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紅い瞳の黒猫


熱いくらいの温もり。

愛しいくらいの愛情。

触れる肌が愛で熱くなる。

愛してる。

愛してる。

愛してる。

愛してる?




「蓮真君」

「ん…?」


 眠そうに返ってくる蓮真君の声を携帯電話から聴きつつ、あたしは必死に落ち着こうとしていた。


「もしもの話だよ。もしもさ…酒を飲みまくった翌朝にさ…異性とベッドの上に、裸で寝てたら………どうしますか?」

「………………………………………………………あれ?聴こえないなぁ、電波が悪ぃな、ああー」


ブツリ。

電話は一方的に切られる。

もしも話を聴くことさえ放棄されてしまった。見捨てられた。くそう、冷たい。


「んぅー、つばぁきぃ……おはぁよぉ」


目を覚ました隣の白瑠さんが起き上がり、あたしにすがり付いて頬にキスをした。


「昨日は楽しかったねぇ」


ちゅ、と楽しげに白瑠さんはあたしの耳にもキスをする。

ササッと血の気が引くあたし。

起きて直ぐに堪えていた悲鳴を、あたしは全身全霊をかけて上げた。


「きゃああああああぁあっ!!」


朝イチであたしの悲鳴は家に轟く。直ぐ様に家にいた住人達は、駆け付けた。



 整理しよう。

一週間の謹慎が解けて、昨夜は仕事をした。殺しの仕事。

白瑠さんとだけではなく、藍さんに幸樹さんに由亜さんと仕事をした。

それで帰ってくるなり、飲み会になったのだ。

飲み会だけは覚えている。

飲んで幸樹さんと由亜さんが抜けて先に寝たところまで覚えている。

そのあとはまるっきり覚えていない。

まるっきり覚えていないで、起きたらこうだ。

白瑠さんと二人きり。

そしてベッドの中で、二人で裸で寝ていたのだ。

悲鳴を上げる。悲鳴を上げるっつうの。


「えっと…えっと……妊娠検査薬を買ってくるべきかな…椿ちゃん」

「白瑠は中に出してないそうですよ」

「でも椿ちゃんは不安になってるみたいだけど…女の子は不安になっちゃうんだよ」

「妊娠云々の前にあたしは……全く覚えてないんですよっ!!」


駆け付けた幸樹さんと由亜さんとリビングで話し合い。あたしはバンッとテーブルを叩いた。叩いたあと頭を抱える。そしてう゛ぅ…と唸った。


「あたし……全く…覚えてない…。あたしまじで…ヤっちゃったんですか…?」

「えっええ?それは…アタシと幸樹さんは先に寝ちゃったから…」

「私達が寝たあとにヤったみたいですね。白瑠が嬉しげにヤったと言ってましたよ」


一足先に幸樹さんは白瑠さんから事情を訊いた。あたしが悲鳴を上げるので白瑠さんは家から追い出されてる最中。

白瑠さんが言い切ったのか。

「事実ですよね?」とニコッと笑いかける幸樹さん。

あたしは顔をひきつらせて沈黙する。

事実。事実。なんて重い言葉なんだ。


「…………殺す」

「えっ!?」

「頭蓋破壊屋だと関係ねぇ…!殺す、殺すっ!白の殺戮者と殺し合いをする!」

「いいじゃん、ヤりあったんだからさ」


殺意が湧いてナイフを握り締める。この際だ、殺す!

そうすればずっと黙っていたソファに座る藍さんが口を挟んだ。

あたしは藍さん目掛けて握っていたナイフを投げ付ける。


「おおおお落ち着いて!!」

「これが落ち着けるか!!奴は未成年で酔っ払いを犯しやがったんですよっ!!」

「落ち着いてください、椿さん。白瑠から聞いた話では……誘ってきたのは椿さんからだそうですよ?」


……………は?

口があんぐりと開きっぱなしになる。何ですと?


「私と由亜さんが先に寝た後に椿さん達はお酒を飲み続けて、藍と椿さんが潰れたそうです。白瑠が椿さんを部屋に運ぼうとすれば貴女が起きて…貴女からキスしてきたらしいですよ」


顎が外れるくらい大きく口を開いてあんぐり。

幸樹さんは続けていった。


「白瑠は酔っ払っているので始めは適当に宥めていたのですが、椿さんの身体が密着して白瑠の身体がすっかりその気になったそうです。激しいキスをしながら椿さんの部屋に行き、ベッドに押し倒した。先ずは椿さんの服を脱がせて」

「んにゃああぁあああぁあああっ!!」


あたしは耳を塞いで幸樹さんの台詞を遮った。

ど、どどどどどうしよう!

断片的に記憶が蘇ってきた!永久に消えてろ!

悪魔のせいに出来るはずだった。記憶がなければ悪魔がまた身体を乗っ取ったのかもしれない。そう微かに希望を抱いていたのに打ち砕かれた。

悪魔に乗っ取られたにしろ、白瑠さんと肉体関係になったことに間違いはない。

師弟関係、兄妹関係、肉体関係。うわっ、うわわわっ。身体中真っ青になりそう。


「どちらにしろ!酔っ払いを犯したんじゃないですか!あたし犯されたんだよ!?幸樹お兄ちゃん!!」


あたしは涙目で訴えた。

寧ろお父さんと呼ぶべきだろうか。幸樹さんは困ったように考える素振りをした。

いつかは犯されると話したが、家族だと言った一週間後に犯されれば事情は変わるだろう。

緊急事態だ。事件だ。事件。警察だ警察!


「あっ!…あぁっん!…ふっ……んんっ!…あぁっ」


不意に聴こえてくる喘ぎ声。

あたしと由亜さんと幸樹さんは、ソファにいる藍さんを見た。

背凭れに乗せてパソコンを開いている藍さん。


「はぁんっ…!あっ、あぁっ…」

「はぁ……椿…気持ちいい?」


聴こえてくる女の喘ぎ声のあとに白瑠さんの声が聴こえてギクリと震えた。

ギシギシとベッドが軋む音に合わせて喘ぎ声が出ている。出しているのは…まさか。


「あっ、いやっ…はあんっ!だめっ……あ、あぁっあっ…!白瑠、さっ…あぁっ!」

「ん、イっちゃう?」

「あっイっちゃう、あっ!ああぁあんっ」

「んにゃああああああああぁああああっ!!!!」


あたしは真っ赤になって大声で遮った。な、なっなっなぁっ!!?


「なんですかそれは!?」

「目を覚ましたらさ、椿お嬢の喘ぎ声が聴こえるんだもん。録音しちゃった」

「今すぐ消せぇえ!!つうか止めろよ!!」

「え?お嬢すげぇ感じてる声を出してるんだぜ?僕が入ったら3Pになってたよ、それくらいお嬢淫乱だったよ」

「淫乱な椿さんの喘ぎ声、私に送ってください。椿ったらいい声で喘ぐんですね、由亜さんは上げてくれないんです。でもイキ顔がそそるんですよ」

「訊いてない!!つかもらおうとするな!それでも兄ですか!?」

「最近は淫乱な世の中ですから兄が妹をオカズにしても可笑しくないでしょう」

「オカズっていうな!!止めてよ由亜さん!!」

「まだ続きあるよ?椿お嬢は三回イッたんだよ、もうAV女優さながら…」

「てめぇ!この変態野郎!殺してやる!!」

「うぎゃあ!?」


由亜さんが沈黙してる最中、あたしは精一杯になって混乱していた。

幸樹さんは頻りに笑い、藍さんはパソコンを死守。


「これでわかりましたよね?ふふっ、椿さんは酔っ払っていましたが、じゅーぶん楽しんだようですね」


わかりたくない、わかりたくない。

断片どころか全部思い出してしまった。最悪だ。

あたしはソファの後ろに座り込んだ。崩れ落ちた。立てそうにない。


「……あり得ない………キスだけでも…不自然だっていうのに……白瑠さんと寝るなんて…」


不自然がありまくりだ。

変な感じ。妙な感じ。

これが秀介なら、まだよかったと思う。彼は想ってくれてるし、今後の展開も困らない。

愛していると返事ができる。

………………………。

ど、どうしよう!

