第23話 卒業式--じゃないよっ! 体育祭準備だよ!
「空君は何に出る? ボクは長距離苦手だから百メートル走とかかなぁ」
放課後、僕達はいつの間に学級委員になっていた吉野の下、体育フェスティバルで参加する種目を決めていた。
「僕も長距離は苦手だなぁ、百メートル走もいいかもしれない」
「ごほん」と咳払いをする吉野。
「みんなも早く帰りたいと思う。俺も帰りたい今すぐ帰りたい。ナニがしたいかは聞くんじゃない。というわけで、さっさと決めちゃうぞ!」
さすがサンストなんちゃら学院の生徒会長をしているだけあって、統率の仕方は上手い。ちょっと突っ込みたい所もあったが、そこは涙を呑んで我慢するとしよう。そんな感じで普通はそんなに簡単には終わらない種目決めも首尾よく進み、クラス代表リレーを残すのみとなった。クラス代表リレーとは文字通りクラスから男女二人ずつ計四人の代表を選出し、一人百メートル走って競う競技だ。
「足が速い東雲は強制として、他に出たい奴はいるか? 俺は出るというよりも出したい、どこにかってそりゃあ――」
「ああああああああ!! 分かった、分かったから、僕出るからお前は少し黙ろう! まずいからね、公衆の面前でそういう事言っちゃうのはもうほんとR指定くらっちゃうからさぁ!」
このまま言わせていたらと思うと背筋がぞっとする。
「はいはーい、吉野君、ボクも出まーす」
そういって手を挙げる悠、残るは男女一名ずつだ。
「天野原さんが出るなら俺も、いや、僕もでよう」と手を挙げたのは真野
「お兄ちゃんが出るならこのルーナ、足が折れても参加します!」と席を立ったのがルーナ。
「よし決まった。じゃあ、終わりだな。名簿は俺が出しておくからみんなは帰っていいぞ、お疲れ様でした。あぁ出すって言っても先生にな、職員室だ、安心しろ空輝」
「あぁ、ホントに安心したよ、ていうか提出しておくって言ってもいいんじゃない?」
「へっ、それじゃあなんの裏も感じられないじゃないか。下ネタ最高」
吉野は笑いながら職員室へと向かっていった。恐ろしいやつだな……。
「ちなみにサンストニフォン国立学院だよ空君、そろそろ忘れてる頃かなって思ってねー」
「な、ナンノコトカナ?」
「忘れてたんだね空君……」
「はい、ごめんなさい」
ほんとにもう、僕ったら嘘が下手なんだから! 何故バレる、当然バレる! 確定事項です(はーと)。
「あっ、そう言えばっ」と、手をポンっと叩く悠。
「サンストニフォンで思い出したよ、今日は奏音が学院の方に行くから先に帰っていいよって言ってた!」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ帰ろうか?」
「うん♪」
「はい帰りましょう!」
いつの間にか後ろに立っていたルーナに驚きつつ、僕達は学校を後にした。
体育祭といえば、文化祭と並び学校生活における一大イベントと言って差し支えないだろう。普段はあまり仲のよくないクラスも自然と団結したり、いつもは大人しい子が意外と積極的だったり、学校全体のテンションが底上げされ、ちょっとした非日常を楽しめるのがこれらの祭りである。
そんな楽しい祭りが間近に迫ってきた今日の良き日、僕達は友と出会い、そして泣いて笑って過ごしてきたこの学校から、卒業します! 楽しいこともありました、悲しいこともありました、辛いこともありました、でも僕達には友がいました、そんな友達とともに過ごしてきたこの高校生活、僕は一生忘れません。
と、なんだか卒業式な雰囲気を出してしまった僕なのだけど、ごめんなさい、ちょっとそんな気分だったのですよ!
何故こんな気分になったかの説明をしないとだね!
