表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

血飛沫の舞



 ズキズキ。

 頭痛がする。

左手頭部に触れたまま俯く。

最近異常に頭痛が起きている気がする。それは異国の地に長期滞在してるせいだろう。

ストレスで頭痛は起きる。

 ストレスと言えば、秀介や篠塚さんのこともある。

なんでも秀介は篠塚さんと一緒にアメリカに来たのにそれをあたしに話しそびれたのだ。

接触したと知り秀介は謝罪するために仕事中に割り込んできた。

つい五日前のこと。

あたしは秀介が邪魔しない仕事はないんですかと文句を洩らしたら、白瑠さんは秀介に嗅ぎ付けられない仕事を見付けると言った。

今もあたしは仕事待ちで一人ソファに座り込んでいる。

 まさか、あの篠塚さんが自殺志願者だったなんて。以前は真面目じゃない警察官だったらしいが、一体何があったんだろう。なんて野暮か。

記憶がないだけで、人間変わる。

そんなわけない。

記憶の中の何かが自殺に追い込むとは、思えない。

人間を死に追い込むのは──多分、現状だと思う。

目の前の現実。現実だ。

過去なんて。重くない。

過去だなんて、忘れた。


「嗚呼、痛いなぁ…」


ズキズキズキズキと頭が痛い。

溜め息をついて、電話をかける。しかし、この電話は繋がった試しがない。

ラトアさんがいるはずのシルベスターの本邸にかけたが出ない。誰も出ないのだ。


「携帯電話持てよ、DVDを持ってるんだから」


膨れっ面をする。古風な喋り方をするくせにDVDを所持しているあの吸血鬼に連絡を取りたい。

彼からハウン君の連絡先か居場所を聞き出したいのだ。

あたしがあの鉄の箱のカラクリで奇跡的(、、、)に無傷で生存したのは────悪魔が関連してるかもしれない。

否、悪魔しか考えられないのだ。

あんなの白瑠さんだって生存できやしない。頭蓋骨粉砕技を使ってドアをぶち破り、無事脱出はできるだろうが。

無数のガトリングに避ける隙間も与えられないあの空間で無傷で生き残れる人間なんているわけない。

 悪魔の力だ。

心当たりはそれしかない。

指鼠にやられた怪我を治した悪魔だ。可能だろう。

しかし、悪魔はあたしの奥深くに封じたのに、あたしの怪我を治すことが出来るのか?