秀介になんて…!?

やっと愛とやらに向き合おうとした矢先に…!

罪悪感がずしりとのし掛かる。

気を失いそう。寧ろ今すぐ記憶喪失になりたい。植物状態で構わない。

誰か昨夜のことを揉み消して。

もうだめ。世界は終りだ。終末を迎えてください。

「ふふふっ」と笑う声が聴こえて、あたしは顔を上げた。

笑っているのは由亜さんだ。


「そんなショックに受けることないよ、椿ちゃん。だってただ流れでしただけじゃなく、愛してるからだもん」

「?…白瑠さんが?家族愛だとしても、流れで寝ちゃいますか?」

「家族愛じゃなくって」

「由亜さん…」


何か楽しげに微笑んでいる由亜さん。その笑顔は見たことある。秀介と食事をした時に見た。

家族愛があれば寝ていいのか、なんだそれ。とあたしが首を傾げれば、幸樹さんはゆるりと首を横に振った。

 ガチャン。と聴こえてきたのは玄関から白瑠さんが返ってくる音。

ぴっきーんと固まる。

廊下を歩いてくる気配を感じる。


「つーばぁちゃん!」


ご機嫌の中のご機嫌の声とともにリビングにご到着。

次の瞬間にあたしはバタンと床に押し倒された。


「チーズバーガーとぉ肉まん、どっち食べたいぃ?それともお・れ?うひゃひゃあ」

「っ……!!」

「朝から新妻ごっこはやめなさい、白瑠」


いきなりキスをしてきやがった。だめだ、こいつ殺すしかない。

あたしがソファに刺さるナイフに手を伸ばせば、幸樹さんが白瑠さんを退けた。


「さっき言っただろう、白瑠。椿さんは戸惑ってるんですよ」

「うん。でもさぁ」

「暫くは指一本触れないこと。兄である私が許しませんよ」

「!、お…お兄ちゃん!!」


うっ、と涙目になる。

まともにお兄ちゃんになってくれた幸樹さんが救世主に見えた。

お兄ちゃんのあるべき姿だ。


「えー!いつまでぇ?」

「暫く」

「暫くってぇ?」

「私がいいと言うまで。椿さんが触っていいと言うなら話は別ですが」

「っつーちゃん!」

「嫌です」


ぱっと笑顔を輝かせてあたしを見た白瑠さんを一蹴。


「ぅええぇー、つーばぁきぃー」

「嫌です嫌です。触るな」


仔犬みたいな眼差しも見ずに余所を向いて完全拒絶。


「えーん!椿、あんなに俺にねだってたのにぃ触ってってぇ」

「っ…!」

「あっ!!つーちゃんから触ったらぁいいでしょう?」

「それは当然、いいですよ」


よくねぇええ!!


「わぁい!やったぁ!」


ばっと手を広げて白瑠さんはあたしに抱きつこうとした。触るなって言ってんじゃん!


