第10話 温泉、行きたいですね
銭湯と言っても実は温泉だったりする。定義としては温湯、潮湯又は温泉その他を使用して、公衆を入浴させる施設をいうらしいので、まぁ問題は無いだろう。と、言うわけで僕たちは温泉にきていた。僕の家から徒歩約15分、自転車だと5分くらいなので、今回のような時でなくても、よく利用させてもらっている。
カウンターで入浴料を払い、悠たちと別れる。
「じゃあ、またあとで。美佳、みんなを頼むぞ」
「うん、でも大丈夫でしょ、みんなしっかりしてるし」
「また後でねー」
男湯ののれんをくぐろうとしたところで
「おいルーナ、お前は女の子だろう。あっち行け!」
「お兄ちゃん知らないの? つい先月改正された公衆浴場法で妹はよくなったんだよ? ただし可愛い妹に限るけど!」
「いやいやなんか本当っぽい事言ってるけどダメだから! まるっきりの嘘だから、改正されてないから! ていうか、入ってる男の人僕だけじゃないんだから、だめだろう色々と!」
「むぅ、そうだった……。家族風呂みたいなものは無いのお兄ちゃん?」
「ないだろう……」
「ふえぇ、じゃあ少しの間お別れだね、これをお兄ちゃんだと思って我慢するよ」
そう言って僕の換えのTシャツを握っているルーナ
「ちょ、お前、いつ盗った!? 返せ!」
「えぇ!? やだよぉ、あぁ!」
半ば強引にTシャツは取り返し「じゃあこれを私だと思ってね」といいながら差し出されたパンツを丁重に断り、男湯に入った。……少し惜しい事をした? いや、ダメだろ、正しい判断だ! 僕は服を脱ぎ、体を流して露天風呂に浸った。
「ふはぁ、いつ来てもいいなぁ、温泉は」なんてジジくさい言葉が自然と出てしまうほど気持ちがいい。
もちろん公衆の温泉だ、さっきも言ったが客は僕だけではない、中年から年配の方が多い、この大きな露天風呂を一人占めできたらどれだけ気持ちいいことだろうか……。
「おぉ! これがティエラの温泉か! 広いなぁ! わーい」
「奏音ちゃん、走っちゃダメだよ!」
どうやら悠たちも露天風呂に来たようで、壁の向こうから声が聞こえる。さっそく美佳が注意しているようだ。あれでも一応できた妹なので、マナーとかは任せておけば大丈夫だろう
「お、おう、ごめん美佳ちゃん、ついはしゃいでしまった!」
「うん分かればっておい! なんで言ったそばから飛びこむんだよ! 奏音ちゃんゆっくり入りなさいって! たまたま他にお客さんになかったからいいものの……」
「す、すまない。ついついはしゃいでしまって……」
……奏音ちゃんは子供だな、声だけで何をしているか想像ができる、あ、綺麗な意味で。
「うわ、ルーナさん肌綺麗……雪みたいに白い」
「うん? ありがとう。でも美佳ちゃんも十分綺麗だと思うよ?」
「いえいえそんなことは……、それにきょ、胸部のあたりが……」
「だよなぁ、ルーナ先輩は胸が大きくていいなぁ! ねーさんと違って」
「な!? 奏音、ちょっとどういう事!? いいんだよ胸なんて、そんなの飾りものだもん!」
「でもねーさん、あった方がいいだろ?」
「う……、まぁそうだけど。ひゃ!? 何するの奏音!」
「ほら、揉むと大きくなるって言うだろ? だからほれほれ」
「やっ、やめっ。あぁん!」
「あら、楽しそうですね、私も」
「ふわぁ、ルーナちゃんまで、いやっ、ふえぇ~」
「なかなかいい声出すじゃねーか、ぐっへっへっへっへ」
「ちょっとルーナさん? キャラ壊れてますよ?」
「ちょ、もうやめて! だめだって、あぁんっ、うわぁ、ふえっ! きゃあ! 助けてぇ~!」
壁の向こうから聞こえてくる悠の艶っぽい声。やばい、可愛い……そして相当色っぽい……。
「いい加減にしなさぁい! いいもん、胸の大きさなんて気にしてないもん!」
「大丈夫だよ悠さん、兄ちゃんは小さい方が好きだって言ってたから! そういう本だって、小さいのばっかりだったし」
「そ、そうなの? よかったぁ」
聞き捨てならない事を美佳が言い出したので、僕も恥を忍んで会話に参加させてもらおう、さっきの会話で他のお客さんはみんな中へと入ってしまった、確かに女子風呂からあんなのが聞こえてきたら、内風呂に非難するわな……
「おい美佳! どういう事だ、なんで知ってる!?」
「げ、兄ちゃんいたの!?」
「ふえうわぁおっ!? 空君聞いてたの!? ちょっとそっちに行っていいかな? 記憶を消さないと!」
「いや、大丈夫だよ悠! 可愛かった!」
「ふえっ!?」
「兄ちゃん、悠さんの声聞いて興奮してたんでしょ? エロい想像してたんでしょ~?」
