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 水よし、食料よし、衣服よし、ナイフよし。

 持っていく道具を逐一点検し、熊の皮で作った背嚢に詰める。

 空を見ると雲ひとつない青空だ。暑すぎず寒すぎずちょうどいい気温。

 遠足日和だ。今日は樹海の探索に行こう。

 

 こちらに来て一年以上たつが、いまだに人には出会えていない。

 私はあまり人と接することが得意ではないのだが、こうも一人の時間が長くなるとさすがに人恋しくもなる。

 とはいえ、樹海にまわりを囲まれた陸の孤島とでもいうこの場所を訪れるような奇特な人間はいないだろう。ならば私が外へ出ていくしかあるまい。

 

 樹海に入るのを避けていたのは、単純に怖いからだ。

 この世界に来た当初に遭遇した化物。あれ以来姿は見ていない。

 この辺りはあらかた探索し終えたが見つからないということは、この山には生息していないのだろう。

 普段は別のところに住んでいるが、あいつ一匹だけがたまたま迷い込んできた、と考えるのが妥当である。

 となるとあからさまに怪しいのは樹海である。もしかしたらあの中は化け物どもの巣窟なのかもしれない。


 とはいえ、記憶の中の化け物は今思うとかなり貧弱そうだった。

 細い首や腕は簡単にへし折れるだろうし、身を守るはずの皮膚は紙のように薄い。あの短い足では到底走れないだろう。

 首や腕は丸太のように太く、全身をぶ厚い筋肉と毛皮で覆い、数十メートルの距離を一瞬にして詰めるスピードをもったクマのほうがはるかに恐ろしい。

 私はそのクマに勝ったのだ。もっとも本当のところは三回ほど死んでいるだろうが。


 あの化け物がどんな手段を使ってこようと、私の再生力があれば大丈夫だろう。

 この世界にきた当初の私でさえ、やつを倒せているのだ。

 森を駆け回って得た身体能力がある今、たとえやつが束でかかってきたとしても負ける気がしない。

 毒に対しての耐性も実証済みである。

 クマを仕留めたという事実は私に大きな自信をもたらした。

 その肉や毛皮のおかげで食料や備品に余裕が出てきたのも、樹海を探索しようと思いたった要因の一つである。


 3時間ほど歩くと樹海の入口にでた。

 今までの生命力が満ちていた森に比べ、不気味な雰囲気を醸し出す木々を前にして、思わず足がすくむ。

 両の掌で頬をたたき自らを奮い立たせ、樹海の中に足を踏み入れた。


 背の高い木々が日の光をさえぎっているせいか、樹海の中は薄暗く、ひんやりとしていた。

 木々の密度が高く、見晴らしはいいとは言えない。いつ木の陰から何が飛び出してくるか分からない。神経を研ぎ澄ませながら進む。

 落ち葉と腐葉土が積もっているおかげで、地面を踏む感触はしっとりと柔らかい。

 所々にぼんやり光を放つものが見える。近づいて見てみると、どうやらコケの一種のようだ。


 樹海に入ってどれくらい経っただろうか。クマの干し肉をかじりながら歩き続ける。

 ウサギ、キツネ、シカ。今のところ見かけたのは普段と変わらない動物達ばかりだ。

 異形のモノはまだ姿を見せていない。

 樹海に突入して以来ひたすらまっすぐ進んでいるが、いまだに出口が見える気配はない。

 途中まではそれをたどって帰ることができるように木に目印をつけて進んできたが、私の記憶力があれば不要だと分かった。

 一見すると全て同じように見える木も細かな形の違いで見分けることができる。周りの風景を頭の中に録画するようにして先へ進む。


 その後しばらくして、視界の端に何やら白いものが映った。

 気のせいかと思ったが、確認するためにそちらへ向かって目を凝らす。

 すると、それが淡く発光していることが分かった。同時に移動していることに気付き、全身に緊張が走った。

 もしや怪物の類か。息を落ち着かせ、極力足音をたてないようにそれを追いかける。


 謎の発光体は上下に規則正しく揺れながら、ゆっくりと動いている。

 宙に浮いているかの様に見えたそれは、どうやら大型の動物の一部らしい。

 しばらくしてその物体の動きが止まった。私もそれに応じて立ち止まる。

 距離は30メートルほど、密集する木々のせいで、発光体の全貌はまだよくわからない。

 ふっと光が下へ落ち、それきり見えなくなった。

 発光体が消えた場所へ向かって、木の陰に身を隠しながら慎重に近づく。


 光が消えたと推測される場所はどうやら小さな湖のようだった。

 近くの茂みにしゃがみこんで様子をうかがう。何やら水音が聞こえる。ナニモノかはどうやら水を飲んでいるようだ。

 まだ気取られてはいないようだが、これ以上近づくと確実に気付かれてしまう。

 どうするべきだろうか。不用意に近づくべきではなかったのではないか。気付かれないうちに撤退したほうがいいのでは。


 不死身の体をもっているという安心感と、曲がりなりにもクマを倒したという自信がすぐにその考えを頭の隅に追いやった。

 何があっても私は死なないのだ。何度殺されようが構わない。こちらは一度殺せばいい。

 そう念じて、骨で作ったナイフを握りしめ、勢いよく茂みから飛び出した。


 その生き物がおもむろに振り返りこちらを見た。

 その姿に目を奪われ、思わず私は立ち尽くした。

 すらりと伸びたしなやかな足、まるで絹のように白く滑らかな毛並み。

 瞳は優しい光を宿していて、ふさふさとした尾は風にやわらかくなびいていた。

 息を飲むほど美しい白馬がそこにいた。


 ただの馬でないことは一目でわかった。

 白馬の額からは長く鋭い一本の角が生えていた。それは幻想的な白い光を放っている。これが謎の発光体の正体だった。

 ユニコーンというやつか。

 この世界に来てから二度目の異形との遭遇だ。前回と違い恐怖はなく、むしろ感動すら覚えていた。


 ナイフも構えずにしばらくの間呆けていると、ユニコーンが不思議そうに首をかしげた。

 どうやらいきなり襲いかかってくることはないようだ。

 そのまま歩み寄ると、ユニコーンは警戒したように飛びのいた。

 長い角はまっすぐにこちらへ向けられている。

 あわてて両手を上に挙げて危害を加えないことをアピールする。はたして馬に通じるだろうか。


 次の瞬間、光の槍が私の腹を貫いていた。

 あまりに突然のことに思考が追いつかない。

 視点を下げると、茶色い瞳と目が合った。その色は恐怖でも怒りでもなく、ただ戸惑うような目だ。

 角が勢いよく引き抜かれる。背中まで完全に貫通していた。

 しかし私には超再生がある。傷はすぐにふさがるはずだ。


 おかしい。

 傷が治らない。血が止まらない。

 焦って傷口を手で押さえたが、指の隙間から血がとめどなくあふれ出る。

 思わず膝をつく。ユニコーンが私を見下ろしていた。死ぬのか。あまりにも唐突に突きつけられた事実を受け入れる猶予はない。

 視界が端が白く染まっていく。やがて私の思考は途切れた。

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