「だーめ!ほらほら、お嬢こっちおいで」


それを阻止したのは意外にも藍さんだった。

手を突き出して白瑠さんを止める。あたしの腕を掴んで藍さんはソファに座るように促した。


「くっ…藍さんに助けられるとは屈辱だ…」

「たまには素直にお礼を言ってほしい…お嬢」


あたしは嫌々ながら藍さんの隣に座る。藍さんは乾いた笑いを洩らした。

ブーイングをする白瑠さんから守るように藍さんは背凭れに腕を置く。


「いや、先ずはアレを消せ。そしたら礼を言ってやる」

「上から!?お嬢!妹キャラ、いってみよう!」

「はぁ?お前ただの隣の変態ヤローじゃねぇか」

「超機嫌悪っ!まだ家族外だった!?お嬢!一回だけでいいからお兄ちゃんと呼んで笑顔を!」

「よだれ出てる!」

「俺も入れてぇ!!」

「ぎゃあああ!!」


白瑠さんがソファに飛び込んできたのであたしは猫並の反射で避けた。


「あ、そうだ。お嬢。ラトアと連絡とれたよ」


不意に藍さんはラトアさんの名前を出す。

白瑠さんはソファに沈んでいる。あたしは肘掛けに乗ったまま首を傾げた。


「……ラトアさん?」

「お嬢、連絡とりたがってたじゃん」

「……………あ」

「おや、その反応は完全に忘れていたようですね」


……完全に忘れてた。

悪魔退治を完全に忘れて一週間過ごしていた。

なんてこと。

この騒動で藍さんが言ってくれなきゃ悪魔が次に動くまで忘却していた。

危なかった…。

こればかりはちゃんと礼を言おう。


「藍さん!」

「ぐふ!つーちゃん…折れちゃう折れちゃう。体勢変えてから上に乗」

「黙れ」


この際白瑠さんを押し潰して藍さんを見上げる。


「ありがとう!藍さん!」

「っ…可愛い!笑顔、ツボ!」

「連絡をとったのは私ですけど」

「ちっ、なんだよ」

「切り替え早っ!」



素直に礼を言ったが直ぐに切り替えてテーブルの幸樹さんの元に行く。


「ラトアさん、なんて?連絡先は?」

「目の色変えて…そんなにラトアに会いたかったんですか?」

「椿ちゃんはラトアくんが好きなのかな?」

「大好きです!」


幸樹さんはクスクス笑い、由亜さんがキラリと目を輝かせた。そりゃあラトアさん、大好き。


「…。ラトア、来るって?うひゃあ、こ、ろ、す♪」


ソファから起き上がった白瑠さんが笑いかける。またラトアさんを刺す気だ。


「ラトア、事が済んだと伝えに電話をしたんですよ」

「で?」

「それだけです」

「……連絡先…」

「屋敷から出ちゃいましたよ」


連絡先なし。

振り出しじゃないか。

ぬか喜びをしてしまった。

あたしはズーンと落ち込んだ。


「つばちゃんが落ち込んだ!」

「椿ちゃん!大丈夫だよ、ラトアくん今夜来るって!」

「駄目じゃないか、直前まで黙るつもりだったのに」


由亜さんの言葉を聞いてあたしは飛び上がった。


「ラトアさんが来るんですね!やったぁ!」


笑顔になる。これで悪魔を追い出すことができるんだ。

飛び跳ねて喜びに浸れば────ズキンッ。


「っ!」


頭痛が走って頭を押さえた。あまりにも強烈な痛みにバランスを崩して、床に倒れる。無様にバタンと倒れた。


「…………………」

「つばちゃん?」

「椿さん?」


皆が倒れたあたしを見下ろす。あたしは絶句。

痛みはもうない。

だけど、今の頭痛は間違いなく悪魔の仕業だ。

いつでもあたしに攻撃できることを意味しているのか。くそう。喧嘩売ってんなら買うぞ。


「二日酔いで頭が痛いので夜まで寝ます。ラトアさんが来たら起こしてください」


あたしは起き上がるなり走って自分の部屋に戻った。

タンスの上の銀色の指輪に手を伸ばした途端に頭痛に襲われる。

 悪魔の喚き声が頭の中に響く。

 激しい頭痛。

それに悲鳴を上げないように歯を噛み締めて指輪を嵌めた。

その瞬間、頭痛も騒音も止んだ。


「く………はぁ…はぁ…セーフ……」


銀色の指輪は悪魔を制御できるらしい。

指輪をつけている間は、悪魔は何もしなかった。

指輪を外した途端、あたしは身体を乗っ取られた。

秀介に聞いて、解ったことだ。

秀介と蓮真君に感謝しなきゃ。

一息ついてベッドに倒れ込む。


「つーばぁちゃーん」


そこに白瑠さんが部屋に入ってきた。あたしは直ぐにベッドの脇にあるカルドを手にする。


「大丈夫?」

「…大丈夫です」

「なんか様子変だったけどぉ、本当に二日酔い?」

「もう大丈夫です」

「ふぅん」


白瑠さんは部屋に入ってきたがベッドに近寄ろうとしないでただ壁にそって立ってあたしを見た。

ギクリとする。

白瑠さんに感付かれたかもしれない。へらへらしつつも何もかも見抜いている人だから。

あたしは白瑠さんの出方を待つ。なるべく平然を装って白瑠さんを見た。


「………誘ってる?」

「出てけ」


とりあえず、追い出すことに成功。

あたしはまたベッドに横たわって携帯電話を開いた。

秀介になんて言おう、それはもう考えたくないので忘却して放棄する。

先ずは蓮真君に朝の電話のことは忘れてほしいとメール。それから指輪は気に入っているとことも云っておこう。

ラトアさんを待ち、ハウン君、あの似非神父を呼んでもらうだけだ。

それで頭の中の悪魔を取り除いてもらう。

そうすれば、問題は黒の殺戮者だけになる。

これで平穏になるんだ。

 あたしは起き上がって、引き出したから写真を出した。

クリスマスの写真。

一同が並ぶ、家族写真みたいな一枚。

それを見つめて、微笑んだ。

これからは、平穏なんだ…。

あたたかい場所。

誰にも冷たい場所に突き落とされない。

悪魔にも、黒の殺戮者にもだ。

あたしはあたたかい場所に居続ける。

そうすれば苦しまず凍えずにすむ。

愛のある日常。

それが続くためになんだってしよう。


「んひゃひゃあ」

「…まだ、いたんですか?」


笑い声が響いてビクリと震え上がる。白瑠さんがドアから覗いていた。

うわ、写真見てにやにやしてるとこを見られたよ…。


「んー♪朝御飯、ちゃーんと食べないとだぁよぉ」


白瑠さんはビニール袋をあたしに投げて、今度こそ行ってしまった。

あー、びっくりした…。

そうだ。あの人のことをどうしよう。

………………。

忘却しようか。

忘れよう。跡形もなく。

なかったことにしよう。

彼だって、いつも通りなんだから。



 その夜。陽が暮れた直後にラトアさんは家に来た。

吸血鬼独特の気配を放つからすぐにわかってあたしは部屋を飛び出す。

玄関に、黒いコートを纏った男がいた。勿論、それがラトアさんだ。


「ラトアさん!会いたかったです!」


あたしは見るなりラトアさんに飛び付く。ギュッと両手両足で抱き締めた。

流石強靭な吸血鬼。あたしが突進してもびくともしなかった。


「お、おいっ!嫌がらせかっ!離れろ!」

「ん?」


と思ったら別の意味で固まっていたらしい。ラトアさんが目を向ける先には、笑顔で殺気立ちナイフを構えている白瑠さんがいた。

あたしは冷たくラトアさんから引き剥がされる。酷い。


「女性が男に飛び付くなどはしたないぞ。いきなりなんだ」

「ラトアさんに会いたかったんです。何度も屋敷に連絡したんですよ」

「ん、ああ…そうなのか、それは悪かった。忙しかったもんでな」


致し方なく離れて会話をする。忙しかった。使用人が電話に出れないほど、ね。

どう忙しかったかは興味がないので訊かない。

ラトアさんの腕にギュッと抱き付くと、白瑠さんがナイフを放った。間一髪ラトアさんは受け止める。


「貴様、いい加減にしろ…」

「うひゃひゃあ、挨拶挨拶」

「吸血鬼だからってやっていいと思うな!」


怒ってラトアさんは怒鳴った。白瑠さんは軽く笑い退ける。

あたしは気にせずにラトアさんの腕を引っ張って廊下を歩かせた。


「ラトアさん、ハウン君が何処にいるか知りませんか?」

「ハウン?嗚呼、確かジェスタと日本を去ったはずだ」

「今……日本に居ないんですか?」


目を見開いてあたしは足を止める。ハウン君の家には居なかったが、日本にさえいないのか。


「いない。悪魔退治を再開したのだろう。どうした?」

「……連絡、出来ないんですか?」

「出来ないな、連絡手段を持ち合わせていない。奴らからこっちに会いに来ない限り無理だろう。世界は広いからな、探すのは無理だ」


日本なら話は別だが。

ラトアさんは探すのは無理だと断言した。

日本以外にいるはず。それだけでは見付けられない。

あの草臥れた似非神父が一体何処をほっつき歩いているかはわからないんだ。


「なんだ?何か用があったのか?」

「………ハウン君に、会いたかったんです。あと…ジェスタさんにも、ね」


ラトアさんが首を傾げて問う。

ジェスタに会いたかった。

会わなくちゃいけないんだ。

なのに、会えない。

悪魔が嘲笑っている気がする。…畜生。


「んぅ?椿?どした?」

「…いえ、別に。ショックを受けただけです。ラトアさん、ほら座ってください。お疲れでしょ」

「疲れてない」


白瑠さんがあたしの顔を覗く。あからさまにショックを受けた顔をしているだろう。若しくは蒼白になっている。

あたしはそのままラトアさんの腕を引いてリビングに連れていった。

 ラトアさんと由亜さんは幸樹さんを通じての知り合いだそうだ。

軽く挨拶を済ましたのを見てあたしは用件を聞いた。

正直、悪魔退治が出来ないのが不安で不安でしょうがないが、事情を知らない皆にバレないように会話に集中する。


「仕事の話を持って来たんだ。この前の挽回をさせてほしくってな。例の件はオレのせいで失敗に終わらせてしまったから」


この前の仕事。

仕事をする前に依頼人が殺られてしまった件だ。その後始末を今までやっていた。


「外国ですか?」

「ロスだ」

「ロスか……ふぅん。やります。ねっ、皆で行きましょう!」


