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連続猟奇殺人事件



「参りましたね」


 目を覚ました幸樹さんの第一声はそれだった。微笑んでそう言う。


「表の仕事に続いて裏の仕事まで失敗をするなんて……参ってしまいますね」


疲れたように溜め息を溢す幸樹さんは本当に参っていそうだった。

失敗。仕事を、失敗した。

殺しを、失敗したのか。


「あたしが殺ってきます。住所は?ターゲットは?」


あたしが口にしたのは、その言葉だった。驚くほど冷静に、そう言葉を発する。

もう少し、ショックを受けるとばかり思ったがそうでもない。


「結構ですよ…。私の仕事なんですから」

「その怪我では無理でしょう。隠れられたら殺せません、そうでしょう?」

「…いいんですよ。失敗したと藍乃介に連絡しましたから」

「あたしが引き継ぎます」

「そんな必要ありません。何を熱くなっているんだい?君が引き継ぐ必要性があるんですか?」


幸樹さんはあたしを見据えて言う。

熱くなって、熱くなってなんかない。

ただ。ただあたしは。


「幸樹さんに怪我を負わせた奴を見てみたいだけです」


そう言えば、一瞬呆気にとられた幸樹さんが吹き出して笑った。

「そうですか。じゃあ藍に連絡するといい」と言う。

あたしはすぐに幸樹さんの携帯電話に手を伸ばして藍さんにかけた。が、藍さんが出る直前に手の中から携帯電話が消える。


「もぉしもーし。さっき幸くんがやった仕事、俺が引き継ぐよぉ」


振り返れば白瑠さん。少しの間会話をした白瑠さんは携帯電話をあたしに返した。

てっきり、あたしと一緒に行くのかと思ったのだが。


「じゃあ、つばちゃん。幸くんの看病よぉろぉしく」

「えっ?ちょ、あたしが幸樹さんから引き継ぐって」

「つばちゃんにはまぁだ早いから────だぁーめ」


 鼻の先にニッコリと白瑠さんに言われた。唖然としてしまう。

幸樹さんの仕事は、あたしにはまだ早いのか?まさか、白瑠さんに止められるなんて夢にも思わなかった。

いくら幸樹さんが怪我をして失敗したからって、あたしを連れていきもしないなんて。

唖然と言葉を失っている間に、白瑠さんは行ってしまった。バイクが轟く音は遠くにいき、やがて消えていく。


「そんな………難易度の高い任務なんですか?」

「私を撃ったスナイパー。弥太部火都なんです」


驚愕の答えを聞いた。

弥太部火都(やたべかと)。あたしが前回の大仕事で不意打ちを喰らった弥太部矢都の兄。


「………でも、あの時…。後ろから不意打ちを喰らっただけで…。あたしじゃあ勝てない相手なんですか?」

「弟より弥太部火都の方が実力が上の狩人です。一発で仕留めることを得意とする飛び道具使いですからね……正面から戦って勝てる自信は私にはありません」


そうだった。聞いたことがある。弥太部は飛び道具使い。

弥太部矢都も飛び道具を駆使して頭蓋破壊屋と戦っていた。

スナイパー。幸樹さんは遠くから、射撃された。その怪我だ。

白瑠さんが許さないわけだ。あたしは弥太部矢都に一発でやられたのだから。どうせ、兄である弥太部火都にも仕留められる。

今度は確実に息の根がとめられる、と思ったんだろう。

あの時、あたしが心臓を射抜かれなかったのは、幸いだった。


「………………なにか、食べますか?」


沈黙した直後にあたしはそう幸樹さんに問う。

幸樹さんは林檎をすりおろしてくれとあたしに頼んだ。すりおろし林檎を作る前に冷や汗で風邪を引く前にタオルを渡した。

 こうなると、本当にあたしが一人で仕事をやるのはまだ早いと思う。

白瑠さんが付き添うのは、矢都みたいなイレギュラーの登場に対応するため。仕事の難易度は途中で変更される。

多無橋さんにしっかりとそれを云おう。断らなくては。

少なくとも、あたしは、白瑠さんの許可なしに死ぬつもりはない。

あの人が悪戯に救った命。落とすならあの人が飽きて手放す時だ。

断ろう。


「幸樹さん。ちょっと買い物に出掛けてきます。大丈夫ですか?」

「問題ないです。…けれど何を買いに行くんですか?」

「インスタントのお粥ですよ。あたしが作っては身体に毒ですから」


力なく笑ってみせれば、ベッドの上の幸樹さんはクスリと笑って「いってらっしゃい」と言った。

あたしはいってきますと応えて、瑠璃色の携帯電話を忘れずに家を飛び出した。

 あたしが向かったのはスーパーじゃなくて、駅。丁度快速の電車が来たのでそれに乗って着いた駅に降りて、携帯電話を開く。

電源をつければ、不在着信が一つ。──それからメールが二つ在った。

“発信器などついていないから安心して電源をつけてくれ”

