第8話 『宿題』の前につけてはいけない言葉
さてと、悠たちが泊まることは問題ないだろう、初めてじゃないし、母だって許してくれるはず、問題なのはルーナのことだ。いきなり母に「妹ができました」なんて言ったらなんて言われるだろう……、考えたくない。いや待てよ、よく考えたらルーナは妹じゃないし……
「なぁ美佳、ルーナのこと母になんて言おう?」
ソファーにねっころがりながら雑誌を読んでいる美佳に相談する。悠たちは「お泊まりセット持って来るね」と言って出ていった。そんなセットが用意されているとは僕も驚きだ。
「僕にもやっと妹ができました! とかどう?」
「いやいや、既にいるし」
「どこにっ!?」
「お前僕の妹じゃなかったのか!?」
「なに言ってるの弟のくせに、生意気ね」
「お姉ちゃん!? ていうか立場逆転!?」
「これからはお姉様と呼びなさい」
「いやだよ! 本題に戻そうよお姉ちゃん!」
「あ、お姉様って呼ぶのが嫌だったんだ……」
「姉さんにはわからないとは思うが、姉がいないと姉に憧れるものなんだよ」
「正直に話すしかないんじゃない?」
何食わぬ顔で話を戻す美佳。
「うわひっでぇ、何も言わずに話戻しやがった!」
「まぁ言い方は考えなよ? 私もフォローはするけど」
「よろしく……お願いします」
玄関の扉が開く音が聞こえ、リビングに人が入って来た。
「あら美佳、帰ってたの、高校どうだった?」
「おかえり母さん、楽しかったよ」
「それはよかったわ」
そう言ってキッチンへ向かおうとする母
「待て母! 僕には何もなしかよ!?」
「あら、いたの空輝?」
しれっと言う母
「空気かよっ!?」
「冗談よ冗談。それで、何か用?」
「えーと、今日悠たちが泊まることになってるんだけどいいよね?」
「わかったわ、美味しいもの作るから期待してなさい」
母はこういうことに関して心が広くて助かる。よし、いざ本題へ!
「母よ!」
「何?」
「ありがとう!」
母は僕のいきなりの感謝の言葉に、面喰っている
「いやいや、違うでしょ!? お礼は大切だけど、言わなきゃいけない事は他にあるでしょ!」
「母!」
「だからなによ?」
「東雲空輝17歳! 妹ができました!」
さぁどうくる母、かかって来い!
「そう、よかったわね」
そういって母は買い物へと出掛けて行ってしまった。
「あ、あれ?」
母の予想外の反応に、僕は立ち尽くしていた。
「兄さんちょっとストレートすぎない? 信じてないんじゃないかな?」
「どうだろうね……」
『ピンポーン』とチャイムが鳴る、悠たちが帰ってきたようだ。玄関のドアを開けると悠たちは私服に着替え、大きめのバッグを持って立っていた。僕が「おかえり」と言おうとすると――
「おにいちゃーん! ただいま! ずっと会えなくてさみしかったよぉ」と、ルーナが僕の腹に抱きついてきた。
「ちょっ! ルーナ、ずっとって、たかが5分や10分だろうが!」
「お兄ちゃんとの1分は、私にとっての1世紀なの!」
「5分ってことは……5世紀!? 500年!? 国が滅ぶよ!?」
「お兄ちゃんに会えないストレスで私が滅ぼしたんだよ?」
「怖っ!? なにそれ怖い!」
「何言ってるのお兄ちゃん? 私は可愛いよ?」
そこで悠のストップが入る。
「はい、そこまで。あんまり空君にベタベタしないでルーナちゃん、ボクもこの星を破壊したくはないんだよ」
あら? 今さりげなく凄いことを言わなかったかこの彼女さん?
