司書
俺は、驚きと恐怖で言葉が出なくなってしまった。
彼女が一歩ずつにじり寄ってくる。手には、おそらくおばさん司書を殴ったのと同じ
鉄パイプが握られていた。ガラガラと、金属が地面にひきずられる音がする。
俺はそれに合わせて1歩ずつ後ずさりする。
「……はわ……ない」
ぼそぼそと何かを呟いている。しかしそれは、はっきりと耳に聞こえる音声へと変わっていった。
「私は悪くない……私は悪くない……私は悪くない私は悪くない悪くない悪くない悪くない……」
全身から汗が噴き出る。心臓の鼓動がドクンドクンと早くなっていくのを感じる。
まずい、これはマジで殺される……!!
本能がそう察知する。
左足のかかとが壁にぶつかるのを感じる。
もう後ろには下がれない。
もう駄目か……とそう思った瞬間、俺の心の中から声が聞こえた。
『死にたくない……死にたくない……死にたくない……死にたくない……』
こんなところで死んで、たまるか。
そう思い、俺は深呼吸をする。
若い司書が、鉄パイプを上げる。
「死になさい」
そういうと、彼女はそれを思い切り振りおろす。
――今だ!
そう思い、俺は彼女に思い切り体当たりした。
彼女は体勢を崩し、膝が地面に着く。
いきなりのことに戸惑ったのか、ぽかんとした表情で動かない。
俺は急いで扉の方に向かって、走る。
扉を開け、外に向かって走り出す。
しかし、出口まであともう少しというところで、
ガンッ!
頭に何かがぶつかる。そのまま俺は倒れてしまう。
目線の先ではガランガランと、鉄パイプが転がっていた。
「鉄パイプを……投げた……だと?」
俺はジンジンする頭の痛みに耐えながら、そう漏らした。
すると、相手に聞こえてたのか、
「死ぬ間際に教えてあげるわ。私ね、高校のとき陸上やってたの。
そのなかでも、特に槍投げが得意でね。それはもう、県大会に出るくらいに、ね」
彼女はそう言いながら、鉄パイプを手に取り、そして告げる。
「それじゃあ、今度こそ死になさい」
ああ、ここまでか――俺は、死を覚悟し、目を瞑る。
彼女が鉄パイプを振り下ろす。
その瞬間、
「うあああああああああああぁぁっ!」
俺の声じゃない、誰かの悲鳴。
「戸上!!!!」
聞きなれた声はすぐに彼のものだと分かった。
目を開けると、鉄パイプは、彼の背中を直撃していた。