第12話 なぜだ、なぜ爆発しない?
そして夜――
昼間奏音ちゃんに早く寝ておけ、と言われた僕はさっさと風呂を済ましベッドに入った。
妙に暖かいなこのベッド。まぁいいか、風呂上がりで体が温かいのだろう。
明日は悠さんの記憶を取り戻せるかそうでないかという重大な日だ、緊張してなかなか眠れない。こんなに緊張したのは高校受験の前日くらいか? いやそんなもんじゃないだろう、おそらく生まれて初めてだ。とにかく寝よう、寝ることだけ考えろ!
すると窓が開いた。
知ってるぞこの展開、あれだよな、この後ドスタッって悠さんか奏音ちゃんが入ってくるんだよな? 三・二・一はいっ!
ドスタッ! 期待を裏切らない音に僕は安心した、寝がえりをうち、侵入者の顔を確認すると、そこには。
「お兄ちゃん! 一緒に寝てあげる!」
美佳だった……、どうしてお前なんだ……
「なんでお前が悠さんの部屋から飛び――」
込んでくるんだ? と言おうとしたときにドアが開く。
「空君! 一緒に、その……。一緒にねてくりょしょい!」
最後の方は噛み噛みでなんて言ってるか分からなかったが、やはりキュートだ! いや、プリティか? ラブリーでもある、もういい、ハンパなく可愛い!
「なんで悠さんがドアから入ってくるのっ!?」
本来はドアから入ってくるのが普通のことなのだが、悠さんの場合はいつも窓からだったのでつい叫んでしまった。
そして、布団が吹っ飛んだ! 僕は今までそんなことあり得ないと思っていた、ただのつまらないギャグだと。だがそのあり得ないことが、今僕の目の前で起きたのだ。
それを起こした張本人、布団を中からガバッっと吹き飛ばしたのは――
「じゃっじゃーん! 驚いたか先輩! ワタシだ! 奏音だ!」
「なんで布団の中にお前がいるんだぁぁぁーーーー!!」
――奏音ちゃんだった。
「先輩、遅いぞ! 布団の中で死ぬかと思った! 汗でびしょびしょじゃないか!」
「なら入らなきゃいいだろう……」
「せんぱーい、お風呂貸してー」
「さっさと行って来い!」
奏音ちゃんは部屋を出て行った。
「それで、二人はどうするのさ? 僕の部屋じゃ四人も寝れないし、ていうか僕には女の子と寝る度胸なんてないからな!」
「え! 兄さん私のこと女の子としてみてくれるの?」
「誰もそうはいってないだろう!? 美佳、お前はただの妹だ!」
「大丈夫だよ空君! ほら詰めればこのベッド三人は入るから! 奏音は床で寝かせるよっ!」
そういって僕のベッドに入ってくる悠さん、シャンプーのいいにおいがする……。
「ちょちょちょちょちょっと! 無理無理無理! ダメダメダメ! 僕が床で寝るから!」
「それじゃあ意味ないじゃん! あ、でも空君のにおいが……」
ピシッっと僕の理性にひびの入る音がした。やめて! そんな可愛いこと言わないで! それ以上僕の理性を傷つけないで!
――結局どうなったかというと。
本来縦に使うはずのベッドを横に使い四人で川プラス一本の字で寝ることになった。責めて端っこにしてください という僕の願いは即座に却下され端から奏音ちゃん、僕、悠さん、美佳、となった。
「なんか修学旅行みたいだね♪」
楽しそうに言う悠さん。
「まくら投げかねーさん!? まくら投げをしようと、遠まわしに言っているのか!?」
「違うだろ、奏音ちゃん。ていうかそんなに枕ないし」
この狭い部屋の中でまくら投げなんてしたら大変なことになる。
「兄さんの部屋で寝るのなんて何年ぶりだろう? 小学校の時だったよね?」
「どうだったかな、覚えてない」
「兄さん冷たいー」
そうこうするうちにみんな寝たようだ、僕を除いては。
例によって女の子と一緒に寝ることなんてできるはずのない僕は一階のソファーで寝ることにした。みんなを起こさないようにベッドを抜けるのには苦労したが、何とか成功したのだ。
時間は午後十時、母だろうか? リビングの明かりは付いていて、テレビもついていた。
「お、空輝久しぶり」
ソファーに座り猫を膝に乗せ僕に話しかけてきたのは父さんだった。
「あ、父さん。ホント久しぶりだね、お帰り」
「ああただいま。そういえばお前、彼女ができたそうじゃないか、まさかあの空輝に彼女がなぁ……」
猫をいじりながら感慨深そうに言うと父さん。
「はっはっはすごいだろ! めっちゃ可愛いんだぞ! ところでヒメルは元気だった?」
ヒメルと言うのは今、父さんになでられ気持ちよさそうにしている猫の名前である。
昔川で流されているのを見つけ、助けてそのまま飼うことになった、今ではもう立派なおじいちゃん猫だ。僕の猫派の一因も彼にある。最近は父さんが仕事に連れて行っていたため家にいなかった。
「ああ、元気だったぞ。ほら」
そういって僕に渡す。
「にゃぁー」
まったくヒメルは可愛いぜ!
