この世界に輝きを
さぁ、行こう。
この世界の輝きは、僕が取り戻すから___
ここはリディウズ王国の国境近く……いや、向かいのフィヴィス公国を跨ぐ塩湖の畔。真夜中だからか、湖が輝きを反射して星空の中にいる気分になる。どうしてそんな場所に。勿論、この国から逃げるため。
愚かな女王とその取り巻きの支配する数多くの魔女によって形成される独裁国家だ。そしてその愚かな内の一人現女王のディアが戴冠式の発表をしたのだ。愚かな内のそのまた一人、愛娘のリヒエに王位を継がせるために。この国をどこまで陥れたいのか。
「誰かと駆け落ちでも出来ればいいのに……」
隣の国の魔法使いと駆け落ちして逃亡すれば少しは自由が手に入るかもしれない。けれど、私は物心ついた時から人の感情、そして自分の感情にさえ疎い。だから、誰かに恋愛感情を持つことが出来なかった。感情が顔に出ることもほとんどない私は、演技をするのも下手だった。
そう考えてため息をついたとき、国境の結界越しに小さな人の影が見えた。
「あれ、誰か……あなたは一体、何を?」
それは結界にペタリと手をつき、俯いた私の顔を覗き込もうとする少年の影だった。何をと聞きたいのはこちらである。そんなボロボロの服で、今にも死んでしまいそうなやせ細った体でこちらの心配などバカではないのか。
「どうしたの、貧民の子供。こんなところまで来るなんて。君の国では畔の近くには富裕層が多いんだろう。貧民街からはるばるここまで一体」
「お母さんがね、ここで待っててって。すぐ迎えに来るからって言ってたから、もうここで二日も待ってるの」
あぁ、分かりやすい子捨ての方法だ。可哀そうに、そんな母親をまだ信じるなんて。でも、こんな純真無垢な子供に残酷な真実を教えるのを躊躇ってしまうのはきっと私だけではない。
「そっち側に行くから、少し待っていてね。何があっても、こっちだけにはこないように」
そう言い終わると私は結界に手を触れ、心の中でこう唱えた。
『あなたは私に道を作るべきもの』
そう何度か唱えた後、腰に差していた杖を抜き取って結界の壁に触れさせる。すると結界は針の穴のような大きさの穴をあけ、それを徐々に大人一人が通れるくらいの大きさに変化させた。
「わっ、お姉さんすごい……それ、ぼくにもできる?」
「すぐには出来ないだろうけど、私が教えれば必ずいつか出来るようになるさ。でも、このことはほかの誰にも教えないでね。怒られてしまうから」
少年は少し不満な顔を見せた後、「ほら、早く来て」と私を催促しだした。穴の外に足を踏み入れると、油膜を突き破るような感触がして少し気持ち悪い。全身が結界を通り抜けた後も、穴は健在だ。
「お姉さんはここに何しに来てたの?」
駆け落ちするにはどうするかを考えに来ていた……のは少し、というかかなり言いづらい。
「あー……そう、君がここにいるのが見えたから」
「えー、魔法? すごい!」
「そうそう。で、今から君を……」
洗おうかと言いかけたとき、少年は私の言葉を遮ってこう話した
「ぼく、『君』って名前じゃないよ。アルトっていうんだ」
「へぇ…じゃあアルト。いったん服を脱いで、上だけで十分だから」
「うげっ、何する気!?」
「洗うの。そんなに引かないで」
少年はまた不満顔になったけれど、少し諦めの混じった寂しさを感じる顔でもあった。きっとこうして親達の命令を聞いていたのだろう。少年の体には鞭の跡や痣がくっきりと残っていた。
「……どんな扱いを受けていたんだい。酷い痣だ、そんな母親をまだ……」
「お母さんは何も悪くないよ!」
「どうして。その痣をつけたのは君の母親たちだろう」
「違うもん。お母さんはやさしいし、絶対に迎えに来てくれるもん」
「二日もここに飢餓状態の息子を放置しているのに、かい?」
そう言うと少年は黙り込んでしまった。少年の語彙力では全てを詳らかにすることは難しいだろうし、何より少し不貞腐れてしまったようでこちらを見てくれない。
「とにかく、洗うよ。話はまた今度聞くから」
「そのころには、ぼくのお母さんも……キャッ、くすぐったい!」
私は少年が話し出したのを無視し、彼の体を水筒で濡らしたタオルで拭き始めた。
_________あの日、もしお姉さんに助けられていなかったら……それだけで、ゾッとする。
「どうしたの、貧民の子供」
お姉さんは、毎日欠かさず同じ夕日の沈みかける時間に来てくれて、ご飯をくれたりぼくを洗ってくれたりした。でも、何日、何週間待ってもお母さんはやってこなかった。
そして、もう一か月くらいたった日の朝焼けの時間にやってきたのは……。
