表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/27

8話 嘘

 アルバート坊っちゃまの命で、わたくしは夜会の準備に東奔西走していた。

 シャンデリアの水晶は光を増し、銀器は鏡のように磨き上げられた。

 わたくしが屋敷の誇りをかけて整えた会場に、ついに貴族たちが集まる。


 華やかな音楽が流れる中、理想の花嫁像そのままの伯爵令嬢――エリザベスが姿を現した。

 その瞬間、会場の視線が彼女に釘付けとなり、アルバート坊っちゃまは夢見るようにその手を取る。


「ようこそ、エリザベス嬢。お待ちしておりました」


 完璧な舞踏会の幕開け――のはずだった。


 あちらこちらで歓談に花が咲きはじめたころ、

 突如、ワイングラスが倒れた。

 振り向くと、赤い液体がエリザベスのドレスに飛び散った後だった。

 とある赤毛の令嬢が「まあ、ごめんなさい」と声を上げる。しかし、その目は明らかに嘲笑を含んでいた。


(毎度毎度、低俗で、なんて卑怯なやり口……。)

 わたくしは、心の中でため息をついた。


 会場がざわめく。

 アルバートは怒りを押し殺しつつ、エリザベスを気遣おうとしたが、彼女の顔は真っ青だった。


 わたくしは即座に前に出て、令嬢を抱えるように会場の外へ連れ出した。

 背後から、坊っちゃまの視線が突き刺さる。


「……メアリー。彼女を頼んだぞ」


 その言葉に、わたくしの胸は妙な痛みを覚えた。



 控室で、わたくしは強引にエリザベスのドレスを脱がせた。

 だがその下から現れたのは、麗しい令嬢の肌ではなく――しっかりとした男性の胸板。


「……エドワード様、大丈夫でしたか?」

「メアリー、また迷惑をかけてすまない」


 秘密を共有する者同士の視線が交わる。

 その瞬間、控室の扉が勢いよく開いた。


「エリザベス嬢! メアリー!」


 アルバート坊っちゃまが立っていた。

 視線はまずドレス姿のまま困惑するエドワードへ、そして彼を庇うように立つわたくしへと移る。


「……なぜ、そんなに親密なんだ?」


 その声音には、疑念と苛立ちが入り混じっていた。


「坊っちゃま、これは――」

「説明してもらおうか、メアリー。おまえは彼女の侍女ではなく、私のメイド頭のはずだ」


 エドワードが口を開きかけたが、わたくしは手で制した。

 彼の秘密を守るため、わたくしが矢面に立つしかない。


「ドレスが汚れ、急ぎ着替えを……ただそれだけでございます」

「それだけ? ――いや、違うな」


 アルバートの視線は鋭くなる。

 いつもの冷静さではなく、感情に突き動かされているようだった。


「最近のおまえは妙だ。彼女といるときだけ、表情が柔らかい……私には向けたことのない顔で」


 その言葉に、わたくしの頬は熱を帯びる。

 エドワードも思わずわたくしを見た。


「メアリーは……わたくしにとって、大切な人です」


 静かながらも力強い声。

 エドワードがそう言った瞬間、アルバートの表情が一変した。


「……大切、だと?」


 長い沈黙ののち、彼は苦笑のようなものを浮かべる。

 しかしその目は怒りに燃えていた。


「面白い。ならば見極めさせてもらおう。――メアリー、おまえが忠誠を誓うのは誰だ?」


 控室の空気が凍りついた。

 エドワードの秘密を抱えたわたくし、理想の令嬢と信じ込むアルバート、そして当の本人。

 三者の想いが一気に交錯し、夜会は修羅場と化したのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