「空くーん?」
!? まさか、まさかのまさか。悠さんが降りて来てしまった……。目をこすりながら眠そうにしている。
「空輝、お前、まさか。彼女を家に連れ込んであんなことやこんなことを!?」
「待て待て待て待て! 確かに僕も父さんの立場だったら同じことを考えた! だけどな父さん、思い出せ! 僕の性格からしてそんなことできると思うか?」
「無理だ」
即答だった。それはそれで悲しい……
「そうかそうか、まぁ理由はいい。はじめまして、空輝の父です」
悠さんは一気に目が覚めたようだ。
「うふぇあふふぉ!? ボボボボク、わたしはその、空君とおおお付き合いしているらしい天野原悠です! よろしくお願いしましゅ!」
「空輝にはもったいないくらい可愛いじゃないか。ところで『らしい』とはどういうことかな?」
父さんはそれを聞き逃さなかった。さて、どう説明したものか……。悠さんをみると口を押さえている。やっちゃった! の構えだ。
「あの、いやぁ空君すっごいかっこいいから、いまだに信じられないというか、なんというか……」
悠さんナイスフォロー! でもそれはほめすぎ! 頬が紅潮するのが自分でも分かる。
「そうか? そんな空輝よりこの私を」
「何言ってんだ父さん、ほら母さんがキッチンから包丁持って睨んでるぞ」
「なーんて言ってみたりしてみたりして……」
弱い! 弱いぞ父さん。だが悠さんに手を出されても困るので助かった。
「あれ? その猫? なんでこんなところに? でもこの雲みたいな模様、ヒメルだよね?」
え? どうして彼女がヒメルのことを知っている? 僕が助けた猫で最近は家にいなかった。悠さんとは初対面のはずだ。なのに何故? 確かにヒメルには雲のような模様がある。白と黒の猫で白い毛の部分が綿のような雲に見えるのだ。
「気のせいじゃないかな? だって悠さんヒメルをみるの初めてだよ? それに白と黒の猫なんていっぱいいるし」
「そう……、そうだよね。うん気のせいかも」
この時の僕は大切なことをスルーしてしまってた。『彼女がヒメルの名前を知っている』ということを。
結局僕は悠さんに捕まり、ソファーで寝る計画は失敗に終わった。
だが僕は負けなかった、悠さんがもう一度寝るのを待ち、色々あって疲れたためにやってくる睡魔に打ち勝ち、ベッドを抜け出して美佳の部屋で寝た。選択肢は他にもあった。だが疲れを取ることを最優先にしたのだ。妹のベッドで寝るとかどこのシスコンだよ……。背に腹は代えられぬ、いいだろう僕は変態である! 認めようじゃないか。そんなことより明日は決戦だ、絶対に悠さんの記憶を取り戻してやる! 本当に疲れていたようでベッド(美佳の)に入ってからは一瞬で眠りに落ちた。
朝、ケータイのアラームがいつもより早い時間に鳴った
僕は美佳のベッドで寝ていたため他人に見つかるのは避けたということで、早めに設定しておいたのだ。
「うわ、やっぱりまだ眠いや……」
なんて言いながら身体を起こそうとする……が、上がらない。上がらない? お腹の辺りには何とも言えない違和感。布団をどかし、違和感正体を確認すると、そこには僕の腹をがっしりとホールドした悠さんがいた。
「はっはっは、なーんだまだ夢の中か。まったく、ちゃんと起こしてくれよケータイ君」
僕が『ここはまだ夢のなか説』を唱えていると、悠が眠たそうな目を開け上目遣いで口を開いた
「ふぇ? あ、空君おはよ~」
「…………………………」
「空君、起きるんだ! 今寝たら死んでしまうっ!」
その言葉に目を覚ます。
「あ、起きた? 二度寝は危ないよ、遅刻の危機だよ?」
