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白い部屋の紅



 真っ白だった。

どこもかしこも真っ白。無垢な純白。壁も床も天井も電球もカーテンもテラスもベッドも棚もテーブルもソファも。だだっ広一つの部屋は白色一色。

 気持ち悪い。酔った。


「あたし、ホテルで泊まります」

「うひゃひゃ、だぁめ」


部屋に入る前にあたしは踵を返したが白瑠さんに襟を掴まれズルズルと部屋に入れられる。

以前幸樹さんにこの部屋があるとは聞いていたが、まさかここに泊まることになろうとは。

 アメリカのニューヨーク。

二日車を飛ばして着いたのだが、嫌だ。気がどうにかなりそう。てか気持ち悪い。目が回る。


「ほ、ほら、白瑠さん。ベッドだって一つしかないしあたしはホテルに」

「うひゃ、一緒に寝れるじゃん」


白瑠さんはあたしを引っ張ってベッドにダイブ。二人とも乗れる。当然だ。キングサイズのベッドなのだから。

「あー疲れた、疲れたぁ。おやすみぃ」とあたしに腕を回し寄り添って眠り始める自由人。あたしも自由になりたい。

白い部屋に白瑠さんと二人きり。なんかこの世に白瑠さんと二人きりなった気がする。…地獄か。地獄なんだろう。白いくせに地獄!

