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恋人をご紹介



 それからだ。

白瑠さんはあたしを病人扱い。

仕事を二三したが簡単であろうとあたしにピッタリと付いて離れなかった。

仕事以外だって何処に出掛けようとピッタリとついてくる。

 うぜぇ。

 いつまで続くんだろう。

沈黙したまま考えてみた。

あたしは普段通りに戻ったのになぁ。

なんて横たわっていれば、主治医の白瑠さんが顔を出した。


「ちょっと出掛けてくるねぇ」

「はぁ、どうぞ」


漸く監視から解放される、と思った矢先。


「椿ちゃん、出掛けちゃだめなんだからね?大人しくソファでゴロゴロしててね!チーズバーガーはここに置くから!コーラも!ねっ!?」

「…………了解です」


過保護にウザさが増してきやがった。

白瑠さんは白い襟付きシャツの上に黒の革ジャンを着て外出していく。


「……………」


ソファの背凭れに顎を置いてドアを見つめる。

白瑠さんは何処に行くんだろう。

バルコニーで誰かと話していたような。

あたしはバルコニーに出ようとソファから降りて見付ける。

キッチンテーブルに置かれた白瑠さんの携帯電話。

忘れてる…。

あたしはそれを手にしてバルコニーに出た。

携帯電話の履歴を見る。

登録してない番号。

ん?見覚えがある。

何処で見たんだっけ?

思い出そうとしながらバルコニーから下を視て、白瑠さんの姿を探した。

白瑠さんはバイクで道路を走り去る。

あ、と思い出した。

あたしは確認でその番号に電話かける。


「んだよクラッチャー!まだ何か用なのかよ!?篠塚さんなら待ち合わせ場所に行ったぞ!いいか!?篠塚さんに手を出したら」


聴こえてきたのは、秀介の声。


「…彼、篠塚さんに、会いに行ったの?」

「……え、椿?」


言葉を失う。

白瑠さんがなんでわざわざ秀介を通して会いに行くんだ?

あたしと会ったことがバレた?

何しに会いに行ったんだ?


「ご、ごめん!なんか二人は知り合いで……話すだけって言ってて、心配はないと思う、けど」


慌てて弁解する秀介。

あたしは首を振るう。

「いいの、別に……じゃあね」とあたしは静かに電話を切った。

風が吹いて髪が靡く。

少し考えた。考えたが白瑠さんは篠塚さんを殺したりしない。

大丈夫だろう。

篠塚さんだってあたしが血塗れになって笑ったことを話したりしない。……どうかな。

わかんない。

頭がズキズキする。

考えるのは放棄してベッドに倒れ込んだ。息をつくと、頭痛から解放された。

なんかめんどくさいことが起こりそう。

あーやだやだ。

現実逃避して目を閉じた。


「…………」


ちょっとだけ眠ってしまったが、すぐに起きる。

あの夢を見たからだ。

最近付きまとう夢だ。

白い部屋に閉じ込められたあたし。

その白が黒に埋め尽くされる夢だ。

逃げるように起きた。

あたしはポケットから名刺を取る。肌身放さず持っている名刺。

篠塚さんの。

もう一つは、レネメンの名刺。

退院した頃だろうか。

連絡をとったら、白瑠さんがますますめんどくさくなるだろう。

でも秘密にするなら大丈夫。

レネメンに黒の殺戮者に伝言を聞くだけ。

電話するだけで済むなら危険度はない。藍さんが居場所を特定されない細工をしておいたという携帯電話だしきっと平気だろう。

電話してみようか。

あたしは携帯電話の番号を押した。


「椿ぃっ!!」


怒鳴り声が轟いて思わずあたしは携帯電話を切る。ビクゥと震え上がり、背を伸ばしたまま硬直した。

 ど、怒鳴られた…。

 は、白瑠さんに…。

怒鳴って白瑠さんが帰って来たのだ。

え?何バレたかな?白瑠さんに怒られることのどれがバレたかな!?