一通目のメールはそう書いてあり、二通目は指切り殺人鬼の情報が記されていた。

わかっているだけでも被害者は二十五人。毒殺、刺殺、銃殺、絞殺、と手口は一見バラバラだが全員手の指が切り落とされて持ち去られていた。

 十中八九、犯人は指収集が趣味だろう。或いは指を食べているのかも。

そんな冗談混じりの多無橋さんの意見が一番下に載せてあった。

追記のように添えられた文字に、携帯電話をへし折りたくなった。

──“警察も追っている。担当の一人に君は見覚えがあるんじゃないのかい。篠塚刑事だ。君を護衛したことがあるはずの、刑事さんだよ”

 ダンッ!

階段を蹴り飛ばす。叫びたいのを堪えて呻き、その場にしゃがむ。

 まるで運命の悪戯。

なんでまた、この人の名前が出るんだ。あれっきりのはずだった。血塗れの電車が解決すれば、これっきりのはずだったのに。

きっとこの情報は警察内部から抜き取ってきたものなんだろう。くそう。

知らなければ、すぐに断りの電話をかけたと言うのに。

 何を迷ってるんだ?


「そこのー…おー嬢さん」


 何を迷ってるんだよ。

 篠塚さんと関わってはいけない。それがあの人のためだ。


「どーか、したの?お嬢さーん」

「煩い。構うな」


なんともやる気ない聞き覚えのある声にあたしは苛立ちをぶつける。駅のホームにしゃがむあたしを心配して声をかけたんだろう。

ぶっ殺すぞ。

そう思ったが駅で殺すと血塗れの電車の続きと騒ぎになってしまう。堪えろ。

 ふと気付く。なにかに気付く。なにかの違和感。あれ?

違和感に顔を上げれば、声をかけた人があたしに顔を近付けていた。

初めてなのに見覚えのある顔。


「こーんなとこに蹲っちゃって…どした?」


そう問う男。見覚えがあるに決まっている。治ったはずの傷が、疼く。

この傷をつけた───弥太部矢都に似た顔だから。


「っ!」


思わず、背中に手を伸ばした。

だが、そこには何もない。

何もない(、、、、)

カルドも短剣も、何もない。武器は、何一つないのだ。あれほど外出時には武器を携えろと言われていたにも関わらず、あたしはミスした。買い物と電話が目的だった為に、武器を持つことを忘れてしまったのだ。

無防備に近いほど、痛い目を見る。丸腰ならばどうなる?

──────…カチャリ。

耳元に、そんな音が聴こえて凍り付く。こめかみに、銃口が突き付けられている。

今の素振りがいけなかった。

武器を取ろうとした素振りを見て、悟った彼は銃口を突きつけたのだ。

あたしと目の高さを合わせるために彼はしゃがんで首を傾げた。


「お嬢ーさん。おれをー、知ってるん?」


弟と同じく、やる気ない軽い声で────弥太部火都は問う。

 なんで。

 なんで。

こんなことになるんだ。

白瑠さんが彼を殺しに行ったのではないのか?なんで彼はここにいてこうなってしまう?

なんでこうなるんだ!

厄日かよ!!

幸樹さんは怪我するし白瑠さんにはまだ早いと言われるし多無橋さんは問答無用で指切り殺人の情報を送るし篠塚さんは指切り殺人を捜査している、そして弥太部火都に出会した。