 二人っきり。

ラトアさんはあの屋敷に残った。父親を亡くしたミシリアが心配なのだろう。


「仕事を無くしてすまなかった。ここまで連れて来たのにタダ働きを」

「別にいいですよ、お金には困ってませんので」


白瑠さんと話を済ませたラトアさんがあたしの部屋に来て説明をした。


「ミシリアが大事なんですね」

「いや、違う」


冗談で言ったのに真面目に否定される。


「本来ならお前達と屋敷を出るが、タウトが死んだのはオレの失態だからな。その責任がある」

「……償い、ですか。そんなのミシリアに悪いんじゃないですか?」

「彼女なら喜ぶさ。アイツはオレに、吸血鬼に憧れているんだ。足が悪いから、不死身のオレにな。出来ることなら吸血鬼にしてほしいと願っているだろう」


それは無理な願い。歩けない少女の叶わない願い。

ラトアさんは自嘲の笑みで言った。


「吸血鬼に純愛をくれる人間なんて、いないのかもしれん」


純愛。吸血鬼と人間以前に、人間と人間の純愛が存在するのかも疑わしいものだ。

「指鼠の名を出したのはまずかったな、精々バレないような言い訳をしろ」とラトアさんは皮肉に言って部屋を後にした。

正直、直ぐにでも白瑠さんにそのことを問われると思ったが出発しても白瑠さんは指鼠のことには触れてこなかった。

長い間運転すると聞いたから代わろうかと言ったら、大笑いされた。

免許なくても真っ直ぐ走れるわい。

とりあえず、一人で運転させるのは失礼だから起きて話をしようと話題を考えた。


「白瑠さん、純愛についてどう思いますか?」

「定義がわかんない、うひゃひゃひゃっ!」


話題選択ミス。

白瑠さんはケタケタ笑った。この人に純愛について語らせるのは無理難題だ。


「少なくともぉ、お嬢様がラトアに寄せてる想いは純愛なんて綺麗なもんじゃないね」


見据えたように白瑠さんはそう言った。あたしの思考はお見通しなのか、それともラトアさんが同じことを言ったのか。やっぱり話題選択ミス。

白瑠さんはそれ以上何も言わなかった。あたしも頬杖をついたまま窓の外を見つめ話題を探す。


「あ、白瑠さん。“番犬”っていう裏現実者を知っていますか?」


不意に思い出したから訊いてしまったが、これも話題選択ミス。

白瑠さんが誰かを覚えているはずないし、裏現実者の話は墓穴だ。

しかし、白瑠さんはきょとんとした顔であたしを見た。いや……前、前を見て運転してください。


「そりゃあ…………知ってるけど」

「知ってるとは意外ですね…」

「つばちゃんが知ってる方が意外だよ。誰から聞いたの?」

「さぁ…藍さんだったかラトアさんだったか……覚えてませんがいると聞きました」


水滴が残る窓を見つめながら答える。本当は那拓遊太から聞いた。

彼は騒動の最中にちゃっかりお目当ての物を盗んでいたのだ。見せてくれたのは宝石の嵌められた短剣だった。

宝石に高い価値はないが、なんでも短剣を使っていた前の持ち主が大物。

それが番犬。

その話をしたあと、蓮真君の話をしてからラトアさんが来る前に屋敷を出ていった。


「番犬、かぁ。懐かしいなぁ。俺が裏に入った後で、忽然と消えちゃったんだよねぇ」

「消えちゃった?」

「そう。あはは、これはしゅーちゃんに聞いてみなよ。番犬は狩人だから」

「秀介君と同じ狩人なんですか」

「そう、しゅーちゃんが狩人の鬼なら、彼は裏現実の番犬。だから番犬。その頃、名を馳せた殺し屋は彼に片っ端から一掃されてたんだ。地上最強の狩人だって噂されてたなぁ」


地上最強の狩人。

裏現実の番犬。

それはとても大物そうだ。

使われた短剣が盗むほどの価値があるのは当然だな。


「消えちゃったってことは、その番犬って」

「うん。死んじゃったんだ」


白瑠さんは笑ったまま運転する。

死んだ。番犬は死んだ。

ではあの剣は遺品か。


「裏現実の番犬が消えちゃったらやりたい放題ですね」

「うひゃひゃ、だから俺が今名前を馳せてるんだよぉ」


