第6話 妹萌え、それは幻想、のはずだった……
家の前で悠と奏音ちゃんとルーナと別れ「ただいま」と家に入る。
家にはだれもいないようで、とても静かだ。美佳は地元の高校に決めたので、入学式を終え僕より早く帰っているはずだが……。まぁ、あいつのことだ、さっそくできたお友達と遊びにでも行ったのだろう。
2階に上がり自分の部屋の扉を開けると、そこには、ここにいるはずのない人物がいた。
「おかえりお兄ちゃん! 待ってたよぉ、お昼まだだよね、私が作るからゆっくりしててね!」
扉を開けるなり、僕のベッドから跳ね起き、甘々な声を出して駆け寄ってきた人物。誰だと思う? ヒントを言っていこう、銀髪をツーサイド――。『ピンポーン!』はい僕、答えてください。
「る、ルーナ!?」
せいかーいってそんな自問自答はどうでもいい。
「なぁにお兄ちゃん? あ、何食べたい? ラーメン? スパゲッティー? 蕎麦? 冷麺? それとも、わ・た・し?」
こいつのボケにどこから突っ込んでいかわからない、僕の自慢のメインコンピューター(脳)でも処理が間に合わず、もう何が何やら。
「な、な、なんでお前がここにいるんだよ! さっき別れたばっかだろ!? ていうか何だよお兄ちゃんって!?」
「うん、早くお兄ちゃんに会いたくて飛んできちゃった!」
窓を見ると開いていた、文字通り飛んできたみたい……。
「さっきまで普通だったよな、この一瞬で何があったんだよ!?」
「何言ってるのお兄ちゃん?」
「お前が何言ってるんだよ!?」
僕の腹部に手を回し、抱きつくもんだから、その。見事な双丘が……。
「お前の兄になった覚えはない!」
衝撃を受けたような顔をするルーナ、目に涙を浮かべ
「え……ひ、酷いよ……」
僕もいい加減わけがわからなくなってきた、この反応から察するに、ボケではないと見える。とりあえず泣かすのはよくない、色々よくないので、謝ろう。
「わ、悪かった悪かった、とにかく泣かないでっ!」
ルーナは依然僕の腹に抱きついたまま上目遣いで
「お兄ちゃんって呼んでいい?」
前にも言ったことがある気がするのだが、実際に妹がいる兄にとって、『妹萌え』なんてものは幻想でしかない。以前真野が学校で「妹っていいよなぁ、お兄ちゃん、なんて呼ばれてみたいよなぁ~」なんて言ってたが、僕はその言葉に「妹なんてうるさいだけだぞ、そんなに可愛いものじゃないからな、残念だけど」と返したのを覚えているが。その、ごめんなさい! 義妹ならいいかもしれない! 僕の「妹」に対しての考え方が変わった瞬間だった。
「う、うんまぁいいから、とりあえず離れてくれないかな? その……当たってるんだけど」
ルーナは自分の胸部を見て
「見たいの? お兄ちゃんになら見せてあげるよ? なんなら触らせてだって――」
「やめろぉ! やめろぉ! やめろぉ! 助けて! だれか、誰でもいいから助けて! 僕は悠が大好きなんだぁ!」
僕がずいぶんと恥ずかしいことを叫んだ瞬間、窓からの来訪者。
「そそそそ空君! どうしたの!? ずいぶんと嬉しいような恥ずかしいようなことを叫んで、でもやっぱり嬉しいかなぁ、ってあれ? ルーナちゃん、ここにいたの?」
「誰ですか貴女は?」
「え、何言ってるのルーナちゃん? 悠だよ、天野原悠。みんなのアイドル悠ちゃんだよ?」
「そんな人は知りません、自分でアイドルだなんてずいぶんと図々しいですね」
悠の冗談に真面目に答えるルーナ、悠は目尻に涙を浮かべている
「ゆ、悠! ほら、君は僕だけのアイドルだから、他人には理解出来ないんだよ!」
「冗談だったに……、ルーナちゃん酷い……」
僕の言葉は届かなかったようだ……
「それよりお兄ちゃん、何食べたい?」
「じゃあラーメンでお願いします……」
「うん分かった! お兄ちゃんのために私頑張って作るから楽しみに待っててね!」
そう言ってルーナは1階に降りて行った
「あの、悠、大丈夫?」
「…………」
ダメだこの子、早く何とかしてあげないと……
「僕のアイドル悠ちゃんに悲しんでる顔は似合わないよ、ほら、いつもみたいに笑って僕に元気を分けてよ!」
悠の表情に段々と輝きが戻ってゆき
「うん、そうだね、ありがとう!」
悠が元気になったところで、本題に入る。
「ルーナはどうしてあんな風になったの?」
「う~ん、ボクにも分からないよ、さっき家帰った時は普通だったと思うんだけど……、ボクはすぐに、その、トイレに行っちゃって」
「ってことは、その間に何かあったと考えられるね」
「奏音が何か知ってるかも」
そう言うとポケットからケータイを取り出し、電話を始めた。
「家隣なんだから、ちょっと呼べば――」
「なーにーねーさん。ご用がある方は発信音の後に奏音様お願いです、私の話しを聞いてくださいって言ってください」
僕が言い終わる前に奏音ちゃんが窓から入って来た。
「ピー」
「奏音様お願いです、ボクの話しを聞いてください」
なんとも律義な姉妹だ……
「よぉし、聞いてしんぜよう、なんだねーさん?」
「ルーナちゃんがおかしくなっちゃったんだけど、奏音何か知らない?」
「ギクッ! ルーナ先輩がおかしいのはいつもの事じゃないか」
