教会のお茶会
放課後、最近物騒だから寄り道して帰るなよ〜。などとやる気のないメモを棒読みしたような担任教師の言葉と同時に俺は四宮教会に向かうことにした。
四ノ宮教会には相変わらずものの見事に人がいなかった。
俺はゆっくりと重い扉を押す。
そこには一人の女性がいた。
歳は俺より三つか四つほど上だろう。身長は160の後半。
服はシスターが着るような服でなのによくある髪を隠すような帽子がない。そしてその髪は髪は桐崎と同じくらい長い、そのくせ見惚れるほど綺麗な髪だった。
たぶん服装からしてこの教会の関係者だろう。
俺よりたぶん年上のはずなのにどうしてかその目は俺よりも子供みたいだった。
「あの。」
女性からだ。
「え、はい。何でしょうか?」
知らず敬語を使ってしまう。
「ええ、何か御用があるのかと思いまして。」
そうかこの女性から見れば俺は部外者だ。
そういえばどうしてこの場所に近寄ろうと考えたんだっけ?
いや、それよりも
「かっ勝手に入ってすみません。用事もないし帰ります。」
俺は踵を返して帰ろうとすると
「あの、もし御用がないのであれば一緒にお茶でもどうですか?」
思わぬ女性からのお誘い。
「へぇ、じゃあ木崎さんはここに来たのは虫の知らせみたいなヤツですか。それにしても何となくでここにくるなんてすごいチョイスですね〜。」
結局、一緒に教会でお茶を飲むことにした。
女性の名は市原 夕と名乗った。
お茶会を始めて数分後、市原さん自身が出したクッキー達は市原さん自身の手によって消えていった。
でもって、この人が着ている服の静かな雰囲気とは逆にひどいお喋りだと分かった。
「ふむ、木崎さん。私、思ったんですけど木崎さんはどことなく昔気質なところがあると思います。」
言い終わると喉が渇いたのか水筒から紅茶を取り出す市原さん。
今ので五杯目だ。
「それでですね話は変わりますけど、小さい頃木崎さんはどうだったんですか?」
…俺の小さい頃。
「俺の小さい頃、そうだな。親が二人とも忙しかったから代わりに俺の叔母が色々と世話を焼いてくれたかな。」
そう、両親は家にいなくて代わりに美奈姉さんが家事やら俺の面倒をみてくれた。
「それはすみません。私、すごく失礼なこと聞いちゃいました。」
「あ、いや寂しいと思ったことはないんだ。俺の叔母は基本的に世話上手だったし、歳も近かったから友達みたいに接することも出来たから。」
すると市原さんはにっこりと微笑むと
「そうですか、いいご家族がいらっしゃるのですね。」
「あ、でも市原さんの小さい頃って何してた?」
市原さんはどこか昔を懐かしむ表情で
「ええ、よく覚えてないんだけど私、施設に預けられてたらしいんです。」
…なんだか地雷を踏んでしまったようだ。
「あ、でも心配しないでください。私、寂しくはなかったんです。とっても仲のいい友達がいたから寂しくはなかったんですから。」
と彼女はにこりとまた微笑んだ。
そして、スッと立ち上がると
「さて、湿っぽい話にしてしまって申し訳ありませんでした。では私の特技をお見せしましょう。」
がたがたと何やら木製の大きめの鞄のようなものを取り出す。
その中からはヴァイオリンを出てきた。
「さて私の特技はヴァイオリンです、もっとも我流ですが。」
準備を始めた市原さんの言葉が気になる。
「我流って、どういうこと?」
すると市原さんはにっこりと微笑むと
「そりゃ私は施設で育ちましたから。音楽なんて勉強する余裕はありませんでした、オルガンとかピアノなら知っていた先生もいたみたいですけど。」
さてと、と市原さんは深々と一礼すると
「さて、お聞きいただくのは『怪獣のバラード』です。木崎さんもお聞きしたことがあると思います。」
ゆっくりと弓を構える市原さん。
怪獣のバラード、その曲は知っている小学校の頃に歌った経験があるからだ。
あの歌は確か砂漠に一人いた怪獣が人に愛されることを思って海を目指していく歌だったような。
「どう、でした?」
にこりと微笑む市原さん。
「すごい。」
そう、すごかった。我流とは思えなかった。
「でも我流ですから、やっぱり本格的に勉強している方には敵いません。」
「はぁ、それでもすごかったものはすごいと思う。」
あ、そういえば今何時だっけ?
