プロローグ 2
「チッ!あのバカ、どこに居やがる…。」
「…クイド、これ以上は…。」
「あぁ。……やべぇな。」
ーーsideクイド
くそっ!よりによって、「スレイラ」でカイルが単独行動とか…。
今回ばかりは、いくら危機回避能力が突出しているカイルでも、危ない可能性が半端じゃないというのに…!
ーー商業都市「スレイラ」。
各地の産物で賑わう、名実共に商業の街だ。
…いい意味でも、悪い意味でも。
このスレイラは、各地の特産品が集まる街であると同時に、莫大な金が集まる街でもある。
そして、その金を狙ったスリや詐欺、恐喝強盗窃盗万引きなどの、犯罪に事欠かない街として知られている。
一部の情報通の間では、盗品や違法な薬などを売っている、闇オークションの会場があるとも囁かれている。
それだけではなく、暗殺や盗賊など、表沙汰にできない依頼を請け負う、闇ギルドの支部があるという情報まで、密かに出回っている。
まさに、強い光は、しかし同時に濃い闇をも産み出すという事だ。
…あいつなら、絶対に何かしでかす。
それが何かはわからないが、絶対にろくなことじゃない。
詐欺に引っ掛かる。人さらいに捕まる。闇オークション会場に乱入する。闇ギルドに目をつけられる。何らかの事情に首を突っ込むーー。
単純に考えてもこれだけの可能性があるのだ。…頭が痛い。ついでに胃も…。
早いうちにあいつを見つけて回収しないと、真面目に俺達の命が危ない。
今まではなんとか生き延びてこれたが、それがこれからも続くとは限らないのだから。
…嬢ちゃんの『お願い』を果たせてないのに、死んでたまるかっての。
だが、そろそろ限界だ。
時間的にも、体力的にも。
あまり目立ち過ぎると、闇ギルドの粛正対象になってしまう。
それだけは避けたかった。
「ーーお!いたいた!」
その声を聞いたのは、案外直ぐの事だった。
裏路地に続く道から出てきたカイルは、ニコニコと上機嫌に笑いながら俺達に向かって手を振っている。
「……。」
「、痛っ!」
ゴン、という鈍い音は、いつの間にかカイルの後ろに移動したヴェンが、カイルの頭を殴った音だ。
……。いや、本当にいつの間に、移動していたんだ?まったく気付かなかったぞ、俺。
密かにショックを受ける俺にお構い無しに、事態は進む。
「…何処へ行っていた。」
威圧的なヴェンの口調に、抑えられた怒りを感じ取ったのだろう。
カイルは口許を若干ひきつらせて弁解していた。
「だーかーらぁ!露店のおっちゃんと話してたんだって!」
「……。(怒)」
「痛い痛い痛い!悪かったってば!」
無言でカイルの顔を鷲掴みするヴェン。
それに対して、痛い痛いと喚くカイル。
この一画だけが、やけに煩くなっていた。
…あぁ、こりゃあ、闇ギルドの粛正対象になったかも知れないな…。
少なくとも、確実に目をつけられているだろう。
…俺が街中で殺気を漏らした時点で、手遅れな気もするが。
そんな事情もあって、これ以上騒ぐ訳にはいかなかった。
「はぁ…。ヴェン、そのくらいにしておけ。カイル、詳しい話は宿で聞く。いいな。」
「お、おう。」
「…了解した。」
溜め息をひとつ溢した俺は、騒ぐ二人に指示を出すと、宿に向かって歩き出した。
「ーーで?」
俺達の宿の部屋に入ると同時に、話を切り出した俺は、再開(…?)してからずっと気になっていた事を聞くことにした。
…相変わらず、厄介事の気しかしないが。
「カイル、右手にあるそれはなんだ。正直に言ってみろ。」
カイルの右手には、はぐれる前にはなかったはずのーー
「ん?解らないのか、クイド。」
「……。猛烈に解りたくない。今だけは、解ってしまった自分の知識を恨みたい。」
探求者として、いつか必要になるかもしれないと思っていた、あの時の俺を殴りたい。
…知らない方が幸せなことって、あるんだな……。
「…諦めろ、俺もだ。」
「ヴェンもか…。」
若干黄昏ていた俺に声をかけたヴェンも、俺と同じらしい。
「「はぁ………。」」
溜め息を吐いた俺達は、カイルの右手に目を遣った。
ーー干されたのか、水分が抜かれて、長期の保存に耐えれるようになっている。
ーー細いが頑丈そうな紐で、数個纏めて縛られている。
ーー全体的に紫がかった茶色で、その大きさは大きいモノでも手のひら程。
ーーよく山の中の倒木に生えていて、秋から冬に向けてが旬の『椎茸』にも似たそれは……
「「……キノコ、だよなぁ。」」
だが、このキノコは間違いなく、どの資料にも載っていなかった。
つまり。
「新種、か…?」
「…なら、どこでーー」
ヴェンの言葉に、猛烈に嫌な予感を覚えた。
カイルの言葉で、それは決定的なものになった。
ーー『なら、その辺のキノコとかを食べれば…』
ーー『それは毒キノコだ、バカイル。』
ーー『うわっ!……ちぇっ。何だ、毒キノコだったのか…。』
ーー『お!あのキノコ旨そう!持って行っておこうっと。』
ーー『いち、にぃ、さん…。五個あれば充分だろ。いい拾い物したなぁ。』
「 カ イ ル ?」
「は、はいぃ!」
若干引きぎみのカイルは、事の重大さを解っているのか。
「俺の目が可笑しいのか?俺にはそのキノコが、3つしか無いように見えるんだが。」
「…!…何をしでかしやがった、バカイル。」
そう、カイルによると、5つあるはずの(新種?の)キノコ。
それが、カイルの手には3つしか無いのだ。
…俺達の背に、冷たい汗が流れる。
「ん?1つは露店のおっちゃんに売って、1つはーー食べた。」
「「………。はぁぁあ!?」」
「?あの森で採ってきたやつだぞ?クイド、これ、毒はなかったみたいだぞ。旨かった。」
露店のおっちゃんからいいナイフも買えたしな、なんて呑気な事を言うカイルを殴りたくなった俺は、悪くない筈だ。
『あのキノコを食べる?冗談じゃない!』
それが、嘘偽りない俺達の本音だ。
大体、カイルが見付けてきたキノコ(しかも新種)なんて、危な過ぎて食べれない。
実際、同じようなことが過去にもあって、その時は俺とヴェンが丸一週間寝込んだ。
カイルだけは平然としていたが。(何故だ。)
「ーーん?」
カイルに異変が起こったのは、再開(…。)から一刻後。
妙に音がすると思えば、カイルから蒸気が立ち上っていたのだ。
「「「………は?」」」
俺達が揃って呆けた声を出すと同時に、波乱が始まりを告げた。
ボン!!
「「「っ!?」」」
大きな音がしたと同時に、蒸気が爆発的に増え、視界が効かなくなった。
しばらくして蒸気が晴れると、そこにはーー
ーー『カイル』がいた。