それを封じた本人であるジェスタに訊かなくては。

最悪なのは、封印が解けたこと。

それはないだろう。そう思いたい。

ジェスタ曰く半年は持つと言っていたんだ。それが一ヶ月も持たなかったなんて冗談じゃない。

でも、封印から出てきたなら悪魔はあたしを殺すか、或いは契約を持ち掛けるかのどちらかをするはずだ。

頭痛は軽い。あの爆音並の騒音はしない。

悪魔の声だって聴いていない。

沈黙の悪魔だ。声を潜めている可能性がある。だからこそ確認してもらわなくちゃいけない。

悪魔との契約。

それだけはするなと言われている。魂と引き換え。

そんな馬鹿げた契約を結ぶつもりなどない。

だから自分から話し掛ける気は更々ない。てか端から見たら可哀想な人にしか見えないではないか。

神父吸血鬼に連絡できないなら自分で何とかしなくてはならない。

確かめる術は、怪我をしてみることだ。

ナイフを取り出して、左の掌に添えた。

切りつけて、その傷が治ったならば────。


「何やってんの?」


ナイフを握る右手が掴まれた。

後ろを振り返れば、白瑠さん。いつの間に帰ってきたのだ。


「え。えっと…。血が、見たくて」


ギクリとして顔を引きつらせる。

白瑠さんは笑みのない表情で見下ろしてきた。

決して自殺しようとしたわけではないんです。ガクガク震えた兎の如く、目で訴える。

暫く心地の悪い沈黙の中、見つめあった。

にぱっと、白瑠さんは笑う。


「仕事見付けたから人の血を見なよ、つばぁちゃん。しゅーちゃんには邪魔されないお仕事」


ナイフの刃を握って白瑠さんはソファを挟んであたしに抱き付いた。


「ほめてほめてぇ」


マタタビで酔った猫のように頬擦りをしてきた。

「え?あ、はい…すごいです、偉いです、ありがとうです」とほめてお礼を言う。

頼んだのはあたしだもん。


「ご褒美のちゅー」


…………………何故。

何故そこまでしなくてはならないんだ。


「ずるい!俺が一番につーちゃんに会ったのにしゅーちゃんとしーのちゃんばっかずるい!」


やっぱり見てたのか。

ずるいって、意味ワカメ。

てか、アンタとはもうキスした。篠塚さんより早くに。

酔っていて覚えていないだろうが、誰よりもあたしにキスしたよ。

あたしは呆れた目を向けた。

が、次の瞬間に白瑠さんの唇にキスをする。

白瑠さんはきょとんとした顔をした。

やがてにんまりと口元を歪ませてあたしをギュッと、詳しくは首を抱き締める。


「つぅばぁちゃん、だぁい好きぃ」

「………………」


ゴロゴロと喉を鳴らしそうな白瑠さんに抱き締められながら、思う。

 何しているのだろう、あたし。

白瑠さんとキスをするつもりなんてなかったっていうのに何故やってしまったのだろうか。

…欲求不満なのかなぁ。

それはショックだ。何やってしまったのだろう。


「…で、白瑠さん。仕事の内容は?」


あたしは溜め息を吐いてから話を戻した。

 デニムの短パンを履き、黒のニーソックスを履く。上は白のニット。短剣を手首の下に。左手にパグ・ナウ。

ベルトを腰につけて、カルドと投擲用のナイフを付ける。

紅色のコートにつけたナイフは確認済みだからそのまま袖を通して着た。

紅色のブーツを履く。かっこいいデザインのブーツ。

その隙間にナイフを差し込む。


「完了しました。行きましょう」


着替え終わり、脱衣室から出た。

リビングで準備する必要ない白瑠さんに話し掛ける。

白いシャツに白いジャンバー。暗い灰色のズボンに白の革靴。

林檎に噛み付いていた白瑠さんは「んひゃあ、ひほうはー」とドアに向かった。

移動車は、白のフェラーリ。

向かうはターゲットのいる会社ビル。表は企業会社に勤める人間が裏現実者の仲介者を務めていたがトラブルを起こして反感を買った。

仲介者とはミスは許されないそうだ。一度トラブルをやってしまったら混乱を招き大惨事を起こしかねない。

そんな仕事をハッキングや少女ストーキングをしている藍さんがこなしているなんて、なんかムカつく。

変態のくせに天才。

すげえムカつく。


「裏か表か」

「裏」

「じゃあ俺が表」

「殺した方が絶対命令一つ」

「おっけい」


その会話をしてフェラーリから降りた。

簡単な仕事は別ルートからターゲットにそれぞれ別々で向かうようになったのだ。

白瑠さんは表から堂々と、あたしは裏からこそこそ。

そして先に辿り着いて殺した方が一つ命令を告げる。

些細な命令ばかり。

白瑠さんは料理を作れとか買い物をしようとか、頼めば普通にすることを命令した。

あたしも似たようなものだ。白瑠さんのおごりでハンバーガーを食べにいこうとかその辺。

覚えたピッキングで裏口から中に入った。表の会社であるこのビルは警備が薄い。

楽チンな割には高い収入の仕事。

そう思った矢先だった。


「殺し屋、めーけっ!」


声と共に一人の男が上から降ってきたのだ。

海賊が使うような剣を二つ、振り降ろしながら。

殺気に気付いてあたしは後ろに飛んで避けた。

っ!なんだ?

狩人か?

