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 こちらの世界にきてからもうだいぶ経つ。

 なにげなく洞窟の壁に彫った正の字を数えてみると100を超えていた。

 来た当時は青白く贅肉だらけだった体は、今は黒く焼けて引き締まっている。

 衣服に食器、敷物など身の回りの装備もある程度整ってきた。

 食べられる植物とそうでない植物の見分けもある程度つくようになり、狩りもなかなかうまくなった。

 もっとも私が今まで生き延びてこられたのは、ひとえに不死身と言っても過言ではない体質のおかげである。


 外傷はどんなに重大なものであってもすぐに再生する。

 一度イノシシに追われて全力の突進を受けて吹っ飛ばされ、そのまま高さ20メートルほどの崖から落下し、下に生えていた木が胸のあたりに突き刺ささるというデスコンボを受けたが死ななかった。

 ただし痛覚はしっかり残っている上に気絶もする。

 刺さった木を抜くときには痛みで十回ほど意識を失った。木を取り込んだまま傷がふさがりかけていただけに、余計に痛かった。


 毒物に対しても耐性があるようだ。

 スズメバチの巣に遭遇したときは全身をくまなく刺されまくったが、アナフィラキシー・ショックや中毒を起こして死ぬことはなかった。もちろん死ぬほど痛かったが。

 毒草や毒キノコも中毒症状は出るものの、一時間もすればおさまる。

 もちろん死ぬほど苦しい。全身の神経がむき出しになったように痛んだり、上から下から血が噴き出したり、まったく呼吸ができなくなったり、二度と味わいたくないものばかりである。

 

 また記憶力が非常に良くなっていた。

 過去起こったこと、体験したことはかなり鮮明に思い出すことができる。

 そのため以前当たった草やキノコを食べるのを避けることができるし、一度行った場所なら道のりからどんな地形だったか、何が生息していたかまで把握している。

 前の世界にいたときの記憶も自由に引き出すことができた。短時間で装備を整えることができたのもこの記憶力によるところが大きい。

 火の起こし方、武器の作り方、罠の仕掛け方、毛皮のなめし方など記憶のかなたにあったサバイバル技術も詳細に思い出すことができた。

 すでに一年以上人と話していないが、日本語はおろか英語すらしゃべることができる。


 洞窟を拠点として周辺の探索をはじめて随分たつ。

 周囲の地理はおおむね把握していた。最初は森だと思っていたが、その実、山のふもとだった。

 一度三日がかりで山頂に登ったが、いまだに火口からは煙が立ち上っていた。

 どうやら活火山のようだ。今のところは噴火などはしていないが、火山についての知識はほとんど持ち合わせていなかったので、かなり不安に思った。

 何度か山から出ようと試みたが、深い樹海に阻まれた。

 今までの木漏れ日が差し込む穏やかな景色とは打って変わって、薄暗く人が立ち入るのを拒むような雰囲気を醸し出す樹海に進んで入っていく気はおこらなかった。

 どのルートから行っても行き当たることから、どうやら山を取り囲むようにして樹海が広がっているらしい。


 いつものように森を探索していると何やら茶色いものが見えた。

 念のため風下から近づいていき、正体を確認する。ヒグマだ。

 体長は2メートルと言ったところだろうか。おそらくこの森の中で最強の生物だろう。

 以前にもクマに遭遇しているが、当時は木と石で作った貧弱な槍しかなく、撤退を余儀なくされた。

 しかし今は弓矢があるし、奥の手もある。

 あれを狩ることができれば当分肉には困らない。

 今の私はかなりの身体能力があるし、こちらの残機は無限なのだ。いざとなれば根性で絞め殺してくれる。


 竹で作った弓に、矢じりに黒曜石を使った矢をつがえ、引き絞る。

 距離は20メートルほど。獲物はまだこちらに気づいていない。

 張りつめた弓から放たれた矢は風を切って、ヒグマの首筋に突き刺さった。

 ヒグマの咆哮が森の中にこだまする。

 やったか。そう思うと同時にフラグというものの存在を思い出す。


 ヒグマがこちらに気づき、振り向く。

 狩人と獲物の立場が完全に逆転した。

 こちらに猛然と突進してくるヒグマから逃げ切る術はない。

 やけっぱちのように放った二本目の矢はあらぬ方向に飛んでいき、標的にかすりもしなかった。

 あっという間に私の目の前に来たヒグマが、二本足で立ち上がる。

 繰り出された前足の動きはまるでスローモーションのようにはっきり見えたが、意識とは裏腹に体はピクリとも動かなかった。

 人間に対してふるうには過剰な威力の一撃で、私の頭は一瞬にして吹き飛ばされた。


 目を覚ますと同時に腹部にすさまじい痛みを感じ、再び意識を手放しかけた。

 まだ完全に治っていない目を凝らすして見ると、どうやら私は生きながらに貪り食われているらしい。

 食っても食っても再生する肉の塊は、ヒグマにとってこの上ないプレゼントだろう。

 満腹になったらヒグマはここから去るだろうか。

 もしそうなったら私は腹一杯に肉を食うどころか、腹の肉をいっぱい食われるだけで終わってしまう。

 いやもしかしたら巣にお持ち帰りされて、無限生肉としてこいつの寿命が尽きるまで食われ続けるかもしれない。

 いずれにせよ、もう一度気絶すれば次にどんな状況に置かれているか分からないのだ。その前にこいつを仕留めなくては。


 両手は使えるようだ。自分の腰をさぐり、切り札が無事なのを確認してひとまず安堵する。

 腰に下げていた竹筒を左手でつかむ。同様に右手で火打石を握る。

 ヒグマは私の内臓をむさぼるのに夢中で、こちららの動きに気づいていない。いや、気にも留めていないと言ったほうが正しいだろうか。

 おのれ思い上がりおって、目にもの見せてくれる。


 右手を振りかぶり、いま出せる精一杯の力でヒグマの顔を殴りつける。

 石を握りこんだ一撃はさすがに効いたようで、ヒグマが怪訝な顔をして私のはらわたから口を離し、こちらを向いた。

 威嚇するように大きく口を開けて吠える。その口に左手に持った竹筒を突っ込み、筒の底に火打石をたたきつけた。

 激しい閃光と衝撃が目の前で炸裂し、再び私の頭ははじけ飛んだ。


 切り札である黒色火薬。

 以前火口付近に行ったとき持ち帰った硫黄を使って作ったはいいが、正直何に使うか持て余していた。

 一度作っている時に誤って爆発させてしまい、両手が吹き飛ばされたのだ。

 こんなものをいっぱいに詰めた竹筒をくわえさせられたヒグマの頭部は原形をとどめていなかった。かろうじであごの形が少し残っている程度である。

 破壊力は素晴らしい。素晴らしすぎて自分ごと粉みじんにしてしまうのが問題だが。

 何はともあれ貴重な肉が食いきれないほど手に入った。毛皮もかなりとれそうだ。

 にわかにテンションが上がってきた。


 そのとき私の頬に何か冷たいものが当たった。

 空を見上げると一面黒い雲に覆われている。ポツポツと降り出した雨は本降りになり、すぐに私はずぶぬれになった。

 洞窟までどれくらい時間がかかるか考えをめぐらす。

 横を見るとおそらく300キロはあるであろう戦利品が転がっていた。

 毛皮が水を吸い込んでさらに重くなったこいつを洞窟まで引きずっていかなければならないのか。

 先ほどまでの興奮がウソのように冷めきっていた。泣きたくなった。

 

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