第11話 作戦会議
さてどうする? 僕は自分の部屋のベッドに寝っ転がりながら一人考えていた。
失敗すれば最悪、悠さんは記憶を失い、僕は悠さんの精神の中に閉じ込められる。僕の頭には悪いことばかり浮かぶ。そんな頭を叩いていると、窓が勝手に開いた。
ドスタッ! 窓から入ってきたのは悠さんだった。
「よっ! 空君。奏音から話は聞いたよ。ボク達本当に付き合ってたんだね」
「うん、記憶なくしても窓から入ってくるんだね悠さん……」
「いいじゃないか空君、近いんだからさ♪」
近いからって、さすがにそれは不法侵入とかじゃないのかな? 姉妹そろってやんちゃだな天野原さんちは。
「で、どうするの?」
いきなり真面目な声になった悠さんに僕は驚いた。いつも語尾に音符マークが付きそうなくらい楽しそうに話す悠さんだが、今だけは違う。これは彼女自身の問題でもあったのだった。
「どうすればいいと思う?」
「ごめんね空君、ボク本当に何も思い出せないんだ、でもね、何か大切な。本当に大切なもの、そこにあるはずのものがないような感覚はあるんだ。それが多分君との記憶なんだよね……」
「悠さん……謝らないでよ、悠さんがもし力を使ってくれなかったら僕だけじゃなく他の人たちもただでは済まなかったと思うんだ。感謝してるよ、ありがとう」
「うん、ボク分かる気がするよ、君が好きだったって。だってかっこいいもん」
とんでもないことを普通に言う悠さん、僕は照れてしまう。
「あ、ありがとう……」
「ボク思い出したいな! 君との記憶、君と過ごした思い出を! だからさ、例えボクの記憶がなくなったとしてもいいからさ、思い出させてくれないかな? 大丈夫、空君を閉じ込めたりはしないよ!」
そういって微笑む悠さん、その笑顔に僕は、東雲空輝はどう応えたらいいのだろう。できるのか? こんな僕に彼女の記憶を思い出させることが……。
思い出される彼女との記憶――――
電車の中でのいきなりの告白、度を超えたおいしさのスパゲッティー、今まで僕に向けてくれたすべての笑顔、言葉。彼女の、悠さんの記憶を取り戻す。それは僕にしかできないんだ! 彼女にも思い出して欲しい、僕と過ごした時間を。たった三日間の記憶だけど。大切なのは時間じゃない、密度だ! この三日間僕の生活はとても充実していた、きっと彼女もそうだったはずだ、そうであってほしい。
やってやろうじゃないか東雲空輝! 今こそ男を見せる時だろ!
「分かったよ、悠さん。思い出そう、君の僕との記憶を! 僕頑張るからさ!」
「うん、信じてるよ、空君」
悠さんは目を閉じ顔を、唇を近づけてくる。え、嘘!? 僕そういうの初めてなんだけど! そのマシュマロが固そうに見えるほど柔らかそうな唇に僕も応えるように目をつむり―――――
唇が重なるか寸前のところでドアが開く。
「兄貴~?」
「せんぱーい!」
ドアからは美佳が、窓からは奏音ちゃんが飛び込んできた。
「「あ、ごめん! お取り込み中だった!?」」
見事にハモる美佳と奏音ちゃん。こいつら双子か?
場所を移し東雲家一階、リビング。四人がけのテーブルにそれぞれ座り作戦会議(?)を行う。
僕の隣に悠さん、正面には奏音ちゃん、美佳は斜め前だ。
「おいバカッ――」
「ちょっと奏音、年上にバカはよくないと思うよっ!」
悠さんの顔はまだ赤い、僕の顔もおそらくそうだろう。そんな状態でもちゃんと注意するお姉さんの悠さん。
「いや、あの、最後まで聞いてくれねーさん。バカップルって言おうとしたんだ」
ボンッ! と、さらに赤くなる僕と悠さん。美佳はにやにやしながらイライラしている様子だった。器用だな美佳も。
「では気を取り直して、ねーさん達! 決心はついた?」
「ええぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
美佳がいきなり叫んだ。
「ちょっと待ってよ! 兄さんまだ十七歳だよ!? 親の同意があってもまだ無理でしょ!」
「バカか! 結婚じゃない! 僕たちはまだ出会って三日しか経ってない! 四日目突入したけど、今悠さんの記憶がないんだ! だから三日で止まってるのかな? あれ?」
自分でも何言ってるかわからないくらい動揺している僕。あわあわ!
