第3話 こんな装備じゃだいじょばない
学校の最寄りの駅に着く。悠さんと二人で歩いていると。
「あ、東雲君おはよう! ん、っとこちらは天野原さん?」
「あ、藤永さん久しぶり」
このツインテールのかわいらしい子は一年のときに同じクラスだった藤永理沙さんだ。
よく遊んだものだったが、二年になってからは廊下ですれ違う時に少し話すくらいになってしまっていた。
「ねぇねぇ東雲君、この子は昨日転校してきた天野原悠さんだよね? なんで一緒に歩いてるの?」
「えっと……」
僕がなんと回答したものかと悩んでいると。
「うん、家が近くてね、色々と教えてもらっているんだよ、学校のこととかね」
フォローありがとう悠さん、と心の中で感謝する。これで立派な相互フォローの関係になったぞ☆ なんてね。
「へぇー、そうなんだ、良かったね東雲君こんな可愛いこと一緒に登校できるなんて」
「ちなみに私も二組なんだけど、覚えて……ないよね、昨日転校してきたんだもん」
「いやいや、覚えてるよ藤永理沙さんだよね」
悠さんは顔を覚えるのが得意なのだろうか?
藤永さんは驚いたようだ。
「すごいねー、天野原さん。こんなモブキャラみたいな私の名前を覚えているなんて!」
自分でモブキャラとか、そんなこと言う人初めてだ、去年はそんなこと言うような人じゃなかったんだけど、この一年に何があったんだろう? 人は一年で変わるもんだ。
「私のことは理沙でいいから」
「うん、じゃあボクのことも悠って呼んでね、理沙ちゃん」
どうやらお友達になれたようだ、よかったよかった。
学校に着くと二人と別れる。
自分のクラスに入ると時間も早いせいか人があまり多くない。
仲良くしゃべるような友達も少ないので、着席するなり僕は寝ることにした。昨日のあれのせいで結構眠い。
予鈴が鳴って目を覚ます、すると真野が来たようだ。
「よぉ真野、おはよう」
「ああ空、おはよう。どうした眠たそうだな?」
「いや、まぁちょっと昨日はよく眠れなくてね」
「なんだなんだ? 可愛い女の子でもベットに潜り込んできたとかか?」
「げほっ」
何故知っている、こいつのかんは大したもんだ。
「まぁ、そんなことこの世界じゃあり得ないけどな、寝てたら女の子がベットに入ってくるとかどこのアニメだよな」
「ホント、その通りだと思うよ」
僕は同意する。本来ならばこんなことあり得ないのだ、僕は二次元にでも迷い込んだのか?
「可愛い子で思い出した、そういえばな」
真野が何か言おうとしたところでチャイムが鳴る。
それと同時に担任が入って来た。
「またあとで話すわ」
真野は後ろの席に着く。
「席に着けー」
「喜べ今日は一時間授業だ、すぐに帰れるぞ」
その知らせにクラスがざわつく、まぁ前もって予定表で知っているわけなのだけれど。僕も明日のデートに着ていく服でも買いに行こうかな? なんて考えた。
「ああ、お前らもう知っているかもしれないが、隣の二組に転入生が昨日来た、仲よくしてやれよ」
その他の連絡をちゃっちゃと済ませ担任はクラスを出て行った。
ちなみに授業は政治経済だ。授業の準備をしていると、真野が僕の肩に両手を置く。
「おい、空知ってるか? さっきの続きだが隣のクラスにこの時期珍しい転校生が来たらしい」
手をどけ、後ろを向く。
「うん、さっき先生言ってたね」
「それがな、めっちゃ可愛いらしいんだ! 名前を天野原悠さんという」
はーい、それ僕の彼女でーす! なんて声に出していった日には全校生徒を敵に回すことになるだろう。
「へ、へぇどんな子なのかな?」
「授業終わったら見に行くぞ」
「え、ちょっと用――」
『用が』と言おうとしたところで。
「行くよな?」
何ですか真野さん、その怖いくらいにまぶしい笑顔は。これは断れない。
「しゃーないな、わかった行くよ。でもいいのか? 帰宅部のエースとしての誇りは」
すると真野はこれまた最高のキメ顔で
「美少女のためならそんな下らない誇りは、捨てる!」
わーお、かっこいい顔でめっちゃカッコ悪いこと言ってる! ある意味かっこいいけど。ど、どっちだっ!