番犬が居なくなったあとの大物。それが頭蓋破壊屋の白瑠さん。白の殺戮者。

狙われたら最期。人間の頭を片手で粉砕する。

番犬がいたならば悪目立ちするあたしは直ぐに狩られただろう。


「よかったですね、番犬に遭わなくて」

「んー、そうでもない。俺遭いたかったんだぁ。つーちゃんみたいに俺のこと殺して欲しかったんだ」


意外にも。白瑠さんはその話を口にした。

殺して欲しい。

あたしを殺すことを断った白瑠さんが、そんなことを言うなんて。


「俺もね、最初殺してもらいたかったんだぁ。椿みたいにね。でも、番犬が死んでからねぇそれは諦めちゃった。てか、バカげてるなぁって思い直したんだぁ」


白瑠さんはあたしの眼を見なかった。だけど笑ったまま、あたしに言う。


「だからさ、誰かに殺されたいなんて乞わないで」

「…………」

「楽しいことあるから」


結局話はそれっきり。

あたしは寝てしまい、気付いたらニューヨークだった。

そして白の部屋の中だ。

寝返りを打って白瑠さんに背を向ける。

白瑠さんとあたしは似ている。根本的に似ているんだ。

殺戮中毒の殺人鬼。

同じことを思っていた。

いや、どうだろう。死にたい理由は違うかもしれない。

でも思い直した。

バカげてるから。

実際、バカげてるんだろう。自殺願望に他殺願望。

白瑠さんが偽善なことを言う人ならきっとこう言うだろう。

散々殺したのに今更逃げるなんて卑怯だ。十字架を背負い生き続けろ。

……なんてね。

白色から逃げるように、目を閉じた。

真っ暗な夢を見た気がする。

ただ、真っ暗。視界が真っ暗。

目を開けば眩しいくらい真っ白なのに───。



 十分休んだ翌日は仕事。元々所持金は多くないために早速依頼を引き受けて殺しに行った。

ギャングから邪魔者を殺してほしい、とのこと。簡単な仕事だった。

夜道で標的の首を跳ねて終わり。

白瑠さんはその首と引き換えに現金を受け取り、それから他に客はいないかを訊ねた。

 翌日はその客の依頼で殺し。ビルを停電させて暗闇を駆けてボディーガードを切りつける。海外だけあって武器所持は当然で発砲してきた。困ったのはその武器の数。銃の弾の数は勿論、銃本体を何丁も持っている。マシンガンじゃないだけましか。

 真っ赤な血を見たあとに白い部屋は気が狂いそうだった。

白に赤の残像が映る。

気持ち悪い。


「あの、白瑠さん。この部屋嫌いなんですけど」


あたしはハッキリ言ってみた。


「んひゃあ?どうして?」


あたしが焼いたステーキを頬張りながら白瑠さんは首を傾げる。


「白一色だからです」

「赤一色ならいいの?」

「いや、それはそれで嫌です」

「じゃあ何一色ならいいのぉ?」

「先ず一色にする意味がわかりません」

「何言ってるのつーちゃん。他の色に浮気ばっかしちゃだめだよ!一途が一番!」


…………あたしが折れることにした。

一途にも程がある。

白一色の部屋を遠い目で見た。


「椿ちゃん色にしてもいいよ?ここで殺戮しちゃえば?」

「結構です」


さらっと白瑠さんが言う。ここで人を殺せばさぞ真っ赤になるだろうが、そんな部屋で寝てられない。

よくもまぁこんなに真っ白にできたものだ。バスルームだってキッチンだって真っ白。無意味に指先で撫でてみた。


「昨日は二日連続で仕事をやりましたが、次はいつやるんです?」

「んー。どうしよっかなぁ、俺に仕事入ってるけどね、これラトアとやる予定だったんだよねぇ」


モグモグと肉を口の中で噛む白瑠さんはつまらなそうに呟く。

ラトアさんとやる予定。

つまりあたしと二人っきりはできないということ。

誰かしら、サポートが必要。あたしのサポート。


「白瑠さん……あたしと二人で大仕事はする気ないんですか?」

「んん?やだなぁそんな睨んで。そりゃあつーちゃんにはまだ早いお仕事だもん。日本と違って狩人が多く標的をマークするからねぇ、実力だってつばちゃんより強い。それに当たったらまずいっしょー、前と違って幸樹がいないんだ」