「そそそそうだよ美佳ちゃん! けけけけ結婚はまだ早いよ!」
悠さんもあわあわする、可愛い!
「え? 悠さんの記憶がないってどういうこと? 私の名前は知ってるじゃん」
「僕に関しての記憶が一切ないんだ、マジで」
頷く奏音ちゃんと悠さん。
「え、どうして?」
例によって一通り経緯を美佳に話終える。
「なるほど、モテ期到来だね。おに~ちゃん!」
くそ! くそ! やめろ! おに~ちゃんって呼ぶな! 実の妹に萌えてたまるか! だがそんなことは決して声には出さない僕だ。
「モテ期なんて来ないよ僕にはね、テスト期間じゃあるまいし、そんなのないんじゃないの?」
「そう? 空君かっこいいけどな♪」
そう言ってにこっと首を斜めにしながら言う悠さん、半端ない! 半端ない可愛さだ。ぱないの!
「おい、バカップル! 話が進まないんだけど……」
奏音ちゃんが呆れたように言う。
「よし、では会議を始めます!」
仕切るのは奏音ちゃんだ。て言うか前フリ長っ!!
「作戦決行は明日でいいよね? なるべく早い方がいいと思う」
「「うん」」
偶然声がハモった僕と悠さん。前方から「ちっ」と聞こえたが、それは気のせいのはず。
「ねーさんの部屋の押入れからエルデに行く、その後サンストニフォン国立学院に行って、それからは先輩の仕事だ」
「その、サンストなんちゃらって何?」
「ボク達の国だよ、エルデの中にも国があるの、ほらティエラの日本とかフィンランドとかね」
なるほど、でもなんでフィンランド? 北欧が好きなのかな?
「学院に言って既に部屋とかは準備できてる、ちなみに私の通ってる学校だ」
「準備早いな奏音ちゃん、助かるよ」
「作戦は以上! 何か質問は?」
は? 作戦会議というよりも遠足の説明のような感じだったんだけど、一番大切な記憶の取り戻し方を聞いていない。
「ちょっと奏音ちゃ――」
「次亜塩素酸! 発言は挙手してからだ!」
「僕からはカルキ臭なんてしないだろうが! それに次亜塩素酸は気体じゃないからな! もう既に空気ですらなくなってんじゃないかよ! 僕は空輝だぁ!」
「ではどうぞ」
何事もなかったかのようにスルーする奏音ちゃん。
「どうやって悠さんの記憶を取り戻すの?」
「前にも言ったじゃん先輩、お願いするの」
「誰に?」
「ねーさんのデバイスに」
「は? お願いしたら返してくれるのかよ?」
「望みは薄いな、空気なだけに……」
「おまえ、ちょっといい加減に……」
奏音ちゃんは「ストップ、ストップ!」と言いながら手を前に出して静止を求めた。
「だからな先輩、ワタシにも分からないんだよ! 初めてだしさ、エルデ史上初なんだこんなことをするのは」
「マジっすか……」
「マジだ! 大マジだ! だいマジじゃないぞ? なんだその大魔神は」
「奏音、一人で何言ってるの?」
しゅんと小さくなる奏音ちゃん。悠さんには弱いようだ。
「ととととにかくだ! ねーさんの精神世界に入ったらそこからは先輩は一人だ、こちらからは何もできない。頑張ってくれ!」
奏音ちゃんは親指を突き立てキリッと綺麗な歯を見せる。
「あのさ! ところで私は行けるの? その、エルデに」
ほとんど空気と化していた美佳がここぞとばかりに口を開く。
「ちょっと今兄さんに失礼なこと言われた気がするんですけど」
ジト目で僕の方をみる
「いや、何のことだよ? そ、それでどうなんだ奏音ちゃん?」
「うん、大変申し訳ないが美佳ちゃんはお留守番だ、さすがに二人もエルデには連れて行けない。本来は一人だってダメなんだ、今回は特例」
美佳は一瞬残念そうな表情を見せたがすぐに笑顔で「じゃあ、しょうがないね、頑張ってよ兄ちゃん」と言った。
その後、明日の集合時間などを決め、解散となった。