6時だ。さすがに、俺はこれ以上居続けることはよくないだろう。
「今日は楽しかったよ、市原さん。また教会に立ち寄ってもいいかな?」
すると市原さんはにこりと微笑んで。
「ええ、また私は基本的に別の教会で働いているんです、今日はほんの気まぐれだったんですけどね、木崎さんみたいな人が来てくれるって分かったのでまた気まぐれで来ようと思います。」
俺は踵を返して教会を後にすることにした。
「あ、そういえば木崎さん。こんな噂、知ってます?」
ふと何でもないことのように市原さんが言った。
「町の教会で大切なものを一つあげる代わりに願いごとが一つ叶うっていう噂。」
俺は振り向く。
そこにはにこりと笑う市原さん。
「ああ、友達から聞いた。でも本当だったらいいよな、願いが叶うなんて。」
何気なくそう言っていた。
市原さんは少し目を伏せると
「でも、それって難しいと思います。自分の一番大切なものを犠牲にしてまで叶える夢って、それは」
初めて見た。市原さんがどこか悲しそうな顔をするのを。
辛いはずの身の上話でも悲しそうではなく昔を懐かしむような表情だったのに今はすごく悲しそうな表情だった。
でもすぐにまた微笑んで
「あ、今の話は忘れちゃって下さい。ただの妄言です。それに私が引き止めておいて言うのもどうかと思うんですけど最近は物騒ですから、寄り道せずに帰ってくださいね。」
夜の帰り道。
いつも歩きなれているはずの家までの道のり。
何故か今はそれが不気味なものに感じられる。
最近の事件に呼応してか辺りは住宅街なのに歩く人はいない。
そのせいなのか、何故か町には人間はいない。と無意識に感じてしまった。
「って、何を考えてるんだ俺は。」
それでもどことなく今のこの町は不気味だ。
そうだ、近道でもして行こう。
すぐ近くには公園がある。そこの背後にはちょっとした森があってそこを抜ければすぐ家に着くという仕組みになっている。
俺は公園へと赴くことにした。
夜の公園というのはどことなく不気味だ。
少し錆び付いた滑り台。
誰も座っていないブランコが時折風に押されてキィと錆びた音が聞こえる。
辺りは電気こそついているものの一人も家から出てきそうにない。
たぶん殺人鬼が事件を起こすとしたら絶好の場所。
…いかん、いらない考えを起こしてしまった。
家にはさっさと帰ってしまうに限る。
―――――――。
頭にノイズが走る。
昨日たしか
「っつあー。」
立ちくらみがして立っていられなくなる。
頭にノイズが入り込んでくる。
四宮教会で
力なく俺は地面に倒れこむ。
俺は確か■されて
瞬間、ひゅん。と投擲物が投げつけられた音。
どずん、と俺の目の前に突き刺さる少し角ばった石。
「ちっ、しまった。兄ちゃんが倒れこむから外しちまった。」
まるでゴミ箱に空き缶を投げ捨てるのを失敗したかのような物言い。
そこには男が立っていた。
長身痩躯で手足は細く、まるでその手足は蛇のよう。
右手には日本刀。
ノイズはフィルムへと変わる。
不鮮明で瞬間的な画像は映像に変わる。
そう、俺は確かこの男に昨日殺されてー。
「あぁ、あ。」
ガチガチと歯が鳴る。
男はゆっくりと日本刀を構えてゆっくりと俺に近づいてくる。
「そうか、元気になっちまったんだな。てっきりあの傷じゃ死んでるかそれとも病院で寝てるかと思ってたんだがな。
さてまぁ兄ちゃんには運がねぇ、まぁ俺も同じだがよ。だがいい経験だろ?昨日に引き続いて今日もこうして命を狙われる経験は。」
男の声は耳に入ってこない。
「さてと兄ちゃんにはとっと消えてもらうとしますかね。そろそろ俺もペナルティが課せられそうなんでな。」
男の腕がゆっくりと上がる。
テラテラと月の光を反射する日本刀。
あ、殺される。
男の刀が何の感情もなく落ちてくる。
それが当たり前だというように。