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狩人の仕掛け罠



「人に名前を訊くなら自分から名乗りなさい」


 あたしは冷たく吐き捨てた。ショットガンを持った男は気に入らなさそうにフンと鼻を鳴らして降ろす。


「アンタ()殺し屋か?」


部屋の隅の棚に腰掛けた男が問う。じゃらじゃらと耳に目立つピアスをつけ、眼帯をしていてブラウンの髪をオールバックにした男。


「貴方も?」

「ここにいる全員が殺し屋だ」


 彼は周りを見回した。

小さな部屋の中心に置かれた誇りを被ったテーブルに三人の男がついている。ブラウンの男と逆の壁には寄りかかって立っている男が一人。ショットガンを持つ男とは逆の隣に顔にシルクハットを被った男がソファを独占して横たわっていた。

全員が殺し屋らしい。


「…仕事があるって聞いたけど」

「皆そうさ。だから殺し屋が来たんだろ」


テーブルの右の椅子に座った金髪の男が言う。腰に2丁拳銃が見えた。


「依頼人は?」

「見ての通り、依頼人待ちだ。しかし殺し屋がこうも多いと収入が減る。小娘は帰れ」


ショットガンの男が吐き捨ててテーブルにつく男達が下品に笑った。

見知らぬ殺し屋と手を組む仕事なのか?それは仲間割れのリスクが高いはず。そんな仕事を一人でやれと白瑠さんは言うのか?

だったらアンタ鬼師匠だ。

 誰かがあたしのお尻に触れた。あたしは直ぐにパグ・ナウの刃を出して触れてきたソファの男の顔に突きつける。


「おっと、おっかないお嬢さんだ」

「ヒュー。手を出したら切り刻まれちまうぜ」


ソファの男は降参の意味を込めて両手を上げる。左の椅子に座るボトルを飲む男がケタケタ笑った。


「これは面白い。殺されるなら可愛い殺し屋さんに殺されたいもんだね」

「なら殺してもらえ。おい、アンタ。殺してほしいとさ、幾らで殺してやるんだ?」


ソファの男のあとに奥の椅子に座る一見若そうな男があたしに話し掛ける。殺し屋なのにエロおやじの集まりみたいじゃないか。

まさか白瑠さんは他の殺し屋に会わせる為にここにくるように言ったのだろうか。それなら帰りたい。

あたしは携帯電話を開いたが、圏外だ。

「ちっ…最悪」と日本語で洩らす。


「お前……日本人か」


反応したのは壁際にいる大人しい二人だった。壁に寄り掛かる口を開いた男は長身だが、日本人のようだ。

ブラウンの男は単に日本語が喋れるだけだと勝手に解釈しよう。

「貴方もそうみたいね」とあたしは彼が握っている日本刀を見た。殺しの武器は日本刀か。


「侍だな。おい、アンタどうする?ここにいたらここにいるオッサン達に笑いのネタにされるだけだぜ」


ブラウンの男も日本語で話し掛けてきた。

テーブルの男達には通じていないから笑って答える。


「ウザくなったら殺すまでよ」


面白かったのか二人は笑った。


「それにしても…街中で圏外ってなんなの?」

「この建物が鉄で出来てるからじゃないのか」


日本刀の男は英語で答えて壁を叩いた。鉄を叩く音。ペンキで塗られているから気付かなかったが全体的に鉄のようだ。見た目より頑丈、ということか。タイルの天井もまた鉄。あたしの後ろのドアも鉄だ。

ドアノブを捻って押した。

しかし、ビクともしない。あれ、可笑しいな。

あたしは何度か押したが開かない。

見かねたのかショットガンの男が貸せ!と乱暴にあたしを押し退けて開けようとしたがやはり開かない。


「おい!どうなってやがる!開かねーぞ!?」


体当たりするが鉄のドアはビクともしなかった。部屋の連中はざわめき出す。

「閉じ込められたのか?」と誰かが言う。

「どうなってやがる?」と椅子に座る奴らが立ち上がる。


「これは─────狩人の罠じゃないか?」


日本刀の男が言った。

狩人。殺し屋を狩る者。

全員が目を丸める中、ソファの男が口を開く。


「聞いたことがある…。ある狩人が殺しの仕事と称して殺し屋を狩るってさ。────ここは罠」


狩人の───罠。


「冗談じゃねぇ!!今ニューヨークにはポセイドンと“ガトリング”がいるから小さい仕事で遭わねぇようにしたっていうのに!!」


 奥の男が声を上げた。

ポセイドン、は秀介のこと。もう一人も知っている。ある程度名の知れた裏現実者の名前を教えてもらっていた。

狩人。ガトリング。マシンガンをぶっぱなす危ない女だと聞いている。

これは彼女の罠なのか?