「目につくのに…銃なんて出して平気なんですか?」


刹那だけ考えて、あたしは言う。いくらなんでも駅で銃声を轟かせば人がくる以前に目撃されても可笑しくない。隣のホームに人がいる気配がする。撃たない。

 そう思ったのだが──カチ。

 トリガーが引かれた。


「平気」


ぴちゃ。

血飛沫ではなく──あたしの頬に水が飛んできた。

水、だ。ただの水。

もう一度トリガーを引けば、ピューと水が銃口から出た。

あっけらかん…。

あたしはガクリと項垂れた。返してくれ、あたしの緊張。絶対に寿命が縮まった。

そうだ。あたしじゃないんだから裏現実者が公の場で裏の顔を見せるわけがない。

弥太部火都は、あたしの反応が気に入ったのか少しだけ笑った。


「おーれ、弥太部火都。お嬢さんは?」


水鉄砲をしまってから弥太部火都はあたしに手を差し出す。名前を問われても、名乗れる名前がない。

紅色の黒猫、は殺し屋であり、彼は殺し屋を狩る者。

山本椿、はある意味有名だからあれ?聞いたことがあるなと思われてしまう。

頭をフル回転して結局あたしは。


「笹野…椿」


幸樹さんの名前を借りた。

名乗って気付く。この人は幸樹さんを撃った人だ。名前を知っていたら、狩られる。


「んー…。知らないなー。狩人?殺し屋?会ったことあるっけ?」


あたしの手を引いて立ち上がらせた弥太部火都は、首を傾けた。幸樹さんの名前は知らなかったらしい。


「ない……けど」


殺し屋で弟の最後の獲物だった。それだけだ。

んなことを答えれば今度は本物の銃を突き付けられるに決まっている。


「それって、裏の名前?」

「……………」

「警戒してるの?おれ、君と同じ丸腰だよ。まー、今のは嘘だけど……仕事じゃないから戦うつもりはない」

「…………殺し屋の、紅色の黒猫」


そんなに武装してないのは確かだし、仕事ではなさそう。あたしだって今、誰かを殺す仕事をしていないのだから狩人に襲われる筋合いはない。

つか、この人白瑠さんと戦う予定ではなかったのか?


「…?…………聞いたことないな」

「えっ?」


初めての反応をされて、面食らった。


「えっ?し、知らないの?」

「うんー、知らない。有名なの?」


…………頭蓋破壊屋並みに。と言ったら大袈裟か。

大袈裟なのは紅色の黒猫の噂をしている周りなのか。それとも情報に疎いこの人だけが知らないだけなのか。

裏にも紅色の黒猫を知らない人間がいることが知れただけでも、あたしは救われた気がした。

今知っちゃったけど。


「貴方の弟と会ったことがあるんです」

「ん?矢都のこと?」

「彼の、最期の獲物でした」

「へー、そうなの」


ぶっちゃけたら、弥太部火都はなんとも軽い反応で頷いた。


「………………。あたしの仲間が殺しました」

「ふーん」

「あたしをボウガンで射って」

「んー」

「駆け付けたあたしの仲間に」

「バラバラにされて八つ裂きにされて頭潰されたんだろ。知ってるけど」


知っていてそんな反応?


「貴方の弟………よね?」

「おれの弟……だけど?」

「……………………。よくもおれの弟を!矢都の仇!って言わないの?」

「んー……言わない」


言わなかった。

ゆるりと首を振る弥太部火都。


「変わってんな、お嬢さん。殺し屋なのに今どき仇なんて。矢都は危険な仕事を自分からやったんだし、お嬢さんを襲って殺されたのは自業自得。おれが無念を晴らす筋合いはないさ」


なんとも、冷たい兄だと思った。最初だけ。

でもそれが、定義なのかもしれないと思い直した。

殺し殺される裏現実。

仲間でも身内でも、殺されても、恨めやしない。人殺しが人殺しを恨むなんて逆恨みに等しい。

 例えば、那拓家だ。初めから裏現実に生きている一族。

裏現実のスペシャリスト。プライドの高いナルシスト。

敗けは恥。死は敗け。

敗けた者は、一族の恥。


「……ごめんなさい…。あたし、てっきり…」


言葉を詰まらせる。

脳裏に浮かぶのは、幸樹さん、それから白瑠さん。

その二人がなんだって言うんだ?


「じゃあ貴方は……とある仕事で、たまたま、弟を殺した連中が、依頼者を殺しにきても、仇は討たないと?」

「…?仕事なら別だろ。狩人だから、殺さない方が多いからこてんぱんにするだけだ」

「………殺さない、の?」

「ん。おれはあまりしない。まー、矢都は殺しまくって変な癖ついてたけどなー」

「………女の殺し屋をおやつにする癖かしら?」

「餌食になったの?」

「その前に彼は死んだ」

「よかったね」


自分の弟が死んだというのに、よかったね、だって。おやつにされなくて良かった。本当、よかったよ。


「………それで、貴方。ここで何をしてるの?」

「え?休暇を楽しんでるだけだけど」

「……昨夜の仕事は?」

「もう終わった。……なんで知ってんの?」


終わった。のか?

