プロローグ
始まりは
どこにでもありそうな噂。
平凡でありふれたとるに足らない噂。
曰く、自分の一番大切なものと引き換えに夢を叶えてくるれるという噂。
世界がゆっくりと暗転する。
今の状況を説明しよう。
今、俺こと木崎 英介の胸には石が突き刺さっている。
どうして、俺の胸に石が突き刺さっているかというと、
理由は簡単だ。
女の子を怪物から助けたのだ。
俺が勝手に石に当てられたような感じがしたけど、結果的には助けたんだしよしとするか。
でも、あの子は逃げてくれたんだろうか。
ああ、何でこんなことになったんだろう。
俺は薄れゆく意識の中、今日1日のことを思い出すことにした。
「よお木崎。」
学校での1日の始まりはこんなどうでもいものだったと思う。
俺に話しかけてきたのは猪狩 純で俺と同じく高校一年生でサッカー部員だ。
「何か用?」
「ああ、少し雑談をな。」
雑談、という辺りどうせろくな内容ではあるまい。
「噂があってな。一つはこの街にいる通り魔についてもう一つは、まぁありがちなヤツ。」
猪狩は、どっち聞きだい?と僕に少し顔をよせてくる。
俺は、どっちでもいいと応える。
「じゃあ、通り魔についてだ。」
俺をじっと見る猪狩。
「え〜と、今日の欠席は。」
最近腹が心配だとぼやく担任教師は出席簿を開きながらあたりを見回す。
そして俺の後ろの席を見ると
「何だ。桐崎は今日も休みか」
と小さく呟いた。
桐崎、というのはうちのクラスの不登校児である。
フルネームは桐崎 十色。
入学式から五月現在まで一回も学校に来ていないという、ある意味で名物的な人物なのだ。
先生も手を尽くしているらしいがどういうわけか親に門前払いにされるらしい。
容姿はとりあえず髪が長かった。
たぶん生まれてから髪を切らずに育てばあんな風になるのだろうと桐崎十色と同じ中学校の生徒は語る。
たしか腰まで髪が伸びていたそうなのだ。
しかも髪を束ねていないが故に初めて写真で見たときは髪で顔が隠れ、さながら世界的に有名なテレビからあらわれる亡霊を思い出させるものだった。
そのくせ桐崎十色の髪は別に髪に気を配らない俺が見てもはっとさせられるほど見事な黒髪だった。
俺はさっきの猪狩の話を思い出す。
要するにあいつの話はこうだ。
まずは通り魔の話は超能力者の仕業だというのだ。
ここ最近、この街には物騒な話には困らなくなっている。
簡単にいえば通り魔がいるのだこの街には。
2ヶ月くらい前に現れて以降、一週間に一回くらいのペースで人を襲っているらしい。
もう一つの噂はこの街のある場所に行くと願いが叶うという話だ。
その場所は四宮教会といってこの町では一番の大きさを誇る。
明治の終わりに建てられたそうで、少し前に県の重要文化財にしようという話がでたらしい。
もっともその話はいつの間にか無くなってしまったようだが。
しかも今は誰も使っていない。
改めて猪狩の話を考えてみても思う。
くだらないと
放課後。
することもないし、早めに帰ろう。
いや、猪狩の話のくだらなさを証明するためにも四宮教会によってみよう。
そんな事を考えていると後ろから背中を叩かれた。
振り返ると後ろにはクラス委員長こと森岡 千夏が立っていた。
「木崎君。少しいい?」
この委員長こと森岡 千夏は我がクラスの委員長なのだ。
容姿は今時には珍しく、質素で地味なのだ。
しかも目立つほうでも勉強が出来るほうでもなく、それでも委員長になっているのは、それなりの訳がある。
その理由は一言でいうと気が利くのだ。
それも心を読んでいるかのように。
そのお陰かその武勇伝を知ってた委員長と同じ中学校であろう女子生徒が森岡さんを委員長に推薦したのだ。
でもその委員長こと森岡さんがなにか用なんだろうか。
「何か用?森岡さん。」
すると森岡さんは少し言いにくそうに
「その、もし暇だったらでいいんだけど?」
「?」
「少し仕事があるの生徒会の。ちょっと手伝ってくれると嬉しいかな。」
