勇者降臨
夢。
これは夢だ。
だってこんな場所なんて見たことがない。
目の前に見えるのは建物。
どんな建物か分からない。
だって燃え盛る炎に建物が焼かれているんだから。
そしてどうしてだろう、体がひどく■いのは――。
「ーってあれ?」
辺りは暗い。
すぐ近くには四宮教会。
そして俺はベンチの上に寝ていた。
「あれ俺、昼寝でもしたのかな?」
ポケットから携帯電話を取り出す。
時刻は7時。
どうやら昼寝でもしたらしい。
「腹、減ったな」
立ち上がろうとする。
「あっ―。」
とたん胸に痛み。
刹那、妙な感覚に襲われる。
何故かそれが自分の体が欠けたような錯覚だった。
たぶんベンチなんかで寝てたからこうなったんだろう。
「あ、はぁ。」
くらりと立ちくらみこそしたもののたいした事はないみたいだ。
「くそ。微妙に制服に穴、開いてるし。」
どこかに引っかけたのか制服には穴が開いていた。
「どこ行ってたの、英介。心配してたんだよ。」
とコロッケを口にくわえながら、言葉とは裏腹にあんまり心配していなさそうな女性が一人。
ピンクの可愛らしい牛がプリントされたエプロンに短く切った髪に女性としては背の高い170センチほどのスラリとしたモデル体型。
この女性は木崎美奈で父の歳の離れた妹だ。
歳も俺と12歳くらいしか違わないから親しみもこめて『美奈姉さん』と呼んでいる。
ちなみに職業は地元ではまあまあ有名な総菜屋をやっている。
「ごめん、美奈姉さん。なんか昼寝してたら、この時間になっててさ。」
いつも晩御飯には昼間に売れ残った惣菜が食卓に並ぶ。
「ふぅ。前から英介はジジくさいところがあったたなー、と思ってたけど昼寝までいくと重症だね。しかも制服もボロボロになってるし、よかった〜。私がこの学校のOGで。」
む、今のは聞き捨てならん。いや、でもOGだからって男子の制服持ってるの変だと思うぞ。
「美奈姉さん。俺はしっかり若者です。大体コーラとか飲まないのは単に甘いのとか刺激物が嫌いなだけです。っていうかどこで男子の制服を仕入れてきたんだ。」
ぬぅと膨れる美奈姉さん。
「って言うわりに英介、最近の歌手とか芸能人にうといし。それにこの制服は憧れの先輩の卒業式の日に譲り受けたものです、そういえば英介はこういう色恋沙汰とは疎遠ですなぁ。」
痛いところ突かれた。
「そういうとこ、兄さんには似なかったんだね〜。あの人、新しい物好きだったし。あ〜でも色恋沙汰に縁がないのは一緒か。」
…うちの両親はどこぞの研究室で働いていて、研究室が移動になったとかで俺の行く高校が決まってすぐ、その移動先に行ってしまった。
その中で面倒をみると申し出てくれたのが美奈姉さんだ。
もっとも俺の両親は小さい頃から俺を一人にすることが多かった。
そこでも美奈姉さんが面倒をみてくれたから今までとそう変わらないのだが。
「まぁ、結論として最近物騒だし以後気をつけるように、さてさて説教もこれくらいにして、今日のメインの牛カツでーす。」
…説教なのか今の。
朝。
野菜が入ったダンボールを店の中に置く。
さてこれで最後、すぐに朝飯だ。
美奈姉さんに起こされて店の手伝いをする。
なぜかこれが美奈姉さんの『この家にいる義務』なのだそうだ。
なれれば大した事はないしお陰で遅刻も免れることができるのだ。
―と
「やっぱり日本人たるもの、お米だね〜。」
などと俺よりこの店の店主が食卓にて豪快に卵かけご飯をかきこんでいた。
「店長殿?毎度毎度、従業員より先にご飯を食べるのはどうかと思いますが。」
丼をゴトンと置くと。
「う〜でもお腹すいてたら何も出来ないでしょ?腹が減っては戦は出来ぬ、みたいな?