まずいな。怪我せずに帰れるだろうか。


「オレは狩人に目をつけられるほど名前を売ってない!」

「こ、この中に狩人のブラックリストに乗ってるやつはいるのか?ああ!?」


一番笑っていた三人が一番動揺して焦り始めた。


「名乗れ、名乗れよ!」


2丁拳銃を取り出して男は名乗るように要求する。


「私はジェームス。通り名はアイスピック。アイスピックって目を潰すからそう呼ばれるようになったのさ」

「き、聞いたことあるぞ!」

「そうゆう君は…シルバーの2丁拳銃のガンマンだろう?確かマフィアの裏切り者を暗殺したって聞いたさ」

「お、お前は!?」

「………侍。十字侍だ」

「そこそこ手練れの刀使いだな。おれはウルフマンだ。最初に仕留めた奴の名前だよ」

「お、お前だ!お前は!?」


ニューヨークにいる殺し屋の名前を把握してるだけ藍さんから聞いていたが、ほとんど聞いた名前だった。

ガンマンはあたしに銃口を突き付ける。

名乗りたくないんだけど、と黙っていれば「名乗れ!」と怒鳴られた。


「…………黒猫」


あたしは溜め息をついてから名乗る。


「紅色の黒猫よ」


ちゃんと英語で、ブラッティブラックキャットと名乗った。驚愕に満ちた目を向けられる。だから名乗りたくなかったんだ。


「は、ははぁ?おい、こんな時に冗談はよせよ…」


2丁拳銃の男はひきつった顔で言ったがあたしが何も言わないから言葉を失う。


「まじかよ……こんな小娘が例のブラックキャットだって?」


ウルフマンが一歩あたしから離れればテーブルの周りにいる男達も後退りをした。


「紅色のコート……紅色の黒猫。お前が日本で殺戮をやったあの紅色の黒猫か?」


十字侍は問う。

「アンタが……紅色の黒猫か」と目を丸めてブラウンの男が床に足をついて確認する。


「ええ、正真正銘の紅色の黒猫よ」


あたしは頷いて肯定した。


「そっ、そいつだ!狩人の狙いはそいつだ!!そいつを差し出せばおれ達は助かる!!」


あろうことかそんなことを言い出した。

バッとブラウンの男が何かを2丁拳銃の男に突き付ける。指の間に三つの筒。何の武器かはあたしにはわからないが、人間を殺す武器には違いないだろう。


「それは許さねーぞ」


低い声でブラウンの男は言った。

するとボトルを飲んでいた男がリボルバーをあたしに向けて、奥の男もあたしに腰の後ろにしまっていた銃を向ける。


「………あら。あたしに喧嘩売る気?」


あたしは冷たく嘲笑ってやった。


「殺られる覚悟はあるのかしら?」

「銃が見えねぇのか小娘!」

「やめておけよ。紅色の黒猫は先日この近くの武器売人を殺戮したんだぜ。五十人全員の銃弾を避けて無傷で殺す相手にてめーらが勝てるわけねーだろ」

「あら、よく知ってるわね、狼人間さん」

「客だったのさ。大の大人の男達の血の海を見せてくれてどうも」


ウルフマンの情報のおかげで怖じけ付いた三人は銃を降ろす。


「あれ、私はスカルクラッチャーが殺ったと聞いていたが」

「あたしと頭蓋破壊屋さんで殺ったんです。最も…半分以上はあたしが殺しましたけど」

「スカルクラッチャーと仕事をやったのか!?」

「クラッチャーとは仲間なんです。でも今、彼はポセイドンと遊んでる最中」


大物の名前がまた上がり驚愕してるとこにもう一つ驚愕する情報を洩らす。


「ほらやっぱり!!これはお前をハメる罠なんだ!」

「お前黙れ!例えそうだとしても!黒猫を引き渡したところで狩人は見逃さないぞ!あのガトリングならば獲物は必ず息の根を止める!」


2丁拳銃に大してブラウンの男は声を上げた。

ガトリングと呼ばれる女はマシンガンをぶっぱなす上に獲物は確実に息の根をとめるらしい。


「彼の言う通り。冷静になりなさい。さもなきゃ殺します。足を引っ張られ死ぬなんてごめんですから」

「っ……」