「帰る!!」


怒鳴った彼の白いシャツに血がべったりとついていた。ズカズカと部屋に入って荷物を漁り始める。

帰るだって?帰ってきたじゃないか。


「日本に帰るんだ!」

「え、なんでっ…なんで急に、その血」

「いいから早く!」


ベッドに白瑠さんが鷲掴みにした服を次々に投げ飛ばす。トランクに武器やら服を入れるように指示された。

説明を求めようと開いた口を、閉じる。

 ───黒の殺戮者だ。

白瑠さんを不機嫌にするのは()だけ。

その血は黒の殺戮者のものだろうか。

彼は吸血鬼で、死なない。

ついさっき接触でもしたのだろう。

日本から黒の殺戮者が来た。

噂を聞き付けた、或いはレネメンから聞いたのか。

黒の殺戮者が迫っている。

あたしは直ぐにトランクに入れた。

ああ畜生!

白瑠さんを追えば二人の対面を見れたのに残念!


「椿!出るよ!」


まだ服が残っているのに詰め込み終えたトランクを持ち、白の部屋から出ていった。

エンジンがかけられた白のフェラーリに乗り込む。

「くそっ!」と白瑠さんが悪態をついた。

び、びびる。

バックミラーを睨んでいた白瑠さんはアクセルを踏み込んだ。グウンと猛スピードで走った。

後ろを見れば、黒のインパラ。

猛スピードのフェラーリの後ろをついてくる。

 こ、こわっ。

白と黒の鬼ごっこ。怖。

白瑠さんの運転はいつもスピード違反だが、黒の運転もブッチ切れだ。

逃がさないつもりなのだろう。

白瑠さんが撒こうと他の車を避けては紛れようとするが、黒のインパラは車と衝突してもお構い無しに突っ走ってる。

遠くで爆音がした。

車が幾つかひっくり返る。

それでも迫りくる黒のインパラ。

あー、そう言えば…計画に邪魔なら容赦なく消されるとかなんとか…幸樹さんが言ってたっけ。

 カーチェイスか。

 これこそアメリカン。

ひゅー、最後にこんな見せ物をしてくれるなんてさっすがぁ。あっはっはー。

もう遠い目で笑うしかない。

ごめんなさい。やっぱり二人が対面するとこなんて見ません。見たくありません。

隣の白瑠さんのお怒りオーラだけで参っている。

このまま無事に空港に辿り着きますように…。


「椿」

「は、はい」

「撃って」


いきなり口を開いた白瑠さん。あたしの膝の上にショットガンを投げた。

撃つって…。当然あのインパラだろうなぁ…。

断ったら怖いのであたしはドア窓から身体を出して、窓縁に腰を降ろし狙いを定める。

白瑠さんを信じて周りにぶつからないことを祈ろう。

運転席を狙った。

そこを撃ち抜けばいい。


「……………」


 ガウン、ガウン!

