殺戮中毒の仔猫
腹に突き刺し、腸ごと引き抜く。それから首を掻き切る。
血飛沫。血の海。
顎を貫き舌を引き摺りだして喉を抉りとる。
ドクドクと溢れる赤黒い血の飛沫。気付いた時には血の海。
殺戮の日々。
翌朝はベッドの上で気だるさの中を起きる。
「白瑠さん、次の仕事は決まりました?」
「んー?んんー…」
「お昼はなに食べます?」
「うひゃあ!つばちゃんの作るものならなんでも!」
新しい年になって一週間が経過。幸樹さんが表の仕事で昼間はあたしと天真爛漫な白瑠さんと二人きり。
正月に余ったお餅を並べれば白瑠さんはあっという間に平らげる。お餅が無くなった。
ていうか作ってない。焼いて醤油やらきな粉を用意しただけ。
「見てみてぇつーちゃん!びよーん!」
「あー、はいはい」
新年から一週間。
未だに悪魔は沈黙。ラトアさんは相変わらず音信不通。黒の殺戮者も動きを見せていない。
どいつもこいつも動きなし。
つまらん。
春まで悪魔が黙っていればあたしの身は安全だが、黒の襲撃がないのはそれはそれで物足りない。
宣戦布告で意気衝天したのに、これでは意気消沈だ。
「どうしたの?つばちゃん。なんかむっすりした顔して、生理?」
ばちんっ、とあたしはソファに逆さまに座る白瑠さんの顔を叩いた。最低。
ここまでつまらないと、何かしたくなる。じっとしていられない子供なのだ。
「白瑠さん」
「ん?」
「黒の殺戮者とはいつもどんな会話をしてるんですか?」
ポカンと口を開く白瑠さん。怒るか黙るか、どっちだろう。
白瑠さんはゴツンとソファから落ちた。落ちるんかよ。
「う、うひゃひゃひゃひゃ、あひゃひゃ………あははっ」
白瑠さんが乾いた笑いをした。世界が仰天。
「え?な、なんでいきなりそんなことを訊くのかな?な、なんでかなぁ?」
頭蓋破壊屋、動揺。今なら殺せる。…かもしれない。
「訊いてはいけないようなことですか?」
「えっ、えっ、だって」
ぐりんと前転して白瑠さんはコーヒーテーブルに正座。動作がウケる。
今まで黒の殺戮者の話題は出さなかったからいきなりの不意打ちに戸惑っているのだ。
「白瑠さんの好敵手の話を訊いてるだけですけど……弟子には教えてくれないんですか?」
そんなテンパっている白瑠さんに猫なで声で追い討ちをかける。
「っ…う……」
上目遣いで、攻めてやる。後退する白瑠さん。
最近白瑠さんがやけに我が儘を聞いてくれるんだよな。
仕事は直ぐに取ってくるし、買い物には足になってくれるし、初詣では代わりに並んでくれ、チーズバーガーが食べたいと言えば直ぐに買ってきてくれる。
つまりは何故かパシリな立場をやってくれているのだ。何故だろう。
「んー……別にぃ……会話なんてした覚えないけどなぁ…」
「………喧嘩腰の会話とか」
「さぁ…」
「…罵声罵倒とか」
「んぅ…」
物覚えの悪い人だ。
思い出すのが嫌そうに顔をしかめながらあたしに抱き付く。夏だったらくっつくなと言うが、寒いから許す。あったかいんだよな。
「じゃあ初めて交わした会話」
「………………」
この沈黙は思い出して不機嫌になったんだろう。
「忘れたよ」
こりゃあ腹が立っているな。
なんでこうも黒の殺戮者を嫌うのだろうか。いい奴だったし、面白い奴でもあった。不快でもないなかったのに、どうしてだろう。
白瑠さんは話したがらない。
喜怒哀楽の喜と楽ばかりの人だから怒がわかりやすい。
あたたかさにうとうとしてきた。
眠ってしまおうかと思っていれば白瑠さんが首に口付けする。
首の傷痕を舌でなぞり、吸い付く。
それをやられるとどうも反応に困る。白瑠さんはあたしの傷がお気に入りなんだ。
「うっ!?」
気が済むまでやらせておこうか、と思ったけど。
白瑠さんが胸を握った為、あたしはアッパーを喰らわせた。
「なにするんですか!?」
とりあえず離れる。
振り返ってみると、白瑠さんは仰向けで倒れたまま。動かない。
ピクリともしない。
あれ?殺っちゃった?