狩人の仕事はイマイチ知らないが、どうやら昨夜だけで用心棒は終わったようだ。なるほどね。どうりで白瑠さんと殺しあっていないわけだ。

なんて運がいい奴なんだろう。


「昨日殺し屋撃ったでしょ?あたしのお兄ちゃんなの」

「へー。すごい偶然だね。いや、君はよくもお兄ちゃんを!って仇討ちに来たわけ?」

「まさか。弥太部火都と会う予定はあたしにはなかったわ」


苦笑しながらあたしは首を振るう。冗談が言える奴か。どうやら弟と違い、またもやノーマルタイプの人間と知り合えたらしい。


「ねえ、良ければ友達になってくれない?」


すっかり警戒が緩んであたしはそう言った。火都はきょとんとしたが、やがて手を差し出す。


「よろしく、椿」

「よろしく、火都」


手を握りあった。

 そのあと、駅を降りて二人で買い物に行く。

なんでも火都は休暇を満喫して、のんびりとふらつきたかっただけらしく付き合ってくれた。

買い物を済ませたあとは、友達らしく友好に別れた。


「じゃあ次会う時は、仕事が被らないことを祈ろう」

「そうね。また会いましょう」


そう言って、あたしは電車に乗る。それから瑠璃色の携帯電話でメールを送信した。

“連絡は後日”

それだけ。すぐに電源を切ってポケットにしまった。

 奇しくも矢都の兄である、火都と会って機嫌は最高だ。思わぬ収穫をした。

これは好奇心擽られる収入だ。

指切り殺人鬼そっちのけでこっちにいきたいのは山々だが、やはり面倒事を片付けるのが先だろう。

しかし、面倒事が終われば楽しい事が待っているとわかればモチベーションは違ってくる。


「容赦しねーぞ!指切り魔!」


あたしはゲンキンな奴なのだ。

 家に帰れば、先に、白瑠さんが帰っていた。

その光景は、あたしの思考を停止するには十分だった。

真っ赤な、真っ赤な血を浴びた白瑠さんはリビングのソファの肘掛けに腰を降ろして、ニコリとあたしに笑いかける。


「おかえり、椿ちゃん」


そういつものように無邪気なフリをして笑いかけたが、あたしにはわかった。

怒っている。

この人。


「どこいってたのかな?」


眼が笑ってない。眼が怒ってる。


「俺。幸の看病をしろって、言ったよねえ?」


え、だって。お粥を買いに行くって、幸樹さんに…。

なんで白瑠さんは怒ってるの?

なんで血塗れなの?

あたしは悪い想像をして、幸樹さんの部屋を開けた。

幸樹さんはいた。生きてた。

ベッドに横たわっているし、起きてあたしに「おかえりなさい」と言った。


「遅かったですね」

「すみません…。白瑠さんに言わなかったんですか?お粥を買いに行ったって」

「言いましたよ。聞いちゃくれません」


そんなに怒っているのか?

あたしは白瑠さんを振り返った。

無表情であたしを見つめていた彼はやがて、ニッコリと次は完璧な笑みを浮かべてみせる。


「つーちゃん、バグして」


幼児が母親に抱っこをせがむように、白瑠さんは座ったまま両手を広げた。


「………嫌です」


断ったら怖いが、引き受けたら引き受けたらでなんか恐ろしい。


「えー………」


唇を尖らせてギロリと鋭い眼で睨まれた。断った方が怖かった。


「ほら、えっと、血塗れだし………洗ったらどうですか?」

「…………そぉだねぇ」


白瑠さんは案外、従ってくれた。

てっきり「血塗れが好きでしょ?」とかなんとか言うと思ってたのに。一体なにが?


「弥太部火都ではなく、“彼”が居たそうです」


あたしが質問する前に、幸樹さんが答えてくれた。


「帰ってくるなり、ぎゃあぎゃあ愚痴り、椿さんが居ないと気付いて落ち着きなく歩き回っていましたよ。“彼”と遭うといつもああなんです。不機嫌過ぎると街一つ消えてしまうかもしれませんから、抱きつきくらい許可をしてあげてください」


ニコリと微笑む幸樹さん。後半は脅しだろうか。

冗句だよね?いくら白瑠さんだって街一つ分の人間を殺すなんて……。

…気が向けば有り得そうだ。


「…ん?“彼”って誰です?」


意味深に名前を伏せられたその“彼”が誰だかわからず聞き返した。

口にして思い出す。

いつもそんな口振りで、幸樹さんは“彼”と称していた。

ひねくれた策略家こと黒の殺戮者。


「黒の殺戮者と……会ったんですか?白瑠さんは」

「……どうしてその名を知っているんですか?」


幸樹さんは目を見開いてあたしが口にした名前に驚いた。

あたしは。


「きゃああ!」

「!?、なんですか!?」

「二人が殺し合うところが見たかったのに!無理矢理行けばよかった!!」


せっかくの機会がぁあ!