あたしはタイヤを撃ち抜いた。タイヤは破裂。まともに走れないそのインパラは目の前の車にぶつかって横転。

あたしは直ぐに車の中へと戻った。


「…なんでフロントを撃たなかったの?」


白瑠さんは後ろを確認してからあたしに問う。


「あたしは銃使いじゃないんですよ。髪が邪魔だったし、ひっくり返っただけでもほめてください」

「………ん。ちぇ。また、死なないなぁ」


口を尖らせて白瑠さんは少しだけスピードを緩めて呟いた。

死なないだろうな。

車が爆発した中に閉じ込められない限り。

一件落着して一息つく。


「あー、いててぇ。さっき塞いだ頭の傷がまた開いちゃったよ」

「おい。自分だけ抜け出してないで助けろ」

「今撃ったのが黒猫ちゃんかなぁ?髪で顔が見えなかったよ、全く(はく)の奴、徹底的に俺に会わせないつもりだぜ」

「おい。今すぐに助けねぇなら、てめえのお遊びに付き合うのをやめんぞ」

「もーう、せっかちなんだからぁ。くひゃひゃ」


横転した車から這い出た黒は、愉快そうに笑いを洩らした。


「───この血がこびりついた甘い香りが、紅色の黒猫ちゃんの匂いか」



 空港についた頃、秀介から電話が来たのでそれに出た。


「椿!無事!?」

「無事だけど…?」

「白と黒が表で派手にやりやがったんだよ!しかも真っ昼間のレストランで篠塚さんの前でだ!」

「なんですって!?」


思わず声を上げる。

待つように言われて今車の中だ。多分、チケットでも買いにいったのだろう。

誰に話し掛けられても信用するなときつく言われている。


「な、なんで…篠塚さんの前なんかで……何したのよっ?」


額を押さえて冷静になろうと努力をした。篠塚さんに危害さえ加えていなければ多目に見てやる。


「黒の頭を拳銃でぶっぱなした」


吸血鬼の頭を一般人のいるレストランで撃ち抜いたのかよ。その時の帰り血か。


「しかも篠塚さんの拳銃」


しかも篠塚さんの!

呻きたくなった。

あたしが殺戮を見せただけじゃなく頭を撃たれても生きている吸血鬼を見せてしまったのか?

なんで最悪なことに発展するんだ。あたしの中に悪魔がいるからか?いるからなんだろ?畜生ーぉ。


「篠塚さんは……?」

「黒を追ってる」

「止めなさい!!殺されるじゃない!」

「はいっ!」


思わず叫んでしまった。

秀介は電話を切って直ぐに篠塚さんの元に向かったようだ。

おいおい。

篠塚さんが黒の殺戮者と会うなんてまじ洒落にならない。頭を抱えてしまう。

ああもう…。

篠塚さんを突き飛ばしたあとにこれだ。

なんでこうなる。

はっきりと境界線を見せた矢先にどうして。

全部墓穴になる。やってきた行為が、頭痛として戻ってきやがる。

あたしはどうすればいいんだ。

あたしはどうしたらいい?

どうしたら救われるの?