「は……白瑠さん?」
「ばぁあ!心配したぁ?」
「顎折れちまえ」
慌てて手を伸ばすとバッと笑顔で白瑠さんが起き上がった。あたしは顎が折れるように殴っておく。
最近自分が暴力的な気がする。
その夜も仕事。
今夜はヤクザの殲滅。両目にナイフを投げつけ腹を抉る。首を胴体から切り離し蹴り倒す。
誰だろうとそこにいる人間を殺す。女子供でも殺戮。抵抗など効かなければ無抵抗だ。
返り血を浴びてはまた切り裂き血飛沫を作り上げる。
肉を切り裂き、悲鳴を切り裂く。
龍が描かれた襖の広間は全て血に染まり、死体だけが転がる血の海となる。
その真ん中に立ち尽くす。女子供もいる。子供は五才にも満たない。
何とも思わなかった。
そう、何とも思わない。
殺戮中毒なのに、快楽はこない。
殺戮しなくてもいいと思えるが、殺戮衝動は付きまとう。
「つーちゃん。帰ろう」
「……はぁい」
暢気な白瑠さんのあとを歩いてその場を後にした。
翌日は由亜さんと夕食作り。
虚心坦懐な由亜さんとはそれなりに仲良くなっている。それなりに。
ただ、心から気を許していないだけ。
一緒に買い物はするし、よく幸樹さんの家を出入りするから話す。
由亜さんのおかげでそれなりに裏現実の状況がわかっている。でもやはり黒の殺戮者の話題は口止めされているらしく、黒の情報は貰ってない。
「お肉は?」
「多目がいいですね」
「あれれ?人参は?」
「包丁包丁!」
二人でキッチンを右往左往。タンタンタンと素早く人参を切れば、由亜さんに褒められた。
普段人間を切ってますので。なんつって。
手分けして料理をしていれば、視線に気付く。
キッチンの目の前にあるダイニングテーブルに頬杖をついている幸樹さんだ。
あたしではなく、由亜さんを見ている。
見つめていた。
いとおしそうに、微笑んで見つめている。
優しげな眼差し。
とんとんとん。
愛しいものを視る優しい視線。愛しい。愛。愛情。
とんとんとん。
そんな視線に全く気付いてない由亜さんは寄り添って耳打ちした。
「奈乃宮くんと別れて本当によかったの?」
「え?…ええ」
今頃蓮真君の話。由亜さん達の手前では別れたが那拓家では交際中だ。
「椿ちゃん、あの子のこと。本当に好きだと思ったんだけどなぁ」
火の調整をしてぼやくように由亜さんは言った。
「そうですか?」
「うん、別れるってきっぱり言うなんて…正直信じられなかった」
嘘を信じた人に疑われてた。
「あたしは裏で彼は表ですし、彼にはあたしなんかよりいい彼女が居ますから。学校でモテているらしいです、ほらっ可愛い顔をしてたでしょ?」
「あー、確かに。モテそうだね」
あたしが笑って言えば由亜さんはクスリと笑った。
「でも」と付け加える。
「椿ちゃんだって彼よりいい彼氏が居るの?」
蓮真君より、いい彼氏。
蓮真君が彼氏ならば、申し分ない。
でも実際彼は恋人ではないんだ。
あたしに恋人はいない。そしてあたしにいい恋人はいない。
恋人なんて。
あたしは幸樹さんに目を向けた。
「そんな人、存在しません」
冷たく、あたしは答える。
くだらない。当たり前じゃないか。それを込めて吐き捨てる。
あたしは愛せやしない。
誰も、愛せやしないんだ。
幸樹さんと違って、愛しそうに誰かを見つめられない。
愛していると言われても、あたしがいい彼女になれないんだ。
「白瑠さん、今夜仕事は?」
「……………。つばちゃん」
鍋に詰め込んであとは煮込むだけ。あたしはおどおどし始めた由亜さんから逃げるように、キッチンを出てテレビを見ている白瑠さんの元に寄る。
そしたら怪訝な顔で見上げられた。
「昨日ヤクザを殲滅したんだよ?」
「だから?」
「つばちゃん、日本列島から人間を排除する気ぃ?」
白瑠さんはソファの背凭れに座って今度はあたしを見下ろす。
「つばちゃん、日本に帰ってから二日に一つのペースで仕事やっちゃってるよ?毎日毎日、仕事は?って。冬休み全部仕事だよぉ」
「それが……いけないんですか?」
「つばちゃん、麻薬中毒はやり過ぎで死んじゃうんだよ。殺戮中毒は殺り過ぎで死んじゃうよ!」
「何故」
肩を掴み真顔で言われても、全然納得しない。麻薬中毒は麻薬のやり過ぎで心臓が停まるだけだろう。殺戮のやり過ぎでどうして心臓が停まるんだ。