あたしは頭を抱えて嘆いた。

超見たかったのに!二人の対面!白と黒の戦い!


「白瑠さんが血塗れってことは黒の殺戮者は死んだんですか?うわあぁあ!もう見れない!?」

「…とりあえず、傷に響くので大声を出さないでください。殺せてたら白瑠は不機嫌になってません」

「あ、そっか。…すみません」


我に帰ってとりあえず謝罪した。

貴重な存在だったからつい叫んでしまった。近くにいるなら会いたいものだ。

殺せてたら、有り得ないくらいご機嫌になってるだろう。

それにしてもあの血はなんだ?ターゲットの返り血を浴びる趣味は白瑠さんにないし(だからと言ってあたしにあるわけではない。断じて)ぶっかけられたのか?

確か黒の殺戮者は部屋を体内の全ての血をぶちまけるんだっけ?


「標的は誰が殺ったんです?」

「…この話はしない方がいい、と言えば察しがつくでしょう?」


言葉を失って、唖然とする。

白瑠さんが、敗けた?

仕事、失敗したのか?

まじかよ。

獲物を横取りして、血をぶっかけて、生きて帰ったのか?ひねくれた策略家は。

何てやつなんだ。


「いいですか?絶対に“彼”の話はしてはいけません。その名前を出すのも、いけませんよ?椿さん」

「白瑠さん怒ります?」

「監禁されたくなければ言わないように」


…………監禁…。

何故に監禁?


「少なくとも、例の集団が解散するまでは口にしてはいけません」

「?、何故ですか?」

「それは……………」


幸樹さんは何かを言いかけて、口を閉じる。

その何かをあたしに言うことをやめたようだ。

名前を言ってはいけない人の名に監禁というトラップが発動されるのは何故だろう。例の集団だって、別に関係ないんじゃないか?


「弥太部火都も、例の集団の一人だからです」

「…………あ?」

「どうやら弥太部火都は集団のリーダーの獲物だから身を引いた、ってところでしょう。きっと二人だけであのビルの人間を殺戮したでしょうね」


嗚呼、なるほど。

だから火都はあそこにいた。リーダーである黒の殺戮者の“獲物”だから、仕事を切り上げて休暇を満喫していたんだ。

黒の殺戮者がリーダー。

火都が集団の一員。


「うきゃああ!?」

「……またですか?今度はなんです」

「うわあぁあ!あたしのばかああ!!」


黒の殺戮者に会えなくても身内(仲間)に会えてたじゃないか!話題に出せばよかった!

火都なら名前を知っただろうに!

連絡先交換するんだった!


「つーちゃん」


白瑠さんの声に振り返れば。

あろうことか、全裸で濡れたままの白瑠さんが抱きついてきた。


「ぎゃああぁあ!!」

「よく叫びますね」


あたしが白瑠さんを蹴っ飛ばせば、幸樹さんはため息のように呟いた。




 とりあえず、白瑠さんのご機嫌を取るために致し方なく抱きつきを許可する。

服を着ろと言えば白瑠さんはズボンだけをはいてソファで人形よろしくあたしを抱き締めた。上半身、裸なんだが…。可笑しいなぁ、幸樹さんと身を売らない約束をしたはずなのになぁ。何でまた抱きつきを許可して機嫌を取らなくちゃいけないのだろうか。

約束。指切り。指切り魔。切られた指。


「なにか考えてる?椿」

「え、いや……」


いきなり呼び捨てにされてあたしはぎょっとする。あれ?この人が呼び捨てなんて珍しい。


「髪、拭いてください。濡れます」


あたしが。濡れたままで放置された薄い茶髪から雫が垂れてくる。首や肩に落ちてきてあたしが風邪をひきそうだ。

「ん、拭いて」と白瑠さんは首筋に垂れた雫を舐めて言った。

……子供か。その前に何してんですか、アンタ。

このまま舐められるなんて嫌だからあたしは白瑠さんの方に身体を向けて肩にかけてあるタオルで髪を拭いた。

顔を合わせているから白瑠さんの表情はよく見える。

怖いくらい、無表情。

暗い瞳。あたしの目じゃなくて首を見ている。首に見とれて、見つめていた。

 どうかしてる。この人。なんか。今、不安定だ。どうしたんだろう?