ロスにジェスタ達がいるのを願おう。あたしは師匠の返答も聞かずに幸樹さんを振り返った。

同じ国で仕事をすると黒の殺戮者に見付かるから了承するだろう。


「私はオペがあるので、今回は不参加ということにしてください」

「あ、じゃあアタシも幸樹さんと残る」


幸樹さんがいかないならと由亜さんも不参加。

「あぁ、そうですか……残念です」とあたしは直ぐに諦める。

海外旅行を皆で楽しもうと思ったのに、残念だ。


「藍さんは?」

「え?僕?」

「そうですよ。予定がありますか?」


黙ってパソコンをいじっていた藍さんは、心底驚いた顔であたしを見上げた。


「あ……ううん、ない、ないよ。うん!行く!」


藍さんはご機嫌な笑顔で頷いた。


「決まりですね、藍さんとラトアさんに白瑠さんとあたしで行きましょう」


メンバーが決定。

仕事の話をした。

大企業の社長が今回のターゲット。

裏で依頼者と対立をしていて最近殺し屋を送られたので始末してほしいそうだ。

ターゲットも殺し屋が送られることを予想して狩人を雇った可能が高い。

つまり今回の敵は狩人になる。


「狩人……ですか、心配ですね。椿さんは降りた方がいいんじゃないですか?」

「口を挟まないでください。あたし、トリプルなんとかっていう狩人三人に勝てたんですから大丈夫ですよ」


内容だけ聞いていた幸樹さんが口を挟んだので反論する。


「大丈夫大丈夫、ラトアが盾になるから」

「ならん」


そこに白瑠さんが加わる。


「幸樹も心配無用だよ、僕がサポートするからさ」

「藍が油断している時に限って椿さんはピンチになりませんでしたか?」


藍さんがフォローしたが幸樹さんに痛いところを突かれた。あたしにはフォローできない。


「由亜さんー、なんとか言ってください」


あたしは由亜さんに助けを求めた。あたしに頼られて由亜さんは目の色を変えて幸樹さんをバッと見る。

それだけで幸樹さんは降参をした。

おお、新しい武器。由亜さんを味方につける。


「せっかくだし一週間ぐらい滞在して仕事やろっかぁ」

「あーいいねー、黒もそろそろ日本に来ちゃうだろうからさ。じゃあ住みかを探すよ」

「ん?……黒の話をしたのか?」

「ああ、しましたよ。それで皆で黒から逃げるってことに決まりました」


ラトアさんが反応したからあたしはちゃんと話した。

そうか。そろそろ日本滞在を突き止めてコクウが来る。

黒の殺戮者が動く。

ラトアさんの仕事はタイミングがよかったらしい。

ラトアさんは意外と言わんばかりの表情で白瑠さんに目を向けた。

白瑠さんは気付くなりナイフを投げ付ける。それをあたしが叩き落とした。


「やめてください、白瑠さん」

「ぶぅーいいじゃん。つばちゃんだって好きじゃん、血がぶしゃあって」

「仲間の血は別ですよ。もう」


あたしは溜め息をついてナイフを拾う。

最近はたまに黒の話をする。黒の集団の動きを掴んだ由亜さんと藍さんが教えてくれるのだ。

出会した際の対策案を幸樹さん達から聞くが大体が殺さずに逃げろと言う。

殺すと反感を買うので厄介事が増えるんだ。

レネメンに会っても逃亡するしかない。

火都と遊太は大丈夫な気がするが、念のため逃げよう。

捕まったらあたしの敗けだ。

敗けたくはない。血をとられてしまう。

 話がまとまったら幸樹さんがお酒を出して飲み始めた。

あたしも勧められたが昨夜の過ちを繰り返したくないから断って藍さんの隣に座る。藍さんに情報収集の仕方を教わることにした。それに由亜さんも加わる。


「黒の大抵の情報はコイツから貰うんだ。僕の子分みたいなもん。コードネームはバリュー」

「じゃあ、そのバリューから黒の殺戮者があたしを捜している情報を掴んだんですね」

「あー、いや。それは別ルートさ」


カチャカチャと藍さんがキーボードを叩く度に画面は目まぐるしい変わっていく。

バリューの話はしたが、藍さんはその別ルート先を口にしなかった。

前から気になっていたんだ。

藍さんは“誰よりも先に入手した”と言った。

その方法が知りたい。


「情報収集はアタシより凄いよね、藍くん。幸樹さんに聞くまでアタシは黒の殺戮者が椿ちゃんを捜してるなんて知らなかったよ」


情報屋の由亜さんよりも腕が上ということか。その方法を知ってもあたしには無理そうだ。殺すしか能がない。


「それに集団の個人個人の特徴や戦闘スタイルの情報まであっという間に集めちゃうんだもの。アタシなら、時間が掛かるのに…自信消失だよ」

「いやいや、集団の情報はバリューがちゃんと仕事をしてるからさ。集めてるのは数々の部下だよ」

「部下がいっぱいいるなんて初耳です」

「僕は天才だから!ネット上を支配する神だから!」


爽やかな笑顔でポーズを決める藍さん。それなりに名の売れたハッカーにハッカー達が従うらしい。

バリューというハッカーは一体どうやって黒の集団の情報を集めているのだろうか。んー、わからない。

 藍さんにハッキングを教わってからあたしはその日由亜さんと同じ部屋で寝た。

ロスでの土産について話をして盛り上がってキャッキャッと姉妹のように騒いだ。

お勧めの店をリストアップしてあたしの好みで買ってほしいと頼まれた。

女の子らしい話だっと思う。

どんな服がよくて、どんな服が駄目なのか。あたしと由亜さんは好みが似ていて何度も共感した。

その度に由亜さんがはしゃぐ。あたしもついつい笑う。


「残念です。海外旅行したかったです」

「大丈夫だよ、次は仕事なしで皆で海外旅行をしよ!」


あたしが残念がって洩らせば由亜さんは明るく言った。

仕事なしでの純粋な海外旅行。

それも悪くない。そう思った。


「何処に旅行したい?」

「んー、そうですねぇ。パリやミラノに行ってみたいです」

「わ!椿ちゃん、お洒落さんだね!」


本当の姉妹みたいだった。

物知りな姉ができたみたいにあたしは何でも訊く。由亜さんは知っていることを教えてくれた。


「昨日は随分と話し込んでたみたいですね」


 すっかり寝過ごしたあたしが起きたのは正午。幸樹さんがいい加減起こしに来た。


「ふぁあ……。はい…由亜さんがあまりにもお勧めの場所を幾つも話すので聞き入っちゃました」


欠伸を洩らしてあたしは背伸びをする。お勧めの観光地での絶景から美味しいピザ屋まで。

クスクスと幸樹さんは一人笑いを洩らすから首を傾げた。


「私は貴女達が仲良くなって嬉しいですよ」


そう言って幸樹さんはあたしの額にキスを落とす。


「……………仲良く、見えますか…」

「ええ、仲良しの姉妹みたいに寄り添って寝ていました」

「…………そうですか」


ちょっと、嬉しくて笑みを溢す。

幸樹さんにもそう見られているならそうなのだろう。


「幸樹さん、お仕事は?」

「今日は夜勤出勤なんです。貴女方の見送りをしたいのでね」

「由亜さんは?」

「実家に戻りました、用事があるそうです」


リビングに行けばソファに飲み潰れた男三人が寝ていた。

「今夜出発なのに、大丈夫なんですか…」とあたしは呆れた目を向ける。

藍さんは二日酔いになるし白瑠さんは中々起きない。吸血鬼のラトアさんは心配ないだろうけど。


「二日酔いでも行きますから大丈夫ですよ。白瑠を起こすのは得意でしょう?」

「……あたし、禁酒します」


クスクスと幸樹さんに意地悪を言われたので禁酒宣言をする。

そしたら一週間持たない方に賭けられた。じゃああたしは一ヶ月!


「くれぐれも気をつけてください、椿さん」

「気をつけますって。そんなに心配しないでくださいよ…ほら、厄除けしたし」

「まぁ……確かに厄除け効果は効いているようですね。ですが今年は始まってばかりですよ」

「な、何か起きるとでも思ってるんですか……?厄年は過ぎました」

「どうでしょうねぇ…」


脅しか。

あたしは苦笑いするしかない。正直厄はまだ続いている気がする。例えば悪魔とか。


「………明るくなったな」


ボソリと聴こえた声に振り返れば、肘掛けから首を垂らすラトアさんがこちらを見ていた。


「お前、前は無表情が多かった。昨日から思っていたが…明るく笑うことが多くなったな」


明るく笑っている。

意識していなかったからわからなかった。あたしったらそんなに無愛想だったのか。


「ええ、心を開いてくれた証拠です」


くすっと幸樹さんはあたしに微笑みかける。

心を開いた、か。

そんな感じなんだろう。

あたしは完全に気を許している。由亜さんにも幸樹さんにもだ。

言いたくないが白瑠さんとああなったのはそのせいでもある。

この家に完全なる安心感を抱いているんだ。

あたたかい家族のいる場所。

あたしは家を見回した。

一週間帰って来れないのは後ろ髪を引かれる気分だ。


「ふん、無愛想よりはいいな」

「ラトアはいじられて愛想が出るんですよ」

「おい」


 そしてその夜。

愛し始めた家を後にした。

欠伸を洩らす白瑠さんと藍さんを引き連れて空港へ。


「おい……嘘だろ」


 不意に人混みに目を向けて苦い顔を浮かべたのはラトアさん。


「クラッチャー、アイツだ。こっちに来るぞ」


直ぐ様、ラトアさんは白瑠さんに伝える。

アイツ────コクウだ。

コクウがこの空港に来てこっちに向かっている。

ラトアさんが気付いたようにコクウも気付いたのだ。吸血鬼のにおい。或いは白瑠さんのにおい。或いはあたしの──血のこびりついたにおい。


「行きましょう!白瑠さん!」


あたしは白いコートのフードを被って白瑠さんの手を引いた。


「えっ」

「逃げるんですよ!」

「……うんっ!」


手を繋いでエスカレーターを駆け登る。あとから藍さんとラトアさんも登った。

チラッと向けた先に弥太部火都を見付ける。火都も来ているのか。

視ていれば、火都が、ボウガンを向けてきた。そして発射。


「しゃがめっ!!」


咄嗟にラトアさんが突っ込んでしゃがませてくれたおかげで回避できた。

火都に殺されかけた!?