トラブって殺されると理解し、狩人を雇ったのだろう。

狩人と仕事が被るのは──弥太部矢都以来だ。

悪い想像しかしない。

いや、今回は不意打ちを避けれた。そして相手は飛び道具ではない。

長剣相手は蓮真君のおかげで克服をした。今なら殺せる。

そう自信とともにカルドを握り締めた。直後に気付く。

パンッ。

移動したあとに先程までいた位置に銃弾が食い込んだ。

銃だ。レイザーライト付きのスナイパーライフル。

光に反応しなければ気付けなかった。

まずいな。スナイパーライフルでは太刀打ち出来ない。

レイザーライトがなければ撃ち殺されていた。

まずい。離脱しなきゃ。

あたしは直ぐに引き返した。離れて白瑠さんに連絡を取ろう。スナイパーの方は白瑠さんに、剣の方はあたしが。

また瀕死になって心配をかけてはならない。

ビルを出て直ぐに携帯電話で連絡。

 ドガッ!

壁がいきなり崩壊した。

違う。突き破ったのだ。

身体の大きな男が、壁を突き破って突進してきたのだ。

それを諸にあたしは喰い、反対側の壁に叩き付けられた。


「だぁっ…!」


くそっ!

罠だったのか。暗い中でレイザーライトなんかを付けるなんて可笑しいと気付くべきだった。誘導されたのだ。

狩人が三人。

聞いたことがある。

つい最近、秀介が狩人の話をしてくれたのだ。


「こいつらに遭ったら、先ず逃げるんだ。椿」


そう始めに付け加えて、秀介は戦わずに逃げろと教えられた中の一組の狩人。


「肉弾戦のでかい男と、二刀流の男と、スナイパーの女。その三人の連携プレーに囲まれない内に逃げるんだ。あいつらは手強い」


そう言っていた。

床に倒れたが秀介の忠告を思い出して、手をつき床を蹴って走り出す。


「逃がすかよ!」


大男を飛び越えて二つの剣を同時に男が振り下ろした。

カルドでその二つを止め、パグ・ナウでがら空きの腹部を狙う。

しかし、スナイパーがそれを阻止するべく撃ってくる。

カルドを振り剣の男を突き飛ばして、ドアを抜けビルを出た。

閉めたドアを、大男が吹き飛ばす。

一体どんな怪力だよ!

痛みの走る身体で駆け出す。三人はあたしを追ってきた。

白瑠さんが既にビルにいることを知ってか知らずか追ってくる。

ビルにまだ狩人がいるいないにせよ、彼らを引き剥がせば仕事は成功するだろう。

 今回はあたしの負けだ。

変な命令されたら時間稼ぎはしたと訴えてやろう。

さて、どうやつらを倒そうか。

スナイパーをどうにかしたいが彼女も近くにいてついてきているらしく、大男と二刀流と立ち向かうと弾丸が飛んでくる。

この三人。強い。

チームプレーが凄すぎる。

一心同体のように攻撃をしてあたしの攻撃を防ぎ追い込もうとするのだ。

大男の振り下ろす拳を避ける。白瑠さんの頭蓋粉砕技並かもしれない。コンクリートに穴をあけやがった。

石のように硬いど太い筋肉に手をついて、飛び掛かる二刀流を蹴り飛ばす。

その勢いでパグ・ナウで怪力男の首を裂こうとしたが、放たれた弾丸のせいで軌道がずれて空回りした。

あたしは怪力男の顔面を蹴って距離を取り、また走り出す。

絶妙に彼女が攻撃を防ぐため、あたしは彼らの血が見れないでいる。

 やはり強い。

矢都と正面から戦っていたならこんな風に苦戦していたのだろうか。白瑠さんだって飛び道具を避けて接近することに手こずっていたな。

ダッ、と路地裏の壁に足をつき空中で回転の勢いでナイフを投擲。三人まとめてこれで仕留めようとした。

が。三つのナイフをバ、バ、バン、とスナイパーが弾き返した。

なんつースナイパーだ。

宙返りで着地してまた走り出す。

ふと、一人いないことに気付く。

先回りしたか。

挟まれたら本格的にヤバイ。

なんとかしなくちゃ。

なんとか。何か策は?

ええい!思い付かない!

