選択
「勇…者?」
桐崎はおしるこを口に運ぶと
「そうです。そのわたしを含めた三名がこの戦いの勝利者の候補です。」
なら、桐崎はこのゲームの参加者。それはつまり。
「じゃあ、桐崎にも何か願いがあるのか。」
その言葉を聞いた桐崎は顔を伏せると、どこか辛そうに
「ええ。あるからこそ、この戦いに挑んでいるんです。」
言い終わると桐崎はふぅとため息一つ。
おしるこの入っていた缶を地面に置くと。
ひゅん。
走る銀の軌跡。
「うわぁ。」
間抜けな声と共に俺は反射的に身を翻す――いや、ブランコから後ろにひっくりかえって落ちた。
俺はゆっくりと桐崎を見る。
そこにはナイフを構えた桐崎が立っていた。
その表情はさっきと同じ。
気だるそうな顔。
「なっ、桐崎。お前―。」
俺は呆然とする。
ついさっきまで桐崎は俺と普通に話をしてたっていうのに、なんで?
桐崎はナイフをゆっくりと俺の首に近づけていく。
そして噂話でもするようにいつものぼそぼそと小さい声で
「木崎さん、どうしてこのゲームが世間に知らされていないと思います?」
あー。そうか、そんなこと最初に思い当たるべきだったのに。
どうして、こんなゲームがこの町で行われているのに、どこのニュースでも流れないその理由。
そして町で起こっている通り魔事件。
この二つがあれば何があったかは簡単に分かる。
要は目撃者を殺してしまえばいい。
そうすれば誰にも知られることもなく、あの男みたいなヤツが他にいるとすれば死因が分からない死体が増えるわけだ。
俺は震える唇で精一杯強がって言う。
「俺を口封じのために殺すのか?」
桐崎は小さく笑うと。
「ご名答っす。正解した木崎さんには豪華黄泉の国送りツアー。」
ナイフの切っ先が首に触れる。
「さてさっきの説明では不足がありまして、この戦いの一部始終を見た一般人は参加者は殺さなければ一定期間『装備』が使えなくなるとかのペナルティが与えられます。
つまり殺さなければわたしも損になるわけです。でも。」
桐崎は一旦、言葉を切ると
凛とした、それこそ何者にも屈しない勇者のような表情で
「わたしの仲間になれ、木崎。」
絶句する。
ついさっきまで俺の首にナイフを突きつけてきた勇者は今度は仲間になれと言ってきた。
まったくわけが分からない。
「どういうつもりだ、桐崎。」
俺の言葉を聞いた桐崎は肩をすくめると
「わたしは一般人は排除される、と言ったんですよ。別にわたしの仲間としていることには何の問題もありません。」
桐崎の言葉はつまり、桐崎の戦いに俺も足を踏み入れるということ。
それは最悪、俺も誰かに殺されるかも知れないということ
その死に方は桐崎にナイフで刺殺されるより酷いものになるかもしれない。
でも、それでも必ず俺は死ぬということではない。
だからまず桐崎は俺にナイフを突きつけた。
『死ぬ覚悟はあるか?』と。
ナイフが首の皮膚に食い込む。
勇者が選択を迫る。
選ぶまでもない。
俺は―。
「お前と一緒に戦う。」
そう可能性が僅かしかないにしても俺は生き残るために戦う。
それが俺の思いつく最善の選択だ。
すると桐崎は興味深そうに目を細め。
「分かりました。では、また明日。」
桐崎は踵を返して公園を去ろうとする。
「って、待て桐崎―。」
はい?と振り向く桐崎。
あ、しまった。これは気の迷いだ。
でも言ってしまった手前後に引くことは出来ないし。
「初めてだね〜。英介が女の子を家に呼ぶなんて〜。あ、桐崎さん。遠慮しないで、こっちのカツには自信があってー。」
結局、呼び止めたはいいが何を言おうかと悩んだが俺は桐崎を夕飯に誘うことにした。
なぜか美奈姉さんは二つ返事でこれを承諾、今に至る。
美奈姉さんは桐崎に自分の作った料理をかいがいしく桐崎の料理を盛っていく。
それを無言で平らげていく桐崎もどうかと思う。
魔王はそこにいた。
目の前には廃墟その前には硬質な石碑。
コレが廃墟になった理由が理由だけにか誰一人として石碑の前には一本の花もない。
魔王は空を見上げる。
満天の星空の下、魔王は笑う。
「ごちそうさまでした。」
夕食開始から30分。少し大きめの食卓を覆っていたおかずの数々はそのほとんどが桐崎によって食べつくされた。
美奈姉さんはほとんど食べれてもいないくせにニコニコしながら皿を洗っていた。
やはり料理人にとっては食べっぷりがいいのはいいことなのだろうか?