「全員で協力してこの建物から逃げることに専念してください。あたしを殺して名を馳せたいなら外に出てからにして」


それを聞いてアイスピックが笑った。そんなことを考えたくもないのか男三人は一層青ざめる。

そんなのを気にせずにあたしはブラウンの男に目を向けた。


「……“眼帯の手品師”のレネメン・ジャルットだ」


藍さんからニューヨークにいる殺し屋としては聞いてない名前だったが、随分前に聞いたことがあった。


「黒の殺戮者の仲間ね」


あたしは目を細める。

黒の殺戮者率いる集団の一人として、“眼帯の手品師”という名前を聞いていた。

通りで頭蓋破壊屋の名前には反応を示さないわけだ。きっと遊太とは違って白瑠さんと仲間だってことは聞いているのだろう。


「そのことでアンタに話がある。黒からの伝言があるんだ。これが終わったら聞いてくれ」


あくまで友好的にそうあたしに言ってきた。

黒の殺戮者から伝言だって?

あたしに、なんでまた。

首を傾げていれば何も持っていない左手を差し出される。


「生きてここから出よう」


殺し合う気は更々ないように笑みを浮かべて握手を求めた。おや、黒の殺戮者の仲間は友好的な者が多いらしい。

とりあえず此処から出るまでは殺そうと襲ってくる気はないようだから握手をした。


「オレの名刺はポケットの中だぜ」


握手したら胸ポケットを指差された。中を見てみれば彼の名刺が。おお、手品だ。思わず笑う。

「可愛い殺し屋だな」とレネメンは笑った。


「ずるいねー先手を打っちゃって。まぁ私は紅色の黒猫のお尻を触ったから生き残ってやらないとね。さて、皆さんどうする?」


アイスピックが訊ねた。大物の名前ばかりが出て頭を抱えていた小物殺し屋が大人しい隙に作戦を練ろう。


「一体狩人がどんな手であたし達を仕留めるか。何であれその攻撃を避けて返り討ちにしないと」

「問題はどんな手なのか」

「ドアはこれ一つだ。壁は蹴り破れないだろう」

「本当に一つだけなんですか?隠し扉だとかは?」


周りを見回していれば十字侍とアイスピックが調べだした。

奥の壁は草臥れた本棚があるだけ。本なんて一つもない。あの向こうの壁に出入りする扉があったりして。なわけないか。

窓さえないのは恐らく完全に閉じ込めたんだ。問題は閉じ込めてどうあたし達を仕留めるつもりなのか。


「何処か鉄で出来てない場所からマシンガンを撃ってきたらたまらないね」


アイスピックがドアの隣の壁をカンカンッとノックした。

パカ。

それに返事するかのように小さな扉が開く。そこから銃口。

え?と間抜けな声が洩れた次の瞬間にガウンと銃声が鉄の箱の中で轟いた。


「伏せろ!」


ウルフマンが指示する。

全員が素早く、あるいは慌ててしゃがみこむ。

アイスピックは銃口と気付き間一髪眉間に弾丸が食い込まないで済んだが、代わりに肩を撃たれ倒れた。

目の前にいたあたしは直ぐ様彼の口を押さえ込み黙らせる。

痛みに声を上げては駄目だ。

黙っていろ、聞かれている。

あたしはそう仕草でアイスピックにも周りの殺し屋にも伝える。

きっと壁のあちこちに似たような小さな窓があるはずだ。位置を把握されたら、銃を突っ込まれ発砲される。

何も言っていないのに、十字侍が近寄りあたしと一緒にアイスピックの手当てをした。

弾丸は貫通したようだ。とりあえず止血。きつく布を巻き付けるのは十字侍。あたしは声が洩れないように両手でアイスピックの口を押さえ込む。

それが済んだら、ナイフを取り出して壁を睨み付ける。

小窓が開いたその時、反撃のチャンスだ。

他の者も武器を構えた。

ここで小さな問題が。

小窓が開かさせるには誰かが囮にならなくてはならない。一体誰が囮になるか。

目を向けても誰も反応をしない。

いい大人どもめ。

白瑠さんなら迷わず買って出ただろう。やれやれ。

あたしは立ち上がって鉄のドアを蹴り飛ばした。

ガンッと大きな音が響く。

さぁ?どっからかかってくる?