前とは弥太部矢都に当たった大仕事で怪我をしたこと。幸樹さんがいなければやはり、死んでいただろう。


「あたしがまた下手を踏むと思っているんですね…」

「んー」

「あたしが誰かに殺られると思っているんですね…」

「んー……」

「精々逃げ惑う雑魚を殺してればいいんですよね…」

「…………………」


今度は白瑠さんが折れた。


「しょーがないなぁー。じゃあ一回だけ大仕事やろっか」


椅子の上で膝を抱えたあたしの頭を両手でくしゃくしゃ撫でた。もう触られることに慣れたから彼の手が人間の頭蓋骨を破壊できようが怖くない。

密かにガッツポーズ。

 しかし一つ問題がある。

彼が標的についての情報収集が疎かなこと。

白瑠さんは一人でも標的を障害物があろうとそれごと粉砕する頭蓋破壊屋。

だから情報収集するということはしない。

それをサポートするのは幸樹さんと藍さんだった。

情報は時には武器になる。ないよりはまし。

痛い目見るのは決まってあたしだ。

しかし今回はそれなりに情報が在った。依頼者が提供。

武器を売買する組織の親玉が今回の標的。なんでも依頼人を裏切ったとか。

売買するだけあって組織一同は武器を所持してそれなりに扱いを心得ている。

標的に辿り着くまでが困難だ。武装集団推定五十人の中に飛び込む。


「俺が引き付けるからつばちゃんターゲット殺って」

「………逆にしません?貴方がターゲット、あたしがその他を引き受ける」

「うひゃ!?つばちゃん大胆!だめだめぇーひゃひゃ俺が囮でつばちゃんが本命ぇ!」


笑って白瑠さんはあたしを押し倒した。ばたんとベッドに倒され、腹の上に乗られる。


「いや、確実に遂行するなら白瑠さんが本命がいいでしょ」

「ひゃひゃ、確実に遂行するなら椿ちゃんが本命でしょお」

「白瑠さんですよ!」

「椿ちゃんだよ!」

「あたしがちゃんと引き付けられないと思ってるんですね!?」

「違うよ!俺の方が引き付けられるからだよ!」

「同じじゃん!!」


あたしは足をばたつかせて暴れながら反論し白瑠さんはあたしの頬をつつきながらも宥める。

口論の末に、じゃんけんで決めることになった。

あたしはチョキ。白瑠さんはパー。

あたしの勝ち。囮はあたしが引き受けることになった。


「まずかったら絶対に逃げるんだよ!これ師匠命令だからね!」

「了解です、師匠」


 白瑠さんは最後まで口を尖らせていたが仕事決行時間になって諦めた。

あたしは堂々と正面、白瑠さんは裏口から侵入。


「すみません。ここにチャックっているかしら?」


手動のドアを押して中に入れば、三つのテーブルを囲って男達が博打をしていた。横にはビリヤードをしている男が三人。どいつも煙草と酒を持っている。

そして拳銃がちらほらと見えた。

奥の方にドアが在る。その奥にも居そうだ。


「ははっ、お嬢ちゃん。チャックは三人いるぜ?」


一番近くにいた男が下品に笑いかける。チャックという名の男が三人手をあげた。

全員があたしを見る。

紅一点。紅いコートに赤いミニのタイトスカートに網タイツにヒールで若い女ってだけでにやつくのだから楽勝だ。

右のテーブルに六人、真ん中が七人、左が九人。二十二人。計二十五人か。

少なくともあと半分はドアの向こう。

さて。おっ始めるとするか。


「ハーイ、チャック。死んで頂戴」


あたしは笑顔で手をあげて近付いたチャックにナイフを投げつけた。よく飛び深々と刺さる。ん、いいナイフだ。

一同が現状を理解する前にカルドを引き抜き、右のテーブルに乗って円を描くように奴等の首を切った。

直ぐに他の男達が銃を引き抜いた。テーブルを足で倒し、まだ息のある男一人を盾にする。

 バキュンバキュン!