チャイムが鳴って政経の先生が入ってきた。
授業中後ろの席からは、『どんな子なのかなぁ。可愛いのかなぁ。彼氏とかいるのかなぁ』とか聞こえてきたがこれはスルーだ、めっちゃ可愛いけど、彼氏はいるから諦めてもらいたいな。
授業が終わり、帰りのホームルームが終わり二組に行くことになる。
「さて、行くか!」
すごいやる気だなぁ、真野……。
どうやら二組の前の廊下はやたら騒がしいって言うか、通行止め並みだ、ここを通るなら回り道をした方が早そうだ。急がば回れだ。
しかし真野は僕を逃がしてはくれないだろう。
僕ももう腹は括った。てか、家となりだしもっと簡単に会えるんだけど。
真野と二人で人をかき分ける、結果から言うと二組に潜入できた。途中のいざこざは省略だ。
「あ、空君もう帰る?」
あー、悠さん。それ今はまずかったなー。
思った通りだ。真野の腕が僕の胸倉をつかみそして、足が浮いた!? こいつこんな力もちだったっけ? 結構苦しいんだね、げほげほっ。
「おい東雲くぅん、今天野原さん、お前のこと空君って呼んだよなぁ? もう帰るのって、まさか一緒に帰るとかじゃァねぇよなあ!」
ご察しの通りだ真野。一緒に帰るし、明日はデートだ。
「ちょっと、空君を離してよ!」
ありがとう悠さん、僕は真野の拘束から解放される。
「失礼、僕としたことが、つい感情的になってしまって」
「僕の名前は真野慎一、隣のクラスです、よろしくお願いします」
「ええ、ああ私は天野原悠です、よろしく……」
悠さんは対応に困っているようだ。
「ああ、真野落ち着いて聞いてくれるか」
「アァン?」
真野は鬼の形相でこちらを振り返った。
「いや何でもないです」
つい敬語になってしまった、怖いんだもん。
今話したら絶対病院送りだ。落ち着いてから話すことにしよう。
「じゃあ、帰るからまた来週♪」
と言ってクラスの子と別れる悠さん。また来週~、とクラスのみんながそう返す。どうやら既に人気者のようだ。
さて、問題は真野だどうやら着いてくるらしい。三人で学校を後にする。
「ねぇ、天野原さん? なんでこんなやつと帰るの?」
おい真野、こんなやつとはなんだ失礼な奴め。
「うん、空君とは家が隣なんだよ」
さっき言おうとしてやめたのに何で言っちゃうの~?
ドォン! という音とともに植えられていた木が一本倒れた。
「しぃのぉのぉめぇくぅ~ん」
マジで怖いマジで怖いごめんなさい! ごめんなさい!
真野はいつから素手で木を倒せるようになったんだろう。今度教えてもらおう
そんなことより生命の危機だ。
「真野君、ボクは暴力はよくないと思うぞ」
人差し指を立ててこれまた可愛らしく言う悠さん。
「空、天野原さんに命を救われたな」
しゃれになってないから怖い。
どうやら真野は諦めたらしく駅に着くと、
「じゃあな空! さようなら天野原さん僕はここで失礼させていただきます」と言って帰って行った。
悠さんは手を振るなんてサービスをするもんだから、真野の奴は泣きながら手を振り返していた。
「真野君面白い子だね」
「ああ、ああ見えてもいい奴だよ」
帰り道、悠さんは途中の駅で降りた。
「え、降りるの? 僕も行くよ」
「いや、ちょっと用事があるんだ、空君先に帰っててよ」
止められてしまった。どうやら着いて来て欲しくないようなので先に帰ることにする。
「うんじゃあまたあとで」
「うん♪」
そういえば明日のこと何も決めてなかったな後で話そう。
僕も用があったのだ、明日着ていく服を買いに行かねば。
家に着いて制服から私服に着替える。家に人はいなかった。
「さて、行くか」
自転車にまたがる、目的の店は近所のなんともリーズナブルな値段の服を売っている店だ。
バイトもしていない高校生に繁華街ので売ってるようなやたら高い服は買えないのだ。
ミュージックプレーヤーでアニソンを聴きながら自転車を走らせる、外の音が全く聞こえなくなると危ないので片耳にしか着けていない。
僕のミュージックプレーヤーにはアニソン、キャラソン、声優さんが歌っている曲、その他アニメ関係の曲しか入っていない。だから最近流行りの曲とかは全く分からないのだ。
そこでふと気付いた、『オタク』と『リア充』とは対極に位置し、相容れぬ存在だと思っていた、つまり正直ハイブリッドなんて不可能かと思っていた。だがどうだ?
