第1話 召喚された
この俺、豪円はただいま断崖絶壁に突き出た岩にへばりついている。
拷問をさせられてるのでも、登山中に落ちそうになったのでもない。
これも修行なのである。
なお、豪円というのは出家したことでもらったお坊さんの名前だ。絶賛見習いレベルで頭もまったく丸めてないけど。
俺は大学生の間に受けた就職活動で全滅し、半年前に将来未定のまま、大学生から無職にある意味、ジョブチェンジした。
無職になり、仕送りも止まったので俺は実家に戻った。大学生に出す金はあるけど、無職に出す金はないということだ。憲法にも書いてあるが、無職に人権はない。
そして、実家の法事に来ていた僧(今の師匠)に、こう言われたのだ。
「じゃあ、出家してみんかね?」
今の仏教だと一部のストイックな人を除けば、結婚も普通にできるし、ソシャゲにはまってガチャまわしてる人だっているという。
それに定年退職をした人が老後の第二の人生として僧侶になることも多いそうだ(本当です)。たしかに老後といえば、どうしたって死が近いわけだし、死についてよく考え、さらに人にアドバイスする職業というのは正しい。
かといって、僧侶自体は人不足で、小さなお寺など住職がいなくて困っているところも多いという。
なので、俺みたいな若者が僧侶を目指すことはウェルカムなことらしい。
正直、無職という肩書きを消したかったので、出家した。
まあ、お寺の掃除とか托鉢で駅前にひたすら立ち続けるとかなら、就活よりは心理的にマシだろう。耐えられるはずだ。
面接中には「君のやる気が感じられない」とか「君がこの会社でキャリアを積めるとは思えない」とか人格を否定されるようなことを言われた。圧迫面接だって受けた。
そんな会社、こっちから願い下げだと思ったら、断る前に落とされた。
掃除が厳しくても、人格を否定されることはない。雑巾に「お前の体で廊下を拭け。お前ごときに俺を使う資格はない」などと言われることはないのだから。
だから、僧侶生活は就職活動より楽なはずだ。
そう思った。
はっきり言って間違いだった。
人生舐めてたな、俺。
うちの宗派は山岳修行を重んじるらしく、寺の近くの山で毎日ハードな修行をさせられているというわけだ……。
もちろん、山での修行以外もハードだ。
朝も四時起きが基本で、メシもダイエットが目的としか思えないようなローカロリーのもの。まだ三食カップ麺のがマシなのでは……。
五時半(夕方じゃなく朝のだ)からはいろんな仏像に関するお経や真言を覚える。
真言というのは別名マントラ、すごく雑に説明するとインドの呪文だ。
呪文なだけあって、知らない人間が聞いたらまったく何を言ってるかわからない。詠唱してる俺もよくわかってないんだから。
たいてい、唱えるだけでとてつもない効果があるなんてご利益をうたっているが、呪文を唱えるだけでとてつもない効果があるなら、最低でも僧侶は全員超ハッピーで超無双な生き方をしているはずだ。
呪文学習の時間のあとは、十分だけ休憩時間があるが、せいぜいトイレに行くぐらいしか使えない。
そもそも寺が山中にあるから、休日だろうと遊びに行く時間もない。
たいてい、ネット小説読むとかソシャゲするとか移動時間のない余暇の使い方をしているうちに休日も終わる。そりゃガチャもまわすわ。
ああ、そうだ、休憩時間のあとの話だったな。
その次は、陸上選手の合宿かというほどに、山中を走り回らされる。
そして、今の俺みたいに、岩にへばりつくこともあるというわけだ。
昔のオロナ○ンCのCMかよ……。
岩を手と足だけでしがみつきながら一周するというのは伝統的な修行法らしい。この寺とは違うが、同じ修行中に落下して死んだ修行者もけっこういたという。
まあ、今の時代、ロープを腰につけて、落下しても死なないようにしてるけどね。
あまりにもつらい。手がぷるぷるしてくる。何か楽しいことを考えよう。もう、いっそエロいことでもいいや。
…………。
ダメだ。お経とかマントラしか頭に出てこない。毎日、詠唱させられてるからなあ……。
くそ……。こんなスパルタなら無職のほうがよかった……。もう半年もこんな生活を続けさせられているが、とくに何の資格もとれてない。
今から僧侶を辞めて無職に戻っても、この時期の半年を失ったのはあまりにも痛い。エントリーの締め切りが終わっているところも無茶苦茶多いだろう。
人生かなり詰んできてるな……。
黙っていると、さらにみじめになってくるので、ぶつぶつとお経を唱えることにした。
「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン」
光明真言という短いお経だ。これだけですべてである。
ありがたい呪文だから何か効き目があるだろう。というか、あってくれ。でなきゃ、ゲームの魔法の名前と古代から伝わる呪文が同じ価値になってしまう。
ふと、奇妙なことが起こった。
何か光のようなものを感じたので後ろを向くと、ゲートらしきものがそこに現れていた。
よく見ると、そのゲートは八角形をしていて、何かの陣みたいでもある。
なんだ、これ?
もしかして、俺が唱えた呪文の効果で奇跡が起きたとか?
なわけないよな。半年しか修行してない人間がそんな力を持ってたら、世界は僧侶の数だけ魔法使いがいることになる。
そのゲートに吸い寄せられている。風をはっきりと感じる。
「いやいやいや! こんなの困るから! 風を感じるのは西川貴○ぐらいでいいから!」
だが、待てよ。落下防止のために俺には鎖がついている。これで身を守れ――
鎖が不思議な力でティッシュみたいに簡単に引きちぎられていった。
ですよねー。
抵抗も空しく、俺は光のゲートの中に引きこまれていった。
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