親指で傷跡をなぞる。白瑠さんが自分でつけた、消えそうにない傷。

見つめて、撫でる。たまにする仕草。もう癖になったかもしれない。

 白瑠さんは、顔を近付けて、傷に唇を重ねた。クチャリと音が聴こえる。


「……………なんです?白瑠さん」


とりあえず、行動の意図を訊いてみた。顔の見えなくなった白瑠さんから返答はない。

ただ、抱き締められた。


「えぇ、と……大丈夫ですか?白瑠さん?」


そう訊いても、白瑠さんは応えない。

獲物をとられたダメージが大きいのだろうか。落ち込んでる?あたしは慰めるべきなのか?

下手に名前を出せないので、頭を撫でてみた。まだ湿っている髪と一緒にくしゃくしゃと撫でれば、ギュッと抱き締められる。

上半身が密着して、ちょっと息が詰まった。


「鼓動…」


暫くして漸く白瑠さんは口を開く。

鼓動?ってあたしのか。そりゃあそうだ。あたしの左側に耳を当てて抱き締めているのだから、密着でドクドク乱れた鼓動がよく聴こえてるだろう。


「椿ぃ」


白瑠さんはあたしを呼ぶ。


「この鼓動」


そして、答えた。


「俺」


ゆっくりと、口にする。


「止めるつもりなんて、ない」


白瑠さんにしては珍しく遠回しに、眼も合わせず、あたしに言った。

鼓動を止める気がない。

心臓を止める気がない。

あたしを殺す気がない。

そう答えた。

あたしは何も言えなかった。







「黒の殺戮者に会いたいと思ってるんですが、だめですか?」


 鬼の居ぬ間にあたしはベッドの上の幸樹さんに訊いた。

何を言っているんだこいつ、的な目を向けられてしまう。


「何故です?会う意味がわかりません」

「ただの好奇心ですよ。そんなにだめなんですか?」

「…当然です。彼は危険です」


それを聞いてきょとんとしてしまう。


「この前はあたし達に被害はないって言ったじゃないですか」

「……それは彼の目的に邪魔でなければの話です。白瑠と顔を合わせればお遊びの死闘を始めますが、私達がもしも“彼”の障害物になるようならば………容赦なく一捻りでしょう」


レベル100に例えてみれば、白瑠さんは100。幸樹さんが50辺り。

黒の殺戮者は100だろう。

幸樹さんも、あたしも及ばない。


「でも、障害物になるわけじゃないでしょ?」


そう笑って言ってみたが幸樹さんは答えない。何も答えてはくれなかった。


「この話は終わりにしましょう。そろそろご飯を作る時間ですよ、椿さん」


そう話を無理矢理閉じられて、部屋を追い出されてしまう。


「知らぬ間に、障害物になってる…?」


ご飯を作りながら、考えがそこにいきついて呟く。

そういえば、藍さんがあたしに聞かせてくない話を白瑠さんにして白瑠さんが怒っていた。

あたしは知らぬ間に、黒の殺戮者の敵になってしまったのか?