忽ち煙草の臭いが充満した部屋に火薬のにおいが充満して銃声が響く。

あたしは盾にする男が持つ銃を引き抜いて撃ち返す。

あと十人。と、ここで銃声を聞き付け、男十数名がマシンガンを構えてやってきた。

テーブルを盾に死体の男二人からマシンガンと銃を奪い、マシンガンを持つ男を撃つ。

マシンガンは大勢相手に有効だ。

銃を捨ててパグ・ナウの刃を出して盾から飛び出す。弾丸を避けて首を狙って切り刻む。

五人の返り血を浴びれば数人が奥のドアへと逃げ込んだ。

白瑠さんは大丈夫だろうか。

大丈夫だろう。

しかし囮をしっかりやれていないと文句を言われてしまうからあたしは追った。

銃声がする。廊下を渡り一つの部屋に行き着く。監視カメラの映像が映し出されたテレビが並んだ部屋。

こうゆうのが在ったら壊せとアドバイスをもらっていたから切り裂いて壊す。

奥のドアはまた廊下。

死体が一つ、二つ、三つと転がっていた。

扉の前で男達が殺しあっているのを見付ける。

一人は白瑠さんだ。

白瑠さんが一人を鷲掴みにして壁に叩き付けている隙に、一人の男が銃口を向けていた。

白瑠さんはそれに気付いたが遅い。

────ガウン。

倒れた。白瑠さんではなく、男の方が倒れた。

あたしが銃で頭を撃ち抜いた。

撃ち抜いたのが意外だったのか目を丸める白瑠さん。それは刹那だけで掴んだ頭を粉砕する。西瓜のように弾けて脳味噌が散らばった。


「仕事かんりょー」

「その人、無傷じゃないですか」

「や、やめてくれ!頼む!見逃してくれ!助けて!」


白瑠さんに蹴られたのか鼻が折れている男がガクガク震えて英語で命乞いをする。

よく見れば最初にあたしに話し掛けた男ではないか。


「ん!つばちゃんいる?」

「いりません、あたし十分殺しましたから」

「ひゃひゃ、じゃあ見逃してあーげぇる。俺達のこと忘れないでぇね!頭蓋破壊屋と紅色の黒猫をよろしくぅ」


白瑠さんは気まぐれに殺さず名乗ってから踵を返す。帰りは堂々と正面から出るらしい。

名乗る意味があるのだろうか、あたしは未だガクガクと震えた男を見下ろしてから後を追った。




「つーちゃんつーちゃん!つばちゃん!起きないと犯しちゃうよ!」


 熟睡したばかりなのにバッと起き上がったあたしをほめてほしい。ベッドの上で飛び跳ねる白瑠さん。朝からご機嫌だなぁ。

携帯電話で確認するともうお昼だ。


「なんです?白瑠さん…」

「着替えて着替えて!お出掛けだよん!」

「はぁ?…さっきまで仕事やってたのに…休ませてください」

「犯すよ」

「…………」


致し方なく布団から這い出る。

浴室で着替えながら思い出す。

そういえば仕事以外で街に出るのは初めてだ。食事は仕事のついでだったから。

白瑠さんと二人で出掛けるのも久しぶりだ。あの調子は仕事以外のお出掛けに決まってる。

そういえばショッピングしようとか何回か話し掛けてたっけ。まともに相手してなかったから覚えてないけど。

 着替えるなり大金を持って白い部屋を出た。

賑わうニューヨークの街を白瑠さんに手を引かれて歩いていく。


「どこ行くんです?」

「ショッピングしに行くんだよぉ」

「はぁ、何をです?」

「つばちゃんの服」


あたしは着せ替え人形か。

手を振りほどこうとしたが無理だった。断念。

人混みを抜けて一軒の店に入る。若い女の子向けのブランド店。

ブランドとか興味ないんだけどなぁ……。

お決まりになったあたしの服は白瑠さんの趣味でどんどん着せては購入していく。

今日はこれが続くのを覚悟した方がいいらしい。あたしは溜め息を吐いて渡された服を着る。

 四、五店回って行けば白瑠さんが「ホットドッグ食べよう」と言い出した。

おぉ、ニューヨーク本場のホットドッグだ。


「つーちゃん何個食べる?」

「一個」

「ホットドッグ十一個ちょーだい!」


十個食うのかよ。

地元もびっくり。白瑠さんはあっという間に平らげた。

やっぱり頭蓋骨を粉砕するエネルギーは食べ物に在るんだね。なんて思いつつもニューヨークの街を見上げた。

都会といった感じ。白瑠さんのバルコニーから見ても夜の街は都会の目映さを放つ。

車の走る音にクラクションが煩いのもやっぱり都会らしい。


「ほら、つばちゃん。次行くよぉ」

「え、まだ行くんですか!?」


やっと自分の分を食べ終えたら手を引かれて、次はクレープ屋に向かった。

白瑠さんは三種類のクレープとソフトクリームを平らげやがる。この人、胃袋どうなってやがるんだろう。

あたしは食べきれず、残りは白瑠さんが一口で食べてしまった。

甘いものが好きだなぁこの人。


「ねー、つぅちゃん。夕御飯なに食べたい?」

「白瑠さんは何か食べたいものありますか?」

「つ・ば・き」

「あたしはチーズバーガーが食べたいですね。チーズバーガーにしましょう」

「それならあっちに美味しいバーガーショップあるよぉ」


気のせいだろうか。

ニューヨークに来てからやけにそのネタを出しているような。実は思ったよりあたくしの操ピンチじゃね?だいたい、白瑠さんと二人っきりって…。

でも毎晩同じベッドで寝てるけど手は出してないんだよね。

つか最後に犯されかけたのって随分前だし、それに飽きたのかもしれない。やったね!でも気は抜かないぞ!

