第9話 もやしってけっこう栄養価高いんだよ
時刻は午後6時。悠とルーナと奏音ちゃんに、僕の部屋からご退場していただき、僕が1人で現代文の宿題と格闘して既に1時間が経とうとしていた。
「なんだこの話、主人公酷過ぎる……」
古典の文法書を片手に読み進めた舞姫がやっとのことで読み終わり、あまりにひどい終わり方に僕のテンションは下がりに下がり、ブラジルに届こうとしていた。
「ま、まぁ内容はだいたい理解できたし、後は問題解くだけか……」
問題文を読んでいると、静かな部屋にノックの音が響く
「空くーん、お夕飯出来たから降りて来てー」
ドアの向こうから悠の声、僕はプリントを置き悠と一緒に1階へと向かう。
「えへへ~、今日はボクも手伝ったんだよ?」
「なら……楽しみだ!」
記憶喪失事件の前までは心底楽しみだったであろうが、今の彼女にクラフトを使うことはできない。正確にはできるのだが、僕への配慮ということで必要最低限のときにしか使わないらしい。つまり味には期待できない。嬉しいような嬉しくないような……。でもまぁ、味は別として、彼女の作った夕食と言うのは何とも夢のような話しなので、楽しみであることに間違いはない。
リビングに入ると、鍋の乗ったテーブルを囲むように奏音ちゃん、ルーナ、美佳がそれぞれ座っている。
「お、今日は鍋ですか」
「うん! 野菜とか切ったんだよ!」
切るだけなら味は心配なさそうだ。普段椅子は4つだが、今回は人が多いので6脚となっている。50パーセント増量だ。
各自席に着き、「いただきます」のあいさつとともに食べ始めた。
「空君何食べたい? 取ってあげるよ!」
隣の席の悠が僕に訊いてくる、それに負けじとルーナも立ち上がる
「お兄ちゃんのは私が取ります! 悠ちゃんは自分が食べることに専念していてください!」
今まで勉強していた僕は、いい具合にお腹が減っているので、さっさと食べてしまいたい。自分で豆腐を取ろうとすると、伸ばした腕を悠とルーナに左右から掴まれる。
「空君は取らないでね! ボクがよそってあげるから!」
「お兄ちゃんはゆっくりしてて! 私がとるから!」
「あら空輝、モテモテね。爆発しなさい」
「え!? 母よ、今なんて言った!?」
「空気なら空気らしく酸素と化合して爆発しなさいって言ったのよ。リア充爆発しろ!」
「母!? なんで!? ていうか僕は空気じゃない! 空輝だ! 自分で付けた名前でしょうに! それになんですか? 酸素と化合して爆発って、水素じゃん! なんで奏音ちゃんみたいなこと言うのさ!?」
実の母に予想だにしないことを言われ、僕はどういうリアクションを取っていいかわからない。
「いや兄さん、もっと他に突っ込むべきところが……」
「ん? そうだよ、なんだよリア充爆発しろって、どこでそんな言葉を知ったのさ!?」
「ニュースよ、今日も何人か爆発したらしいわ。安心して外も歩けない、嫌なご時世だわ」
「そんなわけないよね!? リア充がいちいち爆発してたら地球滅んじゃうからね!?」
「空君! そんなことより何食べたいの?」
「お兄ちゃん。はい、あーんして!」
ルーナは僕に豆腐を押しつけて来る、外人という設定なのに箸はきっちり使えている。器用な奴だ。
「あぁ!? ルーナちゃんずるいよ! はい空君、あーんして!」
「ちょ、やめれ! 熱い熱いあぁぁー!!」
両サイドからの豆腐攻め(熱々の)にさすがの僕も怒った。
「いい加減にせいやぁ! 熱いから! 自分で食べられるから! むしろ僕が取ってあげるから!」
「「ごめんなさい」」
しゅんとしてしまった2人に、適当によそった器を渡すと笑顔に戻り、やっと落ち着いて食事が始まった。
