赤と緑の日の写真
「アタシがモンブランケーキが好きだから届くのはモンブランなんだけど。椿ちゃんはケーキ苦手なんだよね?」
幸樹さんの恋人だから、これからも会うことになるのだろう。
出来るなら顔は合わしたくないな。そう思いつつも、対応する。
「ええ、ケーキは苦手なので食べません。白瑠さんが一人で平らげるだろうから、適当なのを買いましょう」
ケーキが並んだ硝子ケースの前でケーキ選び。
甘いものは苦手だ。生クリームとか、クリームとか…。ケーキは一切れでも食べきれない。
白瑠さんの嫌いな食べ物はないだろう。
由亜さんが適当に選び店員に注文してる間に、店の外に目を向けて見た。
丁度見覚えのある人間が目の前を横切る。
「由亜さん、ちょっと待っててください」
「え、あっ椿ちゃん!」
あたしは直ぐに店を飛び出して、追い掛けた。
地味な灰色のマフラーを首に巻き付けた彼の背後まで駆けたが、彼は気付かないまま歩く。
たまらなくなって、あたしは彼の背中に抱き付いた。
「うあ!?」
「よっ!蓮真君!」
ビクッと震え上がる学生服の那拓蓮真はギョッとして振り返る。
そんな彼ににっこりと笑いかけた。只今上機嫌。
しかし蓮真君の方はあたしを凝視するやいなや、不機嫌そうに顔をしかめた。
「死んだと思った」
そう蓮真君は酷い挨拶を言う。
「失礼な」
「メール二通返事しなかったら死んだと思えって言ったのはお前だろ」
口を尖らせる蓮真君。
あ、そういえば。アメリカにいる最中にメールがきていたような。仕事中だったり買い物中だったりで返信し忘れていた。
「ごめん、アメリカに行ってたから」
「へぇ、メール一通送れないほど忙しかったんだ」
「そうゆうの、苦手なの。電話してくれればよかったのに。君が頻繁に連絡をとる派だとは思わなかった」
笑ってやれば、蓮真君はムスッとした。おやおや。ご機嫌斜めだ。
一ヶ月会わなかっただけで日本は変わりすぎだ。
「こんなとこに何の用?学校は東京だって聞いたけど…下校にしては方向が違うわね」
「お前の兄貴にお悔やみを言いに来たんだ。確か家はこの辺だろ?」
「君は律義だねぇ、死ぬよ」
あたしが死んだと思ってわざわざお悔やみを言いに幸樹さんの家を探しに来たのか。
実は自殺志願者なのかい?
「お前がちゃんとメールをしないからだろ。指切り魔の件でどっか消えたまま連絡しないから」
ご立腹のようだ。マフラーで口元は見えなくなったが眉間にシワが寄っている。
「心配したぼくがバカだった。お前は紅色の黒猫だもんな」と歩いてきた道を引き返し始めた。
「ちょっと、とっておきの土産話があるんだけど」
「お前が一瞬で百人殺戮しても驚かない」
「きっと驚く」
「へー?なんだよ」
呼び止めた蓮真君はあたしを振り返って向き合う。
「那拓遊太に会った」
その一言だけで効果覿面。
蓮真君は驚いて目を見開いた。
「遊太の、兄ちゃんに?」
「うん。元気だったよ、近い内に会おうってさ」
「まじか!」
パッと蓮真君は笑顔になる。機嫌が直ってくれたようだ。
これでちゃんと無事に再会したことを喜べそう、だったのに水を差すように蓮真君の後ろに由亜さんが立っていた。
「あれ?椿ちゃん、知り合い?」
…げ。
蓮真君は目を丸めて由亜さんを振り返り、あたしの顔を見た。まずい。
「こんにちわ、アタシは成宮由亜」
「こんにちわ、ぼくは…奈乃宮なたく。どうも」
瞬時に蓮真君は偽名を使って由亜さんと挨拶をした。流石頭の回転が早い。元々その名前を使うのに慣れているからだろう。
「ぼくは椿の……」
あたしの隣に立って蓮真君はそこで言葉を止める。
なんて説明する?