それなら白瑠さんが怒っているのもわかる。幸樹さんが話したがらないのもわかる。

何かを隠してる。藍さんもラトアさんも知っているに決まっている。


「あたしだけ仲間外れ?」


ダンッと包丁を振りおろす。

あたしのことなのに、本人に黙っているのか?イジメかよ。

いや…もしかしたら単に白瑠さん本人に喧嘩を売って戦争を始める気なだけかもしれない。

それにあたしを巻き込まないため。その可能性もある。


「……火都に訊こうか…」


幸い、火都はあたしを知らない。知っても話をしてくれそうだ。あくまで友達なんだから。

たまに思う。友達は利用製品だと。……しょっちゅう思ったり。

火都と直接の連絡先を知らなくても、火都の連絡先を知ってるであろう人物の居場所は知っている。


「………」


その人に会う前に、先ずは面倒事を片付けなければならない。

指切り殺人鬼。

手段を選んでいる場合ではない。




「探偵ごっこしない?」


 ある人物を呼び出して、あたしはそう気軽に誘った。

学校帰りの学生服の那拓蓮真君。

初めは意味が通じていないのか意図を読んでいるとこなのかきょとんとしていたが、やがてニヤリと笑った。


「事件かい?ホームズ」

「これは面白い事件だぞ、ワトソン君」


あたしはにっと笑って見せた。

 夕方の公園で、あたしは説明をする。一人で殺人鬼を見つけてある物を手に入れなきゃいけない仕事であると、知っている限りの今の情報を、話した。


「お前っていつも楽しいことしてんのか?ぼく殺し屋になりたいかも」


軽口で蓮真君は言う。

「いつもこんなことしてるわけじゃないわ」とちゃんと否定しておく。


「わかってる。遊太の兄ちゃんなら喜んでやったに違いない」

「君は乗り気じゃないの?」

「その仕事。単独でやるってのが条件なんだろ。いいのか?ぼくが手伝って」

「あら、単独で遂行するのは殺しのことよ。探し出すまでは誰かの手を借りるわ」


あたしはそうしれっと言って見せた。屁理屈だろうが別にいい。あらゆる手段を使うまでだ。

「お前信用なくすぞ」と蓮真君は苦笑して洩らした。

しかし、急に笑うのをやめてあたしを見上げる。


「ぼくなんかより、お兄ちゃん達に話してやるべきじゃないのか?偽者の件だってぼくは役に立たなかったしね」

「お兄ちゃんに言ったらまじ軟禁される……だから黙ってるんだよ。今……色々あってさ」


ラトアさんとはバレるなと約束してるし幸樹さんは怪我で動けないし白瑠さんはピリピリしてる。

白瑠さんと二人きりになるのはこの一週間避けてきた。だから、話す気は更々ない。


「じゃあ、あの鬼は?」

「鬼?」

「ストーカーだよ。狩人だし、警察と繋がってるし、何より好意があるんだから頼めば引き受けてくれるだろ」


嗚呼、秀介のことか。

確かに秀介は警察にコネがあるから情報はおろか殺人現場に入れる可能性がある。

警察と関わるなんてあたしにとってリスクが高い。


「考えてなかったな……秀介君とは連絡先交換してないから、無理なの。つか、密かに秀介君と会ってるってバレたらやばいんだよ」

「ふーん、だからぼくってわけか。でもそれならストーカーよりぼくの方がやばいんじゃないの?」


那拓だから。


「死ぬ気で君のことだけはバレないようにしなきゃ」

「はは、頼む。お兄さんに殺されたくないからな」

「……………」

「?、どうかした?」

「いや……別に」


秀介に頼まない理由は他にもあったりする。

今会ったら、今手を差し伸べられたら、すがってしまいそうだから、嫌なんだ。


「……あそこが最期の居場所だと思ったのにな…」

「ん?何?」


ただの独り言だ。何でもないとあたしは首を振った。

 二人で指切り魔を追う為の手順を話し合うことにした。前回とは違い犯人が足跡を残しているわけでもない。


「連続殺人事件なんだし、先ずは被害者の共通が何なのかを調べよう」


某イケメン高校生探偵みたいに真剣な眼差しで蓮真君は言う。仕草がいちいち格好いい。

手掛かりは被害者になり。

連続殺人事件ならば共通があるはず。

しかし、メールの情報には被害者が発見された場所と殺害方法くらいしか記されていない。

情報網が他にないため、あたしは多無橋さんに電話することにした。

コール四回目で多無橋さんは電話に出た。

「もしもし、誰かな」と明らかに笑っている声で第一声を発する。


「紅色の黒猫です。連絡が遅れて申し訳ございません。お聞きしたいことがあります」


あたしは勝手に話を進めて淡々と言った。隣で息を潜めた蓮真君が黙って見守る。

多無橋さんのなんかわからない言動を無視して被害者の共通点はあるかと訊いた。


「それなら調査済みだ」


一週間が長過ぎたのか、もう調べてくれていたらしくすんなりと話してくれた。


「複数の被害者の知人によれば、被害者は指が綺麗だったそうだ」


……なんか手掛かりになりそうにない共通だった。


「顔もそれなり整った被害者らしいよ」

「外見じゃなく、もっと犯人にピンとくる共通点はないんですか?例え、ネイルサロンに通っているだとか。それなら指先をようく見れるし」

「しかし、黒猫ちゃん。被害者には男も半分いるんだ、例のブツの持ち主だって男だしね。それに手なんて街中をすれ違うだけでも見れるだろう」


確かに、そうだが。共通点がないと見付けるには時間がかかってしまう。

目的であるブツを、犯人が取っといている可能性は低いのだから。

辿り着けるような情報が欲しい。…なんて。そんな情報があるならばもう多無橋さんは云うしそもそもあたしに探してもらう必要なんてない。指切り魔の居場所を見付けてそして一人で殺せと依頼するだろう。