───クククッ、邪魔な奴は殺しちまえよ──。


「…!!」


ビクッと肩を震わせる。

詰まる呼吸。咳をして肺に酸素を送る。

声が───した。

耳から聴こえたんじゃない。

頭の中から聴こえた。


「てめっ……!」

「椿、行くよ」

「!」


その声に話し掛けようとしたのに、白瑠さんが来て車から強引に引きずり出される。

篠塚さんの無事も確認出来ずに、飛行機に乗って帰国をした。



 乗り込んだ機内。

白瑠さんは漸く、一息ついて目を閉じる。安心したようだ。

離陸した飛行機にまで来れやしない。もう安心だろう。

あたしは、一難去ってまた一難。

いや、去ってなんかいない。問題は一つも解決してないのだ。

唇を噛み締めて深呼吸をする。


「白瑠さん……ラトアさんと連絡とれないんですが…何か知りませんか?」

「ん?ラトア?んー、さぁ?聞いてないけど」

「………そうですか」


やっぱりラトアさんと連絡がとれないか。くそう。


「椿?どうかしたの?」

「…なんでもありません」


髪を握ったまま俯くあたしの顔を白瑠さんは覗く。あたしは首を振って顔を背いた。


「頭痛?薬もらおうか?」

「いえ………ただ………気分が悪いだけです。大丈夫ですから」


本当に気分が悪い。

あたしは、眠ることにした。

 目を開けば、ベッドの上。

白い部屋。出口のない四角い部屋。

ベッドの下から、黒が広がる。

闇のように、全てを飲み込むように、白の部屋を染めた。

───ズキン、ズキン。

頭痛がする。

悲鳴が聴こえる。

息が出来ない。

頭が割れる。

───ズキン、ズキン。

ベッドの上で野垂れ回る。

痛い。苦しい。痛い。

耳を押さえても、聴こえる。煩い。頭が破裂しそうだ。

痛い。痛い。痛い。痛い。

笑い声がする。

───クククッ。

喉で笑うあの声。


「椿!」

「っ!!」


 夢から目を覚ます。

白瑠さんがあたしの肩を握っている。魘されたみたいだ。

あの夢は、何故か、怖い。

見る度に魘される。

魘されては起きる。

白が黒に変わるその前に、いつも目覚める。


「ちくしょ……畜生!くそっ!くそっ!くそっ!!」

「つ、椿?」


悪態をつく。だんだんと床を踏み潰す。

起きるなり暴れるあたしに戸惑う白瑠さんは顔を見るように顎を掴む。


「ムカつく!!」

「ん、ああ、そうだね、うん」


白瑠さんは何のことか理解していないがうんうんと頷いてあたしを宥めた。

乱れた息を、整える。

深呼吸。


「大丈夫?どうしたの?」


あたしの頬を親指で拭いて、白瑠さんはゆっくりと問う。


「………何故篠塚さんに会いに行ったんです?」

「ん」

「なんでまた彼の前で黒の殺戮者を撃ったんです?」


息をある程度規則正しく落ち着かせてからあたしは問い詰める。白瑠さんはきょとんとした。あたしは彼の携帯電話を押し付けて返す。

「お喋りだなぁ、しゅーちゃんたら」とだけ洩らした。


「つばちゃんと何かあったのかなぁ、って思って。訊きに行ったんだよ。すごぉく悩んでたから、助言してあげようと思って」

「………」

「つばちゃんに訊いても言わないだろ?」

「…そうですね。白瑠さんが黒の殺戮者と一体何やっているかを訊いても答えてはくれないのと同じ」

「……………」


頭にきてあたしは禁句にしていたそれを口にした。

刹那黙り込み膨れっ面をしていた白瑠さんは、結局聞き流すことにしたらしい。


「しーのちゃん、俺と話したがっていたし」

「訊けばあたしは答えてましたよ。狩人三人を殺したとこを見られた」

「うん。そうらしいね。しーのちゃんから聞いたよ」

「………彼が、話したんですか」


さらりと答える白瑠さん。

篠塚さんが、話したのか?

一体どうやって?

命の恩人だからって、話すだろうか。


「思い詰めてたから、記憶なくす前の彼のことを教えてあげた」

「え?…知ってるんですか?」

「知ってる。ちょっとだけど話して、そのあと彼は落ちたんだ」


肩を竦めて白瑠さんは答えた。

自殺前の彼と、話したことをまんま話したのだろうか。


「めんどくさかったけど……表と裏についてネチネチ言うからさぁ。裏現実について話した。んで俺が頭蓋破壊屋だってこと話した」

「じ、自白しちゃったんですか!?」


ガァンとショックを受ける。なんでそんなあっさりと!

裏現実の話まで。

そしたら、白瑠さんは面白そうににんまりと笑みを浮かべた。


「しーのちゃんったら。次会った時は命の恩人であろうと、捕まえるってさ。んひゃひゃひゃ、変わんないなぁ、あの人は」


楽しげに、笑いを洩らす。

強い意志で告げる篠塚さんが簡単に想像できた。

困惑しただろう。次から次へと知らなかった現実を明かされて。

でも、それを受け入れて。

そう決心したのだろう。

頭蓋破壊屋を追い続ける。

そして紅色の黒猫も───。

 不意に、白瑠さんの顔から笑みが消えて、冷たい瞳に変わる。


「そこにあんにゃろうが乱入してきたんだよ。しーのちゃんを巻き込んだら死ぬから頭撃ち抜いて店を脱出してきた」

「巻き込んだら死ぬから、彼の銃で撃つって間違っていますよね?」

「銃持ってなかったもん」

「頭粉砕すればいいじゃないですか…!」

「頭に弾丸入ってればアイツの仲間が弾丸取り出すんだ。時間稼ぎ」


見てみたいような見てみたくないような…!

乱入ってことは、例の集団と来たのだろうか。その仲間が黒の殺戮者の頭から弾丸を取る光景。…………んん。


「あと二ヶ月は稼げると思ったのに……」

「名前を大々的に出すから噂が耳に入ったんでしょ」

「それは藍くんが錯乱させるために出鱈目な情報出してたんだけど」


…………………………。

あたしのせいだぁあ!!

絶対にあたしのせいだ!

レネメンが連絡したんだ。それで見つかった。

じ、自業自得…!

なんてこと……。

普段の行いが悪すぎるのかな。悪すぎるのかなぁ。

何も悪いことしてないよ。

レネメン。君を逆恨みする。

君はあたしを庇ってくれたけど………?

あれ?あたしに伝言ってなんだろう?