昔からの友人だなんて、それは通用しない。あたしの過去の繋がりは断ったこと、幸樹さんから聞いているだろう。
表の名前を出したからには表繋がりにしないと。
「ナンパ」
「恋人」
あたしと蓮真君は見事にハモらせて違う単語を出してしまった。致命的ミス。
「……あたしが逆ナンしたの」
「椿ちゃんが逆ナン?でも…奈乃宮君は恋人って…」
「あー…その、すみません。ぼくが口走ったんです。ほら、彼女のお兄さんが目を光らせてるっていうから……ぼく達、内緒で付き合ってるんです」
「え!?ホント!?」
ミスったからにはそうするしかない。ナイス蓮真君。
「あの、そうなの……。わかるでしょ?幸樹さん達、煩いから。内緒に会ってて…。お願い、皆には言わないでください」
あたしは頷いて、頼み込んだ。
上目遣いで猫なで声。白瑠さん達に使う手が彼女に通じるかどうか。
否、女同士であたしと仲良くなりたがっている彼女ならば。
「うん!!女同士の秘密だね!約束するよ!」
あたしの手を握って由亜さんはそうきっぱりと断言した。
「ありがとう、由亜さん」
「当然だよ!わかるよ、だって幸樹さんは椿ちゃんを一番に愛してるが故に、束縛しちゃうところがあるんだよね。椿ちゃんの恋路はアタシが守る!」
ハン、簡単な奴。
笑顔の裏で鼻で笑い退ける。本当に笑えるな。
「えっと、じゃあ…椿ちゃんはイヴは彼と過ごしたい、のかな?」
「あ、いえ。彼は彼で家族と過ごすんですって。あたしはほら…急遽帰国したばかりだから」
あたしは蓮真君に目を向けてから答えた。蓮真君は何か怪訝な表情を見せたが、とりあえず由亜さんが忘れているであろうケーキの行方を問う。由亜さんは慌ててケーキ屋に戻った。
「なんだよ、逆ナンって。それにイヴを家族と過ごすだって?ウチはクリスマスを祝わない」
「しょうがないじゃない。君を守るために…彼氏って下手したら死んでたよ。彼女が殺し屋じゃなくてよかったわね」
由亜さんの背中を眺め、溜め息を吐く蓮真君が肩を落とす。
「殺し屋じゃないんだ?」
「うん、情報屋だって」
そう答えれば蓮真君は、顔色を変えた。
「情報屋だって?おい…まじでやめてくれ、ぼくの正体は話すなよ。情報屋は一気に噂を広める天才なんだから」
「あーうん。わかってる。遊太から君の存在はバラさないでって頼まれてるし、正体を話すつもりはないわ」
裏現実デビューをまだ許されていない蓮真君は拒む。
那拓家の秘蔵っ子なのだ。
学生の那拓は、知られてはいけない。まだ就職前だから存在は明かせない、と遊太から聞いていた。
それに、由亜さんに明かすつもりは、更々ない。
「その話は近い内にしよう。ちゃんと連絡しろよ?じゃあ」
「うん、またね」
由亜さんがケーキを持って戻ってくるなり、蓮真君はそそくさと離れていく。
「あれ……アタシ、嫌われたかな?」
「いえ」
蓮真君のあからさまな態度に由亜さんは不安げな顔をした。あたしは首を振っておく。
すると蓮真君が引き返してきた。
ずっとズボンにしまっていた寒さで赤くなった手で紙袋を差し出す。
「そない物に渡すつもりだった、クリスマスプレゼントとして渡す。いらないなら捨てて」
あたしがわからないまま受けとれば、蓮真君は背を向けて歩いた。
「お前が好きだっていった花」
それだけ言って、今度こそ帰っていく。
あたしが好きな花の話を、したっけ?首を傾げてその袋を開けてみた。
中には指輪。銀色の指輪だ。花をモチーフにした銀色の指輪。
「それって、蓮華?」
「いいえ……蓮の花」
あたしは微笑んで答えた。
蓮の花。蓮真君と話したっけ。
蓮真君は蓮華は知ってたけど蓮の花は知らなかった。しっかり調べたようだ。
椿の花と蓮の花。
「いい子だね。かっこいいし椿ちゃん好みをプレゼントするし……椿ちゃん、幸樹さんに紹介しないの?」
「裏じゃない人を紹介したら監禁されちゃう」
あたしは指輪を紙袋に戻してコートのポケットにしまった。お返しは何にしようかな。手袋がないみたいだったから手袋にしよう。
それまでに買わないでいてくれるといいな。
「ちょっとショッピングモールに寄ってもいいんですか?」
あたしはそう由亜さんに頼んだ。
ショッピングモールで蓮真君のプレゼントを買ってから帰宅した。
欠伸が絶えない。飛行機で睡眠をロクにとれなかった。
だから帰ったら直ぐに、一言言って自分のベッドで眠る。