構えて待つ。

しかしいつになっても鉄の壁から窓が開くことはない。

一体どうしたのかと次々と立ち上がる。


「おい……何か聴こえないか?」


床に倒れたままのアイスピックが小声で言う。耳をすませば確かに何か聴こえる。

キキキキキキ、となにかゆったりと規則正しい音が壁の向こうから聴こえた。

それは次第にガチンガチン、と何か嵌まるような音もしてくる。

機械の、音のようだ。


「まずい!!仕掛けがあるんだ!」


悟ったレネメンが叫ぶ。

しかし、あたし達になす術はない。

パカパカッと壁からズラリと小窓が開いた。

四方の壁だけじゃない。

真上の天井のタイルもパカッと開いた。

数え切れないガトリングの口が向けられる。

閉じ込めて───その中でガトリングで殺すのが、彼女の手か!

そう理解したって無意味だ。

武器を構えたって、無意味だ。

こんな規則正しくただ機械的に弾丸を撃ち込む無数のガトリングに対抗できる人間なんていない。

防ぎ切れはしないのだ。

盾にできるものなんてない。死ぬまで撃たれる。

 戦慄が走った。

 ──────死ぬ。

 これは絶対───絶対絶滅だ。

ガウン、と一発目が放たれる。あたしはナイフで叩き落としたが、それだけで右手が痺れた。

そのあとから、銃声が続いて響く。

ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!

 防ぎきれず、あたしは撃たれた。

弾丸の嵐なんてものじゃない。四方、上から降り注ぐ強烈な弾丸が電光のように走った。家具も人間も蜂の巣にする。

 ガンッ。

頭に衝撃を食らったのを最後にあたしは気を失う。

或いは死んだ。

それでも弾丸は止まなかった。

ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ──ククククッ──ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ────────…。



 火薬と血のにおいに、目を開く。砂煙が充満している。やっと弾丸が止んだらしい。


「ゲホッ…」


思わず咳込んだ。それで気付く。

痛みがない(、、、、、)

腹に触れた。怪我なんてない。バッと起き上がった。

返り血を浴びているが、身体には何一つ傷がない。撃たれたと思った頭だってぼんやりとした頭痛を感じるだけ。撃たれた痕なんて何処にもない。

|弾丸がかすった形跡すらなかった《、、、、、、、、、、、、、、、》。

あたしの下に、アイスピック。隣にはレネメン。

弾丸が身体を貫かれ、血塗れだ。

テーブルは木っ端微塵。

2丁拳銃の男の頭は半分なくなるほどの弾丸を食らったらしい。生死は明らかだ。

他の殺し屋は血塗れで倒れてる。しかし息が聴こえる。虫の息でも生きているようだ。

 ────でも。

 でも、なんで。

何かドクドクと不規則に心臓が脈打つ。

充満した火薬のせいか、呼吸がしづらい。肺が押し潰されそう。

困惑が脳内をぐるぐると回る。

撃たれたはずだ。撃たれたような衝撃を感じたはず。なのに、何故。何故。何故。何故。何故。何故。何故?

