第5話 決戦(デート)の朝
目を覚ます。時計を見ると悠さんとの待ち合わせの時間である八時より二時間早い。アラームが鳴るより早く起きてしまった
昨晩は悠さんがベッドに忍び込んでくるなんていうサービスはなかったが、デートの前日と言うことで『小学生が遠足の前日になかなか眠れない。の法則』(僕が作った)によりなかなか眠れなかった。それでも朝は早く起きられた。これもその法則に組み込むべきか検討中だ。窓を開き空気の入れ替えを行う、悠さんの部屋のカーテンは閉まっていた。
「さて、と。シャワーでも浴びるか」
女の子と出かけるのだ、男として身なりを整えないというわけにはいかない。
パジャマを脱ぎ洗濯かごへ放り込む。
朝の風呂場とは寒いもので床なんてまるで氷のようだ、自宅に居ながら北極にいる体験ができる。うちの風呂、なんてすばらしいんだ、これでオーロラでも見られれば……。
「なわけあるかー!」
僕も初めての体験だ、風呂場に突っ込んだ。理不尽な突っ込みをしてごめんなさいお風呂場さん。謝罪の意をこめて冷え切った床をお湯で温めて差し上げる。
「ああ、そうだ。これがリア充たちがよくするという朝シャンってやつか」
これで僕もリア充に一歩近づいたかな? なんて独り言を言っていると。風呂の扉が叩かれる。
『ドンドンダン! ドンドンダン!』
こんな時間に誰だドラムをたたいているのは? 僕は今朝シャン中で目を開けられない。
「入ってますよー、空輝が入ってまーすよー、空気じゃなくて空輝だよー」
まぁ、親がつけた名前だ。こんな名前でも結構気に入っている。
扉が開き誰かが入ってきた。
「父さんか? いくら久しぶりに帰ってきたからって、息子と一緒に風呂ってのはどうよ? 息子の僕としてはいやだね、断じてお断りだ。父さんよ、入ってくるなら女の子になってからにしてくれ」
もちろん僕の父さんが女の子になれるというスキルがあるわけではないので冗談だ。僕はこんな冗談を言える父さんが嫌いではない。
僕が父さんだと思った人物は髪を流している僕の目を手で押さえこう言った
「だーれだ♪」
状況を整理しよう。時刻はだいたい六時十分、僕はデートを控え体をきれいにするために朝シャンなるものをしている。もちろん素っ裸。風呂に服着て入るやつはいないだろう? いたらそいつは天才か変態か宇宙人だ。僕は二番目のに片足を突っ込んではいるが服は着ないで風呂に入る。
次に僕の後ろで目を覆っている人物を状況から考えよう。この時間に起きている家族は母ぐらい、妹はおそらくまだ寝ている。母が風呂に入ってくるとかそんなことはあり得ない。よって母と美佳はない。次に父さんだ。父さんは今仕事でどっかに行っているらしい、今朝帰ってきてそのまま風呂に入ってきたという考えが一番当てはまる。しかし、だ。今聞こえた『だーれだ♪』という声は明らかに女性のそれだ。父さんがまさか仕事中にそっちに目覚めてしまたとは考えにくい、てか考えたくない。よって父さんも消えた、いや消した。
さぁ問題です。前の条件を満たせるものが僕の家族にいるでしょうか? はい、僕。どうぞ答えてください。いませーん。(自問自答ってやつだ)
聞こえた声は悠さんのものに似ていた。そこで気づく。ああ、そうか。まだ僕は寝ぼけているんだ、だって悠さんが僕の家の風呂場にいるわけがないじゃないか。カーテンは閉まってたし、まだ寝てるんじゃないかな?
「時間切れー♪」
またしても悠さんの声がした。ああ、僕終わってるな、女の子と一緒にお風呂に入りたいという願望が強すぎたのかな?
「正解は~、ボクでした♪」
ちょうどシャンプーを流し終え後ろを向いた。
そこには信じられない光景が広がっていた。紺色の肩から足の付け根までを隠す水着、つまり『スクール水着』略してスク水を着た悠さんがいた。
僕はここまでしてスク水を着た女の子と一緒に入りたかったのか。すごい再現度だ。クオリティーが高い!