不思議なほどにぐっすりと眠れた。夢を見ずに、十分に眠れた。
「え………あれ!?」
悪夢を見なかったのも驚きだったが、何よりも窓から差す光に驚く。朝日だ。
慌てて部屋を飛び出してリビングに出れば、飲み潰れてソファに眠る白瑠さんと藍さんがいた。
暴れ放題だったようだ。
「おはようございます、椿さん」
一人、幸樹さんはダイニングテーブルでコーヒーを啜っていた。
「あの、えっと……ごめんなさい、あたしったら……寝過ごしちゃいました」
「何を言ってるんです?まさか、パーティーに参加したことを忘れてたんですか?」
あたしが申し訳なく謝れば、幸樹さんは可笑しそうに笑い出す。
「え?」
「ちゃんと昨夜はパーティーしましたよ。証拠に今、由亜さんが写真を現像してます」
「え………まじで?」
「クスッ…食後に飲んだお酒がまずかったみたいですね。椿さん、次から次へと飲み干してましたから。二日酔いは大丈夫ですか?」
テーブルに両手をついて言葉を失う。断片的に思い出してきた。
確かに食事に参加し、皆で撮影もした。…気がする。
そのあとにシャンパン、ワイン、なんか強い酒をどんどんと飲んでいった。…ような気がする。
声にならない悲鳴を出して椅子に座り込む。日本帰国後早々に酔い潰れるなんて。色んな問題のせいだ。
「その指輪…」
「ん?あれ…?」
指輪と言われ自分の手を見れば、左手の中指に蓮真君の指輪が。いつの間に嵌めてたんだ?
「椿さん、指輪はしないのでは?珍しいですね」
「ああ……お気に入りなんです」
「そうですか」
指輪をするとナイフとか持ちにくくなるから普段はつけないが、今日くらいはつけていよう。クリスマスプレゼントなんだから。
「椿さんはお気に入りを大切にしますからね。…よければこれも、お気に入りにいれてもらえますか?」
幸樹さんは細長い包装された箱をあたしの前に差し出した。
きょとんとしれば、幸樹さんは微笑みを向けて「メリークリスマス」と言う。
「え…?クリスマスプレゼント?」
「そうですよ。どうしたんです?開けないんですか?」
ぽっかーんと、箱を見下ろす。紅色のリボン。クリスマスプレゼント。
「あ……ごめんなさい、クリスマスプレゼントなんて……何年ももらってなかったから……意外で。あたし、用意してない…」
「一方的に送る予定だったのですから、お気になさらず。開けてみてください」
包装されたクリスマスプレゼントは、本当に久しい。
この包装を破って箱を開ける子供時代は、数えるほどない。
促されて、丁寧に包装紙をとる。
ネックレスの箱だ。
それを開けば、紅色の宝石。
「幼稚に見えるかもしれませんが、どうか大切にしてください」
その宝石は花びらの形で折り重なり、一輪の花になっていた。椿の花だ。
「ありがとうございます、大切にします」
綺麗な一輪だ。朝陽にキラキラ光る宝石に見とれる。
「喜んでもらえて嬉しいですよ」
きっと高いだろう。オーダーメイドかもしれないしルビーかもしれない。
でも喜んでもらう。
「白瑠からもプレゼントがありますよ。起こしてください」
「え?いつの間に?」
「貴女が夕方寝てる間ですよ」
急遽帰国に用意してるはずない。プレゼントなんて用意しなくていいのに。お返しが困るじゃないか。
「朝食を用意しますね」と幸樹さんは立ち上がり、キッチンに向かった。
「あ、椿さん。報告することないですか?」
「え?」
「白瑠とは」
「何もありません」
「そうですか」
清々しい笑顔で頷いてから幸樹さんは朝食を作り始める。
あたしは肩を落として、ソファでワインボトルを握ったままの白瑠さんの元にいく。
「白瑠さん」
呼んで白瑠さんを揺らして起こそうと試みた。
起きない。ぴくともしない。無反応。ただの屍のようだ。
「先生、昏睡状態みたいです」
「フライパンで頭を殴りますか?」
「それはいいですね」
冗談だけど。
ペチペチと顔を叩いても起きない。息はしてる?うん、してる。耳を引っ張ったが、反応しない。
「白瑠さん?はーくーさぁん!」
すげえ、起きない。
背中を叩いても起きやしない。ほっぺをつねってみても反応なし。まじで昏睡状態?
「耳元で白瑠と呼んでみてください」
幸樹さんの助言通りに耳元で呼び掛けてみた。
「もう少し、囁くように」
「………」
幸樹さんが笑いを堪えているように聞こえるのは気のせいだろうか。絶対に遊んでない?