奏で音ちゃんは目を逸らし口笛を吹き始めた
「今ギクッって言ったよね? 奏音ちゃん何か知ってるの?」
「いやいや、それはギリシャ・ショックの略で、別にルーナ先輩がおかしくなった要因がワタシにあって、それがバレそうになって発した言葉では決してないよ!」
まんまと自白する奏音ちゃん
「それで、どうしておかしくなったの?」
「なんのことかな……?」
「次はないよ?」
僕が微笑んで言うと奏音ちゃんは
「分かりましたっ! 言います、ワタシがいけないんですっ! ルーナ先輩のチーズケーキ食べちゃったから……」
「は? ふざけてるの? チーズケーキ食べられたくらいであんなにおかしくなるはずないでしょ?」
「いや、空君。食べ物の、特にお菓子の力はバカにならないよ?」
やたらと真面目に言う悠。
「そ、そうなの?」
「そうなんです!」
「じゃあチーズケーキが原因だとして、ルーナはどうしたら元に戻るの?」
「「わかんない」」
「どうするんだよ……、僕やだよ? ルーナがあんなんだと、色々困るんだけど……」
「ボクだって困るよぉ!」
「とりあえず、見に行こう。ワタシはまだルーナ先輩がどんなふうになったのか知らないんだ」
「そうだね」
1階に降りると、ルーナはスープを煮込み、麺を捏ねていた。
「ルーナお前、スープから作るのかよ!?」
「あ、お兄ちゃん! 待っててね、もうちょっとかかるから」
水色のエプロンをつけたルーナはにこにこ笑いながら僕に手を振っている。
「空輝先輩、誰だあれは……、ワタシの知っているルーナ先輩はあんなんじゃなかったぞ……」
「だよね、僕の知ってるルーナもあんなんじゃない、早く元に戻さないと……」
僕達はリビングのテーブルに着く
「第1回ルーナ先輩はどうしたら戻るのか会議を始めたいと思います、意見のある人は手を挙げてください」
「チーズケーキ食べちゃったのが原因ならチーズケーキ返せばいいんじゃないかな?」
「挙手制スルーありがとうねーさん、その案はワタシも考えたんだけど、望みは薄いと思う」
「何で?」
悠は首を傾げる。
「ワタシがチーズケーキを食べた時、本人に見られていたんだ、つまりルーナ先輩は目の前で好きなもの食べられてしまったというわけさ、しかも一口で……」
「お前一口で食ったのか!?」
「おいしかったぞ!」
「感想なんて求めていない!」
「何の話してるのおにーちゃん?」
振り向くとルーナがラーメン屋顔負けの立派なラーメンを2つ持って立っていた。
「お待たせしましたぁ、ルーナ特性醤油ラーメン召し上がれ」
ラーメンからは何とも表現し難い、いい香りが漂ってくる。
「ルーナ先輩、私も食べたい!」
「誰ですかあなたは、食べたかったら3分お待ち下さい」
「カップラーメンですかっ!?」
「では、いただきます」
奇麗に透き通ったスープから程良い太さの麺を口に運ぶと僕のからだに衝撃が走った。
何だこのおいしさは、天と地がひっくり返るような、いやまだ足りない、太陽が爆発したようなおいしさだ……、自分で言うのもなんだけどそれってどんなおいしさだろう?
「どうしたの空君、なんで逆立ちしてるの?」
僕は知らないうちに逆立ちをしていた、ルーナ特性醤油ラーメン恐るべし……
「どお、おいしい?」
ルーナが不安そうに尋ねてくる
「なんというか、これがラーメンだったら、今まで食べたラーメンがホントにラーメンだったのかが疑わしくなるくらい美味しいです……」
「よかったぁ! あの、御褒美……くれる?」
少し頬を上気させ、上目遣いで言うルーナ
「御褒美……?」
「ほっぺにキスして欲しいな……」
「だめぇー! 絶対ダメだからねっ!」
僕がしどろもどろしていると、悠が立ちあがり叫んだ。
ルーナは怪訝そうな顔をして言う
「悠ちゃんとか言いましたか、貴女はお兄ちゃんの何なんですか? 私の邪魔をしないでください」
「ルーナちゃんこそなんなのさ! ボクは空君の彼女だもん! 空君はルーナちゃんのお兄さんじゃないでしょ? なんでそんな呼び方してるのさ!」
「お兄ちゃん、この子が彼女って本当?」
「もちろん! 悠は僕の彼女さんだよ! ていうかルーナ、どのくらい記憶がないの?」
ルーナは目に涙を浮かべ「お兄ちゃんなんて大っきらい! じゃない!」と言って家から出て行ってしまった。わけがわからない……
「空君、ボクが何も言わなかったらキスしてたでしょ? ボクにもしてくれたことないのに……」
僕は考える、確かにいつもとキャラが全然違うルーナは、正直……可愛い。でもその可愛いは愛ではない、僕の向けるべき愛は悠ただ一人だ。そんな大切なことを忘れていた、僕のせいでまた悠を傷つけてしまったかもしれない。謝ろう、少し恥ずかしい言葉になってしまうかもしれないが……。
僕は悠の頬に軽くキスをして
「ごめんね大切なことを忘れてた、でも安心して、僕が大好きなのは悠一人だよ」
すると悠は真っ赤になり「ふわぁ!? わわわ、わかってくれればいいんだよぉ!」とわたわたしていた。
「ずいぶんとまぁ、そんな恥ずかしいことを人前で……。見てるこっちが恥ずかしくなる」
奏音ちゃんがジト目でこちらを見ていた、この子の存在もすっかり忘れていた、気をつけねば!