「いいかぁらぁ、ペースは落とそ。一週間はお休み!」
「ぶー」
ぷにゅ、と頬を潰される。
一週間、殺しを我慢。
そんなの堪えられない。
「無理です、あたし、我慢出来ません」
「どしたの?つーちゃん。なんかストレス?」
白瑠さんは笑ってあたしの頭を撫でた。笑えない。あたしはムスッとする。
「自分で探す!多無橋なら仕事くれるもん!」
「もんって……クスクス」
「だぁめっ!師匠めぇれい!」
くるっと方向転換。向いた先の幸樹さんは子供じみた言葉遣いにクスクスと笑った。
幸樹さんからパソコンを借りて藍さんのサイトから仕事を見付けようとしたが白瑠さんに確保され羽交い締めにされる。師匠命令と言われると。むかぁー。
口を尖らせて膨れっ面をして、ピコンと思い付いた。
殺戮衝動を抑える為に条件を呑んでもらおう。
「じゃあ、師匠。一週間我慢すると約束するので、黒の殺戮者の話をしてください」
弾んだ声で羽交い締めをする白瑠さんに言う。
一時停止した白瑠さんは、バタンと後ろに倒れた。落ちたよ、この人。また。
「…椿さん」
さっきから眺めて楽しんでいた幸樹さんから厳しい眼差しを向けられる。するなと言った話題を出したから。
あたしは反省の色を見せず肩を竦めた。別にいいじゃん。
「やっほー、いいにおい!由亜っちの料理?」
「アタシと椿ちゃんの料理だよ、藍くん」
「やったー!お嬢の愛が込められた手料理!」
「愛じゃなく毒を込めました」
「毒殺!?」
そこに藍さんが来た。最近、愛だ愛だと煩いなぁ。
まるで心を読まれてるみたいで気持ち悪い。曲者め。
「で、白瑠さん」
あたしは気を取り直して逆さにソファに座る白瑠さんを見下ろす。背凭れにある膝には手を置いて逃がさない。
「んー?なにこの状況」
「藍乃介、椿さんを止めてください」
「椿お嬢が白くんを襲ってるの!?」
「やん、優しくして」
「違う。キショイ、白瑠さん」
「違います。やめてください、気色悪い」
「え!?幸、今なんて言った!?俺が気色悪いって言ったの!?」
「え?違いますよ、椿さんは襲われる役じゃないですか」
「あー、だねぇ」
「それに恥じらう白瑠が気色悪いですよ」
「あー、だねぇ」
「白瑠さん、今貴方が気色悪いと言われましたよ。…って!なんであたしは毎回襲われる役だと言われるんですか!?」
ついつい平然とツッコミをし、ハッとして気付く。
「えぇ、つーちゃんは襲われる派でしょ」
「もしくは誘い受け」
「つーお嬢は断然受けっしょ」
「なにぉう!?攻めだってできるやい!」
「椿ちゃん!アタシは止めるべき!?便乗するべき!?」
一名会話に参加するか止めるかを迷っている。
「えぇ?つばちゃんが襲えんのぉ?」
「襲える!!年下なら襲えるもん!」
「へぇ、じゃああの学生服を襲ったんですか?」
「押し倒したことはある!!」
何話てんだ。押し倒したのだってあれ剣道教わってる最中。
いや、でも蓮真君なら襲える気がする。襲ってもいいなら襲ってやる。(何の話だ、ほんと)
「へ?押し倒したことあるって……漫画喫茶の子だよね?」
きょとんと白瑠さんが首を傾げる。あ、この人聞いてないんだ。
「じゃあ、椿ちゃん!年上はどうなのかな!?」
慌てて由亜さんが会話に参加した。するのかよ。止めろ。止めてください。
「お、襲えるかな!?」
「くす…無理でしょうね」
「なんで言い切れるんですか!?」
「例え夜這いしても椿さんは返り討ちにあうだけです」
「幸樹さんまでそんなことを…!!」
誰だっけ。それ言った奴。
ああそうそう背後で笑う白瑠さんだ。
「あたしに襲われても知らないんだからねっ!!」
ヤケクソ。かっこ泣き。
「おや?椿さんが自らベッドに入ってくるんですか?大胆ですねぇ」
「椿からお誘い!?うひゃあ!」
「ぐふっ!攻めのお嬢…ツボ!」
「……ベッドの上で殺したろうか」
受けだ受けだ言ったくせに何故攻めると言ったら便乗しやがるんだ。
幸樹さん、恋人がいるって断ってください。白瑠さん、口先だけに決まってるでしょ。藍さん、とりあえずうぜえ。
見事に黒の話題から逸らされた。
くそう!思惑にはまっちまったぜ!