「白瑠さん。どうして彼ら追ってきたんです?」

「んー……嫌がらせだよ」


白瑠さんは頭の後ろで腕を組んで、つまらなそうに答えた。

その表情は答える気がないようだ。

あっそ。

あたしは潔く諦めて、そっぽを向いた。

眠れば魘されるから、眠らずただ変わらない景色が映る窓を見つめた。

 これからを考えよう。

幸樹さんか藍さんにラトアさんかハウン君の連絡先を教えてもらったら悪魔退治。

無理ならば兎無さんのもとに新しい武器を取りに行って仕事三昧。

篠塚さんは秀介に頼んで、もう会わないようにしよう。

それからなんとしても、黒の殺戮者の伝言を聞き出してやる。

悪魔野郎のせいだ。もう滅茶苦茶にしてやりたい。

蹴り破って破壊して殴って裂いて切って粉砕して微塵切りにしてしまわなきゃ気が済まない。

悪魔ぶっ殺してぇえ!

暴れたい。くそっ。

機内で殺戮しないように自分の身体を抱き締めて堪えた。

どうにも出来ないならとことん不運に遭ってやる。

殺され死にかけ生存しては殺戮して暴れてやる。

何度でも何度でも何度でも。


「はーい」


 カチャリ。

ドアを開いて出てきたのは、女の人だった。

白瑠さんはきょとんとして、あたしはポカンとする。

 確認しよう。

この家は幸樹さんの家のはず。クラウンの隣にレンタカーを停めてトランクを持ち、チャイムを鳴らした。

帰ってくると連絡していなかったからきっと驚かせてしまうと思ったが、思わぬ反撃を喰らった模様。

玄関から訪問者を迎えたのは、女の人だった。

あたしより背が高く、茶色のセミロングの女性。デニムにブラウス。くりっと首を傾ける仕草からして子供っぽい性格の持ち主と印象を持つが、明らかにあたしより歳上の女性。


「え………と………あれ?」


あたし達の手にするトランクを見て、女性はまた首を傾けた。

眼をぱちくりとして笑顔をひきつる。


「もしかして……」

「どうしたんです?由亜(ゆあ)さん」


そんな女性を背中から抱き締めて頬にキスをしようとした幸樹さんは、あたし達を視界に入れてピタリと止まる。


「…………………おや」


数分の間。それぞれ、その体勢のまま立ち尽くした。

謎の女の人も幸樹さんも白瑠さんもあたしも。

ただただ気まずく居心地悪い空気。


「…おかえりなさい。椿さん、白瑠」


 幸樹さんはあの微笑みを浮かべてあたしの持つトランクに手を伸ばした。

あたしはその手が触れる前にバッと手を上げて避ける。

その行動の意味はわかりきってるだろう。

触るな。


「…………」


あたしが注目される。

女の人は口を開いたまま言葉を失って立ち尽くす。幸樹さんは空回りした手を、キュッと握った。

このまま踵を返して何処かにいってしまいたかったが、他に行く宛なんてない。

それで彼の手を避けそびれた。


「たっだいまぁ!」

「!」


腰に白瑠さんの腕が回って無理矢理玄関の中へと入れられる。


「おかえりなさい」


足を踏み入れて、幸樹さんはもう一度言った。

あたしは眼を逸らす。

白瑠さんにズルズルと引きずられようが、誰とも眼を合わせないようにした。

 一ヶ月ぶりのリビングには食べ物の香りが漂う。料理の最中だったらしい。眼を向けた先には、クリスマスツリーがきらびやかに光を放っていた。

そういえば、今日はイヴか。

家の中のクリスマスツリーなんて何年ぶりに見ただろう。


「え、えっと。は、初めまして!アタシは成宮由亜です!紅色の黒猫…じゃなくて!よろしく!椿ちゃん!あっ、椿ちゃんなんて馴れ馴れしいかな?な、なんて呼べばいいかな?んっと…アタシのことは好きに呼んで!」


