判断だ。
シュリが顔を真っ赤にして、尻尾もぴんと立てた。
「そんなわけないでしょ!」
こういう時は何を言っても怒られるからな……。
◇ ◇ ◇
その日は、大黒天マハーカーラにいつも以上に豪華な料理を作って、ヴィナーヤカを丁重に歓迎した。
ヴィナーヤカは無礼を働くと、すぐに罰を与える神格なのだ。日本人ならではの、おもてなし精神を発揮する。
とくにヴィナーヤカは特殊な団子のお菓子をお供えされることを好む。
歓喜団というハチミツ、クルミなどをいろいろ小麦粉に混ぜて、それを油であげたお菓子だ。かなり手のこんだ料理だが、お供えだけにするのがもったいないぐらいに普通に美味い。
それもマハーカーラは朝飯前とばかりに、さらっと作ってくれた。
そのヴィナーヤカ用の団子を見ると、
「あらあら、わざわざ申し訳ないですわね」
とヴィナーヤカは口では恐縮したものの、やっぱりうれしそうだった。
「そんなにわたくしのことがおっかないんですの?」
口元に手をあてて、ヴィナーヤカは色っぽく笑う。
「それも多少はあるけど、歓迎会にしたほうがいいだろ」
「わたくし、気に入った方にはひどいことはいたしませんから大丈夫ですわよ」
よくわからんが気に入られたらしい。
俺、とくに何もした覚えがないけど。
「こういう、経験の浅い殿方をたらしこむのも面白いですわ」
なんか怖いこと言ってるな……。
その夜もぎゅっとヴィナーヤカに抱き締められた。
昼寝もこうしていたけど、全然慣れないな……。
今更、僧侶ぶっても無意味だけど、なんで美少女の抱き枕になてるんだろう……。
「ねえ、ゴーウェンさん、起きてますの?」
「あっ、はい……寝付けないので……」
「キスぐらいまででしたら、してもよろしくて?」
「ダメです!」
これ、強く自制心を持ってないと、どんどん堕落させられるぞ。
◇ ◇ ◇
翌日、ヴィナーヤカはどこから出したのか、馬車をしたてて女商人の姿で町に出かけていった。
夕方には578万ルピス相当を持って帰ってきた。
日本円にして、5780万か。
……。
…………。
とんでもない額なので、喜び方がよくわからない。
お金ってこんなに簡単に稼げるんだな。これって、おとぎ話とかだと、あとで報いが来て、何かを失うターンになるのだが、大丈夫なんだろうか……。
「わたくしは商売を隆盛させる神格でもありますから、余裕ですわ。その証拠に今の日本でも強く信仰されてるところがありますでしょう?」
「うん。知ってはいたんだけど、さすが神格だ」
なお、ヴィナーヤカの信仰は日本だと、浅草の待乳山聖天、奈良県生駒市の生駒聖天などが有名だ。聖天というのは歓喜天つまりヴィナーヤカの別名である。
「わたくしにこのお金任せていただければ、半年で倍にしてみせますわ」
詐欺師の定番みたいな台詞言ってるけど、神格の言葉だからおそらく本当に倍になるのだろう。
俺がまだ幸せの実感をできていない横でシュリはちょっと苦い顔をしていた。
「ヴィナーヤカ様、あまりゴーウェンを甘やかしすぎないでくださいね」
「う~ん、わたくし、恋愛は甘々でらぶらぶなのが好きだから難しいかもしれませんわね」
いたずらっぽくヴィナーヤカが微笑む。
いちいち、表情も仕草も男を狙い撃つんだよな。
たまに媚びている女は嫌いだという男もいるが、それは単純に媚びている女の美貌が中途半端だとか、そういう理由のせいだと思う。
圧倒的な美しさの前には何をやっても正義になる。かわいいが正義であるなら、美しいも正義だ。
もし、彼女が神格じゃなかったら、絶対に溺れていた自信がある。
逆に言えば、神格だから、ぎりぎりで自制心を保てている。
「それと、もう一つ、ゴーウェンさんにプレゼントがありますの」
またヴィナーヤカは蠱惑的な笑みを浮かべる。
「この建物を正式に林業の組合から買い取ってきましたわ。モンスターが増えてきて手放したらしいので、タダ同然でいただきましたわ」
「ありがとう! これで気兼ねなく住める!」
貯金もあるし、持ち家もある。美少女とも同居している。
もはや何も望むものはなくなったのではなかろうか。むしろ、これ以上のものを求めると罰が当たりそうな気もする。
あとは、できうる限り、世界平和とかのために生きよう。
幸い、その力はある。
「それじゃ、これからゴーウェンさんと一緒にまったり過ごすことにいたしますわ」
よろしくとヴィナーヤカに手を差し出されて、俺も手を出す。
しっかりと手を握り合う。
三人での生活か。さらに人数が増えてくればプライベートスペースが足りなくなってくるが、現時点ではとくに問題ないだろう。
「ところで、シュリさん、あなたも消えずにずっと留まってますの?」
わざわざ意地悪くヴィナーヤカが言った。
「彼に興味がないならマンジュシュリー様のもとに帰ってもよろしいんですのよ?」
「な、なんか癪だから、このまま残ります!」
最近、よくシュリの尻尾が立つな。
「それにヴィナーヤカ様をお一人にしていたら、神格の名を汚すようなことをしかねませんからね! 私が見張っておきます!」
「マンジュシュリーの眷属は堅物ですわねえ。あ、もしかして」
すごくナチュラルにヴィナーヤカは言った。
「シュリさんって、ゴーウェンさんの奥方になっていますの?」
「そんなわけないでしょーが!!!」
俺、やっぱり、召喚する神格のチョイスを間違えたかもしれんな……。
次回から少し新章っぽくなります! 魔王軍側のキャラが出てきます。
今日は日中に更新できないので、次回更新は深夜24時頃になります。