もっとも俺もほとんど食べれていないのだ。
「ねぇ、英介。夜も遅いし桐崎さんを家まで送ってあげてよ。最近は物騒だしね〜。」
と台所から美奈姉さん。
「了解。桐崎、家まで送っていくから行こう。」
俺は物珍しそうに美奈姉さんの皿洗いをじっと見ていた桐崎に声をかける。
「あ、はい。木崎さん何すか?」
「いや何すか、じゃなくて最近は物騒だし俺が桐崎の家まで送ってやるっていったんだ。」
すると桐崎ははぁ?と珍獣でも見るような目でそれからため息をつくと
「何言ってるんですか?」
むぅ、何だその反応。俺が猿か何かみたいな目しやがって。
ふぅ、と桐崎はため息をつくと
「まぁいいです。」
とあっさりと引き下がる。
外に出る。
町には音がない、いつもならば帰宅途中のサラリーマンを一人か二人くらいは見かけるのに今は誰もいない。
それなのに周りの家には電気がついていて家の中が外よりも安全だと風景が教えてくれるよう。
「木崎さん、こっちですよ。」
「あ、すまん。考え事してた。しかしまぁ。」
なんというか
「桐崎の家って随分と山のほうにあるんだな。」
俺の町は山から海までの距離が極端に狭く、そのせいか山のほうの家になると山登りのような重労働をしなくてはならないこともある。
桐崎の家もそれにあてはまるのかとんでもない急斜面を俺たちを待ち構えていた。
予想以上の重労働の途中、何か見覚えのある場所があった。
古ぼけた木で作られた看板、そこには『屋境養護施設』と書いてある。
たしかここは数年前、大きな火災が起きて焼失したとか。
その時は小さかったからよく覚えていないけど、ひどい火事だったらしい。
たぶん見覚えがあるのは小学校のときにこの焼け跡の跡地で追悼のためにと何か歌ったような。
「どうしたんですか?木崎さん。」
「あ、うん。この先のさ孤児院、焼け跡は片付けたのは知ってるけど、あの後どうなったんだ?」
すると桐崎は顔を伏せて
「すみません、わたし基本。家が好きなタイプなんで外のことはあまり。」
・・・そういやコイツ不登校児だったな。
「うわっ、すげ。」
思わずそんなことを言っていた。
ここが坂道ということもあってか周りに家はない。
だからなのかこの家は
美奈姉さんの店の数倍はあろうかというとんでもなく大きい家。
日本に立っているのが不自然な洋館。
しかも新築ではないらしく壁にはこの家の年月を現すように蔦が絡み付いていてさながら絵本の中から飛び出してきた魔女の家、といった感じだ。
「なぁ、桐崎。お前ってまさか金持ちお嬢様?」
「ええ、まぁ。もっともわたしは養女なんで、親が何して稼いでるかはよく知りません。」
む、なんだ。今の意味深な発言は。
俺は桐崎に質問しようとした時。
「お嬢様。」
と何か感情のない、機械みたいな声。
俺は声のほうを向く。
そこには初老の男性が立っていた
背広に蝶ネクタイ。神経質そうな角眼鏡、おそらく『執事』という単語を形にしたらこんな感じになるのだろう。
それを見た桐崎は
「あ、すんません木崎さん。コイツは栗井 茂。うちの家のめんどくさいことをやってもらってます。」
自己紹介をされた栗井氏は恭しく頭を下げる。
「お嬢様のご学友ですね。いつもお嬢様がお世話になっております。」
「あ、いえ。そんな。」
『お嬢様』なんていう化石化したような言葉を堂々と喋る栗井氏は本物の執事さんなのだろうか?
「栗井、木崎さんを送ってやってくれないか。」
明らかに年上の人にタメ口。
「かしこまりました。では木崎さん。どうぞこちらに。」
このままではリムジンにでも乗せられかねない。
さすがにそれは小市民の俺にとっては遠慮したい。
…桐崎の家を慌てて出て行く。
帰りは下り道なので楽だ。
俺は走るようにして人気のない坂を下っていく。
――と屋境養護施設の看板の前。
一人の男が立っていた。
背丈は日本ではお目にかかれないニメートルほどの長身に墨のような黒いコート。
天然なのかくしゃりとしたクセ毛。しかも染めているのか白髪だ。
そいつは俺に近づくと
「やぁ少年、ここら辺に何か用かい?」
なんて軽い挨拶。
たしかに妙だ男から見ればこんな山奥に一体なんの用があるのか分からないだろう。
「ああ俺、今さっき知り合いの女の子を家に送り届けてきたところで。」
すると男はにこりと微笑むと
「そうか、なら今度からは女の子は早く帰してあげなさい。そうだ自己紹介がまだだったね。オレの名前は――」
男の唇が三日月のようにつりあがる。
「『魔王』だ。」