その時だ。カチャリ。

額にマシンガンの銃口が突き付けられた。


「お前─────何者だ?」


煙草を加えた眼鏡をかけた女が見下す。

ガトリング───狩人。

そんな彼女の後ろに、白瑠さんが立っていた。

白瑠さんが振り下ろした手を、女は咄嗟に避ける。


「何者だ!?」


ガガガッと女は発砲。白瑠さんはしゃがんで避けた。


「待て!パトリシア!撃つんじゃない!」


聞き覚えのある声が割って入る。


「お前、ポセイドンか。殺し屋を庇うのか!?」

「見逃してくれ!俺の恋人なんだ!」

「嘘ついちゃだめだよぉ、しゅーちゃん。嘘つきぃ」

「うるせぇ!いいから椿の手当てをしやがれ!パトリシア!話がある!」


無理矢理女狩人を秀介は小屋から引きずり出した。

外で二人が話す。


「椿ちゃん、ごめん。大丈夫?しゅーくんが気付いてすっとんで来たんだよ」

「え、ええ…はい……」


白瑠さんは首を傾げてあたしの顔を覗く。大丈夫もなにも、無傷だ。

無傷。何処も痛くはない。


「よかったぁ、じゃあ帰ろう」

「あっ、あの!待って!まだ生きてる人がいるのっ」


あたしの手を掴んでそのまま帰ろうとする白瑠さんを慌てて止める。

きょとん、と白瑠さんは首を傾げた。


「……知らない人間を助けるの?」


知らない人間を殺戮したあたしが死にかけた人間を助ける気なのか。白瑠さんは不思議そうに首を傾げた。


「え、と……彼らが盾になってくれたおかげであたしは助かったんです」


あたしはレネメンを見る。まだ息があった。これは嘘じゃない。あたしを守るように手を伸ばしていて倒れていたんだ。

それに、あたしはまだ伝言をもらっていない。


「ふぅん。そっか。じゃあ助けてあげなきゃね。そいつとそいつとそいつも生きてるけど助けるぅ?」

「ええ、助けられるなら」

「つばちゃんがそう望むなら」


ニコッと白瑠さんは笑って、生きている殺し屋の為に救急車を呼んだ。

せっかくの獲物が取られるとガトリングが暴れだせば秀介が相手になって戦った。

その間に救急車に運ぶ。


「クラッチャー!!」


無事見送ったあとに、秀介が白瑠さんを呼んだ。

振り返った瞬間に、あたしは秀介に抱え上げられた。


「あとは頼んだ!!」


秀介の物なのか、オープンカーに飛び乗り、エンジンをかけ飛ばしてその場を去る。


「……………………ちょっと、秀介」

「……怪我、大丈夫?」

「怪我はないわ。でもちょっと」

「よかった。…本当によかった」


もうすでに見えない後ろを見つめる。

秀介は運転したままあたしの手を握った。

ぎゅ、と握り締める。


「もう君に嫌われたかと思った」

「え?なに?聴こえない」


オープンカーの風で聴こえないようだ。


「君にやっと嫌われたかと思った!」

「はぁ!?なんで!?」

「…篠塚さんが怪我して入院したのはあたしのせいだもの。あたしが指鼠の居場所を教えて、撃たれた。それでも、見舞いにいかなかったから」

「なんだって!?」


いきなり急ブレーキで危うくフロント硝子を突き破るとこだった。シートベルトはしましょう。


「椿!俺は椿が大好きだ!嫌いになったりしない!あれは、そのっ!………あれだ!あれは俺が悪かったんだ!!」


言葉を探してぐるぐると目を回して声を上げる秀介。


「そんなことは知らなかったけど………それでも、椿は篠塚さんに顔を会わせられないのに……無神経なことを言った。正直会わせる顔がなかったんだ。きっと椿は泣いてると思ってた。そしたら………クラッチャーと楽しそうに笑ってる椿を見付けて─────へこんだ」


途切れ途切れに秀介は言う。落ち込んでガクリと頭を垂らす。


「椿って笑うと本当に可愛いって自覚してないだろ。…俺、椿が、他の男と笑ってるのが、すげえムカついた。あの餓鬼より妬いた」


直ぐにムスッとした顔を上げる。餓鬼って、蓮真君のことか。


「だからクラッチャーに八つ当たりして俺…別に椿を無視したわけじゃない!俺はずっと椿だけが好きだ!大好きだ!愛してる!嫌いにならないって何回言えばわかるんだよ!愛してる!アイラブユウ!!」


