7話 アルバートの憂鬱
どうにも近ごろ、心がざわついて仕方がない。
原因は――メアリーである。
神経質そうな顔に、眼鏡の奥の鋭い視線。
痩せた体で、胸の豊満さの欠片もなく、年もわたしよりはるかに上。
どう見ても、恋の対象にはならぬはずだ。
それなのに、屋敷の空気を仕切る彼女の存在感は圧倒的で、使用人たちは皆「メアリー師匠」と呼び慕っている。
彼女が一喝すれば、誰もが姿勢を正す。
そして時に、わたしすら言い負かされるのだから、癪にさわることこの上ない。
だが――近ごろは、それ以上に癪にさわることがある。
メアリーが、エリザベス嬢と妙に親しくしているのだ。
伯爵令嬢エリザベス。
ブロンドの巻き毛に、白磁の肌、薔薇のような唇。
まさにわたしが理想として語ってきた女性である。
彼女とメアリーが廊下で話し込む姿を見かけるたび、胸の奥が妙にざらつく。
侍従の報告では、裏庭で二人が並んで楽器を奏でていたとか。
舞踏会の余韻に浸るかのように、笑い合っていたとか。
……なぜ、あのエリザベス嬢が、よりにもよってメアリーなどと?
わたしは理性で押し殺そうとした。
メアリーはただのメイド頭。彼女の忠誠心の表れに過ぎない、と。
しかし、あの鋭い眼差しが誰かに優しく向けられるのを目にするたび、なぜか胸が痛む。
思わず、手にしていたワイングラスを強く握りしめた。
赤い滴が机に跳ね、書類に小さな染みを作る。
侍従が慌てて駆け寄ったが、わたしは手で制した。
「……次の夜会は、盛大に開くぞ。できるだけ多くの令嬢を招け」
「は、はい。ですが急にどうなさったのです?」
「構わん。――見極めたいのだ」
メアリーが、誰のために笑い、誰のために尽くすのか。
そして、わたしがなぜそこまで気になるのか。
窓の外を見やれば、十九世紀ロンドンの街は今宵も霧に沈んでいた。
その濃霧の奥底で、自分の感情すら見失いそうになる。
(……まさか、わたしが――メアリーを?)
認めたくない思いを胸の奥に押し込みながら、わたしは次の夜会の準備を命じた。