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。
話題を戻そうとした矢先に呼び鈴が何度も押された。迷惑な程に連打。
「借金取り?」とあたし。
「借金してませんよ」と幸樹さん。
「あれだよ、熊に襲われて助けを求めてるんだよ」と白瑠さん。山がないのに熊がいるわけないだろ。てか冬眠してるでしょ。
「違う!不審者に追い回された小学二年生のSOSだ!!」
「だったら不審者は貴方です」
「えっと、アタシが出るね!」
玄関に駆け寄ろうとする藍さんの襟を掴み止める。万が一小学二年生だったらお前が第二の不審者だ。
由亜さんが行こうとした途端に、バキッという音が聴こえてきた。
それからドタドタと廊下を駆ける音が。
「つぅぅうばぁあああきゃあああああんっっっ!!」
ドアを蹴り破り廊下を駆けてあたしに迷わず抱き着いてきたのは、狩人の鬼・秋川秀介だった。
一同、呆然であたし達を視る。
「え…?秀……?」
「椿!無事か!?怪我ないか!?あぁ!無事でよかった!!」
「はぁ?てか、どうしてここがわかったの?」
「それは椿が帰るのをつけて!それよりも椿!」
「────…ほーう……?」
何故か必死な秀介はバッと離れてあたしの身体を隅々まで見て無事を確認してまた抱き付く。
ハッ!?冷気!
振り返れば凍てつく微笑を浮かべた幸樹さん。
「椿さんをつけていないと嘘をついて唇を奪った。そうゆうことですか?」
「え…えっと…」
キラーン、と幸樹さんの手からメスが刃を出す。状況がわからずおどおどする秀介。
「い、いいじゃないですか。キスぐらい」
「キスぐらい?椿さんにとってキスぐらいなんですか?」
「そう言えばつーちゃんって、しゅーちゃんにしのちゃんに俺にチュッチュッするよねぇ」
「おやおや、では私にもキスしてくれるんですか?」
「恋人がいる人が何言ってるんです」
嘘ついたのは怒るが、もう秀介とキスなんて挨拶だ。
フォローしたら標的にされ、白瑠さんに暴露された。
幸樹さんいい加減にしてください。由亜さんも黙ってないでなんとか言ってください。
「椿お嬢!僕は僕は!?」
「……ごめんなさい。すみません。許してください。本当に許してください、ううっ…許してっ…」
「謝罪!?」
「てめぇ椿を泣かせてんじゃねぇ!」
「ところで、秀介君。どしたの?」
「嘘泣き!?」
「嘘泣き!?」
便乗する藍さんがウキウキした顔で言う。あたしは謝って泣きそうなフリ。本当に要求されたらあたしは泣けると思う。
それに騙される二人。あたしは直ぐに秀介に用件を訊いた。
「どうしたって…知らないのか?」
「何を?」
「黒の殺戮者が紅色の黒猫に喧嘩売るって!!」
……………は?
理解するのに二三秒かかった。
コクウが、あたしに喧嘩を売るだって?
「それ……噂?」
「噂だけど、椿に喧嘩売って戦争始めるって狩人の中でも騒ぎにッ」
黒の殺戮者の戦争相手が、あたし?