ガッとあたしの肩を掴み、秀介はニューヨークのど真ん中で愛を叫んだ。

街を行き交う人々があたし達に目を向けた。驚いたあとパチパチと拍手をされる。


「ちょ、秀介。場所を変えようよ」


恥ずかしい。あたしはノリノリで礼を言っている秀介を小突く。

「あ、俺のホテルここだよ」と秀介は目の前のホテルを指差した。

 目立ったのでさっさとあたしは秀介の泊まる部屋に入る。

返り血を浴びたのに紅色のコートのおかげで誤魔化せたみたいだ。秀介は必要以上に怪我してないか確認するから大丈夫だと頭を叩いてやった。


「悪かったな。クラッチャーがさっさと椿の居場所を吐いてくれれば」

「よくわかったわね。また狩人専用の通信?」

「ああ、狩人の中でアイツは容赦なく罠を仕掛けて殺し屋を一掃するからな」


ソファに座って、秀介はまたあたしの身体を確認しながら答えた。

形振り構わず殺し屋を狩るのが彼女のやり方。容赦ない。


「そんな狩人仲間を白瑠さん…ってクラッチャーに任せていいの?」

「そうでもしなきゃ椿と話せないと思ったから」


理由は明確だった。

やれやれと呆れて溜め息を吐く。

「椿、手が冷たい」と秀介が両手を握る。

あたしの手は凍えるほど冷たく、震えていた。血の気が引いてる。

生きた心地がしない。

あの弾丸が吹き荒れた鉄の箱の中で、一体何があったのだろうか。

耳元を横切る数え切れない弾丸。人間を貫き鉄に食い込む弾丸の山。

どうしてあたしだけ、あたしだけが無傷なんだ?

奇跡と呼ぶにはあまりにも───不気味で気持ち悪い。


「椿……?怖かったろ。悪い」

「………うん。正直、あたし、まじで死ぬと思った」


秀介が心配そうに顔を覗く。あたしは笑って答えておいた。

秀介は微笑んであたしの髪を撫でる。愛しそうに見つめる眼差しが、心地いい。


「ずっと恋しかった」


幸せそうに見つめてあたしの頬を拭うように撫でた。

温かい手。


「キスしたい」


冗談のように笑って、秀介は言った。


「すればいいじゃない」


あたしはさも当然のように言う。

「え?」と秀介は目を丸めた。


「したいんでしょ?しないの?」


あたしは身を乗り出して顔を近付ける。驚いて秀介は仰け反った。

秀介の膝の上に手をついてるから彼は逃げられない。


「へ…?つ、つばきゃん?」


笑みをひきつりながらも首を傾げる秀介にあたしはまた顔を近付けた。

そして唇を重ねる。


「つ……ばき?」


秀介は身体を強張らせて戸惑っていた。あたしはお構い無くもう一度、唇を重ねる。

酔っ払った白瑠さんみたいに、もう一度キスをして、次は深く入り込む。


「つば、き……んっ」


いつもなら不意打ちしてくる彼は逆に攻められたら引き腰になるらしい。だからあたしは彼の上に股がって抱き付いた。


「ん………椿っ…」


躊躇いがちにキスを返していた秀介は漸く激しいキスをする。あたしを抱き締め返す。

唇を舌を吐息を絡めていく。

髪を掴みギュッと握り締め無我夢中にキスをした。

背中から、秀介の手が短パンに入ってきて気付く。

 というか、我に返った。

 ぐいっと秀介の頭を固定して唇から離す。


「ん?」

「……あたし何やってんだ?」

「へ?」


あたしは信じがたくて困惑した。


「なんであたしこんなことしちゃってんだ?意味わかんない」


首をフルフルと振って秀介の上から退く。意識が飛んだみたいにこんなことをしてしまったことが理解できない。


「え、椿…?」

「あたしのキャラじゃない。意味わかんない。なんであたし?わっかんねぇ」

「つ、椿?」

「どうかしてる。死にかけてどうかしたんだ、うん」

「椿!?」

「なんだい?秋川君。何か質問があるなら答えてやらない」

「答えてください先生!つ、つ続きは!?」

「つが多い。残念答えてやらない」


ショックのあまりあたしが離れた体勢を保ったままの秀介。あたしは知らん顔でそっぽを向く。


「俺の気持ちに応えて誘ってきたんじゃないんですか!?」

「残念ながら君の気持ちにも、応えられない」

「上手い!…ってそうじゃなくて!え?なに?椿は誘っておきながら寸土めをする娘だったの!?椿は強引に押し倒されてそのまま身を委ねちゃう娘だったよね!?」

「君はあたしの何を知っているんだい」


いや、でも、あたしから誘うような行動をしない娘だと知っていたからこそ戸惑っていたのか。


「うっ、ううっ…!わかった!わかったよ!今回だけは見逃す!許すよ!うぐっうっ!」


秀介はなんだか泣きそうな顔をして苦しそうに謝ってもいないあたしを許してくれた。なんで苦しそうなーんーだーろー?

