57話 夜明けの告白
メアリーは重い足取りで、アルバート邸の扉をくぐった。
長い夜を歩き続けたせいで、足元は泥に汚れ、顔色も蒼白だった。
幼き頃、自分の屋敷を火事にして、両親を奪った人物がヘンリーだったなんて……とてもじゃないが、信じられないし心が追いつかない。
書斎にいたアルバートは、メアリーが帰宅したとわかるなり、部屋を飛び出した。
しかし、その姿を見るなり眉をひそめる。
「メアリー……どこに行っていたんだ。顔色が悪い」
彼の声はいつもよりも低く、しかし優しかった。
メアリーはただ、小さく首を振る。
「……少し、用事があって」
今は、とてもじゃないがアルバート様に説明できる状態じゃない……。
優しい両親の顔と、初恋の人の笑顔とがぐちゃぐちゃに入り交じってめまいがする。
アルバートはそれ以上追及せず、そっと彼女の肩を支えた。
「来なさい。暖かい紅茶を入れる」
暖炉の前のテーブルに、湯気の立つカップが置かれた。
メアリーは震える手でそれを持ち、唇をつける。
ほのかな甘みと温かさが、冷え切った胸の奥を溶かしていった。
「……ありがとう、ございます」
彼女がかすれた声で言うと、アルバートは静かに椅子を引き寄せ、彼女の隣に座った。
「何も言わなくていい。――疲れた顔だ」
そう言いながら、彼はメアリーの手にそっと触れた。
「どんなことがあっても、私は君の味方だ。忘れるな」
その言葉に、メアリーの喉の奥が詰まり、涙がこぼれそうになる。
だが、彼女は唇をかみしめ、ただ小さくうなずいた。
――その夜、メアリーは何も話さなかった。
けれど翌朝、静かな書斎でアルバートに向き合った。
「お話ししなければならないことがあります」
メアリーの声は震えていたが、瞳はまっすぐだった。
アルバートは真剣な眼差しでうなずいた。
「聞こう」
メアリーは深く息を吸い、昨日の出来事を語りはじめた。
ヘンリーの屋敷での告白。
母の過去。
そして――あの夜の火事の真実。
話が終わるころには、室内の空気が重く沈んでいた。
アルバートは拳を握りしめ、しばらく何も言わなかった。
「……そんなことが」
低く、押し殺した声。
そして、彼は立ち上がり、静かに言った。
「大丈夫だ。君のせいじゃない。あの過去に、君の罪はない」
メアリーはうつむき、唇を震わせた。
「でも、あの人は……兄だったんです」
アルバートがその言葉を受け止めようとした、その瞬間――。
「旦那様っ!」
執事のロバートが勢いよく扉を開けた。
「どうした?」
「使いがきて、ヘンリー様が……! 昨夜から行方がわかりません!」
室内の空気が凍りつく。
メアリーは椅子から立ち上がり、青ざめた。
「まさか……」
アルバートはすぐに命じた。
「馬車の用意を! 警察にも連絡を! ――メアリー、君はここで待っていろ」
しかしメアリーは首を振った。
「いいえ。私も行きます。あの人を放っておけません」
その瞳に宿る決意に、アルバートは一瞬ためらい、そして頷いた。
「……わかった。だが、私のそばを離れるな」
朝の光が、まぶしく2人を照らしていた。