 日が沈んでから、白瑠さんが気に入っているハンバーガーショップで夕食を摂った。


「んー!このチーズバーガー美味しい!」

「だしょだしょ!?美味いっしょ!」


テンション高い二名。

肉がジューシーでいい感じに溶けているチーズがもう最高に美味なチーズバーガー。

興奮してテーブルをバタバタ叩く。

白瑠さんはもう最後の一個を食べ始めている。美味い…。アメリカ最高…。でも太らないように自重しなきゃ。

ついでに購入したポテトフライも食べ終えて食事の余韻に浸りながらコーラをストローで飲んだ。

何気なく隣にある硝子の向こうに目を向けた。先程から目を向けて遊歩道を行き交う人々を見ていたのだが、一人突っ立ってガン見した人間と目が合う。

 ブホッ。思わず吹き出して噎せた。

それでも白瑠さんと硝子の向こうの彼はポッカーンと見つめあう。

硝子の向こうの彼なんて口をあんぐり開けている。


「あひゃひゃ、しゅーちゃんだぁ。神出鬼没ひゃひゃ」


白瑠さんはそう指差しながらあたしに笑いかけた。


「てんめぇえ!!頭蓋破壊屋!!」


硝子越しに秀介が怒鳴るのが聴こえるような聴こえないような。

なんでこの子、ニューヨークに居るんだろうか。

あたしは唖然としてしまった。神出鬼没にも程がある。

行く先々で出会うなんて。多分彼はこれを運命の赤い糸が巡り合わせているんだ!とかなんとか言うのだろう。


「つーちゃん、にっげろぉ」

「えっ!?」


手を掴んだかと思えば白瑠さんはそう言い出して店の裏口から逃走。荷物を片手に、もう片手であたしの手を引いて走る走る。

そのまま家へと帰宅。

あたしは満腹のまま全力疾走でへばった。


「あひゃひゃ、まさかしゅーくんがいるなんてびっくりだねぇ!もしかしてつーちゃんが呼んだの?」

「呼びませんよ…はぁはぁ…腹痛っ」


白瑠さんは平然と楽しげに笑うがあたしはそんな余裕もなく玄関で沈む。喘息起こしそう。


「仕事でニューヨークに来たんですかね?」

「さぁ、藍くんに聞いてみたらどう?」

「あーじゃあ幸樹さんに電話してから聞いてみます」


定期的に幸樹さんに電話をする約束をしていたから、先ずは幸樹さんに電話をしたがまだ仕事から帰ってきていないらしく留守電。

だから直ぐに藍さんに電話をした。


「椿お嬢!ぐふふ!愛のコールだね!」

「ええ、憎しみを込めて藍さんにコールしました」

「愛と藍をかけたんだね!…っては!?憎しみ!?」

「狩人の鬼と会いました。彼、こちらで仕事をしてるんですか?」


挨拶もほどほどに早速情報を求めた。ちょっと待ってと藍さんは間をあける。PCで情報収集しているようだ。


「ん、そんな噂はないよー。まじで?すげーな。ぐふっ、つーお嬢と白くんの情報なら二時間前に届いたよ。紅色の黒猫と頭蓋破壊屋が武器売人を壊滅させたんだろー?ぐふふ」


秀介の情報はなかったが、嫌な情報を聞かせられた。

依頼人、明らかにお喋りそうだったもんな。

藍さんに届いているなら、秀介も知っているのかもしれない。

狩りに来たのだろうか。


「……………………」


秀介の第一声が、頭蓋破壊屋だった。

あたしと目を合わせていたのに、眼中に入れないように白瑠さんを睨んでいた。

最後に交わした言葉で幻滅したのだろうか。

嫌いになったのだろうか。


「あれ?つーお嬢?」

「はい。なんでしょう」

「リアクションしてくれないと困るんだけど……ほら、電話だし」

「はぁ、つまらなかったものにリアクションなんてできないですけど」

「傷付く!」


用は済んだので会話も程ほどに電話を終える。

白瑠さんはお酒を白いテーブルに用意して、あたしを待っていた。


「藍さんは情報を持ってませんでした。昨日やった仕事は噂になってるようですけど」

「だって、俺とつーちゃんの名前を大々的に出したもん」


わざとだったようだ。

そりゃあ噂になるだろう。

あの武器売人の客は裏現実者らしいし、あたしと白瑠さんなのだから。

今、裏現実で話題を横取りしているのは白瑠さんにあたし、そして黒の殺戮者率いる集団。

黒の殺戮者から逃げるようにここに来たのに名前を馳せていいのだろうか。

白瑠さんは心配してないのかあたしにお酒を差し出す。


「かんぱーい!」

「…乾杯」


ご機嫌だな、この人。

どうしてそんなに機嫌がいいのかを訊いてみれば。


「うへぇ、つばちゃんが助けてぇくれたぁから!」


満面の笑みを浮かべて白瑠さんは缶ビールを平らげていく。買い置きしておいたのに、もうなくにりそうだ。

「何のことですか?」とあたしは首を傾げる。

「とぼけちゃってん!」と白瑠さんが小突く。もう酔いが回ったのだろうか。三時間はシラフに飲み続ける人なのに。


「俺がぁ撃たれそうだったのを…バンっ!…て撃ったじゃん」

「ああ、あれのことですか」


あたしはカクテルをマイペースに飲んでいく。白瑠さんは水の様に飲んでいくのだが、さっきの疾走で喉が渇いたのだろうか。


「それは当然じゃないですか。あたしは何度も助けてもらっていますし…それにあれはあたしが引き付けなきゃいけなかったから」

「んふっふふ」

「な……なんですか…?」


やっぱり酔いが回ってしまったようだ。赤らめた頬にとろんとした目で笑いながら見上げてくる。

不適に笑いを洩らしてあたしの太ももに両手を置いて顔を近付けた。


「らりゃりゃ、にゃんひゃ、ふにゃふにゃするぅ」

「酔ってるんですよ…それ」

「あひゃひゃ!飲み過ぎた!」

「はぁ……寝ます?」

「わおっ!椿からお誘い!」

「違います!ぎゃあ!?」


酔っ払いが抱き付いてきた。思いっきり胸に。

二人で飲むんじゃなかった!


「んふぅ、つばちゃんとこの部屋にいるのが……うひゃ幸せ!」

「は、はぁ…さいですか」


どんな幸せだよ。意味わからん。

とりあえずしがみついたままの白瑠さんをベッドに運ぼう。……どうやって?

細身だけど長身で体重あるぞ、この人。


「椿ぃ、ちゅー、しよ」

「は?」


 ──────ちゅ。

何も言ってもいないのに、顔を向けた瞬間に胸に耳を当てるように抱きついていた白瑠さんから唇にフレンチキスをされた。

 不意打ち。

………あ、あれ……?

な、なんか……あれれ。

フレンチキスなのに、徐々に頭に熱が。

ぎゅう、と抱き付いてくる白瑠さん。白瑠さん相手なのに胸がキュンとしてる。

あ、あれ。なんだ、これ。

なんかほのぼのとした感じ。

う、やばい……。なんかあたしまで酔ってきたみたいだ。

どうしてだか、幸せを感じている。酔ってるみたい。錯覚だ錯覚。


「あぁれ?つばぁき、顔真っ赤にしちゃってかぁわぁいぃ。ちゅーは初めてじゃないんでしょ?しゅーちゃんともしたんでぇしょ?うひゃ、うぶだぁねぇ」

「わっ、ちょ、わわっ!」


頬擦りしていた白瑠さんがまた顔を上げて、またキスをしようとしてきた。なんとか止めたが、ぶちゅーとされる。彼に抵抗なんて効かないのだ。

夢心地の白瑠さんがあたしの唇に唇を押し付ける。

何かを食べてるつもりなのがもぐもぐと唇を動かしていく。

両手でがっちりとあたしの頭を固定して、とろんとした目の白瑠さんから笑みが消えた。


「………」


呆けたような表情をしたかと思えばまた唇を重ねて舌をねじ込む。生暖かい唇に舌。

本当にヤバい。

白瑠さんが相手だっていうのが妙な気分に陥る。胸キュンどころじゃない。変過ぎる。な、なんだこれ。

「ふっ」と熱い息を洩らした瞬間に腕を掴まれた。

痛いと言う暇さえなく噛み付くようなキスをされる。いっきに炎が燃え上がったかのように、白瑠さんの行動が激しくなった。

え、ちょ、白瑠さん!?