と思ったが飛んできたのはただのペイント玉。


「先に行けっ!オレが食い止める!」

「え、なにそのかっこいい台詞、ずるい」

「アイツに会わせてもいいのか!?」

「ぶぅ」


ラトアさんは台詞の通りに食い止める為に一階フロアへと飛び降りる。大丈夫だろうか。飛行機に乗り遅れないといいが。


「ほらっお嬢行くよ!」


藍さんに背中を押されてあたし達は飛行機に先に乗るために駆け出す。

どんっ。

避けたつもりだったが人とぶつかった。


「おっと、悪ぃ」


反省の色はなくニッと笑みを浮かべたサングラスの男。ちゃらけた服装──那拓遊太だ。

驚いたが彼はただ笑ってあたしに手を振った。

大泥棒に気付かない藍さんと白瑠さんに急かされていたので、あたしは先を急いで走る。

 ラトアさんが上手く食い止めてくれたおかげであたし達は無事飛行機に乗り込めた。そして離陸。

ラトアさんはギリギリ乗り込んだのか、離陸した機内に忽然と現れた。

逃げ切って白瑠さんはご機嫌。

藍さんはロス行きがバレないように細工を施している最中だ。

あたしはトイレに向かって身体中を調べた。

何かを盗られていないか。

あの大泥棒のことだ。わざとぶつかってきたに違いない。

発信器でもつけられたんじゃないかと探したら、一枚の紙を見付けた。

 電話して。黒より。

電話番の書かれた紙。


「……あほか」


あたしはそう言いつつ、ちょっとした刺激にニヤニヤしてその紙をポケットに戻した。


 アメリカのロサンゼルス。

藍さんが用意した部屋に四人で泊まる。

今回は別々の寝室。白瑠さんの白い部屋じゃなくて安心だ。


「ついて早々仕事なんて、タルい…」

「早くしないとまたオレの依頼者が死ぬ」

「うひゃひゃあ、死んだら面白いね!」

「面白くない」

「全然面白くないです」


標的の会社前に停めたシルバーのバンの中で準備中。

通信機の確認と藍さんの監視カメラを確認して準備完了だ。


「ロスにいる狩人の中に手強い奴はいない。だけどくれぐれも気をつけてね」

「くれぐれも気を付けまぁす。藍さんもくれぐれ油断しないでくださいな」

「了解、この僕の才能にかけて!」


藍さんのテンションウザイ。


「じゃあいつもの」

「今回のチーム名は?」

「チーム・ラトア!」

「リーダーは殉職しまぁす」

「ラトアさん、死んじゃ嫌」

「お前らに殺されなければ死なん」

「うひゃひゃ、じゃあ無事生還を誓って、ゴウ!」


手を重ねてそれからいつも通り、パッと放して仕事開始。

 電気のついていない会社の中に入って、あたしと白瑠さんとラトアさんがエレベーターに乗り込む。

そのまま唯一明かりのついている社長室に向かう。藍さんが人影を見つければあたし達が始末しにいく。

沈黙するエレベーターにデジャヴを感じるのは何故だろうか。何かを忘れてる気がする。


「あのね、椿」


 エレベーターが十階を通り過ぎた頃に、口を開いたのは白瑠さんだった。


「はい?」

「俺は椿を愛してるよ」

「………はい?」


顔だけ振り返ったまま、あたしは首を傾げる。

ん………?


「だぁから、愛してるって」

「はぁ……」

「幸樹達が言う家族愛の方じゃないよ」

「……?」


あれ、違うのか。

何で前も聞いたことを今ここで言ったのかわからなく首を傾げてしまった。あ、いや…どちらにしろいきなりの言動の意味が理解できない。


「椿が大好き」

「…はぁ、知ってますが」

「ううん、椿はわかってない。俺が適当に言ってると思って流してるじゃん」


適当でしょ。そう思ったが、白瑠さんは真面目な顔であたしを真っ直ぐに見据える。


「椿を愛してる。誰にも譲らない。俺だけの物でいてほしいんだ。椿を愛してる」


そして、告げられる愛の言葉。

あたしはきょとんとしてしまう。理解しきれていない。


「俺は椿を愛してる」


白瑠さんはあたしを愛してる。


「愛してる」


愛してる?


「愛してる」


愛してる?


「愛してる」


アイシテル?


「愛してる、椿」


アイシテル。


「俺は云ったからね。これからは触るし独占するよ」


最後に白瑠さんはいつもの笑みをニコッと向けて宣言した。なんの宣言だろうか。あたしには全く理解できていない。解読すらできてない。

彼は何を言っているのだろうか。

茫然自失になる。

白瑠さんは笑ったままあたしの顎を撫でて、そして首輪の鈴を鳴らした。


「コホン……十六階に人影発見」

「あっ………あたしが行きます」


耳元から聴こえた控え目な藍さんの声にハッとして返事をする。ボタンを押して十六階で停まってエレベーターが開くなり降りた。


「………今の告白変だったかなぁ?ラトア」

「…………時と場所が変だったな」


 降りた階は暗く視界が悪い。何より静寂だ。

静寂のせいで白瑠さんの言葉がぐるぐると耳元で回っていく。


「……お嬢?」

「にゃん!?」


いきなり呼び掛けられてあたしはビクッと震え上がった。


「にゃにゃにゃんですか!?」

「…動揺してるお嬢、ツボ…。大丈夫?」

「だ、大丈夫でしとも!」

「噛んでる」

「いひゃい……。…えっと、なんですか?今の?」

「告白?」

「告白?」

「告白」

「告白…?」

「うん」

「…うぅん…」


首を捻って考えた。

告白。…告白。……告白。


「頭パンク寸前で全くわからないんですが……つまりなんです?」

「え?僕に訊くの?」

「じゃあ誰があたしに説明してくれるんですか」

「…えー。てか、その階に人が」

「パンクしたまま戦えません、死んだらどうしてくれるんですか」


押し付け。正直一歩も動けない状態だ。誰が現状を教えてくれ。

藍さんは何故か渋ったが説明してくれた。因みに会話は白瑠さん達には聞かれていない。


「つまりは椿お嬢を愛してるから行為に及んだってことを言ってるんだよ」

「行為と言いますと?」

「……Hな行為。まぁそれ以前のハグとかも含まれるんじゃないのかい。白瑠はお嬢を…本当に好きだってことさ」


………………………。


「え゛っ?」

「……………そんなに驚くこと?」

「え゛………だって、信じられない……よ。だってあたし、弟子で、つか、玩具っていう認識をされてるんじゃ…」

「確かに初めは玩具だったかもだけど、愛しちゃったんだよ。お嬢が可愛いから。…え?微塵も気付かなかったの?」


え?何それ。

それって貴方は気付いてたってことですか?


「あからさまじゃん。女の子になら抱き付くと思ってたの?白瑠が抱き付くのはお嬢だけだぜ」

「………………」

「…思ってたんだ」

「思ってたような…思ってないような…。どちらかというと人形を抱き締める子供…」

「だったら椿お嬢が無傷なのは可笑しいよ。心当たりない?尽くしてくれたり、独占欲だしてたり、些細なことで機嫌がよくなったり」


そう言えばパシリを引き受けたり、黒の殺戮者に会わせなかったり、料理をすると機嫌が一発で直ったり…。

あれがありのままの白瑠さんではなく、あたしに対する白瑠さんだったってことか?

好意を寄せる相手にする態度だったってことか?