って〜あれ?何やら毎度おなじみだけど負のオーラみたいな?」
美奈姉さんを一喝した後一気に卵かけご飯をかきこみ学校へと向かった。
が何だろう、いつもの教室がどことなくぎこちないものに感じる。
とりあえず席につこうとすると、
猪狩が俺に小声で話しかけてきた。
「おい、見ろよ木崎。」
と顎で示した先には
俺の後ろの席に髪の毛のお化けが座っていた。
顔はおろか上半身も髪に隠れてよく見えないほど髪の毛が多かった。
「なぁ木崎。あれ桐崎十色だよな。」
あ、そうか。あれが桐崎か、あまりにも髪の毛が長いからこの世のモノではないみたいに見えたが、なるほど。
「なぁ、なんで急に学校にアイツ来てんだよ?」
知るか。
始業のチャイムが鳴る。
「え〜、桐崎は長らく家庭の事情でお休みだったが今日これるようになった。みんな仲良くしてやってくれ。」
桐崎十色は思ったよりも小柄で肌は白い。それに何より髪が長い、だって腰まで髪があるなんてある種、希少価値ではなかろうか。
顔は髪に隠れてよく見えないものの陰鬱な表情であることはうかがえる。
「桐崎、悪いが自己紹介してもらえるか。ほら皆も自己紹介したからな。」
ただ恥ずかしいのか桐崎十色は俯いたままだ。
やっぱり急に自己紹介しろと言われても、まぁほとんどの人間はああなるだろうな。
と考えていると
「え、あぁ名前すか…。」
かなりやる気のない声で桐崎十色が言うので担任教師は
「あ、あぁそうだなニックネームとかでもいいぞ。」
なんて冗談みたいなことを言っていた。
すると桐崎十色は長い黒髪をクシャクシャと一回ほどかきむしると
ぼそぼそと小さく何やら呟いた。
それまで生徒の様子を見ていた担任教師は何か悪いものでも食べたような表情になってわれらが担任教師は慌てて
「あぁ、緊張しているのは分かるが、そうだな。趣味とか特技とか、そういうの何かあったら教えてくれないか。」
そんな風にとりつくろった。
「はぁそう、ですね…。わたし特技って程でもないんですけど小さい頃オルガンやってたんですよ。まぁ今は止めちゃいましたけど…。」
耳をすませてやっと聞こえる声。しかもその声は暗い。
「はぁ、すみません。わたし基本、ダウナーなんですけど。まぁそれなりによろしくお願いします。」
それから、ふぅと小さくため息を吐くと
「ええっと、このへんでいいですかね…。先生。」
「あ〜、うん桐崎は木崎の後ろ。窓側の一番後ろだ。」
何だか息の詰まる時間だった。
昼休みはいつもと同じ。皆は桐崎十色に何か質問なり何か行動を起こすでもなし。
いやでも最初はみんな話しかけていたものの桐崎十色が生返事しかしないことが次第に発見され始めてついにはほとんどの人が話しかけてこなくなったというわけだ。
まあ結果どうやら桐崎十色は自分からなにかする、というタイプではないらしい。
そしてその桐崎十色は何故か今は俺の弁当をじっと見ている。
俺の家の弁当はやはり朝の仕込みに余った材料か、時間がなければそのまま惣菜をつめてくることもある。
それゆえにかクラスの大半の人間が俺の弁当のおかずを食べていくのだ。
最悪の場合、惣菜盛りだくさん弁当が5分ほどで日の丸弁当に様変わりすることもあるのだ。
桐崎十色はじぃと俺の弁当を見ている。
…欲しいのか?
「あの桐崎、弁当欲しいのか?」
桐崎はこくんとうなずくコロッケに箸をつけると
ぱくぱくと無言で食べ始めた。
まあ聞きたいことがあるしこれがきっかけになればいいだろう。
「なぁ桐崎、お前さ名前言えって言われたときなんて言ったんだ。」
ん?とコロッケをくわえたまま振り向く桐崎。
ごっくんと握り拳の半分ほどもあるコロッケを一口で飲みこむと
ふぅ、とため息をつく桐崎。
「あぁ自己紹介のとき、ですか…。」
言い終わると今度はエビフライを見る。
今度はエビフライか
「いいよ、食べて。」
またしても一口でエビフライを食べると
「自己紹介のときに何て言ったかでしたよね。」
「わたしの名前は勇者だって言っちゃたんです。」
やはり暗い声。
…まぁ確かに、それは先生も全力で止めるよな。
「あ、でも間違いとは言えないんですよ。」
またしても陰鬱な声。
「は?どういうことお前、ネットゲームとか嗜んでるわけ?」
ふぅ、とため息をつく桐崎。
「いえ、本当にわたしこの町じゃ結構有名な勇者でして。」
なんだコイツ、相当イタイ人なのか。
「あ、すみません木崎さん、でしたっけ…?あの弁当が日の丸サラダ弁当になっちゃいました。」
ぼそりと桐崎に言われて弁当を見るとものの見事に主菜が見事に消えた弁当があった。
最悪だ。昼食時にもっとも恐れていた事態が起きたのであった。
「あ、あと昨日何か変なもの見たり経験とかしてませんか?」
と、ショックに打ちひしがれている俺にぼそりと桐崎が何やら意味深な発言。
途端に頭にノイズが走る。
それを言い終わると踵を返して廊下に出る桐崎。
どうしてか、それが昨日四宮教会の近くのベンチで寝ていたこととつながっているのだと無意識に考えてしまった。