ガン、とテーブルにぶつかり飲みかけの酒が零れた。それでも白瑠さんは止めない。

太股を掴み開くように上げて身体を密着してそのテーブルの上にあたしを押し倒した。その合間にもキスは止まず、熱い吐息が交わる。

押し退けるがびくともしない。あらゆる抵抗をしたが何も効かない。

ぐうんっ。といきなり担がれた。


「ハァ、はく、るさっ……ん!?」


いきなりどうしたんだ。担ぐより以前に酔って変な行動しているが、これ以上変な行動をしてほしくない。

そう思った矢先にベッドに落とされた。

……ベッド?ササーと血の気が引く。これまじでヤバい。


「白瑠さん!しっかりし」


てください。そう言い終わる前に、押し倒された。

そして行為の続きが実行。

デニムを呆気なく脱がされ、シャツの中に手が侵入した。白瑠さんはキスをしながらブラジャーを外す。


「ハァ…ハァ………はく、るさん…あぁっ……」


唇は解放されたが解放したら甘い声が恥ずかしく洩れる。白瑠さんは首にキスするのに夢中だ。

ざらついた温かい舌が傷痕をなぞっていく。そんな最中にも白瑠さんの手は動いて愛撫する。

 ─────しーん。

不意にだった。

何故か静かになった。

濡れた首に息が吹きかかる。シャツの中に手は入ったまま。

「すぴー…」と聴こえる寝息。

……………落ちた!!

あたしは白瑠さんを押し退けてベッドの端で胸を押さえた。

どどどどどどどどど。と弾く心臓。本当にや、ヤられるかと思った!服脱がされた!

心臓がなかなか落ち着かない。

熱くなった身体が冷めそうにない。完璧に酔いが回ったのかも。

裸にされるのも時間の問題だったのに、まさか寝るなんて。なんて人なんだこの人!それでも男か!?……あれ?まじで酔いが回ったみたい。

いや、現実問題、これが他の女の人なら確実に怒って帰っちゃうだろう。あたしは怒る気力がないし帰る場所もない。

長い溜め息をついて、ベッドから降りる。零れたお酒を拭き取ってごみ袋に缶を放り投げた。

片付けた頃に電話が鳴る。幸樹さんだ。仕事が終わったのかな。

白瑠さんが起きないようコートを羽織ってバルコニーに出た。


「…お仕事中ですか?」

「え?いえ」

「外にいるみたいですが」

「ああ、バルコニーにいるんです」

「寒くないんですか?寒いのは苦手でしょう」

「ええ、寒いですが………」


下履いてないから尚更。

座り込んでコートでくるむ。中で電話したら酔っ払いが起きるじゃないか。何か言い訳を言い訳…。


「星を見てるんです!」

「夜景じゃなく?」


街が明るすぎて星が見えなかった…。


「白瑠さんが酔っ払って…今寝てるんです」

「何故また嘘をついたんですか?………………何かあったんですね」


ギクリ。


「な、なにかってなんです!?」


思いっきり裏返った。失敗。

電話の向こうで幸樹さんが沈黙したあと溜め息をついた。


「暫く二人になるからそうなるだろうと予測していましたが……一週間とは予想外ですね」

「あの。何の話ですか」

「え?椿さんが白瑠に犯される話です」

「未遂ですから」

「ああ、そうなんですか」


なーんだ、とははと笑う幸樹さん。なんだって。ちょっと!予測してたならなんで二人で行かせたのさ!?それでもアンタお兄ちゃん!?


「じゃあヤっちゃったら報告してくださいね」

「なんでヤっちゃったら前提なんですか!?その為の定期連絡なんですか!?」

「冗談ですよ。調子はどうですか?」


やっと悪ふざげから解放された。

とりあえず今週やった仕事と昨日やった仕事、それから秀介と会ったことについてを話す。

お疲れ様です、と相槌を打っていた幸樹さんだったが。


「秀介……くんですか」


と何か深刻そうに呟いた。


「どうかしたんですか?」

「………椿さん。念のため確認しますが、貴女は秀介君が好きですか?」

「………………………いきなりなんですか。何度も好きじゃないと言ったじゃないですか」


あっけらかん。

何度も何度も恋人否定したのに今更深刻に訊くことじゃないだろ!