「まさか…皆知ってたんですか?」

「うん、由亜っちも幸樹もラトアも知ってるよ。本人だけが気付かなかったんだね」


知っていた。

じゃあ由亜さんが言っていたのは、愛してくれる相手に抱かれたから満更でもないってこと。

幸樹さんが言っていた好意を抱いていてあたしの脈を調べてと頼んだのは白瑠さん。

白瑠さんは、あたしに恋愛感情を抱いている。

あたしを愛しているから、あたしを殺さない。


「……っ」


愛しそうにあたしの首の傷にキスをする白瑠さんを思い出すだけで顔が紅潮する。

今までのことを振り返って、白瑠さんが恋愛感情を抱いていると思うとどうしようもなく恥ずかしくなった。


「ど、どうしようっ!わかんないっ、え?なんで?なんで白瑠さんが?」

「……………」

「うわっ、無理!仕事どころじゃない!」

「……大いにパニクってるみたいだね、お嬢。でもお嬢。お嬢って本当、可愛いよ」


頬を両手で押さえて挙動不審をやる。視えていないが藍さんには声だけで伝わってしまう。

藍さんは真面目な声音でそんなことを言ってきた。


「お嬢を愛しちゃうだ。愛しちゃうんだよ。制御は不可能で、だめだと思っても惹かれて、愛しちゃうんだ」


藍さんは続けて何かを言おうとしたが、カランという音を聞き付けてあたしは待ったをかける。

「指輪を落とした!」と慌てて足元を見た。暗くてよく見えない。

銀色の指輪。

…あ。と気付く。

頭痛がない。

悪魔が喚かない。


「……………」


悪魔がまた沈黙をしている。ジェスタが来ないとわかって安心してあたしの中でふんぞり返っているのか。

一体この悪魔は何を考えているんだ。

目が慣れたのか、足元がはっきりと視えてあたしは指輪を拾った。

迷ったがポケットにしまうことにする。仕事中に騒ぐつもりはないはずだ。

悪魔は沈黙を破るタイミングを待っているのかもしれない。契約をするタイミング。

今じゃない。


「見つかりました。えっと…なんでしたっけ?」

「…ん、お嬢に……白瑠に続いて、迷惑かもしれないけど。椿お嬢、僕───……!お嬢、右側の廊下の先、階段フロアにいる!」

「!、了解」


藍さんは言いかけたが監視カメラに人影を捉えたらしく、仕事モードに切り替えた。

あたしも切り替えて息を潜む。

人の気配を感じる。音を立てずに、右に歩いて階段フロアに向かった。

ガラス張りから微かな明かりが差し込む場所に人影は視えない。

階段を使って他の階に行ってしまったのか?


「上だ!」


ハッとして顔を上げれば上から人が降ってきた。階段から飛び降りて武器を振り下ろして来たようだ。

かわすには暇がない。あたしは番犬の剣で受け止めた。

ガキィンッと静寂の中にぶつかり合った金属音が響き渡る。


「!、秀介!」

「え?あっ、椿!」


相手が誰なのか気付くなりあたし達は武器を降ろした。

狩人の鬼、ポセイドン、秋川秀介。


「貴方ってほんと、神出鬼没ね。ストーカーしてる?」

「いやいや、してないしてない!これってあれだよ、俺達運命の赤い糸で結ばれてんだよ!」

「……うぅん」


どうしよう、後ろめたい。

ニカッと笑いかける秀介に罪悪感がのし掛かる。


「まぁ、いいや。今回の狩人が君でよかった、獲物はもらうね」

「は?何言ってんの、つばきゃん」


その話は一先ず忘却して仕事を片付けよう。そうしたら三又槍を秀介が向けてきた。


「いくらつばきゃんでも…依頼人は譲らねーよ」


これは意外だ。

あたしの為ならなんだってしそうな彼が、譲ってくれない。

今回は楽ができると思ったのに。


「……………あたしのこと、嫌いになったの?」

「えっ!?」


あたしと仕事どっちをとるの?と言えばあわてふためくだろうが後ろめたいことがあるのでそれはやめた。

もしかしたら先日の件が原因かもしれない。


「いやいやいやいや!嫌いにならないって!俺は椿が大好きだから!永久永遠!椿を愛してる!ほらっ、俺は椿が俺を愛してくれるまで待つから」

「…………っ…」


この子ったら。

なんて強情なんだろう。

決心の硬すぎる一途。

白瑠さんの告白に続いて云われると動揺してしまう。


「え…あれ…?新鮮な反応…」


ガラス張りから差す明かりであたしの顔がよく視えている秀介が目を丸める。

あたしの顔は真っ赤に紅潮しているに違いない。


「どうかしたの…?椿」

「いや………その……」


なんだろう、このどぎまぎした空気。

逆光でも心なしか秀介の頬も紅潮しているように視えた。

学生ラブコメドラマのワンシーンみたいだ。妙な気分。


「あ……ありがとう…」

「え?」

「あたしを……愛してくれて………ありがとう」

「…椿」


ガァアと顔が熱くなるのを感じた。

ドキドキと心音が高鳴る。

見つめあった。

秀介が嬉しそうな笑みを向けて一歩あたしに歩み寄ったのと同時に。


「お嬢!仕事!」


藍さんに言われてハッとする。仕事中でここはターゲットのいる会社だ。

まずいまずい、変な空気の流れを引きずってしまった。


「よし、じゃあシュウシュウ。ターゲットの取り合いをしようか」

「…お、つばきゃん。俺と張り合うつもりかよ」

「あら、あたしに勝てるかしら?ポセイドン」

「言ったな、紅色の黒猫」


闘争心剥き出しに互いに武器を構える。ジャキンと伸ばす剣。

あたしには甘いが狩人の鬼と恐れられる秀介の実力は知っている。何度も白瑠さんと戦っているところを見た。動きは読める。

 合図はなく、ただほぼ同時に動いて武器をぶつけた。

流石は三又槍を愛用しているだけに巧みに使う。

槍は突く武器だが、秀介はあたしを傷付ける気がないから振り回し、剣に叩き落としてくる。

 一撃一撃が重い。

あたしはそれを一撃一撃受け止める。

負けてまるか。

槍で突かないならば、棒が振り下ろされる。

それをしゃがみかわして、剣を振り上げた。秀介がその気がなくてもあたしは傷付ける気がある。

狩人の鬼はその一撃で倒せるほど弱くはない。

仰け反って避けた秀介はすぐに足を軸に回転してあたしより低くしゃがみ、回転した勢いで槍のついていない棒先を突いてきた。

あたしの腹部に直撃。

「ぐっ」今のは効いた。

よくも秀介の分際で、と睨み付ける。

どうやらマジで獲物を譲ってくれないようだ。

 そっちがターゲットを本気で守るならば、あたしはターゲットを本気で殺しにいってやる。


「…この剣。誰のか知ってる?番犬のよ」

「えっ!?まじで!?」

「まじっ!」


隙を作り懐に入ってあたしは剣を振り上げた。秀介は三又槍で受け止める。

休まずもう一度剣を叩き付けた。

ガッキィンと弾く。

その勢いで回転し、そして勢いを殺さずに剣を突いた。

秀介はそれをかわさず三又槍で叩き落とす。剣は槍と違って全体的に刃だからだ。

考えたな。でも。

そうすると読んでいた。

あたしは剣でできた死角に足を振り上げて、蹴りを決めて秀介の胸元を蹴り飛ばすことに成功。


「ぐっ……」

「……フン」


胸を押さえて膝をつく秀介にニッと笑みを向けてやる。

ほぼ互角、といったところか。

最も彼が自分に惚れていなければこんな小休憩の時間なんてないだろう。


「あれ…椿?」

「隙なんて見せてあげないわよ」

「いや、そうじゃなくて……カラコンいれてる?」

「は?」


先程の仕返しで言っているのかと思ったが、秀介は眼を指差して問う。

カラコン?なんのことだ。


「眼が紅いぜ」

「は?」


眼がアカイ。充血していてそれを言っているのかと思ったがカラコンなら違うだろう。


「何言ってんの、暗いから黒目に視えるでしょ」

「いや……紅く視える…?んん?なんか…つばきゃん変わった?」


目を凝らして秀介があたしをまじまじと視た。

「つばきゃん、ちょっと明るい方に立ってよ」と秀介は武器を降ろして招く。今度はなんだ。


「あれ…?なんだろう…つばきゃん、変わった?髪型?メイク?カラコン?んんぅ……なんか、椿…色っぽいな」


真剣に悩んで秀介は最後に結論を出した。色っぽい?