「白瑠」
「……んっ」
あ、反応した。
「白瑠」
「んっ…んぅ」
何故大声より囁き声が効くんだろうか。気持ちよさそうな笑みを浮かべた顔をしてる。
「白瑠さん、起きて」
「ふ……んん」
「白瑠さんってば」
「んー、まだぁ」
「今すぐに起きてください」
「んーんー」
「白瑠」
「んひゃ」
起きる気がないらしい。
寧ろあたしの囁き声を子守唄代わりにまた寝ようとしてる。
はぁ、なんであたしは遊ばれるんだろう。力の差?
少し無難に白瑠さんを起こす方法を考えてみた。
「は、くる、さん」
甘く、いやらしく、息を吹き掛けるように、囁く。
その直後に白瑠さんはビクッと震え上がり飛び起きた。ギョッとして耳を押さえる白瑠さんに、ニヤッと勝ち誇った笑みを洩らす。
「メリークリスマス、白瑠さん」
「め……メリークリスマス…椿ちゃん?」
にっこり、と挨拶。白瑠さんも笑みで挨拶を返したが戸惑いを隠せないでいた。混乱中だ。
不意に足元を見てみた。視線を向けている藍さんが床に寝転がっている。
「小悪魔度までアップしたの?」
「メリークリスマス、藍さん」
「ぶふっ!!」
白瑠さんの持っていたワインを藍さんにぶっかけた。
「あっ!つーちゃん!メリークリスマス!」
混乱を忘却して白瑠さんはクリスマスツリーに置いた箱をあたしに差し出す。
紅色のリボン。
「何が入ってるんです?」
「開けてみて」
白瑠さんはウキウキした様子で急かした。まるでクリスマスのプレゼントを開ける側の子供みたいだ。
丁寧に包装紙を外して箱を開けば、ナイフが二本。
白い光を放つ刃には模様が刻まれていた。特注品に違いない。
片方には椿の花。もう片方に猫のデザインが刻まれている。
なんともかっこいい。
「かっこいい…。ありがとうございます、白瑠さん」
「んひゃ!どういたしまして!」
「椿お嬢!僕から!」
「試し切りにされたいの?」
お礼を言うと白瑠さんは嬉しげに笑い返した。早速使ってみたいな、と思った矢先に藍さんが箱を差し出す。ギロリ。
「いやっ、違うよ!昨日のサンタコスとは別のプレゼント!」
「サンタコスだったんですか」
「ぷっ!椿さん……貴女昨日着たじゃないですか」
幸樹さんがキッチンで吹き出す。…おや、あたし、とんでもない醜態を晒していたもよう。
あの蹴り飛ばした箱の中身はサンタクロースのコスプレ衣装。酔っ払って着てしまったようだ。
ショックを受けつつも藍さんのプレゼントを開けてみた。
中には紅色のコート。
新しいデザインの仕事用のコートだ。今度のはフード付き。
あたしはそれに袖を通してフードを被った。
「どうです?幸樹さん」
コーヒーテーブルの上に乗ってキッチンの幸樹さんに見せる。
「お似合いですよ」と幸樹さん。
「ありがとうございます、藍さん。……でも、どうしよう。あたしは用意してないんです」
「大丈夫。つばちゃんの笑顔と」
「サンタコスで十分!」
グッと親指を立てて満面の笑みを向ける白瑠さんと藍さん。それほどサンタコスがよかったらしい。
「うー、二日酔いだー」
「おっ、とっと」
「ひゃあ、つばちゃん」
藍さんが立ち上がろうとして失敗。踏み台を揺らされあたしは転倒しかけたが、白瑠さんの上に着地。白瑠さんはギュッと抱き締めた。頬擦りしてくる。まだ酔ってるのか?