まさか。そんなはずはない。
電話で話したコクウはそんなこと、におわせていなかった。敵意なんてないはず。
ただ、単に“面白そう”なあたしに、会いたがっている。それだけのはず。
ぐいっ、と秀介の襟を掴み白瑠さんが引っ張った。
不意打ちに秀介は倒れ尻餅つく。
「何しやがんだ!?クラッチャーてめぇ!!やんのかコラァ!」
「うひゃあひゃ、しゅーちゃん。ちょっとこっちに来てぇ」
「うおっ!?」
「こっちで話しましょうか、秀介君」
ズルズルと殺し屋二人に捕まった狩人は、密室へと消えていった。
しん、と静まり返るリビング。
残されたのはあたしと由亜さんと藍さん。
「あっ!ドア直さなきゃ!」
由亜さんはハッとしてパタパタと廊下を走り去った。なんだ、あのマイペースな人。
残されたのは、あたしと藍さん。
二人で沈黙して立ち尽くす。
沈黙しても白瑠さんの部屋から音がしない。
「あっ!そうだ!小学生の下校時刻だ!」
「逃がすか。変質者め」
由亜さんと似たノリで逃げ出そうとした藍さんを確保。小学生が安全に下校する為でもある。
「どうゆうことですか?」
「え?えーとー?何の話かーなー」
「………黒の殺戮者の話です」
「さぁー?ガセネタじゃないのかなー?」
目を逸らして笑う藍さん。
ほうほう、今でも黙っているつもりなのか。
「藍さん、隠したって無駄です。あたしは知ってます。貴方達が衝突したこと。黒の殺戮者があたしを捜しているのは、ガセネタじゃない事実でしょ?」
「………………んー」
問い詰めれば顔を引きつらせた藍さんは観念したのか、いそいそと椅子に座った。あたしは向かいに座る。
「先々月に、僕は誰よりも早くある情報を掴んだ」
そう切り出した。
先々月。十一月。丁度白瑠さんが不機嫌になった頃だ。
「紅色の黒猫を、黒の殺戮者が捜してるって情報」
「………その情報を白瑠さんに話した?」
「そう。ぶちギレた」
あたしはチラリと白瑠さんの部屋に目を向けた。それだけでキレなくていいのに。
「それで皆でつーお嬢を守ろうってことで、ちょっとだけ衝突した」
「何故会いたがっているだけでそうなるんです?それにあたしに黙ってたのは何故ですか?何故あたしだけ茅の外に出されていたのか、教えてください。会わせたくなくとも話すぐらいしてくれてもいいじゃないですか?」
ひとくくりにまとめて言った藍さんに噛み付くように質問攻めをする。
藍さんは心底困った顔をして白瑠さんの部屋を見つめた。やがてその扉が開いて「二人に聞いてよ!」と責任転嫁する。
部屋から出てきた白瑠さんが暴れる秀介を家から追い出した。
「何を話したんですか?」
「もう椿さんをストーキングすることはやめなさいと説得しました」
「黒の殺戮者の話でしょ」
幸樹さんはにこやかに答えたがあたしはズバッと当てた。
戻ってきた白瑠さんが黙る。
「椿さん、その話はやめましょう。口にしてはいけないと言ったでしょ?」
手を振って幸樹さんは、きつく言った。
反抗的にあたしは睨み付ける。じぃっと黙って見上げた。白瑠さんは表情を変えずに立ち尽くしてるから幸樹さんを一点に視る。
それに幸樹さんは溜め息をつく。
「だめです」
「……あたしだけ仲間外れにして黒の殺戮者からあたしを隠し続ける気ですか?」
あたしがそれを言えば、幸樹さんは藍さんを睨み付けた。
「え、椿お嬢は……知ってたんだよ。黒が捜してるって話しかしてない」
慌てて藍さんは首を横に振って説明する。幸樹さんは再び溜め息をついた。
「何故あたしに黙っていたんです?黙ってどうして黒と衝突したんです?ラトアさんまで使って」
椅子から立ち上がり腕を組んで幸樹さんと対立する。
「あと衝突したことも白状しました…」と藍さんは幸樹さんに白状した。幸樹さんはまたもや溜め息をつく。
「だめです、椿さん。貴女が知らなくていいことです」
「あたしが関係しているのにですか?」
「はぁ…終わりです、この話は」
噛みついたが幸樹さんは肩を竦めた。あたしはギロリと睨み付けたが幸樹さんには効かない。
くるっとあたしはソファを飛び越えどっかりと座った。
「そっちが話さないならばあたしは、黒の殺戮者と孤軍奮闘します」
「……………。つばちゃん」
口を開いたのは白瑠さんだった。
あたしは腕を組んでそっぽを向く。
「どうせ彼の方から会いに来るなら、本人に直接訊きます」
「椿っ!」
いきなり白瑠さんが抱きついてきた。痛い。ギュウと腕で締め付けられる。い、痛い。
「…全く、何故貴女は私達が奮闘しているのに、会うなんてことを言うんですか?」
幸樹さんは心底呆れたようにソファに腰を降ろした。
「話しますから。無謀なことはやめてください。約束できますね?」
「ええ、勿論」
やっと話すことになったらしい。あたしは頷いた。
白瑠さんはあたしの腹にしがみついたまま動かない。
何の行為の表れだろうか。
会わないでくれって意味?