「あ、そうでしたね。キス騒動で気でも変わったのかもなんて思ってしまいましてね。それならいいんです。彼にちゃんと断ってくださいね。多分その内白瑠が相手するでしょうから」

あくまで軽く幸樹さんは笑って言った。距離が離れてるからって他人事なんだ。…酷い。


「あまり外食をせずに家で作るように。貴女が作るなら白瑠は食べるんですから、野菜一色にしたらどうですか?ふふ」

「それは流石に文句言うでしょ……。幸樹さんの方はどんな調子ですか?」

「私ですか?私は椿がいなくて酒が喉も通らないんですよ…」

「いや、いいですからそんな演技…って酒かよ!」

「寂しいですよ。家に花がないと物寂しいですから」


あたしのツッコミに満足したのかクスクス笑ってから本音を言った。

花───椿の花。


「だからって家や車に女を連れ込んでマーキングさせないでくださいよ」

「おやおや、仕方ありませんね。私は貴女だけを愛していると何度言えばわかるんですか?」

「言葉だけなんて信用できません。女を連れ込まないと約束してください」

「おや。ではその可愛い唇に口付けをして…身体が信用するように愛して、誓いましょうか?」

「…っ!やめてください!!」


今回はノリで乗ったら、色っぽい囁き声で耳を犯された。耳レイプ!耳が弱いのを知ってこの人は!

白瑠さんも幸樹さんも!男ってやつはコノヤロー!!

 満足したらしく電話は切られて、あたしは暖かい部屋の中に戻れた。囁き声のせいで顔は熱いが足が冷え冷えだ。

寝巻きに着替えて温かい布団で寝ようかと思ったのだが、ぐーすかと寝てる白瑠さんを見下して考え込む。

寄り添って寝るとあったかいが、酔っ払いだしな…。

 あたしは自分を守るためにソファで寝ることを決意。白瑠さんの毛布を奪い、代わりにあたしの紅いコートをかけてやった。

あたしは冷たいのがお似合いなのだ。

毛布にくるまってソファに横になる。

目線の先には白瑠さんの背中。

ちょっと笑った。

白い部屋の中で白瑠さんが紅いコートを被っている。可笑しくて吹き出して笑った。



 二日後。

あたしは一人ベッドの上で時間をもて余していた。

酔っ払った記憶は白瑠さんにはなかったらしく、平然に朝食を摂ったのであたしはなかったことにすることにした。絶対他の女だったら白瑠さんはフラれてる。

 その日はだらだらと過ごして、今日「ちょっと出掛けてくる」と言って白瑠さんは部屋を出ていった。

多分仕事を取りにいったんだろうとあたしは帰りを大人しく待ったのだ。

買った雑誌で吸血鬼映画をチェックしていればもう夜。

そうすれば白瑠さんから電話がきた。


「つーちゃあん。今日、仕事する予定だったんだけどぉ、しゅーちゃんと遊ぶことになっちゃった」


幸樹さんの予測通り。白瑠さんは秀介の相手をする気になったらしい。仕事より遊びか。

なっちゃった、って白々しい。


「だからつばちゃん、一人で殺ってきてぇ」


…………へ?


「え、今、なんて?」

「つばちゃん、一人でお仕事殺ってきてって言ったんだよん!」

「え?い、いいんですか?」

「んっ!つばちゃんならもう大丈夫だぁかぁら!それにちょーう簡単な仕事だから行ってらっしゃあい」


驚きのあまり携帯電話を見る。間違いなく白瑠さんからの電話だ。夢じゃない。

仕事をもらう場所を教えてもらった。


「はい、じゃあ……いってきます」

「ひゃひゃ、いってらっしゃい。怪我しないよぉにねぇ?ばいひゃー」

「クラッチャーっ!!」


電話が切れる前に秀介の声が聴こえた。間違いなく本物の白瑠さんだ。

まさかこんなに早く白瑠さんが一人で仕事をしていいと言ってくれるなんて。

そんなに大仕事で助けたことを評価してくれたのか。上機嫌で酒が進んでいたもんな…。

恐らく至極簡単な仕事なんだろうがしっかりと殺っておこう。

あたしは直ぐに着替えて、十全で出掛けた。

 空き地に囲まれた古い小屋のような建物を見付けるのは容易かった。ここが目的地。

こんな建物を持っている人間は一体誰だろう。ニューヨークのど真ん中で、変なの。

いや、この場所なら殺し屋と会っているなんて思われないのかな。

どうでもいいから仕事をもらおうとドアノブを捻って中に入った。


「誰だ?」


入るなり、こめかみにショットガンの銃口を突き付けられた。



次回、紅色の黒猫死す!?

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