まぁ、あたし達の中でキスしたから謝る謝らないなんて口論は存在しないから許すも許さないも意味ないけど。


「それで…いきなりどうしたんだよ…?」


涙目で秀介は訊いた。


「どうしたって……。えっと……ほら、恐怖と恋愛感情って似てるって言うじゃん?そのせいかー……なぁー……なんて」

「………………」


見苦しい言い訳。

どうしたって、あたしが訊きたい。いきなりどうしたあたし。


「ニューヨークというエロテックな場所に影響されて!あっ!昼間に激しいシーンがあったドラマをみたせいもあるかも!」

「椿……」

「な、なんでしょう」

「本当は俺が好きなんだろ」

「そうかも。………いや違う!!断じて違う!!」


混乱のあまり、一度頷いてしまった。慌てて首を横に激しく振るう。


「俺への気持ちを隠してるんだろ」

「断じて違う!!」

「その反動だ!」

「違うってば!!」

「じゃあ確認する!」


否定したのに秀介は信じずにあたしの足をがしりと掴んだ。え、確認って…?


「攻めていけば身を委ねる。椿は強引に弱いから、押し倒されたら許しちゃうタイプだ」

「そうそう、それで仕返しに夜這いなんかしたら逆に犯されちゃうようなタイプだよねぇ」

「そうそう、負けず嫌いだから……」


秀介暴走。かと思いきや、第三者の声が割って入ってきた。

会話が成り立って秀介は気付かずうんうん頷いたがはたと止まる。

あたしの後ろにいつからいたのか、白瑠さんがあたしを抱き締める形で座っていた。


「うきゃああぁあ!?」

「クラッチャー!?」

「俺もまぜて♪」

「まぜるか!」

「まざるなぁあ!」


混乱騒ぎ。

落ち着いて落ち着いて、と白瑠さんに宥められる。…屈辱。


「なんでお前ここがわかったんだよ!?」

「え、ポルシェを探せば一発じゃん。あとはつーちゃんのにおいを追ったぁ」

「お前は犬か!!」


そういえば二人がまともに会話するのを初めて見た気がする。片や声を上げているのを果たして会話と呼んでいいものやら。

いや、ラトアさんと似たようなものか。

あ、どっかで見たかと思えばあのオープンカー、ポルシェだったのか。


「パトリシアは!?」

「ん、任されたから殺したぁ」


なんでもないように白瑠さんはさらりと頷いた。ムッと秀介はしかめるがすぐにそっぽを向く。

殺し屋に頼んだんだ。そりゃあ殺されるだろう。あたしはよかった。彼女には危うく殺されかけたし、病院に運ばれた彼らの息の根をとめかねない。


「あひゃひゃ!犬と言えば番犬だねぇ、つばちゃんもう訊いた?」


白瑠さんは会話を繋ぐ。

そういえば、裏現実の番犬のことを秀介に訊けばいいと言っていたっけ。


「番犬?」

「あーうん、番犬。狩人の。たまたま耳に入ったからどんな人かなぁて」

「俺あの人に憧れてたんだ!」


狩人の番犬だとわかるなり、秀介はぱっと顔を輝かせた。

憧れ、か。


「あの人は歴史上最強の狩人だ!俺はあの人みたいになりたくって狩人に成ったんだよ!」


ニカッと無邪気に、語る。嬉しそうに誇らしげに打ち明けた。


「狩人になれば会えると思って成ったんだぜ!すげえ強いし俺のヒーロー!彼に会うのが俺の夢だ!」

「あっひゃー、残念だね。そりゃ叶わない夢だぁ、彼に会えない」


白瑠さんは夢を打つ砕くことを言い退けた。ムッと秀介はまたしかめる。


「番犬が死んだ説があるがありゃデマだ!彼を殺せたら誰かが言い触らすだろ?それがないのに死ぬかよ!番犬は生きてる!ぜってえに生きてる!」

「いいや、番犬は死んだよ。番犬は死んだ。番犬には会えない」


死亡説を真っ向から否定する秀介だったが、白瑠さんは切り捨てるようにはっきり告げる。

まるで、彼の死体を見たかのように、確信している口振り。

これは譲らないとばかりに言いのける。

夢の否定をされている秀介は当然頭にきて食い下がり、白瑠さんと口論を始めた。

どちらでもいいが、あたしを挟んで騒ぐのはやめてほしい。

せめて離してくれ、白瑠さん。


「俺の直感でわかる!生きてる!」

「死んでるね」

「……………」


…変な、白瑠さん。




次回最終話

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