葉月
夜が明けた。
小鳥のさえずる声、木々の葉がすれ合う音。
昨日あれ程の命の危機が迫っていたというのに、
一日の始まりというのは何ともあっけないものだなと俺は思う。
一瞬昨日起きたことは全部夢なのではないかと思ったが、
周りを見回すと昨日倒れた時計台はそのまま残っていた。
「ああ……やっぱり夢じゃなかったのか」
肩を落とすと後ろから潤平が声をかけてくる。起きたようだ。
「おはよー伸哉。つっ……」
「大丈夫か潤平。まだ昨日の怪我が痛むのか?」
潤平の胴体には伸哉の着ていたお気に入りのシャツが包帯のように巻きつけられている。
包帯からはインクをこぼしたような赤がにじみ出ていた。
「大丈夫だ、見た目ほど痛くねーよ。まだ歩こうとするとズキッと痛むけどな」
そういい終えたところで伸哉に腹の虫が催促にやってきた。
「俺もう昨日の昼飯からずっと何も食べてない」
「俺もだ伸哉。何か腹に入れねーとやってらんねー」
と、ここで上条さんがトイレから戻ってくる。
「それじゃあ朝食、としましょう」
俺らは約18時間ぶりの食事を求めて商店街の方角へ歩きだした。
○ ○ ○
町はまだ完全に眠りから覚めたわけではないようで、
まだ開店していない店もちらほらとみられた。
「ちょっと待って。みんなお金とかどれくらい持ってるの?」
上条さんが急に現実的な問題を持ち出してきた。
各々がリュックの中から財布を取り出す。
俺も財布を開く。1000円札が1枚だけあったがほかはみんな小銭だ。500円玉もない。
ちょっとお土産を買いすぎたな、と今更ながら後悔している。
「俺は1321円だ」
俺は律儀に1の位まで発表した。ほかの2人は多分そこまで求めていなかったと思うが。
「俺は2000円ちょっとだ。上条はどれくらいよ?」
「私は……」
そう言いつつ上条さんは5000円札をちらつかせてきた。
ヒューと潤平が口笛を鳴らす。俺は恐る恐る聞いてみた。
「ねえ、上条さん、どうしてそんなにお金持ってるの?」
返答はそんなに待つことなく帰ってきた。
「私の家が金持ちだから」
彼女の言ったことはそこまで俺たちに驚きをもたらさなかった。
彼女は気品に溢れているわけではない、むしろ普段からサバサバしている人だったが
持ち物、例えば鞄一つとっても、上質な本革を使った素材で、
決して派手ではないが重厚な存在感を発揮している。
その陽子にも注目すると、初めて近くで見たからわかったが、
肌はシミ一つなくすべらかで、髪も近くで見ると絹糸のような繊細さが見て取れる。
「綺麗」という言葉は彼女のために作られたのではないかなんて
冗談抜きで思ってしまうような顔立ちであった。
しかし、そんな温室育ちになのにも関わらず性格は冷え冷えとしている。
「じゃあ、あんまりお金は無駄にはできないわね」
貸す気がさらさらないということだけは理解した。ケチ。
「じゃああそこのハンバーガー屋さんででも」
彼女の口から〝ハンバーガー〟という単語が出てくるのが新鮮だった。
「一度食べてみたかったから」
理由は聞いてはいないが納得した。彼女的にも、俺の財布的にもその方がありがたかった。
「いらっしゃいませ、ご注文が決まりましたらレジまでどうぞ」
1円の価値もないスマイルを浮かべた店員が俺たちに呼びかける。
「どうしようか」
「俺はダブルチーズバーガーMセットにするけど伸哉達はどうすんの?」
「潤平結構食べるんだな。俺は……チーズバーガーとシェイクで」
「そんなので足りるの、牧野君。後で腹が減っても知らないわよ」
「もしもの時のためにとっておいた方がいいかなあ……って思って」
「そう、じゃあ好きにすればいいわ」
なぜ彼女はこんなに毒のある言い方しかできないのだろう。
なんかよそよそしくされたから俺は席をとるという名目で2階へ逃げた。
――あの2人ってどんな会話するのかな。ちょっと気になる。
○ ○ ○
「お前、どうしてそんな冷たい性格してるんだ?」
「別に。熱くなろうが冷たくなろうが個人の勝手でしょ」
「でも上条、俺たちが命の危険になると助けてくれるよな」
「そりゃあ人が目の前で死ぬのは気分よくないもの」
「そりゃそうだがな……」
○ ○ ○
2階もそこそこ混んでたが、運よくテーブル席が1つ空いていた。
さっそく席をとろうと向かうと、
「あれー、マッキー?」
聞いたことのある声が聞こえてきた。
声の主を探すと男女4人組の中に見知った顔があった。
俺の幼稚園のころからの幼馴染、近井葉月だ。