テーブルについて、たどたどしく女の人は自己紹介した。


「お好きにどうぞ」


あたしは眼も向けずに回答する。


「こうくんの彼女?」


あたしの隣に腰掛けた白瑠さんがズバリと訊いた。

「えっ、えええええっとですねぇ!」と女の人は動揺して慌ただしさを出す。

裏に繋がる人間だから、頭蓋破壊屋に話し掛けられた動揺かもしれない。


「私の恋人です」


そこできっぱりと幸樹さんは言った。

看護婦に手を出していた幸樹さんの、正式の恋人。


「クリスマスのイヴに突然邪魔してすみません。あたしと白瑠さんは藍さんの家に泊まります」


カタリと椅子から立ち上がってあたしは言った。

次から次へと…。

悪魔殺してぇ。


「そんなあからさまに不機嫌な顔で踵を返さないでください。座りなさい、貴女がそんな反応するのは予測してましたが…まさか突然帰ってくるなんてね」

「だって突然だもん」


幸樹さんはあたしを引き留めて溜め息をついた。眼を向けた先の白瑠さんは微塵も反省の色を見せない。


「椿さん。拗ねた顔をせずに一ヶ月ぶりなのですから可愛い笑顔を見せてください」

「拗ねてません」

「万引きがバレた不良みたいですよ」

「元からです」

「拗ねると大変ですね、全く。椿、よく聞いてください。私は貴女を一番、愛してますよ」

「恋人の前でそれはやめてください」

「そ、そう!幸樹さんは椿ちゃんを一番愛してるんだよ!」

「なんで貴女が言うんですか!」


幸樹さんのいつもの台詞。

恋人の前で、と呆れていれば何故かその恋人まで説得するように言った。

思わずあたしは恋人に眼を向ければ、真剣な眼差しをしている。

打ち合わせか、はたまた幸樹さんの調教か。


「嘯くな!愛するなら恋人を愛しなさい!」

「何を言ってるんですか。地球上の男皆の優先順位が恋人ではありません、一番は椿さんですよ。ねぇ?由亜さん」

「はい!幸樹さんの優先順位で一位なのは椿ちゃん!アタシは二番でもそれ以下でも大丈夫だから!」

「大丈夫じゃない!貴女は何を吹き込まれた!?」

「妹は神様」

「何を吹き込んでるんですか!?幸樹さん!」

「幸樹さんなんて他人行儀な…。お兄ちゃん、でしょう?椿」

「留守の間に何があったんですか!!?」


必死な由亜さん。にっこり笑顔の幸樹さん。

二人でどんな打ち合わせをしやがったんだ。

幸樹さんは隠れシスコン?いや…元から過保護だったが。なんだよ、妹は神様って。

隣では白瑠さんが腹を腹を抱えてケタケタ笑っている。


「何があった?……そうですね…貴女には想像できないでしょうね」


寂しげに幸樹さんは微笑んで話し出した。その雰囲気。何か重い事情が…?


「正直、実の妹の咲がいなくて寂しかったんです。この広い部屋で一人で過ごすのは…あまりにも……ね」


目を伏せる姿に、白瑠さんの笑い声も停まる。


「白瑠が転がり込んだあとに椿さんが来た。妹のような貴女に大変癒されましたよ。一番愛しています、誰よりも大切です。そんな貴女が…長い間この家にいなくなって…物寂しくなりました。家にいたくなくなりましたよ…自分の家ですし結局は帰ってくる度に…悲しくて…。とてもとても、花が恋しくなりました。殺風景な家に女性がいるだけで変わりますから。だから由亜さんを椿さん代わりに……」

「椿ちゃんを恋しがってる幸樹さんに漬け込んで誘惑したんです!」

「誘惑されてるのは貴女だ!貴女は騙されてる!」

「うっひゃひゃひゃひゃひゃっ!」


悲し気でシリアスかと思えば途中から逸れた。

亡き妹のあとにそんなことを言うなんてなんて人だ!

花って、飾りかよ!

あたしの身代わりにそしてそんなことを言わされてる貴女が漬け込まれ騙されてる!

全然重い事情じゃねえ!

単なる男と女の事情!