「ゆゆゆ悠さん? 何を言ってらっしゃるのでしょう?」
「くしゃみ一つで大陸を吹き飛ばしてしまうボクが、その気になればこの地球なんて……」
「ねーさんも先輩たちも、ドアを開けたまま危ない冗談話すのやめないか? 変な子たちだと思われるぞ? ワタシに」
奏音ちゃんの言うことも多少は理にかなっているので、リビングへと場所を移す。
「あ、悠さん達おかえりなさーい」
「ただいまー」
まるで自宅に帰ってきたかのようなくつろぎかだだ……
「ところで私の学校は明日もあるけど、兄ちゃんたちは休みなの?」
「いや、普通に定時登校だけど、なんで?」
「いや、だって泊るって言ったら普通休みの前日かなぁってね、宿題とかないの?」
「………………」
今こいつなんて言った? ナンテイッタ? 今僕の妹はなんといいましたか? なんといいましたか、僕の妹は? 宿題だと……、宿題、それはホームワーク。僕は宿題を学校ではやらない、何故ならそれは家でやるものだから。ていうか、そんなことはどうでもいい、宿題……忘れてた。しかもただの宿題ではない、『宿題』の前についてはいけない言葉が付いてしまっている。そう、『春休の』だ。この一単語により宿題の量が何倍にも膨れ上がる、なんて恐ろしい言葉なんだ……。
「宿題! 僕宿題やってない!」
「いやいや兄さん、宿題一つでそんな騒がなくても」
「なめるなよ美佳、ただの宿題じゃない、春休の宿題だ!」
「え、それってまずいんじゃない?」
「ちなみに僕はあまり頭がよろしくない、やばいぞ」
僕は階段を駆け上がり、自分の部屋へと転がりこんだ。
科目は現代文、数学、英語の三科目、量は……、プリント6枚。ただいまの時刻、午後2時。一瞬で宿題の残量を確認する、このくらいならなんとか……、する! してみせる!
僕はドアに鍵をかけ、机へと向かった。だが、始めて5分、重大なことに気が付いた。
「あれ? わからない……? 微分、積分、いい気分♪」
歌ってる場合か! 最初に手をつけた教科が悪かったのかもしれない、数学のプリントを投げ捨て英語のプリントを引っ張り出す。
「仮定法? もし僕の頭がもっとよかったらなぁ……。っておい! 悲しいこと言うくらい分からないじゃないか!」
仕方ない、現代文だ! これなら日本語だし何とかなるだろう!
「舞姫!? えーと、ちくしょう鴎外さん! なんで古語で書いた!? 現代語で書いてくれ! でも貴方のエリスさんへの愛はよく伝わりました……」
ダメだ。僕にこのプリント達を終わらせることはできない……。
僕が途方に暮れていると、ドアが叩かれる。
「空君? コーヒー淹れてきたけど、一緒に飲まない?」
うう、悠様……。僕はドアを開ける
「どう、進んでる? って空君なんで泣いてるの!?」
「あのね、全然分からないんだ。ぐすん、日本語が書いてないんだよ……」
悠を部屋に入れ、折りたたみ式のテーブルを出した。
「うーん、そんなに難しくなかったと思ったけどなぁ……」
「え、悠もしかして終わってるの?」
「たしか6枚のプリントだったよね、おっきめの」
「うん」
「記憶戻って家帰ってきて、えーと、3日くらいで終わったよ?」
「悠って頭いいの? ていうか、いいよね……」
「そんなことはないけど……、教えてあげようか!」
「マジで!? お願いします!!」
こうして僕の宿題は順調に進むと思われた、誰もが(と言っても僕と悠だけだが)明日までに終わると信じて疑わなかった。だが、ドラマのように、順調に進むわけがないのだった。
「微分はXの乗数を一つ下げて、下げる前の数を係数にかければいいんだけど、これはわかるよね?」
僕の顔のすぐ隣に悠の顔がある、いかんいかん集中せねば……。
「うん、それはわかるよ」
悠とともに数学のプリントを始めて約1時間、彼女の教え方は驚くほど分かりやすく、数学のできない僕が、まるでできているかのような錯覚を覚えるほどだ。2枚あったプリントのうち、1枚は終わった。これならいける!
『ズドゥラララララララララ!!』とマシンガンのごときスピードで部屋のドアが叩かれる。
「なになに!?」
ドアが開き「お兄ちゃーん!」と、ルーナが入ってきた。しまった、鍵を閉めるのを忘れていた。
「なんだよルーナ、今宿題してるんだけど……」
「お母さんが話しがあるから、お兄ちゃんを呼んで来てって」
「なっ!?」
すっかり忘れていた、母にまだちゃんと説明していなかった。
リビングへと降りると、母がにっこりとほほ笑んでいた。お、恐ろしい!