「アルト……良かった、生きてたよ!」
ぼくの三つ上の姉、フィンだった。ぼくをひとしきり抱きしめた後、フィンは塩湖の反対側、ぼく達フィヴィス人の住む方向を指さしてこう言った。
「お母さんは死んじゃった……殺されちゃったの。でも、私たちにはまだ”革命軍”の同志が残っているわ。幼いアルトは戦えないけれど……せめて安全なところで、国を取り返すのを見ていて」
そう言ってフィンはぼくの手を握った後、ポツリと呟いた。
「お母さんは最後まで何も吐かなかったって。本当に、最期まで__」
ここは砂浜だから、涙のしずくが落ちる音は聞こえなかったけれど。
_________そうして僕が革命軍の一人としてフィンについていき、五年がたって国境を破壊し、リディウズ城を制圧した日。
「アルト、城の主要部は制圧完了よ。あとは何も残って……フィン、どうしたの?」
「ここ、少し壁の色が違う気がするんだ」
そう言って壁の一部を押すと、壁はすっと消えて代わりに一つの扉が現れた。
「……開かない。鍵付きか……兵器の倉庫かな」
フィンは「開けたい」という僕の意思を感じ取ったようで、一つの手榴弾をとりだしピンを引き抜いてドアへ投げた。破壊音を立ててドアは崩れ、視界が開く。その中にいたのは、五年前に僕を助けてくれたお姉さんだった。ただ、手枷をつけられて不満そうに暴れていたけれど。
「あ、えっと……こ、こんにちは悪い人じゃないよ私は捕虜であなたたち側でえっとあ……」
「慌てないで、お姉さん。僕はアルトだよ。覚えてる?」
「アルト……はもっと小さくて、これぐらいでしょ?」
近くにある小さな棚を指さしてお姉さんはそう言った。いや、僕はそんなに小さくなかったよ!
「はぁ……あ、できれば殺さないでほしいなって」
「確かに、リディウズの重要人物だけど」
「フィ、フィン!? この人が主要人物って……」
「あれ。アルトは知ってるの?」
「知ってるも何も、この人が五年前にぼくを助けてくれた人なんだよ。言ったでしょ?」
フィンは一度目を丸くした後、フゥとため息をついてお姉さんの手枷を外した。
「話はあとで聞くからね、アルト」
城の制圧が完了し、宴を開く間もなく会議が開かれた。僕と、お姉さんのことについて。
「アルト、どういうことだ。お前みたいな子供にこんな美……」
「ハイツ、黙って! 今はそういう話をするんじゃない」
フィンはハイツを一喝した後、すぐ僕に状況説明を求めた。そして僕は、一か月お姉さんにしてもらったこと、話したことを事細かく話し……たかったのだが、細かい部分に入るとフィンにいやな顔をされたので長く語ることはできなかった。
「で、そんなアルトを助けてくれた金髪のお姉さんは、この城の奥に軟禁されていた宮廷魔導士グリヤなのよ」
「宮廷……魔導士!?」
「えぇ」
軟禁されていたというのは、ぼくを世話していたのが見つかったからなのか。じゃあぼくはお姉さんになんてことを……。
「あ、アルト。多分誤解していそうだけれど、私は軟禁されていたのを抜け出して塩湖に来てたからね。誰と駆け落ちしようかと……恋愛モノに弱いからね、この国の”元”女王は」
「駆け落ちなら俺がいくらでも__」
「黙ってと言ったでしょう、ハイツ!」
「というか、アルトは貧民じゃなかったの? 下剋上かしら」
確か、出会った時もそんなことを言っていた気がする。「どうしたの、貧民の子供」と。
「僕は貧民では無いんだ。階級的には庶民なんだけど、お父さんとお母さんが革命軍の一人で。だから、お母さんは政府軍に殺されたんだけど……僕のことは、逃がしてくれたみたいで。直前まで僕、鞭とかで叩かれてたんだよ」
「だからあんなに、くっきり残ってたのね。てっきり母親がやったものかと__」
「お母さんはそんなことをする人じゃない!」
お姉さんがフィンの地雷を踏んだ。お母さんの死を間近で見せつけられていたフィンは、殊更お母さんが侮辱されるのに敏感なのだと思う。
「ごめんね。でも、状況だけならあなたもそう考えると思うけれど」
「……でも、そんなことにはもうならないから。それに、私はそうはさせないし」
それは、僕らがこの世界へと輝きを取り戻した話。そして、僕が初めて恋を自覚したのもこの年だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。まずは初投稿なのでファンタジー短編です。
語彙力レベルは児童書くらいだと思いますが、せめて内容だけでも誰かに刺さるように頑張っていきたいと思います!ありがとうございました!