「ちょっと空君? ボクのこと幻想だとか思ってない? 現実だよ、スク水女子高生、天野原悠、ここに見参! だよ?」
「あ、はいこれタオル。前隠して」
と、タオルを渡される。
「ああ、どうも御丁寧に」
「って! どうしてうちの風呂にお前がいるんじゃ!!」
ごめんなさい悠さん、勢いでお前とか言って。でも許して、この状況だったら仕方ないよ、むしろお前呼ばわりで済んだことに感謝してほしい。
「お背中流しに参りました♪」
「いや、いいから! 背中とかタオルがあれば洗えるから!」
「冷たいな空君、そんな冷たい空君には、えいっ♪」
温めてあげると言わんばかりに僕の背中に抱きつく悠さん。二つの小ぶりで熱々な肉まんが僕の背中に当たる。これはもうやけどでは済まされないぞ。こういう時に使うんだろうなこの表現。心臓が止まるかと思った、いや止まった。ちなみにこの時、僕は悠さん(スク水ver)のCGをちゃんと収拾した。この辺はぬかりない。
この後僕はさっさと風呂を出た。責めたければ責めるがいい、何故もっとこの状況をエンジョイしなかったのかと。しかし考えても見てほしい、スク水を着た女の子(美少女)と一緒に入っていいのはマンガやアニメの中だけだろ? ここで僕が楽しむなんて言い出したらおそらく僕は二次元の世界へレッツゴーだ。僕としてはアニメの世界に行けるのはとても魅力的ではあるが、ぺしゃんこになるのはごめんだ。
そもそもヘタレな僕にそんな勇気があるはずない、これは生まれ持った性質だ。
ペンギンが空を飛べないのと同じこと。僕と違うのはペンギンには泳ぎという特技があるところだ。
風呂場から悠さんが言う。
「空君ごめんごめん。そんなに怒らないでよ、美少女が風呂場に入ってきたんだよ! こんなシチュエーション滅多にないよ?」
「もちろん怒ってなんていないよ! むしろ……」
「むしろ? 嬉しかった? 踏切上がっちゃった?」
何の事だかさっぱり分からない! 彼女と下ネタの話なんて絶対しないんだからな!
まぁたしかに、貴重な体験ありがとうございました! と思っていたがそんなこと口には出さない。
「いや、なんでもない」
そこで悠さんの口調が変わる。
「実を言うとね、昨日の夜からちょっとお風呂が使えない状況で借りに来たんだけど、空君起きちゃって たっぽくて部屋にいなかったじゃないですか?」
「また窓から侵入ってわけですか」
僕は苦笑する。
「まあ、そういうことなら、使って使って。今この家には僕以外男いないから」
「なら安心だね、ありがと♪」
あれ? 許可取る前に入って来なかったか? まぁ細かいことは気にしない。気にしたらそこで人生が終了してしまう。
とりあえず服を着る、これは部屋着で五條さんが選んでくれたイケている服ではない。
脱衣所を後にする、風呂場からは『ふんふん♪』と鼻歌が聞こえてきた。
風呂で想定外の刺激を受けたため、火照りに火照った体を冷やすために緑茶を飲む。
風呂の後は緑茶に限る、カテキンパワーだ、カテキンパワーはすごいんだぞ? おかげで風邪知らずだ。
キッチンで飲んでいると母が起きてきた。
「あら空輝、早いわね。今日はデートだったかしら?」
「うっさい。それより母よ、天野原さんのお宅は今風呂が使えないらしい、というわけで今悠さんが使っている。問題ないよな?」
「問題しかないわ、空輝」
「えっ?」
予想外の答えに僕はもう一度訪ねた。
「使って何か問題があるの?」
「悠ちゃんがうちのお風呂を使うことには何も問題はないわ」
こう続ける母。
「あんた今風呂出たみたいだけど、まさかとは思うけど一緒に入ったりなんかしてないわよね?」
「は、ははは……、まさかアニメじゃあるまいしそんなことあるわけないじゃないか」
僕は嘘をつくのが下手だ、顔に出てしまう。どうしようもないのだ。
「まさか、ナニしてたの?」
「ナニも何もしていない!」
「彼女ができたからってあんまり調子のってハメ外すんじゃないわよ」
「言っておくが母よ、僕に女の子を襲うような度胸はない」
思い出したような顔をする母。
「そうだったわね、チキンでヘタレなあんたにそんな勇気はなかったわ、悪かったわね」
本当に申し訳なさそうな顔をする母、逆に傷つく。
すると悠さんが風呂からあがってきた。
「朝からお邪魔してすみません。うちの風呂の調子が悪くて、空さんに言って借りてしまったのですが、大丈夫だったでしょうか?」
「あら悠ちゃん、もちろん大丈夫よ」
悠さんには優しい母だ。
「それよりも、うちのバカに何かされなかった?」
僕はすかさず叫んだ。
「その話はさっき済んだだろうが!!」
悠さんは少し顔を赤らめ、
「何かって、その、エッチなこと……とかですか?」
なんでー! なんで悠さんそんなに照れてるの!? さっきまでの悠さんはそんなことじゃ全く動じないでしょう!?