そんなに嫌いなのかな、コクウが。
「先ず言っておきますが…椿さんが黒の殺戮者の戦争相手ではないのは確かです。黙っていたのは椿さんが、会うと言い出すからですよ。現に会いたがっていたでしょ?」
黒の殺戮者が紅色の黒猫を戦争相手にするは、ガセネタと断言した。
会いたがっている。と現在進行形だったりするのは黙っておこう。
「衝突を話していれば、椿さんは参加すると言い出しますしね」
仲間外れが嫌で言うと思うな。
「椿さんがラトアとデートしたその夜、藍乃介が掴んだ情報で黒の殺戮者と対決しました。その前に私の獲物がとられたのを覚えてますか?」
「火都が身を引いて彼が白瑠さんより先に獲物を仕留めた件ですよね」
ようく覚えている。あの日は。火都に会った日だ。
「その際に白瑠が彼に椿さんの話をしてしまってね…。白瑠はわざわざ自分の元に椿さんがいることをバラしちゃったんです」
カッとなった白瑠さんならやりかねない。
「今、紅色の黒猫を捜してるんだぁ」とコクウ。
「あの子は見付けさせないよ!俺のだもん!」と白瑠さん。
適当なイメージ。
「白瑠のにおいを追ってこの家に辿り着くのも時間の問題でしたから、白瑠は決着をつけようと言い出し衝突したってわけです。しかし、中々決着がつかなかったんですよね…それが」
はぁ、と重たい溜め息が落ちる。互角過ぎるのか、はたまた吸血鬼の生命力が強すぎるのか。
「化け物同士の戦いだよ、あれは。フ○ディvsジ○イソンさ。白くんがいくら攻撃してもケロッとして立ち上がるんだぜ、黒の殺戮者」
藍さんもソファに座って会話に加わった。
どうしよう、例えが殺人鬼の化け物だけあってピッタリ合う。リアルホラーモンスター。
…片や吸血鬼だし。
「やむ終えず話し合いで解決しようとしたんです。椿さんに会わせないと。しかし中々彼も引いてくれなく……また白瑠と殺し合い。そこに秀介君が割って入ってきたので一時撤退をしたんです」
「秀介君から聞きました」
「妙な情報源はいつも彼からもらうんですか…」
妙なって。それは貴方達が都合悪い情報なだけでしょ。
それからもう一つの情報源は蓮真君だ。話さないけど。
「不機嫌で帰ってくればラトアからアメリカに行く提案をしたのでそうしたんです。そして危うく黒と貴女が会いそうになりましたが帰国した。何故かニューヨーク滞在がバレてしまったんですよね」
「僕がガセネタで撒いたのに、バレちゃったんだよね」
バレちゃったんですよねぇ。あたしがレネメンに言っちゃったから。あっはっは。
「僕、黒の情報源を探ってみようか」
「しなくていいですよ!…ほらっ、逆に足がついたらどうするんですか」
「ぐふふ……椿お嬢。僕は中学生以来、一度も足がついてない天才だぜいえい!まっかせなしゃい!」
慌ててあたしは止めたがウザイノリでやる気満々な藍さん。あたしの失態を暴く気満々。
「そんなの調べなくていい!!調子に乗るんじゃない!座りなさい!」
ピシャリと言えば大人しく藍さんは腰を降ろした。
「……………ぐふふっ、お叱り…ツッボー」と即座に反省の色が消えたが気にしない。
「大体わかってきましたが……何故会わせないんです?こ…黒の殺戮者は、ただあたしに会いたがっているだけなんでしょう?」
危うくコクウと呼びそうになった。それだけはやめよう。
腹に穴が空きかねない。抱きついて動かない頭蓋破壊屋の手によって。
一度、幸樹さんと藍さんが目を逸らした。
「椿さん」
幸樹さんはあたしを呼んでから白瑠さんに目を向ける。
理由は彼にあるってことか。
静かに息を吐いてから白瑠さんの髪を指で撫でた。
「白瑠さん」
呼んでみたが白瑠さんは反応しない。膝枕して抱きついている体勢のまま寝てはいないだろう。
「白瑠さん。どうして黒に会わせたくないんですか?」
「………………」
「ただ会うだけじゃないですか」
「………………」
「黒はただ会いたいだけなんでしょう?」
「………………」
「椿さん。ただ会うだけで済むならば白瑠だって会わせますよ」
「っ会わせない!!!」
沈黙を続けた白瑠さんだったが幸樹さんの言葉に敏感に反応して起き上がった。危うく顎に頭突きを食らうとこだ。
「あいつだけには会わせない!!あいつはムカつくんだ!!嫌だ嫌だ!!」
「……………でも、白瑠さん」
「でもじゃない!!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁあっ!!」
説得する暇もなく嫌だの一点張り。なんだろう、この子供は。
「だぁー、わかりました。わかりましたよ、白瑠さん」
そんなにコクウが嫌いなのか。嫌な奴ではないのにな。
白瑠さんに対してはいじめっ子?