白瑠さんは一人で大笑い。


「あーもういいです!!拗ねてなんかいないですから!イヴに恋人の邪魔なんてできないですから、あたしと白瑠さんは藍さんのとこにいきます!」


二人のなり染めなんて知りたくない。あたしはガタリと立ち上がった。


「藍乃介ならもう時期来ますよ。椿さんが帰ってきたとメールしましたから」

「へ?」

「イヴもクリスマスも藍くんと一緒に過ごすつもりだったの」


幸樹さんと由亜さんが言った直後に、ガチャンッと玄関が開く音が聴こえてきた。噂をすれば影。


「メリークリスマスイヴ!!椿お嬢!!」


廊下をドタドタと走り片膝でスライリングし、両手で赤い包み紙の箱を差し出す藍さん登場。


「早速僕からのクリスマスプレゼントを着てください!」


あたしは無言のまま箱をスルーして藍さんの顔面に足で踏みつけた。


「ぶっ!?いきなり足蹴!?愛のある挨拶ありがとう!是非これを着てクリスマスパーティーをしよう!!」


メシ。

次は藍さんの頭を踏みつけ、床に叩き付けた。これが足蹴だ。ぐりぐりと踏みつける。

「ひっひぃい…!」と由亜さんはガクガクと震え戸惑う。


「はぁ……空気を読むことを勉強するべきですよ、藍乃介」

「一体何が……?」


白瑠さんはまだケタケタ笑ってテーブルを叩いている。

幸樹さんが溜め息をついて、藍さんは床とキスしたまま問う。


「つ、椿ちゃん!愛の挨拶もそれくらいにしよ、ねっ?」

「愛なんてありません。バイオレンスな挨拶でもありません」


頭を踏みつけるのをやめるように言うのは由亜さんだけ。

なんだ。この人は天然なのか?スーパー天然なのか?天然が幸樹さんに操られてるのか?

なんなんだ、この人。

新しいキャラに顔をひきつってしまう。


「ぐふふ…」


足元で藍さんが笑った。もう足を退けている藍さんはあたしを見上げて何処かを見て笑っている。

怪訝に思い見下せば、藍さんはニコッと笑いかけた。


「僕へのプレゼントは、コレを着てくれるだけでいいから!」


グシャッ、とあたしは藍さんの箱を蹴り飛ばした。それから藍さんの背中を踏み潰す。


「ぐはっ!」

「ひぃい!」

「ぐっ………つーお嬢……なんか暴力的になった……白くん、なにやったの…」

「え?つーちゃんはただ幸くんに怒ってるだけだよ」

「ひぃい!アタシのせいだね!?ごめんなさい!椿ちゃんやめて!アタシが悪いの!足蹴にするならアタシを!」

「貴女は落ち着いてください!」


床にへばりついた藍さんに白瑠さんは平然と返す。

そこで大慌てするのは由亜さん。なんて厄介なキャラなんだ。


「椿さん、落ち着いてください」

「触んな!女たらし!」

「…………」

「あ、口が滑った…」

「滑ったって…私がいつ女性をたぶらかしたんです?」

「アレじゃない?車内で女物ピアスを見付けたの」

「え?幸樹って病院のナース全員に手を出してるんじゃなかったの?」

「藍乃介、黙りなさい」


立ち上がりあたしに触れようとした幸樹さんに思わず怒鳴ってしまった。

肩を竦めた幸樹さんに恋人の前で白瑠さんと藍さんはチクる。

幸樹さんは笑顔で踏み潰した。藍さんはじたばたした。少女であるあたしはともかく、幸樹さんに踏まれるのは嫌だったらしい。

あたしが軽蔑の眼を向ければ。


「全員は出してません」

「そ、そうだよ!幸樹さんにだって好みがあるよ!」

「貴方!全否定しなさい!貴女!フォローを間違ってる!」


あたしはビシッと幸樹さんと由亜さんを指差して突っ込んだ。嫌だ!このカップル!!


「えっと、えっと……ナイスツッコミ椿ちゃん!」

「わざとか?」


可愛い顔して全ては計算済みか。なら尚更酷く嫌なカップルだ!