あたしは急ブレーキをして、怪力男に向かった。

レイザーライトが見える。

そこにナイフを投擲し、カルドを怪力男に振り上げた。

投擲したナイフは弾かれ、怪力男から先に攻撃を仕掛けられる。

しかしこれはあたしの読み通り。

怪力男がコンクリートに食い込ませた腕を土台に隣の壁を飛び越えた。


「しまった!」


 着地したあたしは直ぐ様、ビルの方へと駆け出す。

後ろでコンクリート壁が破壊される音が聴こえたが振り向かず彼らを撒くことに専念した。

 しかし、数分もしない内に。


「めっけたぁ!」

「うぐっ!」


前方から現れた二刀流の男から攻撃を受けた。カルドで刃を防いだもののコンクリートの地面に叩きつけられて倒れる。


「オレらから逃げられると思うなよ!最期だからオレの名前を教えてやるよ、オレはイアン!」


あたしに剣先を向けて彼は名乗りを上げた。そうだ。確か三人のイニシャルがIだからトリプルだかその辺のチーム名がついていると秀介から聞いた気がする。


「うっ……─────ふふ。んふふふ…」


怪力男の壁ごと喰らった突進のダメージで呻いていた声は、笑いへと変わる。


「ふふふ、ふふ、ふふふふふ……」

「あ?何が可笑しい?」

「ここまで手こずる相手が久しぶりで……あははは、白瑠さん以外に一筋縄では殺せない人間と遭えたのが嬉しくて、つい」


目を押さえて笑う。


「くっくっ……たぁのしぃなぁ」

「あ?…お前、頭可笑しいんじゃねぇの?」

「殺しだって、歯応えなきゃ、つまらないもの。そうだろ?狩人」

「言うじゃん、獲物」

「はは…────自分が捕食者だと思うなよ」

「あ?」

「あたしは紅色の黒猫。捕食者だ」


左手のパグ・ナウで剣を弾く。

立ち上がったと同時に、カルドで首を跳ねた。


「何一人で図に乗ってんだよ。あたしは三人組から逃げていただけ、一人相手なら簡単に殺せる。それをわざわざ一人になってくれるなんて、ありがとう」


カルドについた血を振り払う。

言ってももう聴こえてないが。

携帯電話を出して白瑠さんに電話をした。コール三回目で白瑠さんは出る。


「あれ、つーちゃん。どうかした?」

「いえ、別に?ただそうですねぇ、今日は白瑠さんが殺して構いません。あたしはちょっと……警備員を殺してますので」


あたしはそう言い訳した。が、白瑠さんは悟ってしまったのか、沈黙を返される。


「んひゃあ、楽しそぉなこと、しぃてぇるぅみ、た、い、だねぇ?ずるぅい」


バレた。

笑みが押さえきれないせいで言葉に笑いを含んでしまったせいだ。


「まっ、いいよ。でも命令いちは受けてもらうかぁら」


まぁいいですよ。どうせ些細な命令だろうから。

あたしは立ち尽くす女の子を視て、電話を切った。

女の子と表現するには歳をとりすぎかもしれない。若い娘。

ミニスカートとショートブーツ。惜しみなく出した足。

顔は幼さが残っている。

そんな彼女はあたしの足元に転がる仲間を視て、青ざめていた。


「うっ、ううっ……」


今にも吐いてしまいそうな蒼白の顔。両手に持つ2丁拳銃がガタガタと震える。


「うっ、ああぁあああっ!!!」


拳銃を二つ、向けて彼女は発砲してきた。

あたしはカルドを捨て、真っ直ぐに彼女に向かって走る。

そして弾丸を避けながら、ナイフを投擲した。

彼女はそれを撃って弾こうとしたが、それは外れる。

ズブッ、と心臓に突き刺さり彼女は倒れた。


「ふん、仲良しごっこかよ。いいスナイパーだったわ、動揺してなければ」


 あたしは鼻で嘲る。

仲間が殺されて動揺し、命中力を下げてしまった彼女は小物並のレベルに落ちた。

三人の実力が合わさっているから強い。下手をすれば白瑠さんレベルに近い。

しかし、それはあくまで三人の連携プレーだけ。

それから逃げて撒こうとしたがまさか三人がバラバラになるとは思いもしなかった。

それは三人の致命傷のはず。だから手分けして、などという行動はしないとばかり思っていた。

