第三話
「はぁっ、はぁっ……」
狼男の家を飛び出して数時間、メイセは当てもなくただひたすらに暗闇の中を歩き回っていた。家も無く、生き物の姿も無く、ただただ木が生い茂っているだけの真っ暗な空間。道も舗装されておらず、足元には泥水や木の葉がまとわりつき、メイセはかなり体力を消耗していた。
「私、このまま遭難して死んじゃうのかな…」
恐怖から逃れる為にあの場所を出たはずだったのに、今はまた別の場所で違う恐怖を感じている。つくづく自分の運の無さを感じていたメイセであったが、この後更に試練が立ちはだかる事になる。
がさっ、がさっ、と何かが草を掻き分けて此方へ近付いて来たのだ。隠れようにも、物陰など何もなくどうする事も出来ない。恐怖で動けず、その場に立ち尽くすメイセ。どくっ、どくっと自分の心臓の音が嫌に大きく聞こえた。今か今かと震えていたその時、何者かにぐいっと腕を引っ張られ、後ろから抱きすくめられた。
「騒ぐな、あれは親とはぐれた獣だ。この布が私達の匂いを遮っている限り、気づかれることは無い。声を出せばすぐに襲われるかもしれないがな。」
ハッとして自分の両手で口を押さえる。どうやら目の前に迫っていたのは迷子の子熊のようで、親とはぐれてしまったのか、辺りをキョロキョロしながらまた山奥へと戻って行った。
「あの……」
「何?」
「もう大丈夫だと思うので、離して貰ってもいいでしょうか……」
「え〜どうしようかな〜? 君、抱き心地最高だし、もう少しこのままで居たいな〜?」
命の恩人からそんな事を言われてしまい、メイセもしぶしぶ受け入れていたが……
「あの、そろそろ私帰らないと……」
「え? 帰るって何処に? 君この辺りの子じゃないでしょう?」
「あっ……」
「こんな森の中をうろうろしていたんだ、きっと何か事情があるんだろう? 身体も冷えているみたいだし、私の家に来ないかい? 何、君の心配するような事は何もしないさ。」
「え、ええっと……」
「こんな暗い所でいつまでも立ち話するのも良くないね! さぁっ、行くよ!」
「えっ、えっ、あのっ。」
二人がそんなやり取りをしている所へ、メイセの聞き慣れた声が響いた。
「おい、お前の行く所はそっちじゃねぇだろ。」
そこには、数時間前までメイセと一緒に居た狼男の姿があった。