なるほどそういう事か。
森岡さんは不安そうに言う。
「いいよ。俺も暇だし。それに。」
何気にこの委員長こと森岡さんは気が利いて今どきには珍しい質素さのおかげで男子からは人気があるのだ。
「それに?」
森岡さんは不安げに俺の顔を見つめてくる。
「あ、いや、何でもない。それより仕事って何?」
「え、あー。うん図書室なんだけどね。本が散らかっているからそれの整理、お願いね。もちろん後で何か奢ってあげるから。」
しなくともいいのにA定食ぐらいならいけるかなー、とか財布を見ながらぶつぶつと呟いている。
図書室。
普段から使う人間も少ないのに放課後ともなれば俺たち二人しかいない。
「これ、全部?」
うん、と気まずそうに森岡さんは頷く。
俺の前には空っぽの本棚そしてその隣にはうず高く本が積み上げられていた。
「やっと、終わった。」
ふらふらとおぼつかない足取りで帰り道を歩く。
と。
―――と。
キン。
四ノ宮教会の前を通ろうとした時。ひどく小さく妙な音がした気がする。
なにか金属音のような音がした。
辺りはもう暗い。なのに音がする、というのはおかしい。
立ち去ろうとも考えたけど、やはり気になる。
・・・危なくなったら帰ればいい。それに人気のない場所で危険などあるはずがないのだ。
そう考え俺は教会へと走る。
教会への道はひどく静かなもののはずー
なのにかすかにあの金属音が聞こえてくる。
それも教会が近くなるほど少しづつ大きくなっていく。
いやな予感がする。
俺はいやな予感を振り払うために思い切り走る。
ほどなくして教会のドアの前に立つ。
全力疾走のおかげか鼓動が中からの音を遮断してくれている、いや元からそんなのは最初からしないのか。
俺はゆっくりと重いドアを覗けるように少しだけ音のしないように押す。
すると中にいたのは。
二人の人間が対峙していた。
一人は長身痩躯で全身をぴったりとした黒い服で覆っていて、背が高いくせに男の手足はひどく細くまるで蛇のようだ。
その右手にはギラギラと光る一振りの日本刀。
そして、もう一人は。
俺の頭は真っ白になる。
そこには月光を反射し光る包丁を左手に持ったうちの学校の少女だった。
少し小柄な背丈で腰まで伸びた髪。俺の高校の制服の上に裾の長い黒コートを着ている。
―――変だおかしすぎだ。
二人はじっと睨み合っている。
途中から入ってきた俺でも分かる。
だって少女は包丁なんか持ち出してるんだ。しかも男の方は日本刀である。
この二人の睨み合いに割って入れば、俺は間違いなく殺される。
ドアが開けられたことに対して二人は気づいていないのか誰もこちらを見ていない。
助かった。すぐに逃げるなり、警察にでも電話して―
俺は一歩後ろに下がる。
ばきり。
なんとも間の悪いことに外に落ちていた枝を踏みつけてしまった。
瞬間。
「誰だ!」
たぶん男だろう。でも顔を見る暇なんてない。
―――だって見る前に逃げ出していたのだから。
殺される。
そう頭が何度も思考する。
殺される、殺される、殺される。
それしか頭に浮かばない。
だから必死で走る。
だというのに。
ザンッ。
「あっ・・・。」
右足に何か冷たいものが触れた気がした。
次の瞬間には地面に倒れこんでいた。
「はっ・・あ。」
ゆっくりと右足を見る。
制服のズボンからは、どす黒い血が滲み出していた。
理由は簡単、足のふくらはぎ辺りをを斬られていたからだ。
それを見た瞬間、全身の血が凍る。
斬られた?
・・・そんなことありえていいはずがない。
だって、そんなのは犯罪だから。
なのに何で今、俺の目の前にいる男は刀を振り上げているんだ・・?
それよりも俺より遅く走り出したはずだよな・・・?
男は感情もなく倒れた俺に話しかける。
「すまないな、このままじゃ色々と厄介なことになりそうなんでな。」
ふぅ、と小さく息を吐くと。
「じゃ、まぁ死んでくれや。」
次の瞬間、男の腕が振り下ろされる。
声も出せない。
死ぬ?俺はここで?
