四節目
いつの間にか追いついていた石井が言った。
「やっぱり桜井君はすごいな、今度僕にも教えてよ、あのクロス、クロスカウンターっていうの、あの交差してたやつ」
「いやだ」
「なんで」
「お前覚え悪そうだから」
断ってしまってから、こいつが恐ろしくしつこいことに気付いた。
「なんでだよ、教えてよ。僕こう見えても粘り強いんだから」
「そんなことわかってるよ。わかったから、いつかな、いつか」
長くなるのも面倒だったので、
こっちが折れることにした。
「いつかっていつ、いつなの」
ガキかお前は。
「来年」
「遅い」
「来月」
「遅い」
「お前文句ばっかり言ってるんじゃねぇよ。あぁーもうやだ、さっきの教える発言撤回」
「ごめんなさい。わかったよ、じゃあ来月ね」
「はいはいはいはい」
「僕こっちだから、じゃあね」
「あぁ、早く帰れっ」
だんだん薄暗くなっていく空の下、まだ活気の残る商店街を俺は一人、家へと歩いて行った。午後八時、家には俺しかいない。うちは母子家庭だ、父親がいない。俺が保育園のときくらいに二人は別れたらしい。
保育園に通った記憶くらいはみんな覚えているみたいだが、俺はなぜか覚えていない。
だからなぜ二人が別れたのかはしらない、高校生にもなると大人のいろいろな事情がなんとなくわかってきて、聞くに聞けない。母さんもその話題がでると流すし。
けど特に親が一人いないくらいでも支障はない、親は母さん一人だとずっと思って生きてきたし、妻と子をおいていった奴を今からどうしたって親とは思えない。
母さんはいつも夜遅くまで働いて家計をたててくれている、俺もたまに喧嘩相手の財布から生活費を稼いでいる。
贅沢はできないけど不満はない、俺はこの生活に満足している、毎日コンビニ弁当の生活にも。