白瑠さんがいじめられっ子なんて、考えられない。
子供は子供で、自分の玩具を見せたがると思っていた。が違うのか。会いたかったなぁ、ひねくれた策略家に。
「会わないように努力します。この前のように全力で逃げます、それでいいでしょう?」
あたしはぽんぽんと肩を叩いて宥めながら言う。
「ほんとに?」
捨てられた仔犬みたいに見上げてくる白瑠さん。可愛らしい声。
「ほんとです。ちゃんと逃げます。会いたいなんて言いません。目の前に現れたらナイフを投げて一目散に逃げます。それでいいんでしょ?」
そうしないとあたしはゲームに負けて、血を吸われてしまう。
追われて逃げる。そんなゲームをして楽しもうか。
白瑠さん達には内緒のゲーム。
「椿、大好きっ!!」
がばっとハグを喰らう。
痛い、苦しい。
呻いたが白瑠さんはギュギュギュウ、と抱き締めてきた。
「それでは、これからは椿さんを彼らには会わせないように一同で奮闘しましょうか」
「だねー。はぁー、これで気が楽になったよー。つーお嬢に隠すのって心が痛かったー」
「少女を拉致してることに心を痛めなさい」
「ツン!?てか拉致なんてしてないよ!僕のは誘拐だ!!」
「拉致は無理矢理連れていくこと。誘拐は騙して連れ去ること。誘拐の方が悪質じゃねぇか」
黒の殺戮者の話はこれにて終了。
いつもの会話に戻っていく。
これで苛々も少しは和らぐ。よかった。
少し経てば、由亜さんが帰ってきた。その隣には、何故か秀介が。
「シュウ…?帰ったんじゃないの?」
「ん…。帰ろうとしたらこの人が…」
きょとんとした中、あたしが問えば秀介は由亜さんに目を向けた。
「せっかくだから夕飯食べてって、誘ったの!」
「椿の手料理食べたい!」
にこっと純粋な笑顔の由亜さん。そして目を輝かせる秀介。
色々問題がある。
殺し屋の中に狩人。
頭蓋破壊屋を狙う狩人の鬼。
あたしのストーカー。
あたしは幸樹さんに目を向けたが、由亜さんの笑顔に何も言えない様子だった。
そんなこんなで、狩人を交えての不可思議な夕食の時間。
何とも妙な気分に陥る光景だった。
「うっ……………美味いっ!!つばきゃん、美味いよ!!こんな料理を毎日食える俺って幸せ!!」
「あたし、君と結婚した覚えないんだけど」
口にした途端に秀介は声を上げて喜色満面の笑みをあたしに向けたがプロポーズは一蹴する。
「椿が料理出来るの知らなかったなぁ、すげぇー美味い!」
「だからこれは由亜さんと作ったんだって」
「春巻きは椿ちゃんお手製だよ」
明るく笑う秀介に対して冷たく返す。そこに由亜さんがいらんことを言いやがった。
そんな由亜さんを見たくない。
何故か由亜さんはキラキラと輝かせた目であたしと秀介を見ている。
由亜さんの隣の幸樹さんと藍さんは沈黙していた。
白瑠さんと言えばいつものペースで料理を平らげている。白瑠さんはいつも大量に食べるから春巻きは山積みだ。
「まじ美味しい……結婚しよう、椿」
「ムードないプロポーズ。断る」
「え?ムードあるなら結婚してくれる!?」
「しない!なんで恋人じゃない奴と結婚するんだ!結婚しない派だ!」
「じゃあ同棲から始めよう」
「いい加減にしなさい」
箸をへし折りそうだった。
なんでこの子は、過保護な殺し屋達の前で平然と食べて、平然とプロポーズしてくるのだろう。
肝が据わってるにもほどがある。
