第22話 貴方が落としたものは?
僕は知らない湖の畔に立っていた、何故か手には斧が握られている。
「なんだこの斧は? めっちゃ輝いてんじゃん! 金かな!?」
金にしては軽すぎると自分で突っ込みつつ辺りを見回す、森の中の湖、それ以外どう説明していいかわからない。
どこかで聞いたことのある話、とは少し違うかな……、僕の手にある金の斧は勝手に動き出し、湖の中へと消えていった。
「あはは、まさかね、この後貴方が落としたのは、みたいな?」
予想通りというか、案の定というか、湖からはルーナによく似た神様が出てきた。
「貴方が落としたのはこの錆びた斧ですか? それとも枝も切れそうにないほど刃の潰れた斧ですか?」
「なんでルーナが女神様なんてやってんのさ、僕の女神様は悠だぞ!」
「ぶつくさ言ってないでさっさと答えてくださいこのチキン」
「な!? 罵倒された!? どちらでもないけども!」
「ほう、では。この血のりのついた斧ですか? それとも、この、斧と呼んでは斧に失礼なほど斧の原型をとどめていない鉄の塊でしょうか?」
「いや、どっちも違うかな? ていうか、血のりって!?」
「貴方は正直ものですね、正直ものの貴方には全部差し上げましょう」
僕の突っ込みを完全にスルーするルーナ。口調は妹キャラではなく普通のルーナだ。ああ、そうか夢か。
「ああ、ありがとう――っていらないよ!? ていうか、金の斧は!? この四つ合わせても金の斧には勝てないでしょう!? 金の斧返せよ!」
「はて? 何のことでしょう?」
「だからその、今後ろに隠した金の斧だよ! 口笛吹いてるんじゃないよ!」
久しぶりに普通のルーナに会えた気がして、なんだか楽しい。
「うるさいですね、これは売って、美味しい物。具体的に言うと最高級チーズケーキを食べるのです、さっさと帰りなさい!」
「うわひっで! なるほど、だから女神様役が悠じゃなくてルーナだったのか、納得いった」
ルーナはふぅ、とため息をつくと「空輝さん」と僕の名前を呼んだ。手にしていた斧はいつの間にかどこかへ消えていた。
「いきなりで申し訳ないのですが例えば、です。例えば一つの体に性格の違う二人が入っていたとして、いつも表に出ていた方が何らかの原因により引っ込み、普段は隠れていた方がなんだかんだ言って一般生活を上手く過ごせているとします」
「ん、ん? つまり二重人格の人がーみたいなこと?」
「正確には、全然違いますが、考え方としては、そうですね、間違ってはいません」
ルーナは真面目な顔で「それでです」と続ける
「表と裏、主役と裏方、役がしっかり決まっている二人が、入れ替わったままでいいと思いますか? 裏方が主役を演じたままで、それでお客さんが楽しんでいるのであれば、それでいいと思いますか?」
なんだろう、この質問。簡単に答えるのではなく、慎重に、よく考えなければいけない、そんな気がする。僕が考えているとルーナは続ける
「さっきの斧の話しではないですが、真面目に生きていれば必ず得をする、そんなわけないんです……」
「おいルーナ、何があったかは知らないけど、そんなこと言っちゃ……」
「さぁ、答えてください空輝さん、どう思いますか?」
遮るように言うルーナ
僕は考える、できればもう少し考える時間が欲しいのだが、ルーナは今すぐ答えて欲しいようだ。慎重に考え、導き出す僕の答えは……
「僕は――」
「――君、空君!」
「はい!」
「おはよう空君、帰りのホームルーム始まっちゃうよ? いくら六時間目の授業が数学だからって寝過ぎじゃないかな?」
悠に肩を叩かれ起こされた、授業中に寝てしまったらしい。まぁ数学だし仕方がない、点数がとれないのも仕方ない。
「あ、ああ。ごめんごめん、なんか不思議な夢見てた気がする……」
「不思議な夢? アリスみたいな感じかな?」
「それは夢じゃなくて国だけど、うーん、ルーナが出てきて……」
「はい! お兄ちゃん呼びましたね、ええ呼びました! なんでしょうお兄ちゃん!」
突然現れるルーナ、目はきらきらと輝いている。
「いや、まぁ名前は出したけど呼んではいないかな?」
「夢に出てきたんでしょう? どんなエッチなことをさせられたんですか!? ええ、大丈夫です、お兄ちゃんもチキン紳士と言えど普通の高校生。そういう夢を見るのは普通です、安心してください、夢の中の私はどんなプレイにも耐えられます、いえ、耐えて見せます!」
しっかり聞いてるくせに、いろいろ間違ってやがる……
「えええええええっちって!? ぷぷぷぷぷぷぷぷぷれいって!? ちょっと空君、詳しく話を聞きたいな! いいえ、聞かせなさい話しなさい吐露しなさい! 夢の中でルーナちゃんとどんな遊びをしたのかな!?」
「えーと、貴方が落とした斧はどっちですか? 的な?」
「……私の想像をはるかに超えるプレイですね……」
「ボクもそんな遊びは聞いたことないよ……」
「て言うかルーナ、お前女子高生がそんなプレイなんてこと言っちゃまずいんじゃないの!?」
「はい? Playには遊ぶという意味も含まれてるんですよ? 何を言っちゃってるんですか?」
「おまえ、えっちなとプレイが同じ括弧内に出てきたらそういう意味だろうが!」
「ハンドボールですかね、Hから始まってplayするものと言ったら」
「ごめんなさい負けました僕が全面的に悪かったです、無条件降伏です」
そこで担任の卜部先生が来た。悠もルーナも自分の席に着く。
「昨日とったアンケート、模擬店で何やるかのアンケートだな。集計の結果を発表するぞ」
そう言えば昨日体育フェスティバルの模擬店で何をやるか、アンケートをとった。僕はそのあとしたショッピングモールでのお買い物のほうが印象に残っていて、すっかり忘れていたよ。結局アイスを食べ終わった後、少し店を見て回りこれといっていい物がなかったので、プレゼントはまた今度にしようということになったのだった。
卜部先生は黒板に文字を書いていく。クラスのみんなはそれを食い入るように見つめている、僕もその例外ではない。
黒板に書かれた文字『たこ焼き喫茶店』だった。
「タコの、タコのコスプレでもしろと言うのか……、いや字面から察するに調理済みだな、たこ焼きのコスプレをしろと言うのか……」
「真野はそれをしたかったらしても構わんぞ」
真野のバカな妄言を軽くあしらう卜部先生。
「たこ焼きを出す喫茶店だな、コーヒーとか飲み物とかもありだ。衣装は制服か体育着。店の名前は、たこ焼きの喫茶店ということで『たこやきっさ』とかどうだろう? なんちゃって」
クラスが静まりかえった。
体育フェスティバルの話で多少ざわついていたクラス内が一瞬で静まりかえった。
「あ、あれ? ダメだったか?」
クラスのみんなの冷たい視線が卜部先生を射抜く。
「よし、反対意見がないようだから、名前は『たこやきっさ』で決定だ!」
卜部先生は「ここに陸上競技、誰が出るかの名簿置いておくから、出たいやつが出ろ、空欄は作るなよ、一人一回必ず出ろよ、じゃあ解散!」と言い残し、教室から逃げるように去っていった。