第19話 第一次チョコケーキチーズケーキ戦争 ってほどでもない
駅の改札を出て徒歩五分、そんなところにそのショッピングモールはあった。大型デパートに加えいくつもの専門店が入っていて、ここだけで大抵のものは揃う気がする。
「空く―ん! すごいねー、映画館まであるよ!」
おそらく初めて来たのだろう悠が目を輝かせている、女の子はこういうところ好きだよね
「け、ケーキ屋さんですっ! 帰りにチーズケーキを買って帰りましょう!」
ルーナも悠とは少し違った方向で楽しんでいるようだ。
だが今日の目的は映画を見に来たわけでも、ケーキを買いに来たわけでもない。
「デートだよね♪」
「そうそう、デート……ってちゃうわ! 奏音ちゃんと美佳の誕生日プレゼントでしょうに!」
いちいち僕の心を読む悠、もしかしてデバイスで繋がっていることと何か関係があるのだろうか? そんなことがあったら大変だ、僕が普段考えているあんなことやこんなことまで筒抜けになっていてはもう顔が合わせられない。
「大丈夫だよー」
「!? 何が大丈夫なの!?」
また心が読まれたのか――
「そのくらい分かってるって、今回の目的はしすたーずの誕生日プレゼントだよね!」
ホントにびっくりした、考えていることにではなく、会話の返答だった。
「チーズケーキ♪ チーズケーキ♪」
ルーナは手を頬に当てながら歌を歌っている、心ここに在らずと言った感じだ。
「奏音ちゃんって何が好きなの?」
考えてみれば僕は奏音ちゃんの好みを知らない。何でも好きそうなイメージがあるが、それではプレゼントを決められない
「うーんとね、奏音は何でも好きだよ?」
……何でも好きだった。
「チーズケーキとかどうでしょう? チーズケーキがいいと思います、いえ、チーズケーキ以外の選択肢はないと思います、チーズケーキ以外の選択肢を選んだ場合、死にます」
「なんだよそれ、チーズケーキ以外はバッドエンド直行かよ!?」
「それはもう酷い死に方ですよ……四肢はおかしな方向へ曲がり、目は口に出すのも恐ろしい、頭からはあぁもうやめておきます、でも安心してください。チーズケーキを選んだ場合はもうこれ以上にないハッピーエンドです!」
もはや宗教と言っても過言ではないレベルだ……。
「わかったわかった、ルーナの時はチーズケーキにしような」
「『時は』と言うことは今回は違うのッ!? チーズケーキ以外は外道で邪道で! ダメだよお兄ちゃん!」
僕の好きなチョコレートケーキに謝れこの野郎
「ちなみに私が最も嫌いなのは外道の中の外道、アウトロードオブアウトロード、チョコレートケーキです、あんなものが好きな人は人ではありません。あんな黒い物を何故ケーキに混ぜてしまったのでしょう、人類の歴史の最大の汚点と言えるでしょうね……」
……そこまで言うのか、しかも僕人を否定されてるし。い、言わないでおこうチョコレートケーキが好きだなんて、ここまで言われたら隠しておくのが賢明だ。
「えー、チョコレートケーキ美味しいのにー、空君はチョコレートケーキ大好きだよね!」
悠さーん! 空気読んで下さいよー!
「おーい、そらくーん!」
「『空輝呼んで下さい』じゃないからね! 空気読んで下さいだからっ! ちょっと面白かったけどね!」
それを聞いたルーナの目は光を失っている。
「おにい、ちゃん? それ、本当なの?」
やばい、怖い。俗に言うヤンデレの目だ……
「あうあう」
「ホントだよー、去年の誕生日もチョコレートケーキだったよねー!」
なんてことを言うんだ悠、火に油じゃないか! 何で知っているかについてはもう突っ込まない、僕の事はほとんど知られていると思うようにしよう。
「そう、ですか……。残念です、ではここでお別れです」
そう言うとルーナは一人ケーキ屋へと入っていった。
「行っちゃったね、美味しそうなケーキでもあったのかな?」
自分がそうさせたと分かっていない様子の悠、天然さんなのか!?
「とりあえずまぁ、奏音ちゃんは何が好きなの?」
「ケーキはショートケーキかな。でもまだ誕生日までちょっとあるから今買ったら腐っちゃよ?」
「そんなことは分かってるよ! プレゼント買いに来たんだから!」
「うーん、何が欲しいかなー。ぬいぐるみ、とか?」
「それって悠の欲しいものじゃ……」
「――ッ!? ボクの心が読めるの!?」
「読めないよ! そんなことより奏音ちゃんの欲しい物は!?」
「地位と名誉」
「そんな無茶なっ!?」
「札束」
「現金な人だな!?」
「空が飛べるようになりたい」
「エルデで傘で飛んでたじゃん!?」
「高級車」
「免許持ってないよね!?」
「じゃあなんなのさっ!?」
「僕が訊いてるんだよ!!」
何この漫才……
「ふぅ、楽しかった! お店回りながら決めようよ、ふふっ♪」
なにやら嬉しそうに笑う悠
「どうしたの?」
「ボクと空君、二人になったなーって」
ルーナがケーキ屋に行ったことで僕は悠と二人きりになっている。そんなことは分かっていたが、改めて言葉にされるとなんだか意識してしまう
「そ、そうだね……」
悠は目を臥せたかと思うと、急に僕の手を握った
「え、えへへ……、手、繋いじゃった♪」
頬を桜色に染めながら微笑む悠、その手からは温もりが伝わってくる。
「悠さん、今のやばいっす」
「あ、ごめん……。嫌、だった?」
悲しげに離そうとする悠の手を握り返すと、少し驚いたように僕を見る
「違う違う、すっごい可愛かった……」
桜色だった悠の頬がばら色へと変わる
「びへいばー!?」
「振る舞い!?」
なんでbehavior?
「かかかか、勘違いしないでよねっ! 別に空君のために可愛いんじゃないんだからっ!?」
まずい、悠がツンデレに手を出した……。たまにはいじわるするのもいいかもしれない、言い訳になるけど悠の可愛さが僕をそうさせるんだからっ! あれ、これヤンデレ?
「そ、そうなんだ……ショックだな……」
ヤンデレかどうかは別として、僕がわざとらしく落胆すると
「えっ! えっ!? 空君それ、予想外の反応だよぉ!? ヨソウガイデース!」
「そっか、悠は別の人の為に可愛いんだ……」
自分で思う、僕うぜぇ!
「ううう……、違うよぉ」
「じゃあ誰の為?」
「……せ、世界平和?」
「スケールでっかいなぁ!?」
「胸はちっちゃいけどねっ!」
「え?」
「げふっ。うぅん、なんでもないっ……」
悠は自分で言って自分でダメージを受けたようだ、地に手と膝をついている。だがお陰で落ち着いた。
「ほら、立って。お店回ろう」
「うん……」
そのまま悠と手を繋ぎ、他のお客さん(同年代)から殺気の帯びた視線を受けながら店を回り始めた。