体育フェスティバルが迫ったのは紛れもない事実、今日は午後の二時間を使って出店の準備とか、準備とか、プレパレーションとか、まぁうん、そう。準備をしている。
僕の経験から言わせてもらうと、こういったイベントは小学校の時も、中学校だったときも、それよりもっと僕がまだ幼かった時、言い直します、まだショタだった時も、経験した。あれ、どっかで聞いたことあるな。
脱線気味なのでレールに戻そう。えーと、そう。イベントはたくさん経験してきた。でも何故か、なんでだろうか、記憶に、思い出に残っているのは、みんなで本番に向けて練習してきた準備の時の記憶。本番ってのは一度きりで、瞬間、瞬間に過ぎていってしまう。でも準備はみんなで楽しくゆっくりと(あんまりゆっくりしてるとサボってると思われて怒られるのだけどね!)。だから記憶に定着しているのかもしれない。思い出なんて美化されているものだし、そこまで準備が楽しかったのかは分からないけど、本番が終わった後のあの物悲しさが背景になるおかげで、やっぱりなんだか輝いて見える。それが準備だと思うんだよ。そんなイベントも高校三年の僕には残すところ、これを含めてあと二回、卒業式なテンションになるのも分かるよね!
「東雲君! サボってないで準備手伝ってよ!」
僕が教室の窓から傾いていく太陽を見ていたら怒られた。決してサボっていたわけではない、悠もルーナもちょっと校庭の方に行ってるから話し相手がいなくて寂しいから黄昏ていたわけでは絶対にないんだからね!
声を掛けられ振り向くと、ツインテールの女の子、藤永さんがぷんすかしつつにこにこしていた。あれ、藤永さん同じクラスなのに久しぶりに会った気がする、なんでだろうね?
「あぁう、ごめんなさい!」
「いやぁ、『たこやきっさ』最初は変な名前って思ってたけど、今となるとなかなか的を射たいい名前だよね!」
藤永さんの的がどこにあるのかは置いておくとして、彼女は特に怒っていないようだ、ちょっとお話ししよう的なノリで声をかけられたのかもしれない。
「そうだね、卜部先生のネーミングセンスはある意味素晴らしいね!」
藤永さんは「ある意味じゃないよ、普通にいいじゃん、素晴らしい!」とか言うと、少し真剣な目を僕に向ける。窓から差し込む夕日が横顔を照らす。
「東雲君、悠ちゃんと出会って変わったよね?」
たしかに変わった、色々変わった。生活とか、友達もできたし。普通に生きていたら知らないことも知ることができた。それがたった数ヶ月前だとは、かなり不思議だよね。
いや待て、藤永さんは僕の生活を知るはずがないし、ましてやティエラのことなんて……。
「え、うん。いや、変わってないんじゃないかな? 僕は僕だよ?」
肯定しつつ否定する、そんなに難しくはないよね。自然とみんなやってると思う。例えば? とは聞かないで、具体的な例を挙げられない!
「ううん、東雲君なんて言うか、女の子と普通に話せるようになったんじゃないかな?」
ちょっと驚いて損した! いや、もちろん実害はないのだけれどね! 気分的な感じかな。
「だって昔は、私と話すときも、なんていうか、視線がうろうろしてたもん」
「た、確かに言われてみれば、そうだね……」
「いい彼女さんだね悠ちゃんは」
弾むように言いながら微笑む藤永さんに僕は即答してしまった。
「もちろんだよ! 悠は最高の彼女さんさ!」
言ってから気付いた。僕はまだちゃんと藤永さんに悠と付き合っていることを伝えていない……。
「やっぱりね! 見てればわかるよ、ラブラブバカップルだもんね!」
「いや、その、ああああああ」
「いやいや、照れることはないよ。お似合いだしね」
彼女は「でも」と続ける。
「付き合ってることくらいはちゃんと言って欲しかったな。これでも友達だと思ってるんだからさ♪」
「あ、ごめん。そうだね、ちょっとやっぱり恥ずかしくてさ、悠すっごい可愛いし、真野怖いし」
「あはは、恥ずかしがってるというよりは怯えてるね。大丈夫、言わないよ、ただ」
にやっと笑う藤永さん。
「……ただ?」
「からかってやろうともさ!」
藤永さんは満面の笑みで、なかなか恐ろしいことを言ってくれた。