「白瑠さん、次の仕事は?」
「ひゃあ?つーちゃんたら、一週間ぐらい休んだら?」
「疲れてないんですから、休む必要ありません。白瑠さんはお疲れなんですか?」
「んひゃひゃひゃ。しょうがなぁいなぁ」
うん。単に黒の殺戮者に会った後遺症のようだ。必要以上に抱き締めてすがり付く。
「じゃあ皆揃ったことだし、皆で大仕事やっちゃう?」
二日酔いに唸りつつも藍さんが提案をした。皆で思い出す。
「あの、ラトアさんと連絡は取れませんか?」
「んー?ラトアとは連絡してないよ、つかするようなタイプじゃないじゃん」
「つばちゃん、最近ラトアばっかだよねぇ。そんなにラトアに会いたいのぉ?」
「ラトアさん、てかハウン君に会いたいだけです」
ラトアさんもハウン君も、連絡をこまめにするとは思えない。寧ろ携帯電話を持たなそうなイメージがある。現にハウン君は携帯電話を持たない。ラトアさんも現在持っていないようだ。
「あー、あの吸血鬼少年?つばちゃんに馴れ馴れしかった」
「べったりでしたよね。まぁそのおかげで椿さんは悪魔から救われたんですから。朝食できましたよ」
幸樹さんはもうダイニングテーブルに朝食を並べていた。二日酔いの藍さんに手を貸して皆というメンバーでテーブルにつく。
救われたなんて嘘。
ジェスタは歪曲した。
それは今現在もバレていない。
悪魔はまだあたしの中だ。
空港以来、未だ悪魔は沈黙したまま。ジェスタに会うまで沈黙していてほしい。
まずい状況。
吸血鬼がいない今、叫ばれたらジエンドだ。
今なら仕留められるというのに、どうして悪魔は黙ったままなんだろう。何を企んでいる?
「どうしてハウンに会いたがってるのですか?」
二日酔いの為の軽い朝食を食べていれば幸樹さんが訊いた。
話せば総出でジェスタを探してくれそうだが、嘘ついたジェスタはボコボコにされるだろう。話すのはやめようか。話さない約束だし。
「特に理由もなく、ただ会いたいだけです」
あたしはそう返答して項垂れる藍さんの看病をしてやる。
あたしも悪魔も、黙っていれば白瑠さん達にバレない。黙っていれば。
「どうやったらハウン君に会えるんでしょうか?」
「神父ヴァンパイアといるなら彼を見付ければ?」
「どうやって」
「ラトアなら自分の仲間なんですからすぐ見付けられますよね」
「そのラトアは音信不通ぅ」
連絡の取りようがない。
やはりラトアさんから見付け出さないとハウン君にジェスタには会えそうにないようだ。
「ラトアから連絡くるまで待つしかないようですね」
早めに、くることを願う。
隠密に悪魔を退治したい。
「それで、大仕事はどうするんです?」
「ん!遠くがいい!」
仕事の話に話題を戻せば、白瑠さんが挙手した。
「なるほど、遠くですか」
「んー、そうだねー。遠征の仕事もいいよね」
その意見を受け入れる幸樹さんと藍さん。遠出にする理由はわかってる。
きっと黒の殺戮者を撒くためだろう。藍さんもガセネタで撒き続けるはず。一定の地域だけは避けて仕事をするのか。
いつになったら、それは解決するんだろう。
問題事が次々と増えて最悪だ。
悪魔に黒の殺戮者に篠塚さん。あたしの頭痛の種。
「あ、皆さん!メリークリスマス!」
そこに由亜さんが戻ってきた。家の合鍵を持っているところを見れば、戻ってきたというより帰ってきたというべきか。
現像から帰ってきた由亜さん。
「あ、由亜っち。仕事で遠くの地域に行くつもりなんだけど、なんかない?」
「遠くの地域?関西とかかな?」
「たこ焼き!!」
「関西イコールたこ焼きですか…」
「ついでに観光できるところがいいですね」
「温泉がいいとこ知ってるよ!椿ちゃんどう!?」
「温泉いこぅ!」
「温泉いこー!」
「下心が丸見えだ!!」
目の色変えた中学レベル二人の頭を叩く。一名二日酔いのおかげで大ダメージ。
暗殺のついでに観光なんて、気楽すぎではないか。
まぁいいけど。
「由亜さん。写真みせてください」
あたしは由亜さんから写真をもらう。やけに分厚い。たくさん撮ったようだ。
一枚目の写真。
サンタコスのあたしと由亜さんのツーショットだった。
うげっ…。あたしまじで着たのかよ。
ヘソだしミニスカのサンタコス。超ノリノリにポーズを決めてやがる自分。
「あーつーちゃん可愛い可愛い」とその写真を手にクスクス笑う白瑠さん。
その他の写真もパーティーでハメを外し、酒を飲み続けてばか騒ぎする様が、ありのままに写っていた。
なんてこった…。
頭が痛くなりそうだ。
シラフの写真も発見。
一同が並んでいる写真だ。
なんだか、まるで。
家族写真みたいな一枚に、呆然としてしまった。
家族写真なんて滑稽な比喩だ。
家族写真なんて、嫌いなくせに。いつも嫌々だったくせに。
なのに、写真の中の少女は嬉しげで、もっと言えば幸せそうに笑っていた。
「この写真、あたしがもらってもいいですか?」
家族写真なんて嫌いなくせに、その写真を欲しがった。