第16話 ~On the bed in the bed~
それは街の中心に位置していた、街のどこからでも見えるくらい高いが、ビルではない。大聖堂にビックベンをくっつけたような形状だ。入口は自動ドアで外見とのギャップが激しい、こんなギャップには萌えない。
入口まで行き、ここにいるはずない人物の顔を見て、僕は自分の目を疑った。
「よ、吉野……?」
茶色いストレートの髪を目にかかるくらい伸ばし、悠さん達と同じようなブレザーにチェックのネクタイをしている。体格はがっしりとしていて、背は高め。本来ここにいるはずのない人物、それは吉野だった
「お、ティエラからのお客さんって東雲だったのか、びっくりだな」
たいして驚いた様子ではない吉野だが……
「はっ、えっ? なんで吉野がここにいるんだよ!」
予想外の人物に会い、僕は取り乱す。お巡りさんがいたら間違えなく職務質問されたことだろう。そして変態紳士ですと答え……そのあとは考えたくない。
「あれ? 先輩達お知り合いか?」
「知り合いもなにも、同じ学校だし」
「先輩はもうこの学院に入学してたのかっ?」
「違う! こっちではなくティエラの方だ」
「俺はティエラの学校にも通ってるからな」
「って事は吉野はこっちの世界の人だったってことかっ!?」
「ああ、生徒会長をしている」
まさか昼飯にラーメンを勧めてくるようなやつが異世界で生徒会長をしていたとは……、たしかにこいつならぶらじゃーしてこいよって言ってもおかしくない
「まぁ、ラーメン関係ないけどな」
「人の心を勝手に読むなっ! ていうかどうやって読んだ!?」
「まあとりあえずこれ、天野原に頼まれてた物だ。生徒会長だからってそんな簡単じゃないんだからな」
そういってICカードのような物を渡す吉野。
「なにこれ?」
「入構許可証だ、これがないと入れない。お、デバイス買ったのか、ならデバイスにいれとけよ」
「どうやって?」
「挿☆入っ!」
吉野がアブナイ事を走りながら僕のデバイスにカードをタッチすると、カードは吸い込まれるように消えていった。
「はっ!? お前何した、どうやった!」
「インストール終わったから、入ろうか」
説明は割愛された、おそらく説明されたところで僕には理解できないだろうけどね
自動ドアを通り抜け、学校に入る。
もし誰かが、ここはショッピングモールです、と言ったら僕はなんの疑問も抱くことなくその言葉を信じただろう。
ホールのように広いエントランスの天井を、吹き抜けが貫いていて、目で確認できるだけでも三十階はあるだろう。階段はなく、全てエスカレーターのようだ、エレベーターは僕がよく知るそれではなく、床が持ち上がるリフトのような物がその代わりをしていると思われる。春休み中らしいが、生徒は多め。しかし、部外者である僕に気付くような人は少ない。みんな友達とのおしゃべりに夢中のようだ。
「これ何階建てなの?」
「ん? ああ、必要に応じて増えたり減ったりするから一定じゃないんだ。だからなんとも言えないな」
普通ありえない事をあたかも当たり前のように言う吉野、さすが生徒会長。器がでかい。
「生徒会長関係ないけどな。ところで天野原の記憶を取り戻しに行くんだったな、付いてこい」
リフトに乗り階を上がる、一階の生徒がずいぶんと小さく見えるようになったところでリフトを下り、寮のと同じような廊下を数分歩き部屋に入る。
その部屋はたくさんの機材が置かれていて、中央に置かれているベッドを除けば、どこかの実験室のようだ。
「ちょっと準備するから待っててくれ」
そういって吉野は機械を操作し始めた。
「どうやって悠さんの精神世界にいくのかな?」
「安心してくれ、理論は言ったところでわからないだろうが、入るのは失敗しないから。これは作ったワタシが保証しよう!」