「空君、お豆腐取って~」
「はい」
「お兄ちゃん、お肉下さい」
「はい」
「先輩、ワタシは肉団子下さい」
「はい」
「兄さん、もやし」
「はい」
「兄さん、もやしっ子」
「はい……、はい!? 美佳、今なんて?」
「空輝、白菜とって」
「はいっておい! なんで僕が全部取らなきゃならん!? 全然食べられてないんですけど!」
「じゃあ、はい、あーん」
悠が僕に肉を食べさせてくれた。
「次は私の番だよ、んー」
ルーナは目をつむりながらもやしを口に挟んでいる。その薄桃色の綺麗な唇に挟まれたもやしは喜んでいるようで、他のもやしからの嫉妬の炎で炭となることだろう。さらにそれをポッキーゲームよろしく食べた僕は、灰すら残らないだろう、跡形もなく消滅する。というわけで、僕には食べられない。だがルーナは依然としてキスでも迫るかのように唇を突き出してくる。
「んー、んー」
「え、ちょっと、僕にそんな勇気は……」
「そ、そうだよ! ルーナちゃん、なんて大胆な! チキンでヘタレな空君にそんなの食べられるはずないじゃないか! ボクもさすがにそれは思い浮かばなかったよ! なかなかやるね!」
「いや、まぁそうだけどね! 他人に言われるとけっこうくるものがあるよ!」
自分の彼女にチキンでヘタレとか言われるって、どんなプレイだよ……。
「なら仕方ありません、あーん」
ルーナは口を諦め、箸でもやしを食べさせてくれた、もちろん鍋からとった新しいもやしだ。
「ごちそうさまでした」
食器を片し、宿題の続きをするため、部屋に戻ろうとすると、母に声をかけられた。
「空輝、お風呂どうするの? 順番は好きにしなさい、お好きなように……ね」
「なんだ母よ、その意味深な言い方は……? ――ッまさか!」
僕は気付いてしまった。今この家には家族の他に3人ほど女の子がいる。とびっきりの美少女達だ。そして風呂の順番。意味はわかるだろうか? そう。男なら湯を汚さない為にも、最後に入るのがマナーってものだろう、しかしそれはそれでいけない気がするのだ。最後、つまり女の子たちが入った後の湯に浸かる、何とも変態的だ。なんだこの葛藤は、風呂に入る順番だけでこんなに悩むものなのか!?
「ど、どうしたんだ先輩? 瞬きもしないで唸って」
どうやら僕は瞬きすら忘れて考えていたらしい、奏音ちゃんに声をかけられた。
「ん、いやだってほら風呂の順番どうしようかなって……、男としては最後に入るのがマナーってものだろうけど、それはそれで変態チックだし……」
僕が言うとルーナが手を挙げ
「先も後もダメなら一緒に入ればいいじゃない!!」
「――ッ!? その手があったか! ってバカ! そんなことできるわけないだろう! 無理無理、たしかに家の風呂は大きめではあるが、5人も入れない!」
僕の言葉に驚愕の表情を浮かべる美佳。
「そこ!? お風呂の大きさの問題なの!? 兄ちゃん私たちと入る気? 嘘でしょ!?」
「ももももちろん冗談だとも!」
「ボクは構わないよ? ていうか、一緒に入ろうよ!」
「ワタシはノーコメントで……」
「盛り上がっているとこ悪いけども、ごめんみんな、今お風呂見てきたら、見事に水が張ってあったの。銭湯でも行ってくる?」
「母よ、そんな歳のドジっ子は需要ないぞ……、イテっ」
ドジっ子な母に本当の事を言ったら叩かれた。さて、冷水が入った風呂には入れない、今からまた入れ直してもいいが、母の事だからそんな勿体ない事はしないだろう。だがこれで順番の問題は解決だ。そうか、銭湯なら男女別だし、問題ない!
「銭湯……行こうか?」