今の僕の状況を見てみろ、日曜のデートに着ていくための服を買いに行く? フッ、どこのリア充だ。
でも思う事がある、悠さんという彼女が出来たのは夢オチでも何でもないだろう、これは確実だ、そう 信じたい。しかし、手も握れない、腕も組めない、キスなんてもってのほかだ、こんなのでリア充になったと言えるのだろうか、いや言えないだろう。僕は根っからのオタなのかもしれない、オタ歴四年、この四年間でオタ魂が染み付いてしまっているように思える。これから悠さんと付き合っていくにあたって、リア充に、真のリア充になれるのだろうか、これが実現できなければハイブリッドになれたとは言えない。さぁ、もう一度、もう一度目標を明確にしたい。僕は何になりたいんだ? リア充か、オタか? それともハイブリッドなのか? 彼女がいればそれで満足なのか? くそ、わからない、今のこの状況に満足はしているんだ、楽しいし。仕方ない、当分これは保留という事にしておこう。もしまた考えさせられるような時が来るまで、記憶の片隅にしまっておこうじゃないか。
そんなことを考えている間に洋服店に着いた。
ここら辺には一件しかない全国チェーンの洋服店、ユニゾンクロニクルを略したような名前、明記はしない、だって、アルファベット読めないんだもん!
全国チェーンということもあり、こんなぎりぎり都内に入れてもらっているような田舎でも大した規模だ。
駐輪場に自転車を停める。
土曜だが、午前中ということもあり案外空いているようだ、まぁ狭い田舎だが地元の知り合いに会うことはないだろう。恥ずかしいもんね、一人で服買いに来たとか。
そう、知り合いに会うなんてことはあるはずがなかった……のだが。
店に入る。
すると「いらっしゃいませー」と店員が声をかけてくれた。そう言われるとつい頭を下げてしまうのだ、リア充はどう対応するのかな? スルーするのかな? それはそれで失礼な気がする、もういいや気にしない、僕は僕のままで生きていきますよ。
さて、店に入ったはいいがどんな服が流行っているかなんてもちろん知るはずがない。
広い店内をぐるぐる回る。そりゃもうぐるぐると。
前方に女性用下着が売っていた、紳士である僕は何とも思わない、思わない。
何も思わず通りぬけようとした瞬間……チラ見した、してしまった、して、「しまった!」と思った。 これは仕方ない、だって男の子だもん、女の子の下着に興味がない男なんていないはずだ! いたら見てみたい。
自分でも見事なチラ見だと思う、伊達に今までチラ見してきたわけではない。
――どんなチラ見かと言うと。
顔は正面を向いたまま、全く動かさず眼球だけでターゲットを捕捉する。
ピントが合ったところで瞬きをするのだ、これはカメラで言うシャッターの役割を果たす、こうすることにより脳内の『開くな危険』フォルダに保存できる。ちなみにこのフォルダ、中学生の時から保存してきた膨大な数の映像が保存されている。これは僕だけのもののため誰にも見せないし、見せられない。趣味がばれてしまう。
いやいやいや、別に女性が胸部に装着する男のロマンを脳内に保存するためにここに来たのではないだろ僕。
そうだ、僕は明日着て行く服を買いに来たのだった、余計な事にうつつを抜かしている暇はない! 隙もない、ぬかりない! いや最後のはチラ見の話。
男物の服のコーナーへと戻る、さてどうしたものかと見ていると声をかけられた。
べ、別に店内をうろついてて変質者と間違われたとか、そういう理由じゃないんだからね! 断じて違う。
「お客様、何かお探しでしょうか?」
ん? どこかで聞いたことのある声だ。ふと振り返るとそこに立っていたのは中学で同じ部活に入っていた五條さんだった。
ちなみに入っていた部活はテニス部だ、男女ともに三年生最後の大会のときに団体戦で上位まで進み、なかなかいい成績を残したりした。最近顔出してないなぁ、今度みんな誘って行こうかな?