なんじゃそりゃ、いつも通りだが。


「色気が出てて、妖艶っていうか……つばきゃん、イメチェンした?」

「してないわよ、何なのよ」

「だって、なんか……」

「他の男とヤったからじゃん?」


妙に引っかかっている秀介。そこに通信機から藍さんが言ってきて顔の筋肉がひきつった。

……いや、いやいや。

秀介がそれに違和感を覚えているのか。なんだよそれ。どんだけ敏感なんだ。


「イメチェンなんかしてない!」

「怒鳴るなよ」

「言っちゃいなよ、クラッチャーとヤっちゃったーって」

「煩い!!」

「俺煩くしてないよ…」


とりあえず藍さんを黙らせる。

むぅ…!どうしよう。どうしましょう。秀介に…言うべき?

あたしから言うべき、だよね。白瑠さんから聞いたらまずいことになる。あたしから言っておこう。

そう思うと足がすくむ。

きょとんとしている秀介は、今回ばかりは傷付くだろう。


「………秀介君。もしも……あたしが……誰かと……寝たら…傷付く?」

「は?そいつ殺す」

「…………………」


きっぱりと言った。

……ど、どうしよう。


「えっと………」

「…え?処女消失?」

「…………」

「…………」

「…………」

「……え゛っ?」

「だぁああっ!!処女じゃなかったらなんだ!?悪いかコノヤロー!嫌いになったかコノヤロー!」

「悪くないよ!いや!?悪いよ!えっちょっ、ちょっと!?誰だよ、相手は!レイプ!?例え同意の上でも…一回殺させろ!!!!」

「一回殺したら死ぬ!」

「アイツか!?あの餓鬼だな!?アイツ殺すぅうう!!」

「違う!蓮真君じゃない!」


傷付くどころかぶちギレた。


「な、なんで!?一週間前は居なかったよな!?恋人!」

「………よ、酔った勢い…で」


相手が恋人じゃないとわかっているのであたしは致し方なく白状する。

そうすれば秀介は一時停止をした。


「……………まさか、クラッチャー………?」


そして相手を見事に当てる。

あたしはかぁあと顔を赤らめた。


「…………………」


秀介は、何も言わない。

いや、何も言えないでいた。


「………秀…介…?」


嗚呼、言うんじゃなかった。流石に、宿敵である相手だったのは、傷付いたのか。

謝ることもできずにあたしも黙っていれば、秀介は口を開いた。


「…好きなのか?クラッチャーのこと」

「へ?えっ?」

「椿は好きなのか?クラッチャーのことを好きなのか?」


大真面目な空気と視線で秀介はあたしを射抜くから気圧される。


「いや……あたしは……恋愛とか全く……あたしと彼にはないと思ってたんだけど、ついさっき告白されて…」

「…………。クラッチャーが、椿に、告白したのか?」


あ、言ってよかったのか?これ。


「アイツ、椿が好きって言ったのか?」

「好きっていうか…」

「愛してるって言ったのか?」

「……うん」

「ありのままの椿を愛してるって、告白したのかよ?」

「……はい……されました…」


心なしか、秀介の顔がひきつって青筋が視えるような視えないような。


「アイツッ……!!」


激怒している。嗚呼、どうしよう。まずいことになるんじゃあ…。


「俺、今すげぇ後悔してる!!あの時、椿を行かせたこと!クラッチャーについていくことを許したことを!」


あ。初仕事の時のことだ。


「抱き締めたまま連れ去るべきだった!一週間前!そのままどっか遠くにいくべきだった!無理矢理でも!初めからそうすればよかったって後悔してる!」


浮かべた表情は険しくて苦痛そうだった。傷付いてる。ショックを受けているんだ。


「椿を好きになるのは当然だよな、椿は可愛すぎなんだよ!一緒に住んでてその可愛さがわかんねぇ方が可笑しい!…だけど、クラッチャーには椿を渡せねぇ!椿を拉致ってでもクラッチャーには渡せねぇ!!」


あたしは可愛くない。否定したかったがあまりにも秀介が凄んで言うので口を挟めなかった。


「俺は頭蓋破壊屋よりも椿を愛してる!!」


その告白の直後。上から銃声が聴こえた。

銃?白瑠さんもラトアさんも丸腰のはず。ターゲットかまだ狩人がいるのか?


「相棒がいるの?」

「ああ、篠塚刑事」

「篠塚さんにこんな大仕事をやらせてるの!?」

「あの人、銃の腕前がすげぇんだ。中々だぜ」

「ばか!今クラッチャーと吸血鬼と対面してるんじゃ…!」

「クラッチャー!?殺す!」

「ちょ、待ちなさい!」


クラッチャーと聞くなり走り出した秀介が階段を駆け登る。慌ててあたしも追い掛けて登った。

まずい。篠塚さんが殺される!

なんで首を突っ込んでるんだあの人は!くそう!