「ありがとうルーナちゃん。空輝、ちょっと座りなさい」
前半と後半で声のトーンが違う。僕は言われるがまま母の対面に座る、ルーナは僕の隣の席に腰を下ろした。
「空輝、『ルーナ』という名は聞いたわ。それで、この子とはいったいどういう関係でいらっしゃるのでしょう?」
なぜ敬語なのでしょうお母様……
「え、えーと。クラスメイ――」
「私はお兄ちゃんの妹です!」
言い終わる前にルーナが爆弾を投下した
「空輝、それなんてプレイなの?」
「違うんだ母! 色々あってルーナは記憶がこんがらがってて……」
「私ははっきりしてるよお兄ちゃん?」
「あんた外人さん連れ込んで……、そんな子に育てた覚えはないわ!」
「僕だってそんなことする子に育てられた覚えはないよ! ルーナはただのクラスメイトで――」
「クラスメイトだけど妹です!」
「あぁややこしい! ちょっとルーナは黙っててくれるかなぁ!?」
「はい……」と、しゅんとするルーナ、少し強く言いすぎたかもしれない、わずかに反省。
「とりあえずだ、ルーナは外国(?)からの留学生で……、ちょっと色々問題あるけどうちに泊めてあげてくれないかな?」
「それは一向に構わないのだけれど、あんた悠ちゃんという彼女がいるんだから、あんまり羽目を外すんじゃないわよ?」
「そんなことは分かってる! 当たり前だろ、僕は悠が大好きだからな!!」
僕が言うと同時に悠がリビングに入ってきた。それを聞いた悠は「ふわっ!? どうしてそんな話になってるのかな?」と顔を赤くしている。
「まぁ、それならいいわ。よろしくねルーナちゃん、困ったことがあったら何でも言ってね」
しゅんとしていたルーナは一変、にっこりと笑い「はい!」と答えた。とりあえず紹介が終わったところで、僕と悠は部屋へと戻る。
「…………、何でついてくるルーナ! 僕は宿題をせねばならん!」
さも当然のようについてくるルーナが口を開く
「私も勉強教えられるもん!」
「ボクで間にあってるから大丈夫だよ!」
「うぅ……、静かにしてるからお兄ちゃんの部屋にいさせてっ!」
それから約1時間、数学は終わった。この間ルーナはずっと僕のベッドの上でごろごろしていた。
「ふぅ、終わった……」
僕がそういうとルーナは「終わったの!? 遊ぼ!」と、跳ね起きた。
「いや、まだ英語と現代文が残ってる。悠先生、次は英語をお願いします!」
すると悠先生は目をそらし
「じ、実はボク英語と現代文は苦手だっりして……」
「え!? 3日で終わったんじゃないの?」
「ルーナちゃんと一緒にやったんだよ、ルーナちゃん数学は壊滅的だけど、英語は凄いできるから……、さっきは勢いでボクだけで足りてるって言っちゃったけど……。ちなみに数学と英語で1日、現代文は2日かかりました」
「そうなんだ……」
「英語ですか? 私の出番だね! キリッ」
「うぅ、仕方ない。じゃあルーナちゃん、バトンタッチ」
悠はルーナとハイタッチをし、僕のベッドに転がった。僕のベッドはさながら講師の控え室だった。いいにおいとか付けないでくれよ? 眠れなくなっちゃうから……、いや、安眠しすぎて二度と起きないかもしれないな……、それはそれでいいかもしれない。
「えーと、仮定法ですね。If it were not for his bad temper , he would be a nice person. 訳すと、『不機嫌でなければ、彼はいい人なのだが』となりますね、これは『If it were not for A』で『もしAがなければ』の慣用句化した仮定法過去の表現だね、覚えないとです!」
「うそ、すげぇ……」
ルーナは自称外国人なだけあってか(本当は異世界人なのだけれど)、そのきれいな声で紡がれる英語の発音は驚くほどよかった。教え方も素晴らしく、約1時間半で英語は終わり、これまでで6枚あったプリントのうち、残りは2枚、現代文のみとなっていた。なんだか少し頭が良くなった気がする!
「お疲れ様お兄ちゃん!」と言いながら、ルーナは僕の頬にキスをすると、ガタンとベッドから悠が落ちた。大丈夫かな?
