第七話
「狼さん、だいじょうぶ!?」
メイセが駆け寄ると、辛うじて意識はあるようだが狼の呼吸は荒く、かなり苦しそうな様子であった。
「どうしよう…! 早くたすけてあげなくちゃ…!」
メイセはどうにか目の前の狼を救おうと試みるが、幼い身体ではどうすることも出来ずに戸惑うばかり。ただ狼に寄り添い、自ら着ていた衣服の裾で血を拭い、声を掛け続けることが精一杯であった。
「死なないで…! 死んじゃだめだよ…!」
指先も声も震えながら、必死で声を掛け続けるメイセ。
「そうだお水…! 狼さん、今お水さがしてくるからちょっと待っててね!」
そう言うとメイセはそっと狼から離れ、急いで駆けだした。水や食料はいつも自分たちで持って来ていた為、食べられる木の実や湧き水の場所などについて、メイセは何も分からない。だがしかしあのまま放っておいて良い状態でないことは確かであり、それがメイセの心を突き動かした。
それから五分ほど山の中を走り、メイセは古ぼけた大木へと辿り着いた。
「このお水のんでも平気かな…」
自分の顔よりも大きな落ち葉の上に溜まった雨水を見つめながら、ぽつりとそう呟く。幸い水は汚れてはおらず、小枝や小さな葉を取り除けば問題は無さそうであった。メイセは恐る恐る自分の人差し指を水につけ、ペロッと舐めてみた。子供ながらに味に問題はないと判断し、水をこぼさないよう葉の端と端を持ち狼の待つ場所へと戻って行った。
「狼さーんお水もってきたよ」
メイセはよろよろとした足取りで狼に近付き、顔の横に水の入った大きな葉を置いた。
「狼さん、お水もってきたよ。のめる?」
狼の顔を覗き込むと、苦しそうな様子ではあったが舌を出してペロペロと水を飲み始めた。
「よかった…」
メイセがホッと胸をなでおろすと、見る見るうちに狼の傷が治り始めた。
「えっ!? なにこれ!?」
狼にも予想外の出来事だったらしく、自分の傷が治っていく様子が信じられないというように目を見開いていた。
「呼吸が楽になった…お前のおかげだ、助かったよ」
先ほどまで息も絶え絶えであった狼がすっくと立ちあがり、メイセに礼を言った。
「しゃべった!?!?」
まさか目の前の狼が喋りだすとは思わず、しゃがみ込んでいたメイセは驚いてしりもちをついた。
「おい、大丈夫か」
狼がメイセの傍へ駆け寄る。
「えへへころんじゃった。狼さん本当はしゃべれたんだね」
「本来この姿では人間と会話する事は出来ない。恐らく、お前が持ってきた水に宿っていた霊力のせいだろう」
「ふーん?」
自分には分からない言葉が出てきた為、メイセはあいまいな返事をした。
「お前、どうして一人でこんな山の中に居るんだ。親は近くに居ないのか」
そう言われて、メイセはこの場に一人で来たことへの心細さを再び思い出した。
「きょうはパパとママはいっしょじゃないの…森に狼が出るからもういっちゃいけないって…でもここがすきだから、わたしどうしても来たくて…」
ぽつりぽつりと発せられる言葉に、狼は静かに耳を傾けていた。メイセが話し終わると、狼はスタスタと街の方へ向かって歩き始めた。
「狼さんどこ行くの?」
一人きりにされては困ると、メイセも後を追って歩き始めた。だがその問いへの返答は無く、メイセと狼はそのまま無言で歩き続けた。