好きになったら突っ走ってくるタイプなんだよな。あたしも幼い頃はそうだった。だから何度も告白しては敗れたっけ。
一体秀介は何度あたしにフラれれば諦めるのだろうか。
やっぱり新しい恋を見付けるまでだろう。あたしはそうだ。
何気、似てるところがあるんだよね…。
「ん…?」
あたしが秀介の横顔を眺めていれば秀介は手元を止めて首を傾げた。
やがてニコッと微笑を返す。
いや……うん……うーん。
「どうして彼を誘ったんです?彼は狩人ですよ」
幸樹さんが耐えきれず由亜さんに訊いた。秀介に聞こえても構わないような声量で。
「だって!椿ちゃんを心配して来たんだよ?それに椿ちゃんは彼氏と別れちゃったから新しい彼氏を見つけなきゃ!」
由亜さんはコソコソと密かに幸樹さんに耳打ちしたつもりだが、あたし達に丸聴こえだった。
この人、あたしと秀介をくっつける気で目を輝かせていたのか。
「彼氏?」
そのワードに反応したのは、白瑠さんと秀介。ポロリと二人とも口にした春巻きを落とす。
「椿!?彼氏がいたのか!?俺を差し置いて!?」
「うぇえ!?つばちゃんに彼氏ぃい!?」
左右から大声が上げられる。煩。
「ああ、白瑠には言い忘れてましたね。漫画喫茶にいた学生服の少年と去年まで付き合ってたんですよ」
「奈乃宮くんだよ!」
あたしが押し黙っていれば幸樹さんが代わりに教えた。
白瑠さんは口をぽっかぁんと開いたまま、秀介は顔色を変える。まずい。
「アイツが………?アイツが……?…なんでアイツなんだよ椿!?あんな生意気なくそ餓鬼の何処がいいんだ!?」
がしりと肩を掴んで問い詰める秀介に顔がひきつる。いや、嘘なんです。と白状出来るわけもない。
「煩いなぁ、あたしが誰と付き合おうが関係ないじゃん」
「っ!……俺がこんなにも椿を思ってるのに…関係ないだって…?自分からキスして俺の上に乗ってき」
「うわぁあああおっ!!」
何てことを食事中に暴露しやがるんだ。あたしは慌てて秀介の口を塞ぐ。
ああもうっ煩い!変なことがバレそうでひやひやする!
「秀介、食べたら帰って」
「え?泊まっちゃだめ?」
「いいわけあるか」
「いいじゃん!一泊お泊まり!ねっ!」
「よくありませんよ」
「無理矢理くっ付けようとしないでください」
「でもつーお嬢、満更でもなさそうだよね」
「ここで茶々をいれないで!」
じっと観察するようにあたしを見ていた藍さんがいきなり会話に参加。
由亜さんは異様に興奮している。お節介め。
「嫌よ嫌よも好きのうちー。ぐふ、つばお嬢はツンデレだからじ、つ、はー?」
「俺もそう思う!!」
「二人まとめてシメてやろうか?」
ぐふふー、といやらしい顔で言ってくる藍さんに秀介は共感にテンションを上げる。頭が痛い。
ふと気付く。
なんだろう。藍さんは笑っているが、何処と無く不機嫌に感じる。
どうかしたのか。
首を傾げれば、ぱくり。箸で持っていた春巻きを横から白瑠さんに食べられた。
「あー!!てめっクラッチャー!!何椿の食べかけを食べてんだぁあ!」
「煩い!!大人しく食べないなら今すぐ追い出すわよっ!!」
「は、はいっ…!」
「うっひゃっひゃあ!つばちゃんに怒られたやーい」
「るせっー!てめぇのせいだろーがっ!!」
「煩いっ!!!」
あたしは秀介の頭を叩いた。
あと約三話で『裏現実紅殺戮 愛情は狂言』は完結します。