いやだ。死にたくない。こんな一方的に死ぬのなんかごめんだ。
だというのに水が蛇口から落ちるようにあっさりと刀が落ちてくる。
あと1秒もしないうちに下手をすれば俺は真っ二つになるだろう。
訪れる現実が恐ろしくて思わず目を瞑る。
金属音。
あ、確か骨って金属だったけ。
いやでもおかしい。何の感覚もない。それにまずは肉を切る音がするはず―――。
俺はゆっくりと目を開ける。
そこには。
包丁で日本刀を受け止める、あの少女がいた。
男は不思議そうな声を出す。
「どうした、何故邪魔をする。」
すると彼女は大した事はしていないというように
「どうしたも何も私は自分のやりたいようにやらせてもらってるだけっスよ。」
男は蛇が獲物を見定めるようにじっとりと俺と少女を睨むと、小さくため息をつく。
「なるほどお前はそこの奴はお前が始末する、ということだな。」
すると少女は男と切り結んだまま
「別に、この人は関係ないみたいですし、逃がそうと思いまして。ダメっすかね。」
男は小さく笑うと切り結ぶのをやめて少女から後ろに文字通り飛ぶように離れる。
その距離、約10m。
俺はぼんやりとその光景を見る。
すると男はゆっくりと刀を振り上げ
「はぁ、お前バカか!?かんけーねから殺すんだろ!?」
何が起こるのか分からない。
俺はただ見るだけしか出来ない。
男はチロリと舌なめずりをすると
「ああ、分かったよ。お前、そこのガキと一緒に死ねよ。」
わけが分からなくても分かる殺される。だって男の武器は日本刀、それに対して敵対しているらしい少女の武器はどこにでもある包丁だ。
戦力差は圧倒的だ。
何の合図もなく少女は疾走する。
だが男のように機敏さはなかった。
少し同年代の少女の中では速い、というくらい。
その疾走を男が笑う。
少女と男の間は残り距離にして3m。
「馬鹿がっ。」
男は地面の石を拾う。
そして高く、上空へと放り投げる。
その数、全部で三つ。
「――え。」
思わず声が漏れる。
突然、男の上空に投げた石が少女に向けて角度を変えて襲い掛かる。
おかしい。そんな馬鹿な。
普通、物体は重力に引かれるのが当たり前。
だというのに俺が見ている相手の投げた石は軌道を変えて少女に襲い掛かった。
狙いは、一つは前進を阻むために前方に、二つ目は停滞を許さないかのように今の少女の位置に、三つ目は敵の退路を阻むかのように少女の後方に。
常人ならば回避など不可能な攻撃を少女は一歩、踏み出し敵の一つ目の狙い通り前方に踏み出し
火花が闇に光る。
少女が包丁で石をはじき返した光だ。
「ちっ―。」
男は舌打ちをする。
男は日本刀を下段に構えなおす。
「さすがに勇者。簡単には倒せんか。」
くっくっ、と愉快そうに笑うと。
「でもよぉ、嬢ちゃん。本気でそこのガキを守りながら戦えるとでも思ってんのか?」
「あー。」
そう言われて気づいた。
何で気づかなかったんだろう。
少女がどれだけ強いかは分からない。
それでも俺を守っているという時点で少女は何らかの枷がつけられているのには変わりはない。
なら俺は加勢でもすべきだろう。
だが。
「無駄話をするよりも、もっと大切なことがあるんと思いますけど?」
くっくっく、と笑い続ける男はハイ?と頭の悪そうに言うと
ひゅん。
瞬間、男が話している隙にだろう、少女は男の懐に忍び込んでいた。
男の右腕が切られた。
飛び散る鮮血。
それでも致命傷ではないのかでたらめに右腕の刀を振るう。
あっけなく少女は後退する。
男も慌てて後退する。
だがその後退も先程のように獣じみた勢いはなく、凡庸な人間が常識的に出しうる跳躍だった。
「って―、なんで能力が落ちてんだ!?」
その驚きは俺も同じだ。
一度しか見ていないとはいえ、男の数十秒前の跳躍は明らかに人間のものじゃなかった。
なのに今は。
「あ、はぁ。なるほどな、お前の力。それだけの能力があれば戦いの勝利者候補にもなるか。」
ゆっくりと男は少女を見据えると、
「お前の能力は、そうだな。敵の能力を押さえ込む、ってところか。」
少女は答えない。
「だがよ。安心したぜ、嬢ちゃん自身は何も強くなってるってわけじゃなさそうだな。」
そう、男は腕を切られ、身体能力が落ちただけで体格が変わったわけでもないし武器が壊れたわけでもない。
かたや少女は運動能力もただの人間とは変わらず武器もただの包丁だ。
状況は男のほうが有利だ。
――――あ、いや。男も少女も一つ忘れていることがある。
それは俺自身だ。
今、俺がこの場に出て行けば、男にとっても誤算になる。
ならー。
「せぇいや!」
気がつくと、男が少女を日本刀で攻撃を仕掛けていた。
男は無論、体格だけで一方的に攻め続ける。
俺はゆっくりと立ち上がる。
「っぐ。」
足がひどく痛い。
それでも歩けないってほどじゃない。
それに少し我慢すれば走れるだろう。
走る。いつもの半分くらいの速度でしか走れないが、それでも十分――。
残り約二メートル。
どずん。
何か、胸を思いっきり押されたような感覚。
「ひぁ?」
あれ?
何か胸に冷たい感覚。
飛び散るのは赤い液体。
――――血?
なん・・・で?
見れば俺の胸に少しばかり大きな石が入りこんでいた。
「ごへ・・・。」
思考回路がショートする。
ぼやける視界を凝らして見る。
見れば男の腕は俺の方向に向けられており俺の胸に―――。
世界がゆっくりと暗転する。