奏音ちゃんが慎ましい胸をぽんと叩く
「作ったって何を?」
「そのベッドだよ、ただのベッドじゃないぞ? クラフトを使う事で精神世界に入る事を可能にするベッドだ!」
「まさか、二人でそこに寝るとかじゃないよねっ!?」
「その通りだぞ? 別にソファーに座るのでもよかったんだけど、形状は吉野先輩がここだけは譲れないって言うから」
「吉野ぉ!」
吉野は操作を続けながらにやにや笑っている。
「まぁ、いいや、よくないけど。ところで、これって前からあったの? 今回の為に作られたような機能だけど」
「もちろん今回の為だけに作ったんだよ?」
「昨日の今日でかっ!? そんな時間なかっただろう」
「知らないんですか空輝さん、奏音ちゃんはバカだけど一応天才なんですよ、バカだけど」
「はっはっはー、ワタシはバカだったのさ!」
「うん? 知ってるよ」
「まっ、間違えたっ! ワタシは天才だったの! ルーナ先輩が変な事言うから間違えちゃったじゃないですか!」
うふふ、とルーナは笑っていた。
「そうか、凄いんだな奏音ちゃん」
「もっと褒めてっ!」
「凄いバカなんだな奏音ちゃん」
「バカって言うなぁ!」
「ははでもさ、奏音ちゃん凄いよ、ホントにありがとう」
そう言って頭に手を置くと
「ふはっ! 勘違いしないでよっ! ワタシはねーさんのたむぇ――ゲフッ!」
「ツンデレは私だけで十分ですっ!」
ルーナがいきなり奏音ちゃんの腹にパンチを入れた……
「おいおいソネモーント、人数減らすなよ、二人じゃきついんだからな」
「私のキャラを奪おうとするからこうなるのです!」
「も、申し訳なかったルーナ先輩、意識したつもりはなかったんですが……」
学校に入ってから一度もしゃべらず空気と化している悠さんの方をみると、緊張しているようで、下を向いていた。
「悠さん?」
「ふへっ!? な、何かな空君?」
「大丈夫? 緊張してるみたいだけど」
「うん、その、大丈夫なんだけどさ……、もし空君を閉じ込めちゃったらどうしようって思っちゃって……」
珍しくネガティブな悠さんだ
「昨日僕に大丈夫って言ってくれたじゃない、大丈夫だよ」
「あはは、やっぱり空君かっこいいや」
「びょほふわっ!」
「お取り込み中悪いが準備ができた、二人とも服を脱いでくれ!」
「え? 服脱ぐ必要はないんじゃないですか会長?」
「黙れ天野原妹、脱いだ方が雰囲気出るだろ!」
「絶対脱がないからな! って悠さんちょっと!?」
「うん? 暑いからブレザー脱ごうと思って」
本気で驚いた、ホントに脱ぐのかと思った。
「まぁいい、冗談はさておき、二人とも寝てくれ、これは冗談じゃないぞ?」
「お前が設計したんだろうが!」
こうなってしまったものは仕方ないので、悠さんと一緒にベッドに寝る。表現はエロいが、ただ横になるだけだ。よし、言いなおそう。悠さんと一緒にベッドに横たわる……あんまり変わんないや。
悠さんとベットに寝るのは初めてではないが、やはり照れるし緊張する。ただでさえこれからのことで緊張しているというのに……。
「空輝先輩、精神世界では一人だ、こちらからは何のアドバイスもできない。あ、入ると言っても先輩の精神だけだから、体はこのままだけどね」
「うん、まぁ分かってる」
「じゃあ頑張ってくれ」
「頑張れよ東雲」
「フィールグリュック」
「じゃあ天野原妹、カウント始めろタイミング合わせろよ」
「では、三」
「二」
「一」
悠さんはにこりと微笑み僕の頬にキスをした。
「ボクの記憶をよろしくね」
カウントがゼロになった瞬間僕は優しい光に包まれ――――
ルーナが言った「フィール グリュック」→ ドイツ語で Viel Glueck 幸運を祈ります って意味 英語ではグッドラックにあたります。