頭蓋破壊屋と吸血鬼に殺されていないことを強く願った。

 辿り着いた廊下には、驚くべき光景があった。

血を流す──ラトアさんと白瑠さんが社長室の壁に身を隠していたのだ。


「なっ……」


俊敏な吸血鬼のラトアさんが撃たれたのか?或いは白瑠さんに盾にされたとか。

そんな白瑠さんも肩から血を流している。この人が血を流すなんて。

仰天な光景だ。


「うひゃあ、しゅーちゃんたら…強力な相棒を見付けたねぇ」


肩を撃たれても、笑顔で、それもとびっきり楽しそうな笑顔で、白瑠さんはあたしの隣の秀介に言った。

やはり、撃ったのは──。

社長室を覗けば、社長の机から銃口を向ける篠塚さん。


「日本の刑事のくせに、ふん、射撃の上手い奴だ」


ラトアさんは傷が塞がったのか、弾丸を口から吐き出して立ち上がった。


「はんっ!ざまーねぇな!クラッチャー!今回の獲物は渡せねぇよ!……んでもって椿も渡せねぇ!!」

「んひゃあ?椿はしゅーちゃんの物じゃないじゃん。しゅーちゃんがそんなこと言える立場じゃないよ」


さらり。

白瑠さんは秀介を怒らせる台詞を言い退けた。

秀介がプッツーンとぶちギレるその前に。


「白瑠さん、秀介をお願いします」

「ん?」

「あたし、負けるのは嫌いなんです。相手が──誰だろうと、ね」


白瑠さんには威嚇をしていたが完全にあたしには無防備だった為、秀介に回し蹴りが決まる。

あたしはパグ・ナウの刃を出して、剣を逆手に持った。


「秀介!」

「たっ……!?」

「うひゃひゃ!」


頭蓋破壊屋vsポセイドンが戦いを始めた。

あたしは社長室に足を踏み入れる。同時に篠塚さんが身構えた。


「動くな!撃つぞ!」

「撃てばいいじゃないですか」


あたしは歩みをやめない。

篠塚さんが撃ち殺すわけがない。現に白瑠さんは肩を撃たれ、ラトアさんも急所じゃない部分を撃たれていた。

撃たれたとしても、死なない程度だろう。

例え頭に一発撃ち込んでも、悪魔が弾き返すはずだ。

何のためかは知らないが。


「椿!止まるんだ!本当に撃つぞ!」


篠塚さんはそう警告を叫ぶがあたしは止まらない。

篠塚さんの後ろにいるターゲットが撃てと急かすが、篠塚さんは躊躇する。

ガウン。

足元に弾丸が撃ち込まれた。あたしの身体に撃ち込もうともしないのか。

あたしは呆れながらも歩む。

銃口が眉間の目の前にある。

あたしはそれを真っ直ぐに見つめて篠塚さんを見上げた。

彼は撃たない。


「撃つんだ!!」


ターゲットが急かしても、あたしの頭を撃ち抜くなんて。篠塚さんに出来っこない。

数秒間、あたしは篠塚さんと眼を合わせた。

すると篠塚さんに隙が。

頭痛でも走ったのか、苦痛を浮かべた。

その隙を逃さない。

あたしは剣を振り上げる。篠塚さんは、咄嗟に銃を持つ手で剣を握る手を掴んだ。

掴んでもらえなきゃ困る。掴めるようにわざと逆手で握ったんだ。


「今です!ラトアさん!」


あたしは叫んだあとに左手で篠塚さんの肩を掴んで机の上に押し倒す。

ラトアさんは直ぐ様、盾のなくなったターゲットに飛び付いた。


「ッ!」

「吸血鬼のお食事の邪魔は駄目ですよ」


篠塚さんが慌てて依頼人を助けようと銃を握り直すが、あたしは既に篠塚さんの上に座り込んで腕を固定しているので安易には動けない。

白瑠さんと秀介はまだ戦っている最中。

ラトアさんはお食事中。

息耐えれば、あたし達の勝ちだ。


「篠塚刑事。駄目じゃないですか。貴方は狩人、殺し屋を撃って依頼人を守らないと」

「っ……」

「……ああ、あたしを守りたいから狩人に戻ったんでしたっけ」


それじゃあ撃っては意味がない。本末転倒。

髪が垂れて篠塚さんの頬を擽るが、彼はそれよりもターゲットを気にかけてもがく。

「無駄ですよ、彼はもう死にます」チラリと見れば血をゴクゴクとラトアさんに吸い付くされて眼から絶命していた。


「篠塚さん、貴方は守る側であたしは殺す側。本当にあたしを守っていいんですか?貴方のその優しさを無駄遣いしないで他に向けてください」


人間の死をただなんとなく視てからあたしは真下の篠塚さんに眼を戻す。


「椿っ…!俺は君を助ける!拒まれても!」

「助けるって…どうやって?言ったでしょ……あたしは、そのままで居たいんです」

「……椿」

「あたたかい場所にいるから、貴方の優しさは必要ないんです。…一つだけ、一つだけお願いを聞いてくれるなら…どうか貴方だけは平和な表側にいてください」


あたしは冷たく突き放すわけじゃなく、穏やかに自然に笑って、篠塚さんに伝えた。

このままで大丈夫。

あたしはあたたかい場所で。

笑っていられる。

花を咲かせていられるから。


「あたしは凛々しく咲き誇る椿花ですよ?篠塚さん」


あたしは純粋に、無邪気に弾んだ声で笑いかける。

それに応えるようにぎこちなく、篠塚さんは苦しそうな笑みを浮かべた。


「本当に……そこにいて……大丈夫なんだな?」

「はい、大丈夫です」

「……そうか…」


頷いてみせる篠塚さんは下手くそな笑みを向ける。

自分で、救いたいのだろう。

本当は、あたしを殺戮者のままにしたくないのだろう。

勝手な予測だけれど、この人は優しい人だから。


「あぁーっ!!しーのちゃんずるいぃ!椿に馬乗りにされてるぅ!!」


背中に衝撃を喰う。確認しなくとも秀介の相手に飽きた白瑠さんが抱き着いてきたのだろうか。


「椿ぃ、俺にも馬乗りになってぇ。…あぁ、でも椿は後ろからの方が」

「やめろぉおっ!!」


あたしと秀介の声がハモった。

ラトアさんの食事も終えたのであたし達は速やかに撤収。

秀介はしつこく追ってきたが撒いた。あたしをラチると言い出したからだ。

完全に秀介の闘争心に火をつけてしまったもよう。

はぁ、あたし、モテ期かな。



 ズキズキズキズキ。

翌日。眠っている男達を放っておいてあたしは一人で街を歩いていた。一先ず由亜さんのオススメのフード店で朝食を摂り、一番近い洋服店に向かっていれば頭痛が発生。まさか、こんな街中で悪魔が、騒ぎ立てるつもりなのか?

そう思ったが、するのは頭痛だけだ。

騒音はしない。ただの頭痛か?

しかし、歩く度にその頭痛は酷くなる。ズキズキと脳味噌を刃物で刺されるような痛み。

堪えきれず額を押さえて立ち止まった。

 どんっ。

人がぶつかってきた。ガヤガヤした人並みだ。ぶつかっても可笑しくない。


「あ、ごめん」


しかめっ面で額を押さえる男が謝る。

額をぶつけたわけじゃないのに、お互い同じ場所を押さえていた。


「あぁ、お前も(、、、)か」


 悟ったようにそう呟く。

灰色の髪をした男は眼を細めてあたしを見下ろす。

やがてニコッと薄く笑った。


「悪魔に取り憑かれた同士、がんばろーな」

「!」


悪魔に、取り憑かれた?

何を言っているんだ。コイツ。

凝視をしていれば、薄く笑った彼の眼が紅く。ルビーのように光った。

コイツも。

コイツも、悪魔を?

だったら、悪魔を追い払う方法を───。


「可愛いなぁ、ねぇ、お茶しない?」

「しない」


ナンパしてきたので反射的に断る。アホか。

悪魔を追い出してない奴が追い払う方法なんて知るわけない。


「んー、残念だ。じゃあまた会えたら、その時に」


灰色の髪の男は潔く諦めて、歩き出した。

彼は直ぐに人混みの中へと消える。


「………ジェスタに会ったら教えないと」


あたしは呟いてから歩き出す。

あたし以外にも悪魔に憑かれた人間がいたのか。しっかりしろよ、悪魔退治屋。


「今、悪魔と交信でもしてたのかよ。頭痛はやめろ。キレんぞ」


あたしは悪魔に一言文句を言っておく。どうせ沈黙だろうけど。

本当に沈黙を返した悪魔を気にせず、あたしは五着ほど服を購入した。

 借りた部屋に戻れば白瑠さんと藍さんが起床。朝食を作って食べさせる。

そのあと藍さんがあたし達が殺戮できる仕事を探してくれた。


「よし、このシステムを十分以内でハッキング」

「ちょっと、ハードル高すぎですよ」


それを済ましたら藍さんが作った簡単なシステムにハッキングをさせられる。

藍さんは積極的にハッキング方法を教えてくれた。

覚えれば結構簡単だな。


「よっしゃ!!クリア!」

「おおー!お嬢すごい!」

「うひゃあ、つーちゃん」

「うひゃぁあ!?」


クリア出来てガッツポーズをしたら、茅の外だった白瑠さんが割り込んであたしを羽交い締め。


「ご褒美あげなきゃ…だねぇ」

「んっ!ちょ…や…白瑠さっ!」


弱い耳を加えて身体を撫で回してくる白瑠さん。


「ちょっと!白瑠!ご褒美をあげるならお題を出した僕だよ!」


そうゆう問題じゃねぇ!

ご褒美ってなんだ!

いらねぇよ!


「人前ではしたないことをするな」


ドカッとラトアさんが白瑠さんの頭を蹴り飛ばした為、あたしはなんとか羽交い締めから解放された。ふぅ…危なかった。


「………うひゃ、吸血鬼死刑!」


そして白瑠さんが笑顔で暴れだした。

吸血鬼、嫌いなのかな。やっぱり。


「白瑠さん、これから殺戮すんですからやめてくださいよ」


もう夜になった。これから殺戮の仕事をするんだ。

彼の場合、今暴れ尽くしても体力は有り余っているだろう。

「んー」と白瑠さんは直ぐに暴れるのをやめてあたしの元に来たかと思えばフレンチキスをした。

あたしはそれで撃沈。


「あは、お嬢…大丈夫?」

「大丈夫じゃない……」

「ふん、しっかりしろ」


無理だ。白瑠さんのこのスキンシップは慣れそうにない。いや、慣れちゃだめだろ。


「………あのさ、椿お嬢」


藍さんが徐に口を開いたら、あたしの携帯電話が鳴り響いた。


「あ、由亜さんだ」


由亜さんからの着信。

あたしはパッと起き上がって直ぐに電話に出た。何から報告しようか、と考えながら「もしもし、由亜さん?」と言う。

先ずは大仕事を狩人の鬼に負けずに遂行したことを報告。

それから。

それから。

それから──。


「その女なら、死んだぜ」


電話から聴こえたのは、指鼠の声だった。


「地獄をみやがれ、ドブ猫」


あたしは忘れていた。

あたたかい場所にいれば、冷たい場所に突き落とされる。

何度も何度も。

繰り返しては忘れる。

忘れては落ちる。

堕ちた。



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