こちらが有利になったのだ。


「うっおおおおぉおおおおおおっ!!」


壁を突き破り怪力男が咆哮して突進してきた。こっちは怒り任せか。

あたしは軽々と避けた。

そしてナイフを投擲。胸に刺さったが胸の筋肉が厚すぎて、心臓に届かなかったらしい。

怪力男は拳を暴力的に振るう。

ジャンプしてそれを避ければ、コンクリートに食い込む。その腕に足をついて引っ掻き、爪痕を残す。


「うがあっ!!」


もう片方の腕を振ってあたしを払おうとしたがあたしは容易くかわす。


「知ってた?アンタの攻撃は力任せ。でかすぎる図体は避けやすい。それを二刀流とスナイパーがサポートしてた。スナイパーが攻撃を防ぎ二刀流が隙を突く」

「うがあぁあああああっ!」

「そんなサポートは死んだ」


怪力男は暴れだした。モグラ叩きのように拳を振り下ろしていくがあたしに掠りもしない。


「最強の連携プレーには程遠い。残念でした」


ザクッと背中を引き裂く。それでも怪力男は腕を振るう。

大きな的。それを守るスナイパーがいない今、切り裂き放題。

筋肉が硬く、切り応えがいい。

怪力男の拳を避け、そして身体を切りつける。

血飛沫が飛んだ。舞うように引っ掻く。踊るように笑って、避けては切り裂いた。

腕を脚を腹を背中をあちらこちらと裂いていく。

血が舞う。そこら中に血が飛び散った。

それでも彼は立っている。意識なんて朦朧としているくせに、まだあたしに拳を振るった。

しかしそれは最後の力だ。拳をついたまま、息をゼェハゼェハとして動かなくなる。出血のせいだろうか。

そんな首を掻き切った。

息の根は止める。

散々踊るようにくるくる回りながら切り裂いたせいで前も後ろも血塗れだ。

ん。久々に血を浴びた。

そうだな…ボディーガードを瞬殺した以来かも。

白のニットも真っ赤に染まる。早く乾かない内に髪を洗わないと。

最初の殺戮後の髪は酷い質だった。

唇の周りを拭う。

そこで気付く。

イアンの前に立つ茶色のコートの男。右手には銃。しかし、その銃口はコンクリートに向けている。

多分、きっと。

怪力男を殺戮していたのを目撃していたらしい。

呆然と、立ち尽くしている。

あたしはクスリと笑った。

滑稽だ、滑稽。なんて傑作。至極滑稽。


「裏側の現実を御覧いただき、まことにありがとうございます」


クスクス笑って舞台の道化の如く、大袈裟に手を振り、会釈する。


「親愛なる篠塚様」


不敵に笑ってやった。篠塚さんは動けずにいる。


「これがあたしです」


おどけて言った。

血塗れのあたし。

殺戮した光景。

殺戮者の素顔。

あたしの正体。

これで解っただろ?

笑って切りつけるあたしをこれでも救えるとでも言うのか?

貴方は、コレを視ても同じことを、言えるの?

 少しだけ待った。

篠塚さんは何も言わない。

何も言えずに立ち尽くすだけだ。

だからあたしは、“何も言えない”と解釈して踵を返した。

篠塚さんの声は追い掛けてこない。

あたしは振り向かず、去った。

彼は境界線を越えずに、ずっとそこにいればいい。

これでいいんだ。

これで。


 ザァアアアアアアアアアア。

降り注ぐシャワー。それを浴びたまま、あたしは動かない。壁に沿って膝を抱える。白い浴室。

透明の滴は赤に変わり流れていく。

それをただ。

あたしはぼんやりと見つめる。


「生きてる?椿」


ノックして白瑠さんがドア越しに訊いてきた。これで三回目。


「生きてます」


あたしは短く答えた。

生存確認。自殺してやるオーラでも醸し出してしまったのか、白瑠さんはドアから離れようとしない。

もう少ししたら出よう。

あたしは見つめたまま動かない。

白い床に流れる紅色。

それをただただ、見つめた。

生きちゃってます。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