「ちょ!? 何をするルーナ!」
「えへへぇ~、私にもして?」
悠の方を見ると体育座りをしてこちらにジト目を向けていた。どこかで読んだことのある吸血鬼さんのようだ……。
「ごめんなルーナ、キスは本当に好きな人にしかしちゃいけないんだ、だからお前もそんな簡単にするもんじゃないぞ? でもこれなら」
僕は「教えてくれてありがとう」と言いながら、ルーナの頭をなでてやる。
するとルーナは嬉しそうに目を細め「本当に好きなんだもん……」とつぶやいていた。
「ところでルーナ、現代文できる?」
ルーナは「ワタシニホンゴワカリマセーン」と首を横にふる。あぁ、そんな設定あったなぁ……。
悠の方を見ると、頬を膨らまし、少しご機嫌斜めなようだ。そういえば悠にはお礼をしていなかったな。
ベッドで膨れている悠の隣に腰をおろし「悠もありがとう」と言いながら頬にキスをすると、悠はボンッ! と赤くなり「ふわあぁ~」と倒れてしまった。
こうして頼みの綱を失った僕なわけだが、どうしよう、僕の現代文……。
僕が1人現代文のプリントと格闘していると、突然窓が開き、1人の少女が飛び込んできた。彼女は金色に輝く髪をなびかせながら、綺麗に着地する。僕のよく知る少女、もちろん奏音ちゃんだ。
「せんぱーい、ドアのカギ閉めないでくれよ、こっちから入らなくちゃいけないじゃないか」
そういいながら腰に手を当て、僕を指差す。
「いやいや、そもそも窓は入り口じゃないからね、ノックしてくれれば……」
「入れてくれたのか?」
「うーん、入れなかったかも……」
「ですよね。あと、ルーナ先輩とねーさんを自分の部屋に入れて鍵なんか閉めてたら、なんか監禁しているみたいだな!」
「おい! 僕は変態じゃないから! そんなことしないからね!? 勉強を教えてもらってたんだよ、高校生になったばっかりの奏音ちゃんには分からないような問題だけどね」
奏音ちゃんはにやりと笑い、机の上に重ねてあったプリントをペラペラとめくり
「なるほど、ティエラの高校3年生の宿題はこの程度か」
奏音ちゃんはまるでこの程度の問題なら簡単にできるとでも言うかのような物言いだった。
「まさかとは思うけど、できるの?」
「逆に聞くけど、できないの?」
「えーと、悠とルーナに教えてもらってできるようになった、かな」
「ぷぷっ」と口に手を当てる奏音ちゃん
「!? 今笑ったか!? 笑ったよな!」
「こんなのワタシが小学生のころにはできていたぞ、と言っても6年生だからほとんど中学生だけど」
「マジで!? そこまでいうなら証拠を見せてみろよ!」
僕が言うと、奏音ちゃんはプリントの問題の方を手に取り、僕に僕が悠と一緒に解いた解答用紙を渡す。
「えーと、じゃあ上から答え言っていくから、間違ってたら先輩の方が間違ってると思ってね。まぁ、ねーさんと一緒にやったならあってるだろうけど」
そう言って問題を見るだけで、式も書かずに解答をスラスラと言っていく奏音ちゃん。
「うそだろ……、なんで? どんな技を使ったの!?」
結果は僕の反応を見てくれれば分かるだろうが、全問正解だった。
「まぁ、この程度ならできますとも。ねーさんも多分ワタシほどではないにしても、結構早くできたと思うぞ? 教えていたから時間がかかったんだろうね」
「なるほど、奏音ちゃんは英語とか、現代文とかもできるの?」
「できるよ、一応天才って呼ばれてるくらいだし、この前の入試は満点だった」
「うちの高校の!? 僕がギリギリで受かったようなテストなのに!」
確かに悠の一件で、彼女が天才と呼ばれていることは知っていたが、これほどまでとは……、彼女に対する見方を少し改める必要があるかもしれない……。
あ、てことは僕の現代文何とかなるかもしれない!
「奏音ちゃん! 現代文教えて!」
「やだ」
見事な即答だった、鏡に光を当てて、まぶしいと感じるまでの早さ並みだった。ってことは光速!? 光速答!? あまりの即答に、新たな言葉を生み出してしまった。即答についてでここまで語ることができるのは、僕をおいて他にいないだろう。
「なんで!?」
「えーと、ごめんなさい、言い直そう。答えは分かるけど、答えしかわからない。つまりですね、答え合わせはできるけど、教えることはできないかな?」
「うーん、どゆこと?」
「1+1の答えは?」
「2? 田?」
「2であってるよ……、それに田だとイコールが必要でしょ、できても王だよ……、ていうかそんなのはどうでもいいの。2の4乗は?」
言われてみればたしかにそうだ……。王か……
「えーと……、16?」
「遅いな先輩……、つまりですね、そんな感じで答えを覚えているというか、頭の中では分かってるんだけど、人に教えられないというか。さすがの先輩でも2の4乗くらいは覚えてると思ったんだけど……」
「ごめん……、とりあえず教えられないってことだね」
「うん、それに他の教科教えてもらったんだから、1教科くらい自分の力でやった方がいいんじゃないかな?」
「そ、そうですね!」
「なんで敬語……?」
「お兄ちゃん、私も一緒に頑張るよ!」とルーナがポケットから『よくわかる日本語~初級編~』という本を出しながら言った。
現代文は僕1人で頑張ろう。そう思った瞬間だった。
受験前の更新はおそらく最後です、次の更新はもしかしたら12月とかになるかもです、よろしくですです!