「ふ、甘いな。僕の悠に対しての気持ちは決してやましい物ではないんだよ!」
「でも興奮はしてたんでしょ?」
「はい! してました、ごめんなさい!」
「空く~ん……」
「ほら、可愛かったし大丈夫だって! それに男湯の露天風呂に今いるのは僕だけで、他のお客さんはみんな美佳の『胸のあたりが』から内風呂に入って行ったから悠の声は聞かれてないよ!」
「それならよかった……って、それでもあんまり良くないよね!? ばっちし空君に聞かれちゃってるよね!?」
「うん、ちゃんと脳内で再生できるから安心して!」
「おぉ、それなら安心だ――って、安心じゃないよ! 恥ずかしいよぉ!」
「なぁに恥ずかしがる事は無いぞ悠、誇りを持て! 自分のその胸には何が詰まってる? たとえ胸が小さくたって、そこには大きな夢や希望が詰まっているだろう、胸は大きさじゃない、確かに大きいのが好きって言う奴もいるが、わかってない。そういう奴は外見だけ求めて中身を気にしていない。僕は違うぞ。僕は小さくたって気にしない、むしろ小さい方が好きだ! 小さい胸は外見が小さい分様々な可能性を秘めているんだ! 生まれたての赤ん坊のように将来何になるかわからない無限の可能性を秘めている。そう、大きくなると信じて牛乳を毎日飲んだり、効果があるのか定かではない体操をしてみたり、大きい胸を見たときに自分の胸と比較して目に浮かべる涙、そのすべてが小さい胸の魅力であり可能性なんだ。例え本当に大きくならなかったとしても、その努力は無駄じゃないだろ? 胸は大きさだけが魅力じゃない、大きさ以外にだって今言ったような魅力がたくさんあるんだ! だから僕は脂肪なんかより、夢や希望、努力の方が大切だと思う! 僕は小さい胸を貧乳なんて侮蔑の言葉では呼ばない、僕は詰まっているものに敬意を表して慎乳と呼ぶ! だってそうだろう? 貧しいんじゃない、慎ましいんだ! だからもう一度言うが誇りを持て! 誇りを持つんだ悠! 僕は君の胸が、いや君が大好きだ! 悠が大好きだぁ!」
「う、うん。その、気持ちは嬉しいんだけど……」
「兄ちゃん、さすがに胸についてで400字詰めの原稿用紙1枚以上埋められたらひくよ? ドン引きだよ? ほら奏音ちゃんなんて髪の毛洗い始めたよ?」
「うむ、僕も胸についてここまで語ったのは今回が初めてだ」
「お兄ちゃん! 私の胸はダメなの!? たしかにちょっと大きいけど、それでも……、それでも夢も希望も詰まってるよ!」
「ルーナ。僕は胸が大きい事を悪く言っているわけじゃないんだよ、それはそれで1つの努力の結果だ。ただ個人的な趣味として、大きいよりはまだ大きくなる可能性を秘めている小さい方が好きと言っているんだ。君の胸にもそういったものが詰まっているなら、それでいいじゃないか」
ルーナは少し泣いたような声で言う
「それでも! それでも私はお兄ちゃんに好きって言ってもらえないの!? 私はただお兄ちゃんに好きって言ってもらえればいいのに、ただそれだけでいいのに! 世界に沢山いる人達の誰でもない、ただ1人、たった1人、そのお兄ちゃんに好きって言ってもらえればそれでよかったのに!!」
「ごめんなルーナ、僕は悠だけが、そう世界にいる沢山の人達のなかでたった1人、他の誰でもない、悠が好きなんだ」
「あのー、兄ちゃん達? なんかドラマの最終回っぽい雰囲気醸し出してるけど、一応壁隔ててるし、胸の話から始まってるし、なんかちょっと残念だよ?」
「お兄ちゃんがそう言っても私はめげません! いつか必ず好きって言わせてみせるから!」
「ルーナ、好きだよ」
「っ!? 空君!? 今しがた世界の他の誰でもないボクだけが好きって言ってくれてたよね!? 黙って聞いてたけど、実際のところかなり嬉しかったんだよ!? それこそ、うるってするぐらい!」
「やった! お兄ちゃんに好きって言ってもらった!」
「悠への好きと、ルーナの好きは違うぞ? ラブとライクの違いだ、どうしてもルーナが好きって言ってほしいって言うから、恥ずかしかったが言ったんだぞ! 悠ラーヴ!」
「ぼ、ボクも好きだよ空君! ラブだよ!」
「なんと! ま、まぁ今はライクで許してあげます! ほら、言うじゃないですか、ライクから始まるラブストーリーって」
「うん、初耳だけどね、僕はちょっともうゆだってきたから体洗って出るね、悠たちはゆっくりしてていいから」
「はーい」
ずいぶんと熱く語ってしまい、結構体も温まってしまっていた。早く水分を補給すべく、ちゃっちゃと体と髪を洗い、風呂場を後にした。
今日はルーナの誕生日!