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獣と幻想のお茶会を  作者: カズノコ
1人目の来客者 獣に捧げた少女
2/55

一杯目 何も知らないあなたには

 突如、爆発的に発生した蒸気と共に突風が吹き荒れた。

 風に乗ってきた蒸気に抗う暇も与えられず呑み込まれる。熱いとかそういうレベルじゃない。焼けるような熱風が全身を包み込み、急激に上昇した湿度のせいで思いっきりむせかえった。


「うわぁ!?」

「熱ぅ!」


 みんなの悲鳴が真っ白い濃霧のカーテン越しに響く。前後左右一面真っ白で、声は聞こえても姿は捉えられない。

 熱風に怯みながらも辺りを警戒する。正直ヤツもこの中では動くことは出来ないだろうが、万が一ということもある。油断したところを突かれれば一貫の終わりだ。だって、この後ろには……。


 襲い掛かってくる蒸気をひたすら耐える。露出した肌がヒリヒリと痛んできた。ここから抜け出したくて仕方がないが、アイツの意図が分からない以上むやみに動くわけにもいかない。

 蒸気に包まれてからここまで何もないとなると、どうやら毒を含まれているという最悪の事態はなさそうだ。高温の蒸気による被害はあるにしても、攻撃として仕様するには致命的なダメージを与えられるとは思えない。逃げるつもりか、それとも奇襲のためか。

 ひときわ大きな風が吹き、それと同時に一気に視界が開ける。クソッ、グズグズ考えてるヒマはないんだ! 早くなんとかしないと……!

 俺は状況を確認しようと前を見――


「え?」


 ――が、目の前まで迫って来ていた。

 訳が分からず、抵抗の暇も与えられないまま――に突き飛ばされる。

 後方へと力を加えられた身体は宙を舞い、そのまま重力に従い落ちていく。

 地から天へと大口を開けている『(さかずき)』に。


 なんで。

 ――は、俺を……?


「――!」


 近くにいた――が俺に向かって手を伸ばす。それに向かって俺も手を差し出した。


 あと数センチ、あと……もうちょっと……!


 これ以上伸びないってくらい、限界まで伸ばしきる。


 だが、無情にも。


 俺の手は空を切った。


「――――――――!!」


 落ちていく中で見た、手を伸ばしたまま俺の名を叫ぶ――の泣き出しそうな顔が、ひどく頭に焼き付いた。


 あ、俺……死ぬ?


 吸い込まれるかのように落ちていく身体。一寸の狂いもなく、美しく透き通る水面へと。

 どぷん、と『杯』の中に沈みこんだ。さっきまで眩しいくらい明るかったのに、入水した途端黒く塗りつぶしたかのような闇が視界を覆う。水面に上がるためにもがこうとしても、まるで四肢をなくしたかのように自由が利かない。そもそも、何も見えない上に浮力も感じられないせいか、もうどちらが上かすら分からない。


 俺……死ぬのか……?

 このまま何も出来ず、約束も果たせず、暗闇の中で独り……。

 駄目だ……こんなところで終わったら駄目だ。まだ終わる訳にはいかない。だって俺は……俺は……俺……は…………?


 ……あれ?


 俺……なにしようとしてたんだっけ?

 ……いや……何を言ってるんだ俺は。忘れていいはずがない。そうだ、俺はやらなくちゃいけないんだ。約束したから……!


 ……なんで。

 なんで俺、こんなに必死なんだろう?

 そんなに、大事なことだったのだろうか。

 そうだ……確か俺は彼女のために……。


 彼女って誰だ?


 ……ああ、そっか。さっき俺を助けようしてくれたあの子と……もう一人……。

 もう、顔も思い出せないけど。

 あの娘はいったい誰なんだろう? でも……わからないけど、あの娘の表情を見て……何故か……すごく後悔した……と、思う。


 ……そもそも何でここにいるんだ? ここに来る前なんてあったっけ? ずっとここにいたんじゃなかったっけ?


 わからない……何もわからない。わかりたくても、わかろうとしても、わかりたいのに……『わかる』ということが何なのかもわからない……。


 ……俺の中の全て……が、外に流れていくような、感覚……。


 ゆっくりと……ゆっくりと……沈んでいく……。


 意識が……朦朧(もうろう)とする……。


 俺は……、




 …………誰だ?

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