僕に二度寝した記憶はない、おそらくこの数秒間、悠さんのあまりの可愛さに気を失ってしまっていたのだろう。危なかった、本当に死んでしまうところだった。
「おはよう……って言うかなんで僕と一緒に悠さんが寝てるのさっ!」
「だってボク達付き合ってるんでしょ……? って空君!? 三度寝はダメだよっ、乙女の顔もチョココロネだよっ!」
おっと危ない、また気絶しかけた……、ところで乙女の顔もチョココロネ? なんだそれ聞いたことない。
「いや悠さん、乙女の顔がチョココロネじゃ色々と困っちゃうでしょうに……」
特に、どっちから食べていいかわからなくて。
「あはは、空君面白い事を言うね。それを言うなら『仏の顔も三度まで』だよ」
にっこり笑って言う悠さん。いつもなら『お前が言ったんだろうがっ!』と、突っ込むところだが。
「可愛いから許すっ」
「ボクがいったんだろうがっ!」
!? 突っ込まれなかった悠さんは自分で自分に突っ込むという暴挙に打って出た。僕以外にこれをする人に会ったのは初めてだ。てっきり僕の専売特許かと……。
こんなところ(美佳の部屋)にいつまでもいるわけにはいかないので、僕は顔を洗いに洗面所へと向かおうとする。
「あれ、空君。どこ行くの?」
「顔洗ったり歯を磨いたりしてくるよ」
「ああ、そうだね。じゃあボクも一度家に戻るとするよ」
僕についてくる悠さん。
「あれ? 僕の部屋は二階だよ? 洗面所は一階だからこっちじゃないよ」
「いやいや空君。まるでボクが空君の部屋から出入りしてるみたいな言い方じゃないか。思い出してよ、昨日はボク玄関からお邪魔したんだよ?」
「あ、なるほど。いつもの癖でつい」
悠さんを送りだし洗面所へと向かう。が、洗面所からは美佳と奏音ちゃんの声が聞こえてきた。
「あぁん、私のくぱぁって開いちゃってる」
「ホントだ、ところで美佳ちゃんの綺麗なピンク色だね」
「そうかな?」
「ワタシのよく血が出ちゃってさ、優しくしないとなんだ」
「あ、じゃあ私がしてあげようか?」
「えぇ! 恥ずかしいよ……」
僕は取り乱す、あいつら洗面所で朝っぱらからナニしてる? 僕の頭の中ではとんでもないことが起きていた。
「お前らナニしてるっ!?」
僕が洗面所の扉をガラッと開き叫ぶと
「「歯磨きだけど?」」
「…………」
二人で仲よく歯磨きをしていた。
「え、じゃあ何が開いちゃったって?」
「ほら兄ちゃん、私の歯ブラシこんなに開いちゃってる。新しいの買わないとだね」
「綺麗なピンク色って?」
「ほら美佳ちゃんのはぐき綺麗なピンク色だろ?」
「あ、ああそうだね……」
「ところで兄ちゃん?」
「なんでしょう妹ちゃん?」
「ナニ想像してたの?」
美佳がジト目で僕の方をみる。
「やめて! ごめんなさい! そんな目で僕を見ないでっ!」
色々あったが無事身支度は整えられた。今日から春休みなので学校には行かない。もっと大切な、悠さんの記憶を取り戻しにエルデに行くのだ。
朝食を食べ終え自分の部屋でゴロゴロしていると、ドアがノックされる。
「どうぞー」
「お邪魔するぞ、先輩」
美佳とは違い、ドアはちゃんとノックする奏音ちゃん。いい子だ。
「どうしたの、奏音ちゃん」
「いや、緊張してガチガチになっていると思ったが、その様子なら大丈夫そうだなっ!」
心配して見に来てくれたらしい。
「そうでもないよ、かなり緊張してる。でも、もう覚悟は出来てるさ」
「そうか、その意気だ。ちなみにエルデに行くにあたって絶対に守らなくちゃいけない事があるんだ」
「な、なにかな……?」
『絶対に』ということで重苦しい空気が場を支配する。
そして奏音ちゃんの口がゆっくりと開かれる。
「おやつは三百十五円までだ……」