自分から胸当ててくるぐらいだし……(思い出し照れ)
「あんたまさか本当に……」
「してない! 僕は本当に何もしていないんだ! 悠さんも何か言ってくれよ!」
「じゃっ、ボクは家に戻りますね、お風呂ありがとうございました、失礼します♪」
そう言って階段を上がっていく。
「この状況を解決してから帰れやぁ!」
すると悠さんはくるりと振り返り『にこっ』と笑って帰って行った(もちろん僕の部屋から)
ああもう! 可愛いんだから!
その後、母を納得させるまでに一時間近くかかった。
楽しくなるはずの一日のスタートは、波乱の幕開けだった。
ポケットに財布を詰め、例の服に袖を通す。さぁ準備は完璧、待ちに待ったデートの始まりだ!
家を出る。悠さんはまだいない。それもそのはず、まだ待ち合わせの時間まで十五分あるのだ。五分前行動なんて生ぬるい、デートなら男は十五分前行動を心がけるべきなのだ!
それからしばらくして悠さんが家から出てきた。
下はライトグレーのハーフパンツ。上はピンクのフリルブラウスにベージュのジャケットを羽織っている。
この前とは違い、ボーイッシュの中にも少し女の子っぽさを取り入れてきた感じだ。普通に可愛い。いや、訂正。異常に可愛い。僕は可愛いとしか言えないのか? と自分でも思うが可愛いものは可愛いのだ。
ちなみに服に関しては少し勉強した。だって最近の男の子だもん。
「おっ、早いね空君」
「準備が終わってから、いてもたってもいられなくなっちゃって出てきちゃった」
嘘ではない。見栄も含まれているが、嘘は付いていない!
空を見上げながら悠さんは笑った。
「ほらね、晴れたでしょ♪」
そういえばそうだった、空は雲ひとつない快晴。絶好のデート日和だ! 悠さんはすごい晴れ女なんだな、自称するだけのことはあるようだ。
「ホント、晴れてよかったよ。すごいね悠さん」
「喜んでもらえて嬉しいなっ、今日からボクのことはシャインガールと呼んでくれ♪」
「社員ガール?」
「違う、『会社員』の社員じゃなくて『光る、輝く』って意味のシャイン」
「それなら『ファインガール』の方がいいんじゃないかな?」
晴れ女の直訳ならこっちの方が正しいはずだ。
すると悠さんは俯き、ふるふると震えている。
「そうか、空君はそういう人だったのか……」
え? 今ので怒ったの!? 勝手に人の部屋の押入れ開けようとしても怒らなかった人が?
顔を上げるとそこには満面の笑みが浮かべられていた。ああまぶしい!
「天才だな空君! ボクには思いつかないような素晴らしい名前だ! 空君は英語得意なのかな? 見得なったよ♪」
どうやら悠さんは国語も苦手らしい。『見損なう』の反対を『見得なう』(みとくなう)だと思っているようだ、どちらかと言うと見直すが正しいのかな?
「じゃあ行こうか、しゅっぱーつ」
悠さんがこぶしを握り天に向け突き上げる。僕もつられて同じ行動をした。
「おー!」