「それじゃあ…一番新しい殺人現場に行きます。詳細を送っていただけますか?」

「ああ、いいよ。新しいと言ったら三日前だね」


三日前。

放置してる間に新たな被害者が出たらしい。

電話を切って数分で新しい情報を記したメールが届いた。


「椿、あとで被害者の発見現場を全部入れてメールで送ってくれ。地図で記したらわかることもあるだろうから」

「そこまでしてくれるの?頼むね」


一緒に画面を覗く蓮真君は妙に積極的だ。もうこの件を任せてもいいかもしれない。過言だけど。


「綺麗な指を持つ人間なんてどれくらい居ると思う?」

「さぁ、知らない。指が綺麗なんて思ったことない」

「あたしの周りは綺麗な人ばっかだけどな……。ピアニストとかギタリストとか、それも共通にならないのよね」

「楽器を弾く人間は指が綺麗なのか?」

「イメージ」

「綺麗な指ってどんなの?」


どんな指って問われても……。

「細りと長くて血色のいい指?」…かなぁ。


「椿のは綺麗な指に入るのか?」

「んなわけないじゃん。若干平均より掌が大きいだけで細くないもん。蓮真君は剣道をやってるから……おお、おっきい」

「お前こそ、短剣で生首作るくせに小さいな」

「生首なんか作ったことないよ」

「ん?やけにすべすべしてて柔けーな。ぷにぷにする」

「うひゃ揉むなよ擽ったい。男って骨が浮き出てるよね」


手を繋いでもみもみしながら互いの手を観察。年下なのにあたしより大きい。それは男女の差ってやつだろう。指は長いし焼けていない肌。綺麗な手だろう。

あたしはせいぜい爪が綺麗なところしか長所は見当たらない。


「綺麗な指、ね。そんなものを集めてどうするんだ?どうせ腐るだろ」

「腐らないように保存するんじゃない?それか……アクセサリーにするか…食べるか」


指を食べている人間を想像して手を繋いだまま顔を合わせて青ざめる。流石にそれは気持ち悪い。無理。

人喰い族とか人間の親指をアクセサリーにして首に垂らしていそうだ。

 猟奇殺人は何かを求めての殺人のこと。奇妙な趣味での殺人。

今回は指集めの趣味。

綺麗な指を求めている、ということにしよう。ただの殺人狂で獲物を仕留めた戦利品なのかもしれない。

殺し屋ではない可能性は大。

しかし裏の人間も殺されているところを見れば裏現実者なんだろう。

警察が知っている被害者はあくまで数人だけ。あとは上手く始末されているそうだ。

手掛かりは警察よりあたし達が掴める。

だから。この場合。

篠塚さんの心配をすることはないんだろうと、思う。鉢合わせすることだって、ない。

でも、心配する。

あの人はいつも危うい。

あたしに遭うし、頭蓋破壊屋に遭うし、偽者にだって遭う。

遭うにも関わらず殺されないのは運がいい。

でも、運はいつだって、見捨てる。

知らなくていい裏の現実を、見ることになってしまう。あの人は表の人間なんだ。

それが心配でたまらない。


「椿?お前、何か悩みでもあるのか?」


思考に夢中で話を聞いてなかったあたしを我に戻す蓮真君。


「え…いや、別に」

「嘘つけ。お前わかりやすいんだよ、眼がどっかを視てる時は何か思考してるんだろ。集中しろよ」

「ん……ごめん」


蓮真君は重たい溜め息を吐いた。

かと思えば、顔を近付けてあたしの眼を覗く。それから微笑を浮かべた。


「聞いてやるから話せ。ほら、ぼく達、秘密の友達だろ?」


そう言った。秘密の、友達ね。

間違いではない。正しくないとは言えない。


「自殺、を考えたことある?」


少しだけ、気分が楽になってあたしはそう口を開く。

蓮真君は怪訝な顔をする。


「そりゃあ………一度や二度、ばかなことで死にたくはなったけど…。それが?」

「………………なんか、疲れを感じるの、最近」


違う。あの日。あの台詞を聴いてからだ。


「責任を……多分…押し付けて───────」


そこまで言ってあたしは言うのをやめた。止めた。


「ううん。何でもない。今のは忘れて」


あたしは首を振って話を戻した。

明日。一番新しい現場に行く為に予定を話して、家に帰った。



 その夜、些細な事件が起きる。

遊びに来ていた藍さんのパソコンを覗けば、幼女やら中学生のあからさまに盗撮された写真が映し出されていて、正真正銘至極究極にドン引きをしていたあたしの後ろに立っていた。

いつ家に入ってきたのかさえわからない吸血鬼であるラトアさんが───今夜はやけに妖しく色気を放っていて、吸血鬼らしい──あたしを見下ろして言う。


「椿お嬢───デーどに行こう」


吸血鬼が───赤面をしてデートの誘いを噛んだ些細な事件。



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