「そんなことかよっ! 今までの緊張どうしてくれるんだよ! 緊張して損したよっ! って言うかしっかり消費税の分は足されてるんだね! 優しい限りだよ! でも、もしかしたらそのうち税率上がっちゃうかもだよっ」
「その時はその時だ」
「ああ、臨機応変に対応ねって違うんだよ、そんなことはどうだっていいんだよ、なんかもっとないのかよ! ほら、例えば危険物の持ち込みはダメとかさ!」
「ダイナマイト以上に危険な先輩が何言ってるんだか」
やれやれといった表情をする奏音ちゃん。
「僕はそんなに危険じゃないからなっ!?」
「水素爆発って結構危ないらしいぞ?」
「訂正、僕は今すぐにでも爆発しそうなのだけど?」
「せせせせ、先輩! 顔とセリフがあってないぞ! そんな眩しい笑顔で言う言葉じゃないぞぅ!」
「そろそろ君にも僕が空気でないと、身体に教える必要がありそうだな」
手をわきわきしながら奏音ちゃんに歩み寄る。
「ふわぁ~~、変態だぁ~!」
奏音ちゃんの細い綺麗な腕を掴んだところで『ピロピロリーン』と着信音。
「あ、メールだ。ちょと失礼」
奏音ちゃんはポケットからケータイを取り出し内容を確認する。
「まったく、運のいいやつめ」
「先輩、準備が出来たらしい。ねーさんの部屋に行くぞ」
「あ、ちょと待ってくれる? 父さん達にちょっと」
「あ、ああそうだな。多少の危険はあるし、ちゃんと別れは告げた方がいいかもしれない」
一階リビングに降りるとちょうど二人ともいた。
「あの、母、父さん」
僕の声に二人ともこちらを向く。
「今日から何日か分からないんだけど、ちょっと家を空ける」
「何言ってるの空輝? 寝言は寝て言うものよ」
「いや、あの僕は真面目に……」
「おい空輝、それは……必要なことなんだよな?」
父さんが僕の意図を察したのか真剣に尋ねる
「うん、かなり大切」
「なら行ってこい、護ってやるんだぞ」
「ちょっと父さん?」という母をなだめ僕に行ってこいと言ってくれた。
僕は深々と頭を下げ「行ってきます」と家を出た。
ドアをノックし悠さんの部屋に入れてもらう。家には「鍵は開いてるから勝手に上がってくれ」ということで上がらせて頂いたわけだ。無用心過ぎやしないか?
「お、先輩。思ったより早かったな」
「ああ、父さんが分かってくれたようでさ、ところで一ついいかな?」
「何だ?」
「何故美佳がいる、行けないんだろ?」
美佳は悠さんのベッドに座っていた。その神聖な領域から今すぐ降りろ。
「いやいや、私は見送りにねー」
「と、いうわけだ」
「ならいいけど……。悠さん待たせてごめんね」と言いながら、悠さんの方を見ると。昨日奏音ちゃんが着ていたのと同じ制服を着ていた。
「うん、全然待ってないから大丈夫だよ。その、あんまりじろじろ見られると恥ずかしいんだけどなぁ」
つい凝視してしまっていたようだ。
「あっ、ごめん。あんまり似合ってるもんだから」
その制服は彼女に似合い過ぎていた。ベージュ色を基調としたブレザータイプの上着に、赤と黒のチェックのスカート。悠さんは頬を染めながら
「まったく、褒めるの上手いんだね……」
美佳と奏音ちゃんがジト目で僕たちを見ているが問題ない。
「ごほん」と奏音ちゃんが咳ばらいをし
「さて、そろそろ行くとするか」
「よし、いざ決戦の地へ!」
「頑張ってね兄ちゃん」
「じゃあ先輩から行ってくれ」と言って奏音ちゃんが押し入れを開くと目映い白い光が溢れ出し、部屋中が真っ白に見える。
「うわっ眩しっ、ていうか僕からかよっ」
「大丈夫、すぐに行くから」そういって悠さんが僕の背中を押す。
悠さんに押されては仕方ない、僕は再度覚悟を決め、光の中へと踏み出した――