第一話
鬱蒼とした森の中にぽつんと建つ古びた家。十八歳の誕生日を迎えたばかりのメイセは、この輝かしい日とは不釣合いの場所で一人………狼男の部屋の掃除を命じられていた。
「いいか、これは俺様の伴侶になるお前だけが許された仕事だ。この部屋には絶対誰も入れるなよ、約束出来るか?」
ぐいっと目の前に差し出された小指に、メイセは恐る恐る自分の小指を絡ませた。
「は、はい……分かりました。あの……どうして私がここに連れて来られたのか、説明してくれませんか?」
「そうだな……」
怯えながら話すメイセの身体を引き寄せ、狼男はにやりと笑いながら言い放った。
「あとでゆっくり教えてやるよ。お前を食べさせてもらった後にな。」
「ひいぃっ!」
悲鳴を上げながら部屋の隅に逃げるメイセを見て、狼男はくっくっくと声を殺しながら笑っていた。
「お前なかなか面白い女じゃねえか、ますます気に入ったぜ。安心しな、こっちにも色々事情があるから、物騒なことは何もしねえよ。お前はただ大人しく、この家で俺と一緒に暮らしていろ、いいな?」
そう言い残し、狼男は部屋を出て行った。一人取り残されたメイセは、どうしていいか分からずにただただ呆然としていた。
──どうしよう、今のうちに逃げた方がいいのかしら。でも逃げたことがばれて連れ戻されたりしたら、その時は本当に食べられちゃうかもしれない…!
瞳からはぽろぽろと涙が零れ落ち、両手は震えてなかなか言うことをきかない。何とか震える手で涙を拭い部屋の中を見渡すと、衣服や書籍、それに紙くず等がごちゃごちゃと散らかっていた。普段から家事を担っていた為、掃除や洗濯はお安い御用である。こうなってしまったからにはやるしかないと覚悟を決め、メイセは部屋の方々に散らばった物を拾いあげ、狼男の言いつけに従い片付けを始めた。
「へぇ、なかなかやるじゃねえか!」
あれから数時間後、メイセは部屋の片付けを完璧にこなし、その上狼男の為に食事の用意までしてのけた。
「勝手に食材を使ってしまってすみません。狼さんが何を食べていらっしゃるのか分からなかったので、私が普段食べ慣れているものしかありませんが…。」
テーブルの上にはメイセの作った食事が所狭しと並べられ、狼男は椅子に座るなりローストビーフを一枚口に運んだ。
「お前はもう食ったのか?」
「いえ、勝手に頂く訳にはいきませんのでまだ何も……」
「ならお前もこっちに来て一緒に食え。さすがの俺様でもこんなには食いきれねえからな。」
「はい……」
メイセは恐る恐る向かいの席に座り、狼男がものすごいスピードで食事を平らげていく様子を見つめていた。食べきれないからと誘っておきながら、すでに食事の半分ほどは狼男の胃袋の中に収められていた。
「あのっ…!」
二人の視線が数時間ぶりに合った瞬間だった。メイセは怯えながらも、狼男に向かって言葉を続けた。
「どうして私をここに連れて来たんですか!?私に許婚の人が居るなんて、今まで一度も聞いたことがありません!しかも相手があなたみたいな狼男だなんて…絶対何かの間違いです!元居た家に帰して下さい!」
はあはあと大きく呼吸をしながら言い切ったものの、怖くて前を向くことが出来ない。俯いたままのメイセに向かって、狼男はこう言った。
「───お前が五歳だったあの日に、約束したから……」
「えっ?」
驚嘆の声を聞くと、狼男は一瞬だけ寂しそうな顔をしたもののすぐに立ち上がり、食事の後片付けを始めた。
「あの…」
メイセがどうすればいいのか分からず戸惑っていると、狼男はいつの間にか自分の真横に立ち、大きな瞳でじっと見下ろしていた。メイセはどうすることも出来ずに、ただじっと狼男の瞳を見つめていた。