「あ、五條さん久しぶりだね。てかなんでこんなところにいるの?」
五條さんはとびきりの営業スマイルを浮かべたまま首をかしげる。
「なんで? なんでってなにさ? 私がここで働いていたらおかしいの? 私が通っている高校は期末テストが終わって終業式まで休みだから暇なの! だからこの時間を使ってお小遣い稼ぎ……もとい家計を支えているわけさ!」
なるほど、お小遣い稼ぎをしているらしい。うちの高校ももうすぐ休みに入るんだったかな? ちなみにこの子、女の子でも僕より背が高い。だから僕が見上げる形になってしまうので少し恥ずかしい。ふ、でもまだ高校2年生まだまだ発育途中さ! ああ、身長の話、僕は男なので胸は膨らまない。期待させてしまって申し訳ない、心から謝ろう。
「へぇ、そうなんだ」
「あんまり興味なさそうだねまぁいいけど」
「ところでところでお客様? 何かお探しでしょうか? お客様が一人でいらしたのは初めてですよね?」
何故か接客口調に戻る五條さん、遠まわしにバカにしているのだろう。
いくらバカにされ腹が立ったとしても彼女ができたことをばらすわけにはいかない、ばらしたらおそらく同じ中学校だった友人全員に伝わる。
この人の連絡網は大したものなのだ。
中学の時の定期テスト、どうやったかは知らないがテストの問題の半数を前日までに入手していたこともあった。それ普通に不正じゃね? って思ったね、あんときは。
僕は慎重に言葉を選ぶ。
「いや、ちょっと明日出かける用があって最近の服持ってないから買いに来たんだけど」
店員さん(五條さん)はうなずいて一言。
「そうか、東雲君にも彼女ができたか」
なんででしょうねー、そんなこと一言も言ってないのにねー、あれーおかしいなー?
「なんでそうなる五條さん、僕はそんなことは一言も言っていない」
またもとびきりの営業スマイルを浮かべる五條さん。笑顔がまぶしいなー。
「オタクの東雲君が日曜日にどこかに行くからと言って新しい服を買いに来るわけないじゃないか、服買うお金があったら、マンガとかキャラクターグッズを買うだろう君は」
僕は何も言い返せない、おっしゃる通りだ。
「ん……」
「で、あるからしてだな! 彼女ができたのだろう?」
ズビシッ! っと人差し指を僕へ向ける。
僕もここで白状するわけにはいかないので反論する。
「五條さん、その結論を出すには早すぎるんじゃないか? もし、……」
五條さんに遮られた。
「だって君は否定していないじゃないか、東雲君は嘘をつかないからな」
今度は営業スマイルじゃないスマイルだ、効果音をつけるなら『ニコッ☆』
そう、僕は嘘をつけない、嘘をつくと笑ってしまう。どうせばれるのだから嘘はつかないのだ、弱点を突かれた。それにこんなかわいらしい笑顔を向けられては……
僕の負けだ、認めよう。
「ああ、そうだ、東雲空輝人生初めて彼女ができました!」
あれ? 五條さん、なんでそんなびっくりしたような顔をなさっているのでしょう?
「え、マジで? そんな、冗談だったのに」
えー、まっさかーひどいよー五條さーん。
「冗談だったのかよぉい!」
「まさか東雲君に彼女ができるとは、まさかあの東雲君にねぇ」
ぽん! と手を叩く五條さん。
「コーディネートは私に任せなさい!」
女の子に服を選んでもらえるとは心強い、お願いするとしよう。
「ああ、うんよろしく頼むよ」
「で、どこ行くの? その彼女さんと。行く場所によって変わるからさ」
ほう、そういうものなのか。
「遊園地」
「なるほど、お決まりだね。じゃあ動きやすい方がいいかな? 予算は?」
おっと忘れていた。お金か、大切だよね、お金は。
「えぇと、特に気にしない感じで、できるだけ安くお願いします」
五條さんは苦笑すると早速選び始めた。
更衣室に入れられ五條さんが服を僕に渡す。
「これ着てみて」
「これは、ないんじゃないかなー?」
僕でもわかる、これはちょっと……ださい。
四回くらい試着を繰り返した結果、下はジーパン上は茶色い長そでのジャケットで落ち着いた。五條さんは満足したようだ。
「うん、これなら恥ずかしくない。言っちゃ悪いけど東雲君の着てきた服、あんまりカッコよくないよ」
「そんなことは知ってるわかってる!」
どうせ、タンス開けて出しやすかった服を着てきただけだ。かっこいいなんて思っちゃいない。
支払いを済ませ帰る。帰り際に五條さんが見送りに来てくれた。
「お客様、ありがとうございました、またのおこしを心よりお待ちしております☆」
「ははは、今日はありがとう五條さんホント助かったよ。今度ジュースでもおごるよ」
服を選んでもらったのだ、このくらいの礼はしてもいいだろう。
「よっしゃーーーーーーーー!」
なんだこの反応意外過ぎる、てか五條さん面白い子。思わず笑ってしまう。
「じゃあまた五條さん」
「うん東雲君約束だよ! またね」