以前よりツッコミの立場が過酷だ。


「何が気に食わないんです?私は由亜さんとちゃんと交際しているんですよ」

「あたし気に食わないなんて言ってません」

「拗ねた顔をしてます」

「してません」

「では一緒にイヴを過ごしますよね?」


目の前に立つ幸樹さんはにっこりと笑った。

くそっ…。なんでイヴに恋人だけで過ごさないんだ。そんな二人と過ごすつもりだった藍さんの神経を疑う。存在自体疑う。


「やったぁあ!パーティーパーティー!ケーキは?何ホール!?」


何ホール食べるつもりだよ、貴方は。

白瑠さんは無邪気に笑いだしてケーキを探す。しかしキッチンにはケーキを作る材料なんて見当たらない。冷蔵庫の中にもない。


「予定では貴方が参加しないと思い、一ホールしか頼んでいません。その内届きますよ」

「えー!!……んー、じゃあ……つばちゃんとあとニホール買ってくる!」


ショックで声を上げたが、白瑠さんは直ぐにパッと笑顔を灯して立ち直った。あたしを連れて出掛けようとする前に幸樹さんが首根を掴み止める。


「ひゃ?」

「それなら由亜さんと椿さんに任せましょう。白瑠は報告があるだろ」


にっこり、幸樹さんは白瑠さんに言った。

ね?と由亜さんに視線を向ける。


「あ、はい!じゃ、じゃあ行こっか!椿ちゃん!」

「………………はい」


嫌だったが、もう決定事項らしい。どうせ黒の殺戮者の話をするのだから何がなんでもあたしは追い出されるから仕方なく頷く。

白のコートを着て、あたしは由亜さんと街に出掛けた。

 気まずい。

ギクシャクした空気だ。

別に拗ねてはいない。

妬いてもいない。

ただ、この人と馴れ合うつもりがないだけだ。仲良くなるつもりはない。

ただそれだけのこと。

別に、拗ねて、なんかない。


「……由亜さん」

「はっ、はい!なにかな?椿ちゃん!」


隣にピッタリと並んで歩く由亜さんはそわそわしていたが、あたしに呼ばれぴしっと背筋を伸ばした。


「裏現実者なんですか?」

「そうだよ!情報屋なんだけど」


情報屋、か。

殺し屋には見えない。


「じゃあ仕事で幸樹さんと会ったんですか?」


別になり染めが知りたいわけではない。ただ会話を繋いでるだけ。


「うん、だけど会ったのは……今年の春頃だったかな」

「ふぅん」

「さ、再会して、寂しがってる幸樹さんの心の隙間に入り込んだの!」

「もういいですからそれ。なんですか、幸樹さんに言うように仕込まれたんですか?」


呆れて肩を落とす。

もういい加減にしてほしい。彼のあれはあたしへの些細な意地悪であってからかっているだけで本音なんかではないのだから。それを言い続けるならいじめっ子と認識するぞ。


「あ…これは……付き合う前に何回も言われてたから。アタシを受け入れるのはきっと、椿ちゃんがいないからだって。椿ちゃんは咲ちゃんの分さえも埋めてくれた女の子だから」


実の妹のいない分を埋めた。

兄妹ごっこなんかで?


「幸樹さんったら、椿ちゃんの話ばっかりなんだよ。前は咲ちゃんの話なんてしなかったのに、椿ちゃんはすごいね。想像してたのより可愛いし、幸樹さん帰ってきてくれて喜んでるし」


ふふ、と可愛らしく由亜さんは小さく笑って言う。あたしの視線に気付いてハッとした。


「あっ!ごめんね!のろけを言って!」

「それはのろけと言わないと思いますけど…」


寧ろ逆に嫉妬を込めた愚痴になるはずなのに、この人は何を嬉しげに言ってるんだ。

それに、“あたし”だからじゃない。妹みたいな娘なら、それだけでいいんだ。

あたしはただ。

咲さんの居場所を奪っただけ。

奪ったのがあたしだっただけ。

隙間に漬け込んでいるのはあたし。

幽霊がいるならばあたしは咲さんに絞め殺されてる。


「貴女はいいんですか?」

「え?」

「幸樹さんの一番じゃなくて」


あたしは静かに訊いた。


「幸樹さんが幸せなら、それがアタシの一番!」


由亜さんは迷いなくそう答える。

純愛している人が、ここにいた。

純粋な愛情。

その定義は、それがどんなものなのかはわからないけど。

由亜さんがピュアな人だと、思えた。

嗚呼─────だからか。

────関わりたくないと思うんだ。



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